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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
第2章 運命に呪われし少年
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第7話 メサイア

防衛省 中央指揮所


 指揮所全体を見下ろせる会議室で、木原中将は眉間にしわを寄せていた。アルビノドラゴン……よりにもよってあの少年が民間人を襲うなど、信じられなかった。あの、正義感の塊のような少年が……。

 そんな思いを嘲笑うかのように、テレビからはパニックに陥る街の様子が生々しく放送される。


『……では現場の白井(しらい)さん、伝えてください。もう事態は収束してるんですか?』

『まだ正式な発表はありませんが、現在国防軍が現場の収集にあたっているようです。私の後ろにも規制線が貼られていますが……』


 報道機関やネットでは情報が錯綜していた。中でも大半を占めていたのは、昨年末の横浜襲撃事件との関連性だ。人間とドラゴンによる戦争が起こっている、という根拠のない噂が、情報ネットワークの波に乗って世界中に拡散されているのだ。まぁその噂自体は、あながち間違いでもないのだが。

 もちろん関係者の間では、インフェルノの事件と今回の騒ぎに関連が無いことは周知の事実だ。といっても、デマに惑わされる俗世を高みの見物というわけにもいかなかった。木原を含め、事態の全容を誰一人として把握できていないのだから。確かなのは、アルビノが突然暴れ出し、サファイアがそれを止めるために戦ったということだけ。ミサイルの威力よりも情報の早さがモノを言う現代において、対応が後手に回るのは非常にまずいことだ。

 あれこれ思考を巡らせていると、不意に部屋の電話が鳴った。木原は受話器を取る。


「木原だ」

『中将、至急ご報告したいことが』


 相手の女性は、D-スレイヤーの鞍馬少佐だ。


「一体何が起こってる?」

『それが……』


 鞍馬から事のあらましを聞いた木原は、まず愕然とした。次に、怒りが湧いた。


「ちょっと待て、式条はアルビノをその"メサイア"とかいう組織に引き渡したのか!?」

『そういうことになるかと……』

「冗談じゃないぞ! 奴は何を考えている!?」

『HUDを用いても思考までは読めませんので……』


 木原は目の前のデスクを軽く叩く。

 部下たちには常日頃から、軽率な行動は控えろと教えてきた。それを、あいつは……。全く、一体どういうつもりなのだ。この期に及んで、まだ大佐という立場をわきまえていないのか。もしメサイアたる組織の目的が、アルビノやサファイアの奪取だったら……みすみす敵の欲しがる物を献上したことになる。

 木原は怒りのままに会議室を後にした。









太平洋 伊豆諸島上空


 もし今が太陽の昇っている時間帯ならば、どこまでも続く大海原と点在する島々を見下ろすことができただろう。だが今は夜更け。眼下は漆黒に塗り潰され、美しさなど微塵もない。ただ、底知れぬ恐怖を煽り立てるだけだ。せめて月光でもあれば幾分かはマシになるだろうが、生憎空は分厚い暗雲に覆われてしまっている。空も、海も、水平線すら見られず、ブラックホールの中を飛んでいるような感覚になった。

 梵と式条は今、CH-47ヘリに搭乗していた。メサイアが所有する機体であり、2人の他には天人とその仲間たちも乗っている。そしてヘリの胴体からは、気絶したアルビノドラゴンが直接吊り下げられていた。

 式条は両腕を組みがら、向かいに座る天人を鋭く見つめる。


「それで、このヘリはどこに向かってる?」

七潮島(ななしおじま)。我々の極秘施設がある島だ」


 七潮島……式条は記憶の引き出しを探ってみる。確か、八丈島より僅かに南西に位置する島だったか。


「火山活動が活発な島……で合ってたか?」

「よくご存知で」


 記憶に違いが無ければ、七潮島はどこかの企業が地質調査のために購入していたはずだ。それ以来、一般人の出入りは全くと言っていいほど無い。秘密基地にはちょうどいい環境だろう。


「七潮島の中心にある初嘉山(はつかやま)は、噴火活動が盛んな活火山だった。1962年と’77年の2度にわたって噴火し、いずれも麓の初嘉村(はつかむら)に甚大な被害を与えた。島民は次々に移住し、村は事実上崩壊。’80年代末には地図から消えた。そこで島を買い取ったのが、我々のダミー会社だ。メサイアは島に研究施設を建造し、極秘の拠点としたんだ。幸運なことに今日まで秘密は守られ、サーガ機関にも勘付かれなかった」

「……今サーガ機関って言ったか?」


 梵が思わず尋ねた。

 サーガ機関……その名について、梵は良いイメージが無かった。自分や雪也を何ヶ月も監禁し、間接的に横浜の惨劇を引き起こした組織だ。一応は、人類を未知の脅威から守る組織らしいが。


「サーガ機関は私の生まれる前からメサイアを追い続け、幾度となく戦ってきた」

「メサイアはそんな昔からあるのか?」

「メサイアは第一次大戦後、世界各地に散らばっていたドラゴニュートにより結成された。そして戦間期~第二次大戦の混乱に乗じて、勢力を拡大していったのだ」

「へぇ……それが何でサーガ機関に目の敵にされるんだ?」

「それはだな……」


 それまで穏やかだった天人の表情が、みるみるうちに難しくなる。


「梵、式条大佐。これから話すことはとても重要だ。大袈裟じゃなく世界の命運に直結する。よく聞いてほしい」


 梵は言われた通り、眼前の父親に意識を集中する。しばし誰も言葉を発さず、ヘリのローター音だけが密室空間に響いていた。


「……実は私は、密かにメサイアと袂を分かっている。奴らは救世主(メサイア)なんて名乗ってるが、その実は人類の滅亡を望むカルト集団なんだ」

「それはまた厄介そうな連中だな」


 式条がどこか呆れた風に言う。


「厄介で済めばいいが、事は非常に深刻だ。イカれた野望を実現するだけの"力"を持っているからな」

「で、そいつらは人類を滅亡させて何がしたいんだ?」

「ドラゴンの復活だ。それも1体や2体じゃない、種族単位でだ。奴らはドラゴンを神と崇め、地上に君臨するに相応しい種族だと考えてる。ドラゴニュートの力を、ノアの方舟が何かだと思ってるんだろう。狂った選民思想ってやつさ」

「アンタはそれを止めるために動いてると?」

「やっと理解してもらえたかな」


 その時、式条の無線に音が入った。聞こえてきたのは、木原中将の声だ。


『伍長からやり直したいか、式条?』


 その台詞を聞いたのは、式条にとって数年ぶりのことだった。木原中将が怒っている時の決まり文句だ。何故怒っているのかは、だいたい想像がつく。


「非常事態だったんです中将。こうする他ありませんでした」

『何よりの非常事態は、血迷ったD-スレイヤーの指揮官がドラゴンの少年2人を、得体の知れない組織に引き渡してしまったことだ』

「引き渡してはいません。メサイアの正体を知ろうとしているだけです」

『同じことだ。メサイアはドラゴンの無力化が可能らしいな。ならば次の瞬間にお前の頭を撃ち抜き、梵くんを連れ去ることだって出来るんだぞ』

「今の我々に雪也を救う技術はありません。でもメサイアならば、雪也を治療できるかもしれないんですよ? もしこのまま手を打たず、雪也が死ぬ結果になれば、彼の祖父母に何て言います?」

『私情や希望的観測は危険だと教えただろう?』

「最善を尽くせとも教えられました。救える命を見捨てるなとも」

『リスクが大きすぎる』


 それを最後に、木原中将の叱責の雨は止んだ。やはり彼の中にも、小さくない迷いがあるのだろう。


「中将、もし俺の身に何かあれば……直ちに七潮島を空爆してください」

『ハァ……』


 木原中将のため息が、どんな意味を含んでいるのかは分からなかった。


『全搭乗員へ。本気は間もなく着陸態勢に入ります』


 パイロットからのアナウンスが流れると共に、ヘリは徐々に高度を落としていった。梵は窓の外の光景に目をやる。


「何だこれ……」


 思わずそう呟いた。

 七潮島と呼ばれるその島は、全体が台形のようになっており、火山島であることをこれでもかと強調していた。そして山の麓には、20階はあろうかというビルが1つ、鎮座している。周囲を自然に囲まれた中に佇む光り輝く人工物は、いささか場違いにも思えた。


「地上にあるものなど装飾に過ぎない。地下施設は火山そのものをくり抜いて作ってるからな」

「へぇ……」


 梵は思わず感心の声を漏らす。

 天人は、誇らしげな笑みを見せながら言った。


「ようこそ、我らの"秘密基地"へ」

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