第23話 戦いのあと
東京都 立川駐屯地-2029年7月23日
駐屯地内の滑走路には、国防陸軍のCH-47輸送ヘリが着陸している。その後ろには多くの軍人が整列し、直立の姿勢を保っていた。
輸送ヘリのハッチが開く。そこから、数名の兵士に担がれて長方形の大きな箱が降ろされ始めた。箱は全部で4つあり、それらが列をなしてゆっくりと運ばれる。
箱は陸軍のシンボルが描かれたシートに覆われていて、ちょうど人ひとりが入れる大きさだった。
「全員、敬礼!」
スーツのような軍服に身を包んだ軍人たちが、一斉に右手を頭にかざす。皆神妙な面持ちで、運ばれていく箱に敬意を表した。
大きな箱は棺桶であった。中には、作戦中に戦死した兵士の遺体が納められている。整列する軍人の中には、敬礼を捧げながら涙を流す者さえいた。
式条はそんな様子を見て、唇を噛み締めていた。式条にとって、部下を喪うのは初めての経験であった。数年前にシリアに派遣された時は、運良く部下全員を無事に帰国させることができた。
だが、今回は……。
――――すまない……。
散っていった兵士たちに、心の中で詫びる。そうしなければ、自責の念に押し潰されそうになる。
兵士たちは棺桶が自分の前を横切った後も、いつまでも敬礼を続けていた。
それから数時間後、木原中将が壇上に立って演説を行なっていた。その前には100名ほどの軍人たちが炎天下の中、姿勢を正している。
式条もまた、他の軍人に混じって演説に耳を傾けていた。
「日本国は戦後初めて、外敵による直接的な攻撃を受けた。そして戦後初めて、国内で大規模な戦闘が行われた」
木原中将のよく通る声が、マイクを通して響き渡る。
「未曾有の危機の中で、諸君は国家のため、国民のために尽くしてくれた。"チームに1人の英雄はいない"という言葉があるが、まさにその通り。ここにいる皆が英雄だ。ただ、この作戦で大勢の命が失われたこともまた事実だ。確認された死者数は197名、内14名が軍人であった」
木原中将は、犠牲者を悼むように声のトーンを落とす。
「……しかし、その犠牲は決して無駄ではなかった。ドラゴンを早期に殲滅できたことは、数万の命を救うことに繋がった。我々はその使命を全うしたのだ」
再び声を張り、目に光を宿して兵士たちに力強く語りかける。木原中将は指導者として、部下を精いっぱい激励しようとしていた。
「戦いの中で殉職した者が戻ることはない。だからこそ、彼らが命を賭して貫いた意志を、我々は記憶に留めなければならないのだ。散った同胞たちを讃え、我々の決意を未来に刻もう!」
木原中将が演説を終えると、100人の兵士たちが寸分の狂いもなく一斉に敬礼を捧げた。
「式条」
演説を聞き終えて他の兵士とともにその場を去ろうとした時、背後から自分の名が聞こえた。
ゆっくりと振り返ると、そこには木原中将が笑みを浮かべて立っていた。
「中将……素晴らしい演説でしたね。時代が時代なら後世に残るものだったでしょう」
「なんだ? 今更私にゴマをする気になったか? 若い頃はあんなに生意気だったくせに」
それを言われると、式条はバツが悪そうに上官から目を背けた。木原中将はそんな様子を見て意地悪そうに笑う。
「訓練中は特に酷かったな。敵の目の前に出て囮になろうとするわ、手榴弾を率先して投げ返そうとするわ……あの頃は何度お前に怒鳴り散らしたことか」
「……昔のことでからかうために呼び止めたんですか?」
式条が軽く抗議してやると、木原中将はようやく悪意のこもった笑みを引っ込めた。
「あぁ、すまんすまん。ところで、お前この後の予定は?」
「報告書の作成後、防衛省に」
式条はひどく疲れた様子だった。
「そうか。ではその予定は全部キャンセルだ。事後処理は全部私に任せろ」
「え?」
式条は目を丸くし、意味がわからないという様子で上官の顔を見た。
「美咲ちゃんが家で待ってるのだろう? 今すぐ帰って会ってやれ。それに、お前にも休息が必要だしな。しばらくは休暇を取るといい」
「しかし……色々とやることが……」
「式条中佐! これは命令だ」
あれこれ理屈を並べようとする式条を、木原中将は一声で諌めてしまう。
「休養も兵士の重要な任務だ。その軍服を脱いでさっさと家に帰るように」
木原中将はそう"命令"すると、式条の肩をポンポンと叩いて足早に去っていった。
確かにこの1週間、働き詰めで娘とは連絡すら取っていなかった。
式条はしばらく、上官の好意に甘えることにした。
サーガ機関地下施設-数日後
上下左右どこも白い壁で覆われた、薄暗い部屋。明かりは天井のLED電球が最低限の光を発してるだけで、他には何もない。分厚い扉は厳重にロックされ、自由に出入りするはまず不可能だった。
部屋はトイレ用の個室が付属している程度、他には中央にベッドが2つ置かれているだけだ。
外からの一切の情報は遮断され、娯楽の類は全く無い。中にいる者にとって、この部屋は牢獄に等しかった。
梵は病院で使われるようなベッドの中に体を転がし、虚ろな目で天井を見上げていた。服装は相変わらず検査着1枚のままだ。
ここに来て以来ずっとこの部屋で過ごしているため、時間の感覚はもうない。外に出る機会があるとすれば、研究用と思しき採血が行われる時だけだった。
「……ソヨ、起きてるか?」
不意に、隣のベッドから名前を呼ばれた。
「うん……まあな」
梵はいつも通り素っ気なく答える。
この部屋の唯一の同居人である雪也もまた、もうひとつのベッドで掛け布団にくるまっていた。その態勢で顔だけを梵の方に向けている。
「はぁ~……マジで暇すぎて死にそうだ」
「退屈で死んだ奴はいないから大丈夫だ」
とは言ったものの、梵もこうして他愛もない会話をしていなければ狂ってしまいそうだった。
首に爆弾を埋められ、長時間監禁されているという状況は、14歳の少年にとってはあまりに辛い。
「なぁ雪也」
「ん?」
「あの紫のドラゴンと戦った時……怖くなかったのか?」
梵に突然そんな質問をされて、雪也は「う~ん」と熟考する。
「ま~、怖かったって言やぁ怖かったけど……そんなこと考えてる暇なかったし。何つーか、バスケの試合直前みたいな感じかな」
「バスケ?」
唐突にバスケットボールに例えられ、梵は理解出来ずに困り顔をした。バスケどころか、スポーツすらまともにやったことがなかったからだ。
一緒にそんなことに興じる仲間はいなかったし、体育の授業も適当な理由をつけて常に見学していた。当然部活になど入ったことはない。
「そういや言ってなかったっけ。俺さ、バスケ部に入ってたんだ」
梵の事情など知る由もなく、雪也は興奮した調子で体を起こし、素足を投げ出してベッドの淵に座った。
「俺の中学結構強くてよ、去年は全国大会で4位だったんだぜ!」
「ふーん……」
「って興味無しかよ」
「いやごめん……部活とかスポーツとか全然分からないから」
「ああ、そっか」
雪也が残念そうな表情を浮かべる。
梵は寝っ転がったまま、視線だけを横に向けていた。
「それで、試合直前の感じってどういうこと?」
「俺も上手く言えないんだけどさ、すっげー怖くてドキドキするけど、"絶対勝ってやる!"って思えるんだ。あの時もそんな感じだった」
「なるほどね」
「で、お前はどうだったんだよ? やっぱビビってたのか?」
雪也に質問を返され、梵は当時のことを回顧してみた。だが、あの時自分が何を考えていたか、全く思い出せない。
「どうだろう……怖くはなかったと思う」
ロープを辿るように、過去の記憶を紐解いてみる。
そうだ。全く怖くなかった。何故だろうか。
答えは、死んでもいいと思ってたからだ。確かに生き残ろうとして戦ったが、それは生物としての本能から来る思いでしかない。
大切な人もいなければ、果たすべき目的もない。自分が死んでも、悲しむ人間はいない。あの場で死んでいても問題はなかった。
――――じゃあ、俺は今まで何をしていたんだ。
過去を辿れば辿るほど、自分がエゴで動いてきたこと深くに気付かされた。
もし自分がさっさと国防軍に投降していれば、雪也まで捕まることはなかったかもしれない。
ただ無意味に生き残るために抵抗し続けただけだ。そうして美咲や雪也を巻き込んだ。
梵は天井の薄暗い電灯を見上ながら、深くため息を吐いた。




