第20話 雌雄決す
梵の牙が紫のドラゴンの首に食い込み、敵を逃がさんとしている。だが紫の竜もまた、梵から逃れるために必死に暴れていた。
雪也にとって、これはまたとないチャンスだった。
「ソヨ! そのまま抑えてろよ!」
雪也は口元にエネルギーをチャージし、最大威力の火球を発射する。火球は見事敵の腹部に命中し、アメジストの巨体は数百m先まで吹き飛ばされた。
その様を確認した雪也は、梵に叱責の目を向ける。
「お前……何やってんだ! 俺の言ったこと忘れたのか!!?」
「お爺さんとお婆さんなら大丈夫だ。もう安全な場所に避難した」
「そういうことじゃなくてだなぁ……」
雪也は驚きと苛立ちが含まれた言葉を浴びせるが、対して梵は素っ気ない態度だった。
「だから! 俺が戦うからお前は逃げろって……!!」
「さっきまで殺されかけてたくせに」
「ぐっ……」
何か言い返してやりたかったが、梵の言い分に反論の余地はなかった。
「馬鹿野郎……!」
「それはお互い様だろ?」
梵の返事はやはり素っ気ない。雪也は、僅かに口元を緩めた。
ドラゴンの少年たちは敵の方に向き直る。向こうからはアメジストドラゴンが、家々を踏み潰しながら迫ってきていた。その瞳は怒りと憎悪に染まっている。
「あいつ……マジでお怒りだな」
白竜と青竜は、並び立って戦闘態勢を取った。
"いつでも来い"
相手に目でそう告げる。
紫の竜はは有無を言わさず、咆哮を上げて梵と雪也に襲いかかってきた。
式条は冷や汗をびっしょりかきながら、目を見開いてヘリから地上を見下ろしていた。
町の至る所から炎と黒煙が上がり、緊急車両の赤色灯があちこちで光っている。
パニックを起こす民間人の姿も多く見え、そんな彼らを救うべく、国防軍の先遣隊が決死の避難誘導を行なっていた。
そしてヘリのサーチライトに浮かび上がるのは、殺し合いを繰り広げる3体のドラゴン。
最初に町を襲った"アメジスト"、それに挑んだ"アルビノ"。最後の1体は、例の"サファイア"だ。
式条があの青竜を目にするのは、これで4度目だった。
ドラゴン達は、2対1で想像を絶する殺し合いを繰り広げていた。火炎や火球が次々に放たれ、住宅街だった場所は今や灼熱地獄と化している。
まるで神々の戦いか、この世の終末を見ているようだった。
『中佐、どうしますか!? 攻撃するんですか!!?』
別のヘリに乗る寺島が、悲痛な声で無線で呼びかけてくる。
「まだだ! 奴らの決着がつくまで待て!」
信じられない光景に圧倒されながらも、式条はあくまで冷静さを保っていた。
あのドラゴンを3体同時に相手にするなど、自殺行為だ。だから奴ら同士で潰し合って数が減ったところで、国防軍による攻撃で一気にカタをつける、という算段だった。
『中佐。小松基地から、地中貫通爆弾を搭載したF-3戦闘機2機が離陸しました』
また無線から声が響く。本部からの報告だ。
「よし。俺の指示があり次第、爆弾を投下しろ」
バンカーバスターは貫通力に優れた非常に強力な爆弾で、厚さ数十mの岩盤すら簡単に貫いてしまう。
いくら怪物じみた外皮を持っていても、これが直撃すればひとたまりもないだろう。
ただ重要なのは、いつ・どのタイミングで落とすかだ。その判断は、式条の手に委ねられている。
梵と雪也は破壊者との戦いを続けていた。
しかし、数で勝ろうとも劣勢は覆らない。むしろ経験の浅い梵では、雪也の足手まといになりかねなかった。
事実、格闘戦を挑んでいるのは雪也だけだ。梵はただ、火炎で援護する程度のことしかできない。
――――何かないのか……? 何か、俺にできることは……!?
梵は辺りを見回し、使えそうな道具を探してみる。
ふと、地面に転がる3本の筒が目に入った。それは家庭用プロパンガスのボンベだった。おそらく、倒壊した家に設置されていた物だろう。
――――これだ!
梵は指を器用に使い、ボンベを手に取る。そして、紫のドラゴンに狙いを定めた。
「雪也、離れろ!!」
「えっ何で!?」
「いいから早く!!」
雪也は訳もわからぬままに、戦闘を中断して上空へ飛び立つ。それを見計らい、梵は敵にボンベを投げつけた。
紫のドラゴンはなんら動じることなく、投げつけられた物体を滅却しようと火炎を吐く。
――――しめた!
梵は翼で顔を覆う。刹那、破裂音と衝撃波が大気を震わせた。
アメジストのブレスがプロパンガスに引火し、大爆発を引き起こしたのだ。ドラゴンの火球にも劣らぬ炎が、空中で炸裂する。
思惑通りの展開に、梵はニヤリと笑う。突然の爆発に、敵は完全に怯んでいるようだった。
だが、それにしても様子がおかしい。紫のドラゴンは半ばパニックに陥りながら、しきりに頭を振り乱している。
「あいつ、どうしたんだ?」
降下してきた雪也が尋ねてくる。
梵は今一度目を凝らし、敵の様子を窺ってみる。
アメジストの両目には、ボンベの破片がいくつも突き刺さっていた。全身を硬質に覆われていても、眼球までは頑丈ではなかったのだ。破片は、アメジストの視力を奪い去っていた。
「そうか……失明してるんだ!」
梵もすぐにそれに気付いた。パニックに陥るアメジストの顔に飛びかかり、その口を無理やりこじ開ける。
「雪也! ここに火球を撃ち込め!!」
外皮を貫通できないなら、体内から破壊するしかない。体内に繋がる器官で狙えるのは、口だけだ。
紫のドラゴンは光を失って混乱し、体を揺さぶって大暴れしている。だが梵も力を振り絞り、敵を逃がすまいとしていた。アメジストの口が、裂けんばかりに開かされる。
雪也は今一度、全力の火球をチャージした。
「ほらよ……お前に焼かれた町の分だ!!」
雪也は、ゼロ距離で特大の火球を放つ。火球は敵の喉奥に命中し、体内でそれが炸裂した。梵と雪也は素早く飛び上がり、上空から敵の様子を伺う。
紫のドラゴンは激しく苦しみ出し、口から大量の炎を吐いた。それはドラゴンの意思ではなく、力が暴走しているようだった。
胸を掻き毟り、自ら地面に体を叩きつけ、何度も咆哮をあげる。いわゆる断末魔と呼ばれるものだろう。
30秒ほどそれが続くと、やがて紫のドラゴンは動きを止め、凍りついたように固まってしまった。
梵と雪也は敵の様子を確認すべく、再び地上に降り立った。巨大な紫の体をあちこち見回すが、動き出す気配は全く無い。さっきまでの暴れようが嘘のようだ。
「……こいつ、死んでる」
梵が平坦な声で結論づけた。雪也も黙ってそれに頷く。
数秒の間を置いて、ドラゴン達は大きく息をついた。人間の数千倍の肺活量により、突風のような溜息が放出される。
緊張の糸が途切れ、疲労により2体とも全身で激しく呼吸をしている。ドラゴンの体力をもってしても、この戦いは非常に辛く、苦しいものだった。
「全く……ハァ…初陣だってのに容赦無しだな……」
そう言って、白いドラゴンが笑顔を見せた。
彼らの勝利を、上空のヘリコプターも確認していた。
式条は、無線で命令を飛ばす。
「今だ。バンカーバスター、放て」




