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第33話 絶望、そして

 中央指揮所の大型モニターには、無人偵察機からの映像が映し出されていた。

 そのカメラは、街を地獄に変えたドラゴンの姿を正確に捉えている。


 ――――化け物め!


 木原は親指を噛みながら、画面内のドラゴンを憎らしげに見つめた。こいつのせいで、どれだけの人命が奪われたのだろうか。こいつだけは、何としても仕留めねばならない。


『F-3、バンカーバスター投下をスタンバイ。空爆まで10秒』


 横浜上空の早期警戒管制機から、細かな報告が入る。中央指揮所内がシンと静まり返り、誰もがモニターを凝視していた。


『4、3、2、1、0!』


 カウントダウンが終わると同時に、2機の戦闘機がドラゴンの上を瞬く間に通過した。そして、戦闘機から小さな物体が落とされる。

 物体は吸い込まれるように巨体に落下したかと思うと、直後に衝撃波を伴う大爆発を起こした。

 一連の出来事を、木原たちは息をする事すら忘れて見守る。


 ――――どうだ!?


 木原は半ば祈るような気持ちだった。眉間にシワがより、口の中が猛烈に乾く。

 ドラゴンは押し潰されるように、胴体から勢いよく墜落した。たちまち炎の中に身を堕とすと、巨体が地面に叩きつけられ、土埃が周囲を覆い隠してしまう。


『バンカーバスター、命中を確認』


 管制機のオペレーターの声が響く。

 しばらくは静寂に包まれていたが、不意に指揮所の誰かが拍手をし始めた。それにつられるように、1つ、また1つと拍手が増えていく。

 10秒もたった頃には、指揮所の中は盛大な拍手に包まれていた。同僚の肩を叩き、歓声を上げる。その場の誰もが、勝利を確信した。


「終わった……終わったんだな」


 木原も緊張の糸が途切れ、顔に笑みが浮かぶ。犠牲者のことを考えると喜ぶ気にはとてもなれなかったが、それでも惨劇に終止符が打たれたことは嬉しい限りだった。


「よし、喜ぶのは後だ! これより人命救助に移る! 総員気を抜かずにやれ!」


 木原は部下を鼓舞するように命令を飛ばす。

「了解!」という勇ましい返事を聞くと、木原は満足そうに椅子に腰掛けた。深呼吸をして、気持ちを整える。

 一時はどうなることかと思ったが、とにかくあのドラゴンを倒すことができた。その後の対応は、ゆっくり考えればいい。切迫した事態は終わったのだ。

 そう自分に言い聞かせながら、改めてモニターの方に目をやる。

 画面いっぱいに広がる土埃。その中で、何かの影が動いた。


「え……?」


 木原は自分の目を疑った。

 影は徐々に形を成していき、悪魔を象ったような生物が露わになる。


 ――――そんな馬鹿な……あり得ない……。


 そう思いたかったが、目の前の現実はそんな木原を嘲笑っているようだった。


『グオオオオオオオオオオオオオ!!!』


 モニターから轟いた咆哮に、指揮所内の空気が一瞬で凍りつく。祝勝ムードは一瞬にして吹き飛び、誰もが偵察機からの映像に釘付けになった。


『こちら早期警戒管制機(AWACS)! ターゲットは健在!! バンカーバスター、効果なし! ドラゴンは生きてる!!』


 その声は半ば悲鳴に近かった。

 映像には、何事もなかったように体を起こすドラゴンの姿があった。炎を払いのけるように翼を広げ、悠々と空に飛び上がる。

 それを見た誰もが青ざめていた。その場の軍人たちに、恐怖と絶望が伝染していく。


「嘘だろう……」


 木原のポーカーフェイスが、脆くも崩れ去る。バンカーバスターは、国防軍が有する中では間違いなく最強の兵器だった。だが、それでも殺すことがでなかったのだ。


 ――――奴は本当に不死身なのか?


 そんな考えが脳裏をよぎった。









神奈川県 川崎市上空


 月明かりと星に照らされる雲の上では、何十というヘリコプターが編隊を組んでいた。輸送ヘリや戦闘ヘリ、オスプレイまでもが投入され、さながら日本中のヘリがこの場に集結しているかのようだ。

 彼らの向かう地平線は、ぼんやりとしたオレンジ色の光に覆われている。


「一体どういうことなんですか木原さん!?」


 式条は無線機に向かって声を荒げた。

 ヘリコプターの中にいた兵士たちが、一斉に式条に注目する。


 "バンカーバスターによる攻撃失敗。ターゲットにダメージ無し。"


 そんな報告が届いたのは、たった今のことだ。


『報告は事実だ。私もこの目で見ていた……』


 木原は平静を装っているようだが、その声はひどく弱々しい。


「どうするんです!?」

『正直のところ……もう打つ手がない。今、横田の米軍に掛け合っているところだ』


 式条は唇を噛み締めた。

 アルビノは確かにバンカーバスターで殲滅できた。だが今回は失敗した。

 つまり、奴はアルビノやサファイア、そしてアメジストよりも遥かに強力な敵だということだ。

 

『任務に変更はない。ドラゴンを足止めしつつ、取り残された市民を救出する』

「了解……!」


 ライフルを握る手が小刻みに震える。

 自分の命などよりも、美咲の安否が何より心配だった。

 横にいた寺島も、そんな式条を気にかていた。


「中佐。横浜に着いたら、まず娘さんを救出しましょう」


 寺島がそう声をかける。


「あぁ……すまない」


 部下に気を使わせてしまい、式条は申し訳なくなった。

 ヘリの大群は、戦場となった横浜に向けて全速力で飛行している。未曾有の敵から、できる限り多くの人間を救うために。

 だが、式条は不安で仕方がなかった。

 今回の敵は、規格外の存在であったアメジストドラゴンさえも完全に凌いでいる。そんな中で軍を送るなど、犠牲者を無駄に増やすだけではないか……。

 そんなことを考えていた。







「木原中将? 木原中将?」


 受け入れ難い現実に圧倒され、自分の名を呼ぶ声すらも届いていなかった。


「中将! しっかりしてください!」


 部下に怒鳴られて、木原はようやく正気を取り戻す。


「す、すまん。どうした?」


 そうだ。自分が怖気付いてどうする。軍人たる者、如何なる状況においても最善を尽くさねばならないのだ。

 木原は改めて、自分を読んだ部下に意識を向けた。


「貴方宛にお電話です」

「電話だと? 誰だ?」

「サーガ機関の朝霧、と名乗っていますが」


 朝霧……木原はその名に覚えがあった。数ヶ月前、ドラゴンに関するブリーフィングの際に会った人物だ。それ以上のことは何も知らなかったが。


「もしもし、木原です」


 受話器を受け取り、そう話しかける。


『中将……ハァ……至急ご報告したいことが……』


 朝霧の声は、ひどく弱々しかった。


「大丈夫ですか?」

『よく聞いてください……1時間ほど前、サーガ機関日本支部が壊滅しました……。やったのは……富士田博士です……』

「えっ、何ですって?」


 話の趣旨が掴めず、木原は困惑するしかなかった。


「富士田博士がどうしたんです?」

『現在横浜を襲っているドラゴンは……富士田博士なんです……』

「は……?」

『富士田博士は自らの体を故意にドラゴンに変異させ、大量虐殺を敢行したんです……。理由は私にも分かりませんが……とにかくあのドラゴンは、富士田博士の意思で動いています……』


 電話口から語られる報告は、まるで絵空事のようだった。かといって、冗談であるとも思えない。ドラゴンの正体は地球生物の変異種……とは聞いていたが、よもやこんな事態になろうとは。

 木原は頭痛を覚える。想像を絶する破壊力と、ヒトの知能を有したあの怪物に対して、果たして人類に為す術があるのだろうか……。









 梵たちは、成層圏に近い空の上を羽ばたいていた。星々は抜けるようにはっきりと見え、宇宙をすぐ近くに感じさせる。

 彼らの真下には、この夜空に到底似つかわしくない、一面燃えるように真っ赤な雲があった。さらにドラゴンは嗅覚が鋭いため、焦げたような悪臭が常に鼻をつく。


「きっと……あいつはこの下にいる」


 梵は滞空したまま眼下を見下ろす。赤かオレンジの雲は数km先まで続き、時々轟音も聞こえる。地上がどれほどの惨事になっているのかは、想像に難くなかった。


「富士田の野郎が暴れてんだな……」


 雪也の言葉に、梵は黙って頷く。このまま戦火に飛び込むのかと思ったが、雪也はいつまでも動こうとしない。


「おい、雪也……?」


 不可解さを覚えて声を掛けると、白竜は唐突に身を翻した。


「なぁ、ソヨ」


 その口調はやけに重々しい。一体何事かと動揺して、梵は身構える。


「お前、無理しなくていいんだからな? もしも戦うのが嫌なら、お前は残ってても……」


 雪也は心配げに言った。

 なんだ……そんなことか。驚いて損をした。そう思って、梵は鼻で笑う。


「な、何だよ! せっかく人が心配してんのに!」


 雪也が気恥ずかしそうに抗議してくるが、梵は悪戯っぽい笑みを消さなかった。


「心配するなよ。お前を1人で行かせたりはしないから」

「でも……死ぬかもしれないんだぞ?」

「だったら尚更俺が必要だろ?」


 梵にとっても、雪也はようやく得られた「仲間」と呼べる存在だった。そんな人間を喪うのは、死ぬよりも辛いことだ。たとえ命を落としたとしても、自分だけが生き残るよりずっとマシだ。


「へへっ」


 雪也もその答えを聞いて、嬉しそうに顔を綻ばせる。


「ありがとな、ソヨ。お前がいてくれてめっちゃ心強い」

「こちらこそ……色々ありがとう」


 2体のドラゴンは翼を折り畳むと、雲海へ向けて一直線に急降下していった。

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