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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
第2章 運命に呪われし少年
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プロローグ2

東京都千代田区 首相官邸-2030年1月20日


 建物の地下、普段人目に触れることのない危機管理センターの会議室には、この国の要人中の要人たちが一堂に会していた。長方形の空間は薄暗く、スクリーンの鈍い光だけが室内を照らしている。総理大臣に官房長官、防衛大臣といった顔ぶれは、一様に彫像のような硬い表情を浮かべながら、ただ憮然とスクリーンの方を見つめている。

 廣瀬(ひろせ)統合幕僚長は彼らの前に立ち、先程から説明を続けていた。


「周知の通り昨年12月24日深夜、横浜市を1体のドラゴンが襲いました。コードネームは"インフェルノ"。死者は75000人を超え、戦後最悪の被害をもたらしました」


 スクリーンに、"インフェルノ"ドラゴンを捉えた写真がいくつも映し出される。

 燃え盛るビル群の上空に、巨大な翼を持った影が浮かび上がっている。その全長は70mを優に越しており、ひび割れた鱗からはオレンジ色の炎が漏れていた。まるで、地獄そのものが意思を持って襲ってきたかのようだ。

 あの日……たった一晩のうちに、人口300万の大都市は死の街と化した。

 そして世界は知った。人類を遥かに凌ぐ力を持った、究極の怪物の存在を。


「では、ここからは一連の事態の当事者である、陸軍中佐の式条(しきじょう)と代わります」


 廣瀬統幕長がその場から退くと同時に、式条憲一(しきじょうけんいち)はスクリーンの前に立った。総理大臣を目の前にするのはいささか緊張するが、そうも言っていられない。


「ただ今ご紹介に上がりました、式条と申します。私としても全てを知っているわけではなく……むしろ不明な点の方が多いくらいですが、可能な限りお話しさせていただきます」


 式条は、わざとらしいくらいに恭しく話す。


「まず、横浜を襲った"インフェルノ"ドラゴン。この個体は、サーガ機関の科学者であった富士田承之介(ふじたしょうのすけ)が、自らの肉体を突然変異させて誕生したものです。これまで確認されたドラゴンの中では、最大の体長と火力を有しています」


 話し終えると、式条は手前のノートパソコンを操作する。スクリーンが切り替わり、よく似た形状の2体のドラゴンが映写された。大きさはインフェルノよりずっと小さく、色はそれぞれ青と白だ。


「続いて、D-Day(デイ)以前に確認された個体です」


 D-デイ……2029年12月24日、すなわちインフェルノドラゴンが横浜を急襲した日の名称だ。かつては主にノルマンディー上陸作戦の決行日を指す単語だったが、Dragon(ドラゴン)の頭文字とも掛けられ、現在では世界中でこちらの意味合いとして使用されている。


「"アルビノ"ドラゴンと"サファイア"ドラゴン。どちらも、我々国防軍と共に戦った個体です」


 スクリーンにはドラゴンの画像と共に、2人の少年の写真も映される。式条はその片方を指した。


永代雪也(ながしろせつや)。彼こそがアルビノドラゴンの人間体であり、現時点では初めて人類の前に出現した個体となります」


 式条はそこで一息つくと、画面上のもう1人の少年を指した。


「この少年は海成梵(うみなりそよぎ)。サファイアドラゴンの人間体であり、前述の永代雪也とは友人関係です。この2名は現在、保護を兼ねた国防軍の監視下にあります」


 式条は重松(しげまつ)首相やその他の閣僚たちに視線を向ける。

 この老人たちは、一体どこまで知っているのだろうか。ふとそんな疑問が湧いた。

 サーガ機関について自分は何も知らなかったが、彼らは事前に知っていたらしい。ならば、他の情報を密かに握っていてもおかしくはない。もしかすると、既にドラゴンの正体に関しても見当がついているのだろうか……。

 そこまで思って、式条はその考えを捨てた。今はそんなことを考えても仕方がない。

 軽く咳払いをして、解説を続ける。


「またこの少年たちには、奇妙な共通点があります。どちらも14歳であり……そして実の両親が死亡、または行方不明となっています。といっても、単なる偶然とも考えられるので補足程度に……」


 偶然……。これらの共通点も、あの2人がドラゴンの力を持ったのも、単なる偶然……。そんなことがあり得るだろうか? 全てを偶然と片付けるには、あまりに不可解すぎる。


「少年たちの親族は? 誰かいないのか?」


 そう質問したのは、重松首相だった。ほうれい線が深く刻まれ、いつも疲れ切っているような顔。テレビではよく見知った顔だが、実物を見るのは初めてだった。


「雪也は……永代雪也に関しては、現在も父方の祖父母のもとで暮らしています。しかし海成梵の両親は、現在に至るまで行方不明です」

「その永代雪也の祖父母には、ドラゴンの能力はないのか?」

「調べた限り、彼の祖父母に特殊な力はありませんでした。よって、遺伝によるものではないかと」

「では一体何なんだ?」

「正直のところ、見当もつきません」


 重松首相は口元に手を当て、何やら熟考を始めた。

 首相に代わり、今度は武藤(むとう)防衛大臣が質問をする。


「その2人の他にも、ドラゴンの力を持った人間がいると思うか?」

「さあ……仮にいたとしても、正体を隠しているでしょう」


 式条は再びノートパソコンを操作し、別のスライドに切り替えた。新たな画像には、住宅街を襲撃する紫色のドラゴンが写っている。


「"アメジスト"ドラゴン……シベリアで初めて確認され、焼津漁港や中見原(なかみはら)町を次々に襲撃したドラゴンです。この個体に関しては、いまだに全容がわかっていません」


 重鎮たちの顔が、一層強張る。

 式条や政府が最も恐れていたのは、この紫のドラゴンだった。確かに、破壊力や被害を見ればインフェルノの方が遥かに上だ。しかし、インフェルノの正体や目的はすでに判明していて、同じ事態が起こるのはまずあり得ない。

 一方、アメジストについては一切の情報がない。日本を襲った理由も分からずじまいで、同族がいる可能性も大いに考えられる。


「アメジストに関しての情報は本当に何もないのか?」


 武藤防衛大臣の質問に、式条は答えを渋った。


「不確かな情報ではありますが……」


 予めそう前置きする。


「永代雪也によれば、アメジストと言語による接触を図った際、複数の同族の存在を示唆する旨の発言をしていたそうです」


 式条の言葉で、会議室が一気にざわついた。


「どうしてそれを早く言わないんだ!?」

「申し訳ありません。先ほど申し上げた通り、不正確な情報ですので……単なる敵のブラフという可能性もあります」

「問題は単なるブラフではなかった時だ。他には何か言っていなかったのか?」

「はい……ドラゴンの目的は、"人類から覇権を奪い返し、自分たちが頂点捕食者に返り咲くこと"だとも」


 室内が水を打ったように静まり返る。誰もが、恐ろしい事実と懸命に向き合おうとしているようだった。

 式条も平静を装っていたが、内心では常に焦燥に駆られていた。人類誕生より遥か以前から存在していた古代生物が今になって復活し、我々に戦争を仕掛けようとしている――――だとすれば、これまでの戦いは序章に過ぎなかったということだ。

 ドラゴンがどれほどの脅威かは知っている。だからこそ、 単なるブラフであってほしかった。もしもドラゴンが何十体、何百体と出現し、世界中を襲撃したとしたら……






 ……今度こそ、人類は終わりを迎えるだろう。

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