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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
第2章 運命に呪われし少年
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第5話 再会

 式条はロープを滑り降り、手近なビルの屋上に着地した。他の隊員たちも、次々にヘリから降下してくる。

 ドラゴンたちが戦っているのは、このビルが面する通りだ。黒煙が星々を覆い隠し、焦げた悪臭が一帯に充満している。


「俺に続け! 非常階段を使うぞ!」

「了解!」


 ビルは8階程度の高さしかないので、大して時間もかからないだろう。

 錆びた非常階段を下っている間も、式条は度々HUDのニュース映像を確認していた。先ほどまでは互角の戦いだったが、今は梵が雪也に追い詰められている。最悪の事態が、すぐそこに迫っていた。


『たった今、軍から即時退去命令が出されました! 我々も中継を中止し、この空域から退避します!』


 その言葉を最後に、中継は途切れた。


「クソッ!」


 これで貴重な情報源が失われた。

 命令したのは式条自身であったが、一瞬それが恨めしく思えた。こうなれば、直接自分の目で確かめる他ない。

 彼らの元へ行ったところで、自分にはどうしようもないかもしれない。だが、黙って見てもいられなかった。どうにかしなければ。










 雪也が火球を放つまさにその時、梵の意識は遠のいていった。

 ダメージが脳に達したのだろうか。全身に力が入らず、夢の中にいるような感覚になる。

 視界が黒く塗られていく。雑音すらも遠くなり、五感が機能しなくなる。自分はここで死ぬのだろうか……。


 ふと、胸の中にある感情が湧いた。

 初めはそれが何か分からなかった。今まで経験したことのなかった感情だからだ。果てしない悲しみ、怒り、そして……憎悪。

 時間とも空間とも切り離されたこの世界で、自分の中の何かが解き放たれようとしている。心の奥底に封じ込められていた、何か。

 唐突に、いくつかの映像が浮かんでくる。どれも遠い昔の出来事だ。深い喪失の中で、憎き敵と殺し合っている自分。その敵は……確かあれも、白いドラゴンだった。


 ――――これは記憶だ。


 自然とそう悟っていた。

 そうだ。俺は昔、大切なものを目の前で奪われた。それが何かは思い出せないが、きっと掛け替えのないものだった。

 慟哭めいた咆哮が、頭の中に響く。

 怒りが抑えきれない。あまりの激情に、心がズタズタに引き裂かれそうになる。記憶はバラバラで、パズルのように断片的だ。だがあの時の感情だけは、あの時の憎悪だけは……はっきりと覚えている。


 ――お前が許せない。




 ――お前だけは、絶対に許せない……!








 ――――お前が、憎い!!!!










 刹那、体の奥底から力が湧き上がるのを感じた。

 火球はまだ放たれていない。梵は本能の赴くままに、雪也の体を蹴り上げてやった。すると驚くことに、白竜はいとも簡単に吹き飛んでしまった。


「ギャォォォォォォォォォォォォォ!!!」


 自分の意思とは無関係に、咆哮が溢れ出た。得体の知れない復讐心が、全身を侵食していく。

 白竜は姿勢を起こし、また火炎を放とうする。梵はそれよりも早く、近くにあったタンクローリーでフルスイングを喰らわせてやった。

 タンクローリーは大爆発を起こし、白竜の顔半分を吹き飛ばす。雪也は完全にパニックに陥ったらしく、闇雲に火炎を撃ち続けている。

 こうなれば容易かった。梵はブレスをガードしつつ白竜に襲いかかり、体当たりして相手を地面に叩きつける。


「グ……ガァ……」


 仰向けに倒れた白竜は苦しそうに呻く。だが梵の追撃は収まらない。今度は相手の喉笛に噛みつき、それを食いちぎってやった。

 白竜は最早声を出すこともままならず、口から青紫の液体を漏らしている。


 ――――これでトドメだ。


 青竜の顔に歪んだ笑みが灯る。

 梵は翼についた指で、白竜の口を無理やりこじ開けていく。爆発で顎の一部が吹き飛んだためか、抵抗はかなり弱い。

 口は裂けんばかりに開かれ、喉奥がさらけ出される。梵は最大まで火球を溜め込み、白竜の体内に狙いを定めた。

 口の中はドラゴンの弱点だ。アメジストもインフェルノも、そうやって絶命したのだ。


 ――――お前は……ここで消えなければならない。


 高揚感が思考を支配する。心にはもう、燃え上がるような歓喜しかなかった。白竜の体からは既に力が抜け、最期の瞬間を待っている状態だ。


 ――――死ね!!


 梵はそのまま、ゼロ距離で火球を放とうとした。

 その時だった。



「梵!! やめろ!!!」



 遠くから、聞き慣れた声が聞こえた。その声が、梵の思考を復活させる。


 ――――自分は何をしている? 自分は今、何をしようとしていた?


 燃え盛る建物や車。遠くには国防軍の兵士の姿。そして目の前には、全身に傷を負い意識を失っている白竜。

 ようやく思い出した。自分は今、この白いドラゴンを殺そうとしていたのだ。


「え……?」


 信じられなかった。

 この白竜は決して憎き敵などではない。これまで苦楽を共にした友人、永代雪也だ。それを、自分は……。

 梵は急いで雪也から離れると、助けを求めるように辺りを見回した。兵士たちがゆっくりと近づいてくるが、その顔はどれも恐怖に染まっている。


「梵、何があった?」


 兵士の1人、式条が声をかける。


「……大丈夫か?」


 式条がもう1度心配げに質問する。しかし梵は、悪夢から覚めたばかりのような表情を浮かべるだけだった。


「あの……俺……」


 なんとか言葉を絞り出そうとするが、上手くいかない。数秒前の現実が受け入れられなかった。


「一体、何があったんだ?」

「……わからない」


 式条の質問にも、上の空で答える。


「さっきのお前はまるで……雪也を殺そうとしてるみたいだった」


 その通りだ。今さっき自分は、憎悪に駆られて雪也を殺そうとした。でも、一体どうしてだ?

 雪也に初めて会ったのはほんの1年前だ。当然ながら、恨みを抱いたことなどない。しかし、あの時は……。あのどうしようもない喪失感は……幻想の産物だったのだろうか。


「……梵?」


 式条に名前を呼ばれ、青竜はもう一度下を向く。


「雪也が街を襲ったというのは本当なのか?」

「……たぶん」

「たぶん?」

「あれは雪也じゃなかった。俺を認識してなかったし、あいつの意思はまるで感じなかった」

「なら、力が暴走を起こしたとか……」

「そんな風に見えた」


 梵はボロボロの体のまま、じっくりと思案する。

 ドラゴンの力が暴走した……仮にそうだとすれば、今の自分も暴走の可能性があるということか? いやむしろ、さっきのような憎しみに囚われた状態が暴走なのか? また謎が増えた。


「梵、今日は家に戻れ。疲れただろう?」

「……うん」


 梵は式条の言葉に甘えることにした。


「式条大佐! 敵襲です!!」


 兵士たちの絶叫に似た声が聞こえたのは、その直後だった。梵と式条は慌てて振り返る。


「敵襲だと!?」


 式条を含む軍人たちは急いで銃を構えた。


「どこだ!?」

「上です!」


 全員の視線が空に向く。

 そこには、見たこともない生き物がいた。一見すると人間のようだったが、太い尻尾が生えており、背中にはコウモリのような翼があった。さらによく見ると、全身が鱗に覆われているようだ。


「何なんだ……あれは」


 生物は翼をたたみ、勢いよく着地した。

 兵士たちは銃を構え、最大限の警戒を向ける。

 近くで見ると、生物の異様さがよく分かった。身長は2m以上あり、手足には鋭い鉤爪があった。頭にはツノが生え、口はワニのものに似ている。

 それはまるで、ドラゴンと人間の中間とも言える姿だった。竜人という言葉が適切だろうか。

 竜人は直立姿勢のまま、兵士たちをじっと見つめている。


「大佐……まだ来ます!」


 竜人はさらに2体目、3体目と降りてきて、あっという間に10体以上に増えてしまった。


「何なんだ……こいつら……」


 兵士の後ろに構える青竜もまた、当惑していた。

 黒煙の立ち込める大通りが、緊張に包まれる。

 そんな一触即発の沈黙を破ったのは、竜人の方だった。


「銃を下ろせ! 我々は敵ではない!」


 叫んだのは、最初に現れた茶色の竜人だった。

 兵士たちはさらに困惑し、互いに顔を見合わせる。


「大佐……どうしますか?」


 横にいた寺島が尋ねる。しかし式条も竜人たちをただ見据えるだけで、命令を下せずにいた。

 すると2人の背後から、新たな気配が近寄ってきた。


「我々が来たのは、あなた方を救うためですよ」


 突然声をかけられ、式条たちは驚いて振り返る。

 現れたのは、また新たな竜人であった。灰色がかった体色で、鱗の1枚1枚が突起になっている。まるで地獄の針山だ。竜人は黄色い瞳で、式条たちを見下ろしている。


「貴様ら……何者だ?」


 式条が銃を突きつけながら聞く。竜人は慄くこともなく、悠々たる態度で答えた。


「ご安心を、軍人さん。こう見えて我々も人間だ。この姿は竜と人間の混合体……我々はドラゴニュートと呼んでいますが」

「どこから来た? 目的は何だ!?」

「あなた方がアルビノと呼ぶドラゴン……彼を止めるために来ました。それと、遠い昔に生き別れた"家族"に会うために」

「家族だと?」


 灰色の竜人は、姿に似合わぬ哀愁を漂わせながら目を閉じた。式条はゆっくりとライフルを下ろす。


「お前は一体……誰だ?」


 竜人はゆっくりと目を開け、1度大きく息をした。そして暫し経った頃、ようやく言葉を紡ぎ始めた。


「私は海成 天人(うみなり あまと)。人類を、破壊者の手から護るために生きる者だ」

「う……海成だと……!!?」


 式条は驚きのあまり声を震わせる。だが最も驚いていたのは、横で聞いていた青竜であった。

 竜人は愛でるように青竜の姿を見つめる。


「ようやく会えたな、梵。私が……お前の父だ」

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