第39話 作戦
インフェルノは翼を不気味に羽ばたかせながら、みなとみらい21を目指して飛ぶ。
アルビノとサファイアがそこへ向かったのを、富士田は知っていた。しかし、彼らの姿は今は見えない。
改めて街を眺めると、ドラゴンの力の強大さがよく分かった。人口300万の巨大都市……それを、たった数時間で地獄に変えたのだ。その事実に、富士田は打ち震える。
――――人類は神の領域に踏み込むことを夢見て、科学を発展させてきた。しかし、真の答えは科学の道には無かった。ドラゴンこそが、全ての答えであったのだ。そして私は人類史上初めて、その答えに至った……。
ふと、高層ビルの上にいくつかの人影を見つけた。おそらく国防軍の兵士だろう。富士田はニヤリと笑う。
「神の名において、あなたに裁きを下そう……式条中佐」
迫り来るインフェルノドラゴンを、式条は真正面から睨む。もはや恐怖は欠片もない。胸に宿るのは、ここで悪魔を討たねばならぬという使命だけだ。死した者たちのために。そして、美咲のために。
自分がしくじれば、全ては水泡に帰す。成功すれば、この世界は無事に明日を迎える。二つに一つ、至ってシンプルだ。
「さぁ、来いよ富士田」
マグマの化身のようなドラゴンが、ビルのすぐそばで滞空する。その血走った目は、式条たちを真っ直ぐに見下ろしていた。
「ちゅ、中佐……」
寺島が声を震わせる。他の兵士たちもライフルを構えてはいるが、その足は明らかにすくんでいた。
「神への反逆は重罪ですぞ? 中佐。あなたは非常に優秀な兵士だと聞いていたが……どうやら聞き違いだったようだ」
富士田がそう嘲笑う。
「もしあなたが臆病者であれば……娘さんも孤児とならずに済んだろうに」
わざとらしい憐みの言葉に、式条は煽り立てるような笑みで答えた。
「随分とお喋りな神だな。その割に、俺1人を殺すのには手間取ってるようだが」
思わぬ挑発に、富士田は一瞬苛立ちを覚える。しかしすぐに虫けらの戯言でしかないと思い直し、怒りを鎮めた。
「フフフ……ならば望み通りにしましょう」
富士田の喉奥から、えんじ色の炎が湧き出てくる。それだけでも、式条たちの全身に凄まじい熱風が襲い掛かった。
だが、式条は決して退かない。これこそ、彼らの狙いであったためだ。
「お前は神なんかじゃない……肉体を持った、ただの生物なんだよ」
次の瞬間、突如として白いドラゴンがインフェルノを急襲した。
「グォォッ!!?」
鋭い牙で顔に噛み付かれ、富士田は混乱に陥る。慌てて火球を放つが、それも明後日の方向に消えていった。首を上下左右に振り乱しながら、どうにか白竜を振り払おうと悪戦苦闘する。
「よし、いいぞ!」
間髪入れず、式条はターゲティング用のレーザーマーカーを敵の顎関節に当てた。
作戦内容はこうだった。まずインフェルノをおびき寄せ、隙を見て雪也が顎の筋肉の片方を破壊する。それにより怯んだ隙に、巡航ミサイルを使ってもう一方の筋肉も破壊する。
両方の筋肉を失えば、インフェルノは口を閉じられなくなる、というわけだ。外皮が不完全で、筋肉組織が露出しているインフェルノには、特に有効な手段と思われた。
『トマホーク、弾着まで10秒!』
インフェルノはなおも暴れていたが、緑色のレーザーは正確に顎関節を捉え続けた。巡航ミサイルはレーザーの照射地点に直撃するのだから、僅かな手ブレも許されない。
『5、4、3……』
海の向こうから、7つの光が飛来する。それらはインフェルノの頭部に向け、一直線に白煙を描いた。
『2、1……弾着!!』
爆音と炎を伴って、巡航ミサイルが次々に炸裂する。狙いを外れたものは1発もなかった。顎の関節部分で起こった7つの爆発は、筋肉組織を吹き飛ばすのには十分だった。
「グォォォォ……!!」
富士田は恨めしそうに喉を鳴らす。予想外の攻撃に、冷静さを失っているらしい。
この好機を、雪也は決して見逃さなかった。残った方の顎関節に狙いを定め、ゼロ至近距離から火球を撃ち込む。無防備に露出していた筋肉は、高熱に溶かされて瞬く間に蒸発した。
「キサバ……らァァァァ!!!」
インフェルノが憤怒のままに吠える。口を閉じられないことで、発声も上手くいかないようだった。
雪也はすぐさまその場を離脱しようとする。さかしインフェルノは報復とばかりに、鉤爪を白竜の背に振り下ろした。
「ぐぁっ!!」
鱗が割れ、肉が切り裂かれる。青紫色の血液が、傷口から噴出した。
墜落しかけた白竜を、インフェルノは素早く両足で鷲掴みにする。そして20mの巨体を、兵士たちのいるビルへ向けて投げつけた。
「逃げろ!!」
式条の指示で、6人の兵士は咄嗟に走り出す。
その直後、白いドラゴンが屋上へ叩きつけられた。コンクリートが大きく抉られ、ビル全体が大きく揺れる。もし一瞬でも逃げるのが遅れれば、兵士たちも肉塊と化していただろう。
――――雪也くん……式条中佐……君らの勇気は称賛に値する。だが、勝利とは勇気だけでは得られないものだ。
富士田は再び火炎をチャージする。今度こそ、小賢しいドラゴンと人間たちをまとめて焼き払うつもりだった。屋上には隠れる場所など無い。始末は簡単につけられるだろう……そう考えていた。
――――何だ……!?
その時、富士田の全身に、電撃のような悪寒が走った。野生の勘……と呼べるものかもしれない。自分を脅かす存在が、疾風の如く迫ってきている……。
黒煙の立ち込める空から、空気を切り裂く音が響く。富士田は目を凝らし、脅威の正体を確かめようとした。
「へへっ、グッドタイミングだな……」
雪也は屋上に伏しながら、牙を見せて不敵に笑う。全ては、式条の発案した作戦通りだ。
雲の隙間から、青い鱗が見え隠れする。海を纏ったかのようなその鱗は、大火に反射して鈍く煌めいていた。
「グォォォォォォォォォ!!!」
それがサファイアドラゴンであると気付いた富士田は、威嚇するように咆哮を穿つ。そして、敵を迎え撃つべく雲の中へと飛び立った。
梵と富士田は、閉ざされた視界においても躊躇せず互いへ突撃し、全力の火炎をぶつけ合う。
数秒後、嵐のような炎が天空に渦巻いた。




