第35話 暴竜決戦
梵は空中から、倒れ込んだ巨大なドラゴンを見下ろしていた。全身から炎と熱を漏らすこのドラゴンが、つい数時間前人間であったとは、到底思えなかった。
ドラゴンは数十の牙をむき出しにし、ニヤリと気味悪く笑う。
「やあ梵くん……また会えて嬉しいよ」
火球は確かに頭部に直撃したはずだが、まるで効いていないようだった。
――――こいつは、アメジストよりも強い。
梵は直感でそう察した。
少し遅れて白いドラゴンも現れ、マンションの屋上に着地して敵と睨み合う。
「よう富士田。少し見ないうちに随分変わったじゃねえか」
雪也は口に炎を宿しながら言う。
「ああ。ようやく君たちと同じ土俵に立てたよ」
富士田はゆっくりと頭を持ち上げ、翼を前脚代わりにして体を起こした。轟くようなその声には、歓喜に満ち溢れている。
「神になるというのは……これほどの悦楽だったのだな!」
富士田は口をオレンジに光らせると、直後に赤黒い火炎を放った。梵と雪也もすかさずブレスを同時発射し、攻撃を相殺する。
かくして、ドラゴン同士の壮絶な死闘が始まった。
式条たちは、目の前で繰り広げられる人智を超えた戦いに釘付けになっていた。ドラゴン達は火炎を撃ち合い、火球を撃ち合い、殺意に満ちた応酬を交わしている。
「緊急報告! アルビノとサファイアが突如出現し、インフェルノと交戦している!!」
式条は無線に叫ぶ。
『どういうことだ? アルビノとサファイアだと?』
「その通りだ! 奴らの目的は不明!」
美咲も、ドラゴン達の壮絶な戦いに目を奪われる。マンションの高層階で、尚且つ壁も破壊されているので、その様子は視界全体で捉えられた。
「ソヨ……」
中でも、紺碧のドラゴンは一際目を引いた。その姿は、数ヶ月間ずっと案じ続けてきた友人そのものだったからだ。
「屋上に救助ヘリを呼ぶ。屋上へ戻るぞ!」
父がそう言っても、美咲は死闘を演じる青竜に見とれていた。
「美咲! 何してる来い!!」
「う……うん!」
父に半ば引きずられるようにして、美咲もようやく自宅を後にした。
美咲や部下達と共に、式条は階段を駆け上がる。アドレナリンが極限まで放出されているせいか、疲れは全く感じない。
時々足を踏み外しそうになりながら、やや声を荒げて無線に呼びかけた。
「こちら式条、要救助者を確保! 港北区のタワーマンションにヘリを回せ!」
『了解した。ブラックホークをそちらに回す』
オペレーターに続くように、聞き慣れた声が届く。
『式条、聞こえるか?』
「ええ、木原さん!」
『これから重要な情報を伝える。よく聞け』
式条は言われた通り、ヘルメット内蔵のヘッドホンに意識を集中した。
『前に会った、朝霧博士を覚えているか?』
「サーガ機関の女性ですか?」
『彼女が、インフェルノに関する重要な報告をする。無線を彼女の携帯に繋ぐぞ』
「りょ、了解」
朝霧博士がどこにいるのかなど色々疑問もあったが、今は胸に仕舞い込んだ。
『中佐……聞いてください……』
無線から聞こえたのは、酷く弱々しい女性の声だった。朝霧博士だろう。怪我でもしているのだろうか?
『インフェルノは……無敵です……。ハァ……アメジストよりも遥かに強力なドラゴンです……』
「……それはまた役に立つ情報ですね」
式条は皮肉で返す。
バンカーバスターすら効かなかった相手なのだ。そんなことはとうに分かっている。
「我々に奴を倒す手段はないと言いたいのですか?」
『いいえ……ハァ……そうではありません……』
「と、言うと……?」
式条は真剣に尋ねる。あの怪物に対抗する術があるなら、是非とも知りたかった。美咲を逃がしたところで、奴がいる限り危険は決して消えないのだから。
『あくまで推測ですが……』
朝霧はそう前置きして続ける。
『インフェルノの力は強大過ぎるんです……ハァ……それはもう、生命を維持できる限界を超えるほどに……。胴体が常に発火しているのは、体細胞が内部エネルギーに耐え切れていない証拠……。インフェルノの体は非常に不安定なのです……』
彼女の声は、喉から絞り出しているようだった。
『もし、外部から大量の熱エネルギーを受ければ……その体は熱暴走を起こして、たちまち崩壊するでしょう……』
どうにかして外皮を破壊し、体内を直接攻撃する……それが現状、唯一の方法であるようだ。式条はそう理解した。
「しかし、奴の外皮構造が固すぎます。どうすれば熱を伝えられますか?」
インフェルノの皮膚は強靭で、ミサイル程度ではビクともしない。巨大な電子レンジにでも放り込まない限り、どうしようもないだろう。
『それは……正直見当もつきません……』
式条は落胆し、ため息を漏らす。結局、根本的な問題は何も解決していないわけだ。
通信が終わった頃には、屋上への扉の前に到着していた。今は一刻も早く、娘を逃さなければ。
式条は屋上へのドアを開け、仲間と共に外へ飛び出した。




