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第27話 真意

 真ん中に2つのベッドが置かれ、壁や床、天井が白で覆われた、広くもなく狭くもない部屋。少年たちが数ヶ月を過ごしている部屋だ。何もなく、外から鍵がかけられている、監獄とさほど変わりない場所。

 最初はストレスでしかなかった生活も、今ではだいぶ慣れてしまった。少年たちはまるで自分の家のように、だらしなくベッドに寝っ転がっている。


「雪也」


 突然自分の名前が呼ばれたので、雪也は首を横に向けた。正直のところ、梵は寝ていると思ったので、少し驚いた。


「何だ?」

「あの富士田って男のこと、どう思う?」


 梵の眼差しは真剣そのものだ。


「どうって……」


 雪也は答えに困ってしまった。

 富士田に関してはかなりの不気味さを覚えていたが、それ以上のことは何も分からない。


「う~ん……実はただのドラゴンオタクなんじゃね?」

「んな訳あるか」


 富士田と話した日から数週間が経過していたが、その時の言葉は尚も心に引っかかっていた。


 "私は必ず、神に到達する"


 比喩でないとすれば、一度ドラゴンに変身してみたい……という意味に捉えられる。果たしてそれは、単なる好奇心なのだろうか。それとも……。


「ま、もう一回会ってみるしかねぇんじゃねーの?」


 雪也はあまり興味が無さそうにそう言った。本人は適当に言ったつもりだろうが、確かに的を射た意見だ。やはり、本人に会ってみなければ何も始まらない。梵は仰向けになり、うだうだと考えるのをやめることにした。

 部屋の頑丈なドアが開け放たれたのは、その直後であった。


「お前ら、富士田博士がお呼びだ。ついて来い」


 顔を出したのは、ここの警備責任者らしき屈強な男だった。

 梵と雪也は上体を起こし、顔を見合わせた。突然の出来事で、互いに目を丸くしている。

 しかし、あの男が自ら申し出てくるのなら話は早い。梵たちにとって、これは好都合だった。


「さぁ、あの年寄りの腹づもりを確かめに行こうぜ」


 雪也はそう言って不敵に笑った。

 2人はベッドから飛び降り、堂々とした足取りで部屋を後にした。








「やあ、よく来たね」


 富士田はいつもと変わらぬ柔和な態度で、客人である少年たちを出迎えた。その手には、氷だけが入ったグラスが握られている。


「おいおい、何だこりゃ」


 連れてこられたのは富士田の私室だった。

 雪也は貴族が使うようなベッドを見て、ただ驚愕する。木の根も届かないような深い場所、無機質で寒々しい地下施設の中に、こんな高級ホテルのような部屋があったとは。


「まあ、まずはそこに掛けてくれ」

 

 富士田はベッドの縁を指差す。

 少年たちは老人の勧めに従い、フカフカの布団に並んで腰掛けた。羽毛の気持ち良さが体に伝わり、思わず寝転がりたくなる。後ろ手に拘束されていなければ、本当にそうしたかもしれない。


「アンタと俺ら、扱いの差が酷すぎだろ」


 雪也は思わず悪態をつく。

 それを聞いて、富士田は楽しそうに笑った。


「はっはっは、その通りだな。君らには本当に酷いことをしてると思ってる」


 その言葉が本心かどうかすら、梵には判別がつかない。


「俺たちに何の用だ?」


 そう威嚇するように聞いても、やはり戯けた態度は崩れなかった。


「悪いようにはしないよ。そう気張らずに、楽にしてしていたまえ」

「意味もなく呼び出したわけじゃないだろう?」

「そうだな……まずは、人類史におけるドラゴンの立ち位置でも話そうか」


 そう言って富士田はリモコンを操作し、壁に設置された大型モニターの電源を入れる。すると、7つの頭を持った赤竜の絵が画面いっぱいに現れた。


「これは、ヨハネの黙示録に登場する"赤い竜"だ。この竜は、悪魔の王サタンであると記されている。また"七つの大罪"においても憤怒の象徴とされ、サタンに並ぶ存在という位置付けだ。西洋においてドラゴンは、悪魔……もしくは悪そのものだった」


 画面が切り替わると、今度は翼を持たない龍の絵画が表示された。胴体は蛇のように細長く、鼻の辺りからは2本の長い髭が生えている。


「こっちは、東洋における一般的な龍の姿だ。日本でも、昔話などで頻繁に登場しているな。西洋のドラゴンと異なっているのは容貌だけではない。中国近辺では、龍は恵みをもたらす聖なる獣として崇められてきた。インドにおけるナーガも同様だ。いわば、神だよ」


 富士田は得意げに語る。


「長きに渡って、ドラゴンは架空生物の1つだった。西洋においてドラゴンが悪とされているのは、ユダヤ教やキリスト教の神話体系に依拠している……東洋において龍が善であるのは、自然の化身であると考えられたためだ……などと議論され続けていた。だが、どれも誤りだった。ドラゴンはこの世に実在したのだからね」


 再び画面が切り替わり、恐ろしいドラゴンの姿が映し出される。前の2枚は絵画であったが、今回は実際の画像だ。紅蓮の炎で住宅街を焼き尽くすその邪悪は、かの"アメジスト"ドラゴンであった。


「彼らは伝説ではなかった。西洋竜も東洋龍も、ルーツは実在したドラゴンだ。決して、自然の比喩などではない。つまり人類文明は、紀元前からドラゴンと接触を図っていたのだ。しかし"アメジスト"は、つい数ヶ月前まで永久凍土で眠りについていた。この事実が指し示すところは、ドラゴンは他にも存在しているということだ」


 ドラゴンについての知識がほぼ皆無の梵にとっては、非常にためになる解説であった。無論、口には出さなかったが。

 アメジストが最後のドラゴンでないなら、敵は再び襲来する可能性がある。サーガ機関が焦るのも無理はないだろう。

 しかし梵には、もっと聞いておきたいことがあった。


「で、アンタの目的は何なんだ? サーガ機関のために働いてるわけじゃないだろ? どうしてアンタは、ドラゴンになりたがる?」


 サーガ機関がドラゴンを研究する理由は、少なくとも人間をドラゴンに変えるためではないだろう。そんなことをしても、化け物をさらに生み出すだけだ。

 だが、この男は違う。危険など顧みず、自らがドラゴンとなる術を見つけ出そうとしている。そこまでして、一体何を得たいというのか。


「……先ほど説明した通り、ドラゴンは現存する種において、最も神に近い生物だ。だからこそ私は、その力を手にしたい」


 富士田は淡々と答える。


「何のために?」

「知りたいからだ。神は何故、私の家族を無残に焼き殺したのか」


 いつの間にか、富士田の顔からは笑みが消えていた。梵は眼前に立つ老人と、真正面から相対する。全身に及ぶ火傷の痕が、これまで以上にくっきりと見えた。


「もう半世紀以上前の出来事だ。私が子供の頃、家が火事に見舞われた。父が泥酔して、タバコの始末を忘れたのが原因だった。下らないだろう? たったそれだけのことで、私は母と妹を喪ったんだ」


 時折声を震わせながら、富士田は続ける。


「母は信仰心の強い人だった。"これは神がお与えになった試練なの"と口癖のように言っていた。例え酔った父に殴られ、鼻を折られようともな。私もその言葉を信じた。で……例の火事が起きて、私は天涯孤独になった」


 梵は気付いた。それまで哀しみしかなかった老人の瞳に、別の感情が宿り始めていることに。その感情は、憎悪だ。


「どうして母と妹を奪ったのか、私は長年神に問うた。運命を定める者がいるなら、何故私にこんな苦難を与えたのか……と。そして数十年後、遂に神が姿を現した」


 富士田は、モニターに映った"アメジスト"を見遣る。


「神話より(いで)た、聖なる獣。シベリアで彼らを発見した時から、私の求めた存在だと確信していた。そして研究の結果、地球の生物は例外なくドラゴンとなれる可能性があると分かったのだ。特定の触媒さえあれば、生物のゲノムは魔法のように変化し、ドラゴンへと進化することができる」


 その事実は、梵を驚愕させるのに十分だった。


「じゃあ、アメジストの正体も……」

「奴も、元々は地球の生物だったのだろう。だが何らかの要因を経て、驚異的な生命と肉体、知能を持つに至った。それが何だったのかまでは分からないが」


 そんな会話を聞きながら、雪也はキョトンとしていた。内容の半分も理解できていない、といった様子だ。


「えっ何何? どういうこと?」

「あー、つまりだな……」


 梵はため息交じりに隣の少年へ説明を始める。


「地球のどんな生き物でもドラゴンになれるってこと。人間でも、他の動物でもな」

「は!? チワワでも!!?」

「チワワでも」

「わーお……」


 雪也がようやく驚嘆する。


「ただし、全員が全員ドラゴンに進化できる、という訳でもないだろうけどね。それに、君らが自在にドラゴンに変身できる理由は、まだ分からない」


 富士田はそう付け加えた。

 梵は再び、老人を鋭く睨みつける。


「それで、アンタはドラゴンになる術を見つけたのか?」


 "特定の触媒"とやらがあれば、人間はドラゴンになれる……その事実は、富士田にとっては垂涎もののはずだ。他の研究員をどう騙しているのかは知らないが、この男が自らの野望のために動いているのは間違いない。


「ああ、見つけたとも」


 老人は笑顔の仮面を被って頷いた。

 梵は身を硬くする。結果がどうあれ、ロクでもない未来が待っているのは確かだろう。

 すると富士田は唐突に、懐から透明なタブレットを取り出した。


「「……!!」」


 梵と雪也は同時に息を呑んだ。そのタブレットが、首に埋め込まれた爆弾の起爆装置だと知っていたからだ。


 ――――こいつ、用済みの俺たちを始末する気か……!?


 瞬時にそう察し、少年たちは目を瞑って肩を寄せ合う。しかし、最期の時はいつまで経っても訪れなかった。


「おいおい、私もそこまで外道じゃないよ」


 富士田の苦笑いを含んだ声で、梵は恐る恐る薄目を開ける。確かに自分も雪也も、首は繋がったままだった。


「君たちの爆弾のセンサーを解除しただけだ。つまり、もう施設の外へ出ても爆発することはない。安心したまえ」

「……は?」


 意味が分からない、と言う風に雪也は声を漏らす。


「何でそんなことを……」

「心ばかりの礼だよ。君らがアメジストを倒さなければ、私の悲願は決して成就しなかったからね。隙を見て脱走してくれて構わない」


 本来ならば嬉しい限りの言葉だが、梵は喜ぶ気には到底なれなかった。

 自分たちを故意に逃がしたとなれば、組織から厳しい処罰が下るのは自明だ。しかし、富士田にそれを気にかける素振りはない。むしろ、"黒幕は自分だ"と宣言しているかのようだ。

 だとすれば、導き出される結論は……この男は大事件を引き起こそうとしているのだ。脱走の手引きが、些末なことに思えるような……。


「あぁそうそう、これは君に返すよ」


 そう言って、富士田は梵に赤い人形を手渡す。

 それはロストレッドの人形であった。サーガ機関に捕まった時、所持品とと共に奪われていたものだ。


「もう捨てられたのかと……」


 梵は驚きと喜びが混在した顔になる。


「これで心置きなく逃げられるだろう?」


 富士田な笑みは、不気味なほどに優しかった。

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