第8話 世界を覆う闇
「一体どこから……こんなものを造る資金が湧いてくるんだ?」
式条は窓からの光景を眺めながら、半ば呆れたように質問した。
「収入源は大きく分けて2つある。1つは民間営利団体を装ったダミー企業、もう1つは……」
「汚れ仕事か?」
「察しが良いな、大佐。ドラゴニュートは並大抵の武器では傷一つつかない。当然メサイアはその能力を利用した。情勢が不安定な国に秘密裏に介入して"仕事"を引き受け、敵性勢力を殲滅し、対価として莫大な報酬を得る。アフリカの新興国には、メサイアを本当に神の使者と考えてる国さえあるんだ」
「国家ごと味方に付けてるということか」
「ああ。さらには現地政府と密約を交わし、子供を誘拐して人体実験も行なっていた」
「酷い話だな……」
ヘリポートに降り立つと、数名のドラゴニュートに出迎えられた。彼らは天人と客人2人に敬礼をする。
「サーガ機関が撤退したことで、アンタらはようやく動けるようになったということか」
「連中のせいで今までロクに街も歩けなかったよ」
横浜の惨劇後、サーガ機関は日本からの全面撤退を余儀なくされていた。富士田承之介の凶行を阻止できず、インフェルノドラゴンに対して一切手を打てなかったことで、各国政府の信頼を大きく失ったためだ。
そうして天人と式条が会話をしていても、梵の意識は別のところにあった。
「雪也はどうなる?」
梵は、トレーラーで運ばれる白竜を指差す。
「彼は地下の研究施設に運ぶ。大丈夫だ、私を信じてくれ」
天人は梵の肩をポンポンと叩く。梵自身、このメサイアという組織ならば何とかしてくれるのでは、という期待を抱いていた。何せ、あの自我を失ったアルビノを一瞬で封じ込めた連中だ。勿論、表には出さなかったが。
「で、アンタらの知ってる"ドラゴンの秘密"とやらは何なんだ?」
式条が聞くと、天人はまたも不敵に笑った。
「私について来てくれ。素晴らしいものを見せる」
そのまま梵と式条は、目の前に鎮座するビルの中へと案内された。
「凄いな……」
梵は思わず感嘆してしまう。
広々としたビルのエントランスは、まるで博物館だった。壁画、土器、発掘調査の写真……いかにも歴史的価値のありそうな資料が整然と並べられ、空間を彩っている。そして何より目を引くのは、中央に置かれた巨大なドラゴンの化石だった。白骨化しているものの形はよく分かり、その全長は50mに達するほどだ。研究施設というからには、もっと無機質な感じを想像していたが……。
式条もまた、ほぼ同じ思いを抱いていた。
「メサイアは博物館を経営して資金集めをしてるのか?」
天人は愉快そうに笑う。
「ははは……名案だ。今度の会議で提案してみよう」
梵は、目の前にそびえ立つドラゴンの化石と対峙していた。もう何億年も前に死んでいるはずだが、化石は全身に生気を漲らせ、こちらを睨みつけているかのようだ。それだけでも、ドラゴンという種が人間、また他の如何なる生物とも違う存在であることが感じ取れた。
……ドラゴンの正体は何なのだろう。
その答えは、この場所にある。世界を危機に陥れ、多くの命を殺め、自分の中にも眠っているモノ。その正体を、どうしても知りたくなった。
「この化石は七潮島で発掘されたんだ。初嘉山噴火の際に偶然出土し、その情報を得たメサイアが研究所を作ったというわけだ」
天人は梵の横に並び立つ。
「知りたいだろう? ドラゴンの全てを」
梵は躊躇なく、首を縦に振った。
そうして梵たちが案内されたのは、シアタールームのような場所だった。椅子がいくつか並べられ、手前にはスクリーンがある。だが娯楽室というには、少々無機質だ。どちらかというと、学校の視聴覚室に近いだろうか。
数人のスタッフがプロジェクターを起動させると、スクリーンに何かの図が映し出された。ドラゴンが出現した時期の年表らしい。
「ドラゴンが初めて地上に現れたのは、デボン紀から石炭紀の間。滅亡したのが、ペルム紀の末期だと思われる。そしてこれは、史上最大の大量絶滅が起きた時期と重なっている。2億5千万年前の地球に、"何か"が起こったのだ。ドラゴンを滅ぼすほどの何かが……」
スクリーンが切り替わり、画像が映される。ドラゴンの化石が発掘された時の画像のようだ。
「だが、ドラゴンは根絶やしにされたわけではなかった。僅かに生き残った個体が、世界中に散って身を隠したのだ。この七潮島で見つかった個体や、あのアメジストドラゴンもその1つだろう」
「なら、何故今になって現れたんだ?」
式条は思わず疑問をぶつける。何億年も身を潜めていたのに、どうしてこの現代に復活したのか……。
「彼らの"王"が目覚めようとしているんだ」
「王だって?」
天人の顔が一層険しくなる。"王"というのがとてつもなく恐ろしい存在なことは、容易に察せた。
「原初のドラゴン、種族の始祖、邪神……。王は多くの側面を持っている。奴は間違いなく、古代の地球における支配者だった。死と破滅を司る者、全人類にとっての厄災。その名は……」
梵の鼓動が高まる。肌で感じる室温が、急激に冷えていくように感じた。
「イーラ」
その名を聞いた瞬間、頭をガツンと殴られるような衝撃を覚えた。イーラ……その名前を、自分は知っている。どこかで聞いたことがある。でも、一体どこで……。
「メサイアはイーラの復活を望んでいる。イーラの力さえあれば、人類文明の崩壊など容易いからな」
……そうだ。思い出した。1年前、美咲と一緒に逃げていた時……悪夢の中で聞いた名前だ。あれはきっと夢じゃなく、イーラの"声"だったんだ。
「そいつが……"アメジスト"の親玉なのか」
式条が低いトーンで聞く。
「アメジストはおそらく尖兵だ。目的は大方、梵や雪也くんといったところか」
「イーラの復活をバカ正直に待ってやる筋合いはない。奴の居場所は?」
「それが判ればとっくに息の根を止めてるさ」
式条は背もたれに寄りかかり、喉をうならせた。国防軍はインフェルノに対し何も出来なかった。それなのに今度は、神の如き最強のドラゴンが目覚めようとしている……。流石に気が滅入ってくる。
「俺はどうすればいい?」
「まず、軍や政府に知らせてほしい。人類が一つになることが何より重要だ。あまり時間はない」
「その前にさ……」
梵が、2人の会話に割って入る。
「あんた達ドラゴニュートは一体何なの? ドラゴンとはどういう関係?」
いつも通りの無機質な話し方で、梵は聞いた。
「そういえば……」
すっかり忘れていた、という風に天人は言う。
「我々ドラゴニュートはな、幼少期にとある特殊な薬を摂取して、この力を得たんだ。その薬は、ドラゴンの血から作られている。ミトコンドリアDNAを全く別の生物のそれに変質させるんだ」
「なら、薬を使えば誰でもドラゴニュートになれるってことか?」
式条の質問に、天人は首を横に振る。
「いいや、そうではない。ドラゴニュートになれる人間は限られている。簡単に言えば遺伝子的な問題で、近い血縁者に適合者がいれば適合の可能性がぐっと上がる」
「もし適合しなかったら?」
「変質に失敗したDNAは破壊され、体細胞が急激に死滅する。簡単に言えば、死だ」
その言葉に、式条は少しゾッとした。
「かつて古代人達は、多くの犠牲の上にドラゴニュートの適合者を見つけ出した。ドラゴニュートさえいれば、文明の栄華は約束されるからな。メソポタミア、インダス、エジプト、アステカ、マヤ、インカ、オルメカ……多くの古代文明に、ドラゴニュートの痕跡がある」
「古代人はドラゴンと関わりを持っていたのか?」
「古代人はドラゴンの血を摂取して、力を得ていたんだ」
式条は、鞍馬少佐から見せられた壁画を思い出す。あれには確か、人間がドラゴンの血液を飲んでいる様子が描かれていた。つまりあれは、ドラゴニュート誕生の瞬間を書いた画だったのだろう。
「メサイアには、古代ドラゴニュートの末裔も多い。海成一族も含めてな」
「そうか。ならそろそろ、その一族についての話を聞かせてよ、"父さん"」
梵が仰々しく提案する。無論、「父さん」と呼んだのも単なる皮肉だ。この男を父親と認めたわけではない。
「俺の母は……今どこにいるんだ?」
一切のごまかしは許さない、という風に質問する。正直、メサイアや世界がどうしたという話よりも、本当に知りたいのはこっちだった。
「梵……それより、食事でもどうだ? 腹が減ってるんじゃないか?」
「真夜中だぞ! 腹なんか減るかよ!!」
天人のはぐらかすような態度が、逆に梵を逆撫でした。
「知ってるんだろう? 話せない理由があるのか?」
梵は立ち上がって詰め寄る。
天人の目は、しばらく泳いでいた。しかし梵の硬い意志を読み取ったらしく、何かを覚悟するように大きく深呼吸をする。
「わかった。話そう」
梵は眉間にしわを寄せ、天人の方を見据えた。天人の薄い唇が、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「お前の母は……もう10年以上前に死んでいる」




