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第40話 決着

 顎を破壊し、弱点が露出したところで、梵が急襲してトドメを刺す……それが式条の作戦の全貌だった。

 雲が燃え、街が真昼のような明かりに照らされる。果たして上空で何が起こったのか、式条たちにはまるで分からなかった。

 すると雲の隙間から、小さな物体が黒煙と共に落下してきた。全身が焼け焦げてはいるものの、青色の光沢が辛うじて視認できる。それを見た雪也は、驚き声を詰まらせた。


「ソヨ……!?」


 物体は間違いなく、梵のドラゴンであった。翼には無数の穴が開き、力無く重力に身を任せている。その姿はやがて、廃墟と化したビル群の奥へ消えてしまった。


 ――――まさか、死んじまったのか!?


 雪也は身傷のことも忘れ、友人の元へ駆けつけようとする。しかし直後、巨大な影が彼らの頭上を覆った。


「おいおい……冗談じゃないぞ!!」


 空を仰いだ式条は、一瞬のうちに青ざめる。

 全身を炎に包んだ80mのドラゴンが、自分たちの真上に落下してきていたのだ。剥がれ落ちた肉体の一部も、隕石のように周囲に降り注いでいる。

 兵士たちが硬直していると、白いドラゴンがおもむろに身を起こした。


「何ボーッとしてんだ! 乗れ!!」


 雪也が叫ぶと、6人は矢継ぎ早に白竜の背中へ飛び乗った。

 グロテスクな巨体に押し潰され、ビルが丸ごと倒壊していく。無数の瓦礫や肉片が飛び交う中、雪也はそれらの合間を縫ってどうにか脱出を果たした。


「ソヨ! 大丈夫か!?」


 雪也はそのまま、梵が墜落した場所へと急行する。

 青竜の姿はすぐに見つかった。大通りの交差点に倒れ込んだまま、ピクリとも動かない。まるで死んでいるかのように……。

 不安を覚えながら、雪也は青竜の横に降り立つ。インフェルノの火炎をダイレクトに浴びたようで、全身の鱗は痛々しく溶けていた。


「ソヨ……? おい、大丈夫か?」


 返事はない。それどころか、瞼が動くことすらなかった。


「なぁ、起きろよ……俺たち、勝ったぞ? あいつに勝ったんだ。なぁ、何か言ってくれよ……」


 それでも雪也は、懸命に声をかけ続ける。

 共に降り立った式条も、薄々全てを察する。そして深い同情を込めて、白竜の首にそっと触れた。


「嘘だ……こんなの嘘だ……」


 信じたくなかった。こんな結果になると分かっていれば、決して梵を巻き込みはしなかった。しかし、今更過去は変えられない。


「雪也、梵はもう……」


 式条が伝えようとしても、雪也は歯を食いしばり、首を横に振るばかりだった。


「嫌だ……そんなの嫌だ……なぁ、目を覚ましてくれよぉ!!」


 慟哭のままに、雪也は梵の頭に噛みつく。その瞬間、青竜の身体が跳ね上がった。


「痛っ!? いたたたたた!!! は!? えっ!!?」


 突如として梵の絶叫が響き渡る。それに気付いた雪也は、慌てて顎を離した。


「うおっ!? 生き返った!」


 雪也は勿論のこと、式条たちもまた驚愕していた。

 梵は事態をまるで把握できず、ただ目を丸くした狼狽する。


「えっ……何で俺噛み付かれてたの?」

「良かった、生きてたんだな! ビビらせんなよな全く!」 

「危うく殺されるところだったよ。お前にな」


 どうやら心配されていたらしい。あまり経験のないことだったので、梵は少しだけ嬉しさを覚えた。








 富士田承之介は、果たしない闇の中にいた。光の一切届かない、暗黒の世界……。現実とは到底思えぬこの空間に、富士田は人間の姿のまま立ち尽くしている。


 ――――ここが死後の世界……なのか?


 富士田の問いに答える者はいない。ただ、見ているだけで凍えそうな虚構が、眼前に広がるばかりだった。

 ふと虚構の中で、何かの影が動いた。それは意思を持った生物のように見えたが、あまりの暗さで何一つ判別することはできない。

 ただ、富士田はその影に対し、頭を垂れたくなるような畏怖を覚えた。


 ――――そうか。こいつが……こいつこそが、真の神だったのか。


 絶望、破滅、死……"それ"は全てを象徴しているように思えた。自分とはまるで比較にならない、圧倒的な力。こいつは、既存のドラゴンを遥かに超える存在なのだ。

 姿の見えぬ神によって、底知れぬ恐怖を植え付けられる。しかし富士田は同時に、大きな高揚も感じていた。








 梵、雪也、そして式条たちは、瓦礫の中に伏すインフェルノドラゴンを凝視していた。

 全身から放たれていた炎や高熱も、今は殆ど収まっている。当初の目論見通り、インフェルノは体内でオーバーヒートを起こしたようだった。

 しかし、兵士たちの表情は硬いままだ。作戦が成功したからと言って、この怪物が絶命したとは限らない。梵と雪也もまた、ドラゴンの状態のままいつでも戦える態勢を取っていた。

 式条がライフルの銃口で、インフェルノの巨大な顔を突く。その大きく裂けた口は、式条程度ならば丸ごと飲み込んでしまえるだろう。


「どうです中佐? 死んでいますか?」


 背後に控えていた寺島が、不安げに訊く。


「多分な……」


 式条もまた、確信を持てぬまま答えた。

 その時だった。インフェルノの鼻から、大量の空気が吹き出された。式条は慌てて後ずさる。


「退却! 退却!」


 その指示を待たずして、兵士たちはアルビノやサファイアの後ろに身を隠していた。

 梵も口に火炎を溜め、姿勢を低くして身構える。いざという時は、フルパワーのブレスを口に流し込んでやろうと考えていた。

 しかし、インフェルノは呼吸以上の行動はしなかった。その命が風前の灯であるのは、火を見るより明らかだ。

 一旦退いていた式条も、再び一歩ずつ接近していく。


「これが神の末路か。あまりに無様だな、富士田博士」


 そう言った式条に対し、富士田は絶え絶えに笑う。


「違う……私は……神ではない……」

「自分で名乗っていただろう?」

「神は…………他にいた……」


 不可解な言葉に、式条は眉をひそめた。他の兵士や少年たちも、不安げに顔を見合わせる。


「どういう意味だ……?」

「……世界は終わる……ドラゴンこそが、この星の支配者だ……」


 それが、インフェルノの最期の言葉となった。街を焼き尽くした悪魔が、眠るように息絶える。風に吹かれたように魂が消えていく様は、実に穏やかなものだった。

 梵は胸騒ぎに襲われる。"神は他にいた"……富士田は確かにそう言った。彼は死の間際、一体何を目にしたのだろうか?


 ――――まだ、全てが終わったわけじゃないんだな。


 いつまた"アメジスト"のような敵が現れるか分からない……その事実に、梵は憂鬱な気分になった。

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