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第22話 悪夢

 気がつくと、梵は自分の家の中にいた。

 見慣れたリビングの光景。そして、孤独で恐ろしい思い出の詰まった場所。物心ついた頃からずっとこの家で過ごしてきた。誰もいないこのリビングに、梵は独りで立ち尽くしている。


 ――――あれ? 俺、どうしてここにいるんだっけ……?


 これまで何をしていたのか、全く思い出せない。ただ、恐ろしい経験をしたことだけはよく覚えている。

 家の中はとても静かだった。それどころか、外からの環境音も全く聞こえない。ハリボテの空間に、自分だけがポツンと立っている、そんな感じがした。


「哀れな奴だな、お前も」


 不意に、後ろから男の声がした。

 梵が振り返ると、そこにいたのは見慣れた人間……里親の諸田大輔であった。

 梵はキッとその男を睨みつける。こいつに関しても良い思い出は何一つなかった。ずっと自分を疎み、傷つけ、罵り続けた男だ。

 その男は今、梵に対して侮蔑のような表情を浮かべていた。男の冷たく刺さるような目は、静かに梵を見下ろしている。


「どうしてお前が誰からも見捨てられるのか、よく解っただろう? お前を助けようとした人間たちが、お前のせいで傷ついていく」


 諸田大輔はゆっくりと歩み寄り、梵の顎をクイっと持ち上げる。


「式条美咲も、永代家の3人も、お前がいなきゃ平和に過ごせてた。お前が馬鹿でどうしようもないガキだったせいで、彼らは巻き込まれたんだよ」


 大輔は機械のような抑揚のない声で言った。

 梵は何も反論できない。ただ無性に恐ろしく感じて、慌てて大輔の手を振り払った。


「違う……お、俺は……」

「何が違うんだ?」


 目の前の男は、自分の全てを見透かしているようだった。

 姿形は諸田大輔そのものだが、その中身は別の何かであるように感じる。


「梵……あなたは存在するべきじゃなかったのよ」


 いつのまにか大輔の横に立っていた女が、諭すような声で言う。

 この女のことも、梵はよく知っていた。

 諸田美月。大輔の妻であり、梵のもう1人の里親だ。無論、この女も大輔に同調して梵を虐待し続けていた。


「実の両親に捨てられ、私たちに虐待され、学校では酷いいじめを受ける。どうしてだか分かる?」


 美月の声も大輔と同じく、平坦でロボットのような口調だ。

 人としての感情が一切含まれていない、蔑みに染まった4つの瞳が梵を見つめる。


「それはあんたに気付かせるためよ。あんたが誰からも必要とされない人間だってことをね。あの怪物(ドラゴン)の姿……誰からも疎まれる存在にはぴったりね」

「黙れ……」


 梵は俯いたまま、ドラゴンのような低い声で呟く。

 2人の言ったことは、梵がずっと思っていたことと全く同じだった。最も心を抉る言葉を浴びせられ、どうしようもなく怒りが溢れてくる。


「いい? 間違っていたのは全部あんた。なのに……あんたは7人もの同級生を殺した。"自分は悪くない"なんて思ってたの? 罪のない人間を殺した、殺人鬼のくせに」

「もう黙れよ……!」

「"自分はどうしてこの世界に生きてるんだろう?"ってずっと思ってたんでしょ? 答えは簡単。あんた自身がこの世にすがりついてただけ」

「やめてくれ……!!」


 心が侵食されていくようだった。

 認めたくなかった事実を、次々に突きつけられる。梵は歯を食いしばり、涙を必死に堪えていた。


「何で……何でこんな……」


 胸の中で、感情が嵐のように荒れ狂う。言葉で表現しようにも、何を言えばいいかわからない。胸をきつく縛られたかのように、呼吸が苦しくなる。


「ここまで言ってもまだ気付かないか? なら教えてやるよ」


 大輔の目は空洞のようで、纏っている雰囲気は凍てつく程に冷たい。

 梵は涙の滲む目で大輔の姿を捉え、次に発せられるであろう言葉を予想していた。

 梵自身が最も聞きたくない言葉であることは間違いない。それは……。


「お前なんか、生きてる意味はない」


 その言葉を聞いた時、自分の中で何かが砕けたような気がした。


「黙れえええええええええええ!!!!」


 まるでドラゴンの咆哮のような声を上げて、梵は2人に飛びかかる。

 体が青い光に包まれ、瞬く間に人間だった時の10倍以上の体格になる。そしてドラゴンの鋭い牙が、里親たちに突き立てられた。






 突然、全身に電流が走った気がした。






 目を覚ますと、梵は冷たい椅子に座っていた。

 何がどうなったのか理解できず、忙しなくあたりをキョロキョロと見回す。

 梵のいる空間は薄暗く、目の前には鋼鉄製のテーブルが置かれていた。


「え……ここは……?」


 椅子から立ち上がろうとしたが、両手を後ろに拘束されていたため出来なかった。

 服装はいつの間にか、病院の検査着のようなものを着せられている。

 テーブルを挟んだ向こう側には壁全体を覆う大きな鏡があり、困惑して口を開ける自分が映し出されていた。

 部屋全体を見回してようやく、ここが警察の取り調べ室のような場所だと気付いた。

 部屋全体は灰色を基調としており、最低限の電灯だけが備えられている。そんな無機質で寒々しい様子が、梵の不安を一層掻き立てた。


 ――――こっちが現実だ。


 直感がそう告げた。あの里親たちは悪夢の産物だったようだ。

 しかし、安心など全く出来ない。意識がはっきりするにつれ、自分の置かれている状況がどれほど悪いものであるか理解できた。

 こんな場所で、両手を拘束されて座らされているということは……。


「ぎゃあっ!!」


 次の瞬間、左隣から少年の悲鳴が聞こえた。梵は反射的に横を振り向く。

 横にいたのは、スタンガンを持った男。そして、梵と同じく検査着を着て、手錠を嵌められた少年だった。

 こうなる前、行動を共にしていた少年だ。無理に覚醒させられたせいか、ゲホゲホと咳き込み、肩で息をしている。


「雪也……!!」


 梵は無意識にその名を叫んでいた。

 少年は意識を朦朧とさせながらも、ゆっくりと梵の方に顔を向ける。


「……あれ? ソヨ?」


 雪也もまた、目を丸くしながら辺りを見回していた。彼も状況を掴めていないようだ。

 部屋には、2人を取り囲むようにして白衣や戦闘服に身を包んだ人間たちがいた。

 そしてその中の1人、白衣を着た老人が口を開く。


「やあ。私は富士田承之介、一連のドラゴン事件を調査する責任者だ」


 富士田は、口元をわずかに緩めて柔らかく言った。

 梵はこの男に見覚えがあった。中見原町に行った時、国防軍と一緒にいた男だ。


「知るかよ! 早くこいつを外せ!!」


 雪也は手錠をガチャガチャと言わせながら威勢良く吠え掛かる。しかし富士田はその言葉を黙殺し、なおも笑顔を見せた。


「まず、君たちの置かれている状況について説明しよう」


 不敵な笑みを浮かべたまま、富士田は少年たちの向かいに歩み寄る。


「中見原町でのことは覚えてるかね? "アメジスト"ドラゴンとの戦いの後、君たちは国防軍に捕らえられ、ここに運ばれた」


 梵はようやく全てを思い出した。

 雪也と一緒に戦った後、国防軍に取り囲まれて、そして……そうだ。あの男に撃たれんだ。殺されたのかと思ったが……。


「君らに使われたのは麻酔銃だ。殺傷能力はない」


 梵の心を読んだように、富士田が付け加えた。


「おいジジイ! ここはどこなんだよ!?」


 雪也は再び声を張り上げた。その目は、怒りと警戒心に染まっている。


「サーガ機関という組織の地下施設だ。詳しい位置は言えないがね。君たちはしばらく、この場所に拘留されることになる」

「ふざけんな! この誘拐犯! ジンケン侵害ってやつだろこれ!!」

「人権は人間にのみ適用されるものだ。君らは……残念ながら人間とは認められていない」


 雪也はそこでようやく押し黙った。それでも歯ぎしりをして、獣のような瞳で富士田を睨みつける。


「あぁそうだ……俺たちは人間じゃない、化け物だ。化け物を舐めるなよ……!」


 そう言って、雪也は意識を集中させ始める。

 梵は察した。雪也はドラゴンに変身するつもりだ。

 後ろに控えていた男も気付いたようで、腰から素早くスタンガンを取り出して少年の小さな首に押し当てた。


「ぐぁっ!!」


 その瞬間、雪也が苦痛に満ちた声を上げた。強力な電流を流され、勇猛果敢な少年は弱々しくこうべを垂れる。何とか意識は保ったようだが、ゼェゼェと苦しそうに息をしていた。


「雪也くん……我々も手荒なことはしたくないんだ。君らはとても重要な存在だからね。殺したくはないんだよ」


 そう言って富士田は、懐から透明なタブレットを取り出した。

 梵はぐっと身構える。その道具が、自分たちにとって不吉な物だと察したからだ。


「ひとつ教えておこう。君たちの頸椎(けいつい)の辺りには、極小の爆弾が埋め込まれている。私の持つこのスイッチひとつで爆発する仕組みだ。これが作動すれば……もちろん死に至る」


 梵と雪也は、共に表情を硬くする。心臓の鼓動が高まり、背筋には冷たい汗が一筋流れた。


 "逆らえば死ぬ"


 老人はそう言っているのだ。


「我々とてこんなものは使いたくないが……備えあれば憂いなしだからね。あくまで非常用だよ。素直に協力してくれれば悪いようにはしない。……あぁそれと、爆弾は施設外に出ても自動で爆発するから……気をつけてね」


 老人は柔らかなトーンで、恐ろしいことを次々に口にする。

 梵は椅子や手錠の冷たさも忘れるほどに、体の芯が冷えていくのを感じた。これからはこの監獄のような場所で、常に死と隣り合わせで過ごさなければならないのか。


「クッ……クソ野郎……!!」


 雪也は呼吸を荒くしながらも、何とか声を絞り出していた。恐怖を打ち消すように歯を食いしばっているが、その頰には冷や汗が伝っている。


「あんたらは一体……何なんだ……?」


 梵もようやく言葉を発した。その声は掠れ、酷く震えている。


「君らのような"特殊な問題"に対処するための秘密結社、と言ったところかな」


 白衣の老人は、どこか戯けたように答えた。

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