第4話 衝撃
『非常事態発生。東京都港区に、ドラゴンが出現。即応可能な部隊は、直ちに対象地域へ緊急出動せよ。これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない』
基地内に、放送と警報サイレンが交互に鳴り響く。兵士たちは自分の部隊に合流すべく、あちこちに走り回っていた。
式条もまた、自身のヘリに向かって足を急がせている。
「鞍馬、被害は出ているのか?」
式条は無線に問いかける。
『複数のビルで火災が発生している模様です。死傷者の有無に関しては不明』
「敵は本当にドラゴンなのか?」
『被害の拡大の仕方から見ても、可能性は非常に高いかと』
「防空システムに反応は?」
『D-スレイヤー、国防空軍、及び在日米軍のレーダーは、領空に侵入するアンノウンを捉えていません』
何か妙だ、と式条は思った。
ドラゴンが出現して以来、全国の防空体制は一層強化されている。首都圏ならば尚更だ。だが、レーダーには何も映らなかった。これは一体どういうことか……。
「敵に関する情報はあるか?」
ヘリに乗りながら、再び無線に問いかける。
『ドラゴンであることはほぼ確実です。ただ……』
「ただ……何だ?」
口ごもる鞍馬に、式条は当惑を覚える。
「おい鞍馬、一体何なんだ?」
『敵の体長はおよそ20mで、体色は白です。報告が確かかは不明ですが、敵の特徴は……アルビノドラゴンのそれと酷似しています』
その瞬間、式条の背筋に悪寒が走った。
まさか、あり得ない。そんな言葉ばかりが、頭の中でリフレインする。だが状況は、あり得ないはずの事実を指し示している。
「大佐! 早く行きましょう!」
先にヘリに乗っていた寺島に呼びかけられ、ハッと我に帰る。
「す……すまん」
事実を確かめるには、現場を見るより他にない。
機体のドアを強く閉めると同時に、ヘリは離陸を開始した。
ビル街の一角から、えんじ色の光と黒煙が見える。青いドラゴンは、混乱の渦中に向かって一直線に飛んでいた。
近づくにつれて、被害の深刻さが克明にわかってくる。狙われたのは主に高層ビルのようで、上層階からは炎が勢いよく吹き上がっていた。
梵は敵を探しつつ、周囲を見渡す。
その時、別のビルが突如大爆発を起こした。窓という窓は割れて炎が舞い上がり、火のついた大量の瓦礫が地上に注がれる。
だが梵の注目は爆発そのものよりも、光の中に浮かび上がったシルエットにあった。梵と瓜二つの形を持った、元凶と思しきドラゴン。青竜は力強く羽ばたくと、そのドラゴンに突撃していった。
梵は敵の気を引くべく、火球を3発放つ。火球は全て相手に命中し、空中で大爆発を起こした。青いドラゴンはその場で滞空し、敵の正体を見極めようとする。
そのわずか数秒後、敵は爆炎の中から飛び出してきた。炎を振り払うように翼を広げ、憎悪むき出しの視線を青竜に向ける。
だが梵の方は、信じられない現実を前に凍りついていた。
「雪也……なのか……?」
街を襲っていた敵の正体……それは、見間違うはずもない白い竜、雪也のドラゴン体であった。
「お前……一体何をしてるんだ……?」
梵はようやく言葉を絞り出す。眼前の光景が、全く受け入れられない。悪夢を見ているのかとさえ思っていた。
「グォォォォォォォォォォォォォ!!!」
白いドラゴンから、大気を震わせる咆哮が発せられる。目は狂気に染まり、理性というものを全く感じさせない。姿形は雪也であるが、その中の人間性がすっぽりと抜け落ちている、そんな印象を抱かせた。
――――こいつはさっきまでの雪也じゃない。
そう察するのに時間はかからなかった。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
再び雪也から獣の咆哮が放たれる。ほぼ同時に無数の牙を曝け出し、梵に襲いかかってきた。
「くっ……!!」
強靭な顎が目の前に迫る。梵は翼を使って、ギリギリのところで雪也の顎を抑えていた。
そこまで近付いて、ようやく雪也の瞳孔が赤く染まっているのに気づいた。元々は緑色だったはずだが、今はまるで吸血鬼のようだ。
その間も白竜は何度も噛み付こうとし、唾液が梵の顔にかかる。2体はそのまま縺れ合うように落下し、やがて大通りへと叩きつけられた。巨体は何度もバウンドし、木や電灯をなぎ倒していく。
梵はなんとか白竜を蹴り飛ばし、態勢を整える。
――――まずいな。
通りにはまだ、逃げ遅れたらしい数人の市民が見えた。彼らは腰を抜かしたまま、梵の姿を見上げている。
「何してる! 早く逃げろ!」
梵が叫んでやると、市民たちは一目散に逃げ出した。
その頃には、雪也も戦闘態勢を取っていた。口で火球を作り、それを素早く発射してくる。
――――チッ!
軽く悪態をつきながら、梵は乗り捨てられた車を盾代わりにした。爆発で車は粉々になったが、梵へのダメージはない。
今度は梵が仕掛けた。まず車をグローブのように両翼に装備し、飛びかかって殴りつける。雪也が怯んだところでその頭をがっしりと掴み、太い脚で顎に膝蹴りを食らわせた。続いて両翼で順にフックを放ち、最後にアッパーを繰り出した。白竜は大きく仰け反り、何歩か後ずさる。
これも全て、雪也との訓練で身につけた技だ。新たな敵の出現に備えての訓練だったが、まさかこんな状況で使うことになるとは。
――――皮肉なもんだな、雪也。
心の内でそう語りかける。
雪也は何度か荒く息をすると、口元に炎を纏わせ始めた。梵もまた、相手と同じことをする。
数秒後には火炎同士が正面から激突し、周囲は熱風に包まれた。
東京へ向かうヘリの編隊からも、炎と黒煙ははっきりと見えた。闇夜を照らすオレンジ色の光は、横浜のあの惨劇を思い出させる。
『戦闘地域までおよそ1分』
パイロットが無線で報告する。
式条はアサルトライフルにマガジンを込め、ラペリング降下の準備を始めた。
「分かっていると思うが、民間人の救助が最優先だ。降下の後散開し、要救助者の捜索に当たれ! チャーリーからエコーチームは消火活動だ!」
「「「了解!!」」」
側面のドアを開け、降下用のロープを用意していると、HUDにニュース映像が表示された。生中継の空撮映像であり、そこには2体のドラゴンによる壮絶な戦いが写っている。
『こちらHQ、民間のテレビ局から現場の映像が入った』
大通りは火の海と化し、車や周辺の建物はことごとく破壊されている。幸いにも周囲に人はいないようだが、見慣れたドラゴンたちが殺し合っている光景には、激しい動揺を覚えた。
『突如現れた2体の生物は現在、大通りで激しい戦闘を繰り広げています! この生物は、昨年横浜を襲った所謂"ドラゴン"の形状と酷似しており……』
ふと、式条の頭に嫌な考えがよぎる。
「ちょっと待てHQ。この映像は生中継と言ったな?」
『え……はい』
「では民間のヘリが戦闘地域にいるということか!?」
『れ……連絡してやめさせますか?』
「今すぐにな!」
式条はもう一度、ニュース映像に注目する。梵たちは互いに何度も火球を放っており、いつ流れ弾が飛んでもおかしくない。
「大佐! バンカーバスターを使いましょう!」
寺島が力強く進言する。しかし、式条は首を横に振った。
「馬鹿を言え。周りは市街地だ。民間人がいたらどうする?」
そうだ。今は梵に賭けるしかない。ドラゴンを止められるのは、同じドラゴンだけだ。
もうどれだけ戦っただろうか。それは5分にも、1時間にも感じられた。何度目かの火球を放ち、相手の動きを牽制する。
梵は既にかなり息が上がっていた。鱗や翼にも、多くの傷が刻まれている。一旦変身を解けば回復するのだが、そんな時間は無さそうだった。
しかし、疲れが見えるのは雪也の方も同じだ。純白の鱗はボロボロで、ところどころから青紫色の血を流している。そんな中でも赤い瞳だけは、最初と同じように殺意をみなぎらせていた。
――――さあ、どこからくる?
梵は慎重に間合いを詰めていく。頭の中であらゆるパターンを予測し、必死に対策を練る。
上空のけたたましいローター音に気付いたのは、その直後だった。梵は思わず首を持ち上げる。ヘリは民間機のようで、旋回しながら自分達をサーチライトで照らしていた。
ふと視線を戻すと、雪也の方もまたヘリに気を取られていた。嫌な予感が、全身の神経に電流として伝わる。
予感は間もなく的中した。雪也は大きく裂けた口を開くと、ヘリに向けて火球を撃とうとし始めたのだ。
「待て! よせ!!」
梵はすぐに飛び上がり、火球の射線上に割って入る。刹那、鉄パイプの束で突かれたような衝撃が全身に走り、青い巨体は吹き飛ばされた。
「グォッ!!」
雪也の火球は、梵の胴体に直撃した。
一瞬意識が混濁し、反射的に唸り声が漏れる。
そのまま硬い地面に叩きつけられてしまい、次の一手を考える余裕も無い。
その隙を、雪也が見逃すはずはなかった。あっという間に梵の上にのしかかり、動きを封じてしまう。続けて、鋭利な爪を青竜の腹に突き刺した。
梵もなんとか抵抗しようとするが、顔を翼で何度も何度も殴打され、反撃ができない。
――――まずい、殺される……!
そう思った時には、白竜は口に炎を貯め、梵にトドメを刺そうとしていた。




