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第41話 再会

『……襲撃から丸1日半が経過しようとしていますが、未だ3000人以上が生き埋めになっていると推測されます! 死者・行方不明者数は、少なく見積もっても数万に達すると見られており……』


 梵は病室のベッドの上で、上の空のままテレビを眺めていた。

 ここは東京にある、軍が管轄する病院施設だ。負傷したわけでもないので本来入院など不要だったが、一応の経過観察……という名目らしい。

 疲労も溜まっていたので、休むのには丁度いいだろう……梵はその程度に考えていた。


「やっぱどのチャンネルも同じニュースだな」


 隣のベッドにいた雪也が、リモコンを握り締めてぼやく。当然ながら、テレビは横浜襲撃の報道一色だった。


『この新たなドラゴンに関して、政府は未だ公式見解を出しておらず……』

『新国立競技場は、臨時の野戦病院として開放されています』

『この未曾有の大災害に際して、国連は緊急総会を招集し……』

『今回出現したドラゴンと、5ヶ月前に中見原町に出現したドラゴンとの関連性は不明です』

『各国から哀悼の意と、支援の表明が続々と寄せられており……』


 いくつかの局では、ハイパーレスキュー隊による救助作業の様子が中継されていた。被害が大きすぎるせいか、その作業にもかなり苦戦しているようだ。


「なあソヨ、俺らも手伝いに行こうぜ」


 雪也はせがむように提案する。


「バカ。俺たちが行っても余計なパニックを起こすだけだろ」

「そっかぁ〜……」


 ただでさえドラゴンによって街が壊滅したのに、その上また別のドラゴンが現れたら、どんなことになるかわからない。少なくとも、歓迎は絶対にされないだろう。

 雪也はがっくりと肩を落とし、ベッドに大の字に寝転がった。

 不意に、病室の扉が開かれた。少年たちは驚いて顔を上げる。

 入ってきたのは、軍服に身を包んだ初老の男だった。胸には勲章がいくつも掲げられ、襟には階級を表す桜の紋章が光っている。


「やぁ、私は陸軍中将の木原だ。君たちが例のドラゴンの少年だね?」


 木原は2人の元に寄ると、まず梵に握手を求めた。梵は躊躇いながらそれに応じる。

 雪也とも握手を交わすと、「よいしょ」と言ってベッドに腰掛けた。


「最近は体が鈍っていかんな……」


 軍人らしからぬ穏やかな雰囲気の木原に、梵は戸惑いを覚える。

 出入り口を見ると、そこには別の男が直立していた。式条憲一……今ではよく見知った男だ。


「サーガ機関から脱走するのは大変だっただろう?」

「まーな。危うく焼け死ぬとこだったし」

「朝霧博士が救出したそうだね」

「あー、あの姉ちゃんそんな名前なんだ」


 木原と雪也が色々と話している間、梵はずっと黙っていた。この場で自分が話す必要はなさそうだ。


「んで、いつになったら家に帰してくれんだ? 爺ちゃんと婆ちゃんに会いたいんだけど」

「それならすぐにでも構わないよ」

「マジで? よっしゃあ!!」


 聞いた途端に雪也は舞い上がり、出入り口へと駆け出す。


「あっ待ってくれ! まだ事情聴取とか…」

「また今度な!」


 梵と木原もベッドから降りるが、雪也はすでに廊下に飛び出していた。梵たちも後を追い廊下に出る。

 てっきりもう走り去っていると思ったが、意外にも雪也はその場に立ち止まっていた。そして、心配げに梵の方を振り返る。


「でもソヨ、お前はこれからどうすんだ? 帰る場所とか……あるのか?」

「え……?」


 突然そう聞かれ、言葉に詰まる。今後のことは何一つ考えていなかった。

 式条と木原も顔を見合わせ、困った表情をする。


「式条、児童相談所を手配した方がいいか?」

「そこは本人次第としか……」

「そうか。では梵くん、君はどうしたい?」

「俺は……今までよりマシになれば何でもいい」


 梵は伏し目がちに言う。真っ白な廊下を、しばし重い沈黙が支配した。


「……とりあえず俺ん家来いよ。それから色々考えようぜ」

「うん……」


 雪也は微笑み、梵の肩を軽く叩く。


「おっさん、屋上どっち?」

「屋上? ……あぁ、飛んで帰るのか。この廊下を右に曲がって、階段を上がったとこだ」

「サンキュー!」


 少年たちはそのまま元気そうに歩き去っていく。

 木原は彼らのPTSDなどを心配していたが、現時点では問題なさそうだ。見た限りでは、2人の関係性も良好らしい。

 広めの廊下には、木原と式条だけが残された。


「中将……提案なんですが」

「なんだ?」

「サファイアの少年を、俺の家で預かれないでしょうか?」

「お前の家だって?」


 式条の言葉に、木原はかなり驚いた。式条が家庭というものに複雑な感情を抱いているのは知っている。だからこそ、彼の提案は意外だった。

 だが確かに、あの少年に人並みの暮らしをさせつつ国防軍の管理下に置くには、軍人の誰かが引き取るのが最善なのかもしれない。


「……まぁ、考えておこう」









長野県 中見原町


 永代和彦と智子の暮らす家は、以前からは想像もつかない暗い雰囲気に包まれていた。その理由は他でもない、大切な孫の雪也が行方不明になったからだ。数ヶ月前、この町がドラゴンに襲われた日、雪也は人々を守るため戦った。そして、2度と帰ってくることはなかった。

 雪也は自慢の孫だった。後先を考えない行動が多いが、それは損得勘定を考えずに人助けができるということだ。だからこそ、あの日も立ち向かっていったのだろう。


「智子……もう一度、東京に行って政府の連中を問い詰めてみよう。今度こそは……」

「それは何度もやったでしょ? もう無理よ……どうしようもないのよ……」

「何言ってる!? 雪也を諦めるつもりか!!? 俺たちにとってあいつは……」

「分かってるわよそんなこと!!」


 あの戦いの後、政府の人間に何度も事情聴取をされた。無論、雪也の"特別な力"についてだ。その時に何度も雪也の行方を問うたが、役人は口をつぐむばかりだった。

 その後も、政府を訪ねては同じ質問を繰り返したが、ついに答えは得られなかった。智子に至っては最早、諦念の表情を浮かべている。


「もうあの子には……会えないのかしら?」


 そんな言葉を聞いて、和彦は再び怒鳴ろうとした。しかし、智子の涙を見た途端に怒りは消え去ってしまった。

 正直のところ、和彦自身も薄々感づいていた。雪也に何が起こったのかはわからない。だがあいつは……自分たちの手の届かない場所にいる。もう2度と会えないところにいるのだと。

 一度そう考えてしまうと、もう止まらない。和彦は椅子に崩れ落ち、虚ろな目で天井を見上げた。

 その時、リビングの窓ガラスがガタガタと激しく揺れた。老夫婦は思わず体を跳ね上げる。最初は突風かと思ったが、直後に現れた少年の姿を見て、2人はまたも驚愕した。


「え……?」

「嘘……だろ?」


 信じがたい光景に、頰が震える。

 庭先にあったのは、もう2度と会えないと思っていた孫の姿。見間違うはずもない、大切な家族の姿だ。


「「雪也!!」」


 2人は窓ガラスを開け放ち、愛する孫をじっくりと見つめる。老夫婦の目から、涙がこぼれ落ちた。


「ただいま。ちょっと門限過ぎちまったかな?」


 冗談を言って笑う雪也に、老夫婦の冷えた心は瞬時に温められた。


「遅くなって……ごめん」


 再会した家族は、感極まったようにきつく抱き締め合う。会えなかったのはたった5ヶ月だが、それは10年にも20年にも感じられる時間だった。


「一体……今までどこにいたんだ?」

「まあ、色々あってね」


 家族の姿を見て安堵したのは、雪也の方も同じであった。自分の家を見て、自分の祖父母と再会したことで、やっと心から落ち着くことができた。

 ようやく、帰って来られたのだ。



 3人が再会を果たす瞬間を、梵は物陰から見ていた。その様子だけでも、彼らがどれだけ互いを大切に思っているのかがよくわかる。3人の邪魔をしないように、音を立てずにその場に座った。


「家族……か」


 梵は土に寝転び、ロストレッドの人形を頭上に掲げる。記憶もないほどに幼い頃、両親が授けてくれた人形だ。


 ――――生きてると、いいな……。


 梵は太陽にかざした人形を、感慨深げに見つめた。

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