表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/126

第18話 覚悟

 永代家では、いつも通り祖母の智子が夕飯を作っていた。

 リビングでは、梵と雪也が祖父の和彦に今日のことを色々と話している。静かで、平和な日常の光景だ。


「……ソヨってば、火球作るのがめっちゃ下手くそでよ! 危うく山を燃やしかけたんだぜ!」

「お、おい……あんまり言うなって」

「はっはっは! 仲良くやれてそうで何よりだ」


 和彦が大きな声で笑う。梵自身はあまり話さなかったが、彼らの楽しげな会話を聞いて、静かに微笑んでいた。

 突然、家全体がガタンと揺れた。

 家具が激しい音を立て、あちこちから軋む音が響き、窓ガラスがガタガタと震え、食器が床に散乱する。

 家の中の4人は予想外の事態に混乱し、その場に伏せて揺れが収まるのを待った。


「何だ……地震か!!?」


 雪也は周りをキョロキョロと見回す。


「いや違う……地震じゃない」


 確信があったわけではなかったが、梵はそう答えていた。地震の揺れとは明らかに違った。まるで、何かを地面に叩きつけたような……。

 そのまま4人は、玄関から外に飛び出した。

 逃げ道を確保しておきたかったし、何が起こっているのかも確かめたかった。だがそれ以前に、生き物としての本能が「外へ出なければならない」と告げていた。

 家の前の路地では、20人を超える人々が同じ方向に走っていた。その表情はどれも鬼気迫るもので、異常な事態の発生を物語っている。

 和彦が1人の男を捕まえ、「何があった?」と聞くと、男は汗でびっしょりの顔で叫ぶように答えた。


「怪物だ! 怪物が出た!!」


 男は和彦の手を振りほどくと、天敵に狙われた草食動物のように一目散に逃げていった。


「怪物って……」


 それを聞いていた雪也がつぶやく。

「怪物」という単語だけで、何が起きたのか察することができた。

 梵や老夫婦もまた同じ考えに至る。


「まさか……焼津を襲ったドラゴン……」


 考えたくはなかった。だがそうとしか考えられない。

 1週間前に焼津漁港で大勢を虐殺したドラゴンが、この町に現れたのだ。奴の目的は、おそらく自分たち……。

 何故この場所がバレたのかは分からないが、最悪の事態が起こっていることは確かだ。

 また、遠くから重い轟音が響いた。何かが爆発した音だ。あのドラゴンが暴れてるに違いない。

 視線を上げると、黒い空の一角が濃いオレンジ色に染まっているのが見えた。あの炎の色を映す空の下に、破壊者がいる。


「よし……みんなは先に逃げてくれ。俺があいつを止める」


 雪也は炎の方を見て、そう言った。


「何言ってるの! バカなこと言わないで!」


 真っ先に反論したのは智子だった。その目には、何が何でも孫を連れて行くという意志が表れている。


「そうだぞ! 早く来い! 一緒に逃げるんだ!!」


 和彦もそれに同調する。

 しかし、雪也は決して逃げようとはせず、力のこもった視線で祖父母を見つめた。


「爺ちゃん、婆ちゃん。悪いけど、町の人たちを見殺しにはできない。ドラゴンが暴れてるなら、止められるのは俺だけだ」


 それを聞いた和彦は苛立たしげに歩み寄り、がっしりと雪也の腕を掴む。


「いい加減にしろ!! 遊びじゃないんだぞ!!!」


 和彦が怒鳴り声を上げるが、雪也もまた一歩も退こうとしない。


「ああそうだよ!! 人が死ぬかもしれないんだ!! 見て見ぬ振りなんか出来るか!!!」


 雪也は和彦の腕を振り払うと、その場で光を放ち、たちまちドラゴンの姿を形作った。

 こうなっては、ただの人間である和彦には何もできない。


「……心配してくれてるのは分かってる。でもごめん、やっぱり俺がやらないと」


 雪也はドラゴンに似つかわしくない、静かな声で呟いた。

 和彦が拳を握って歯をくいしばる中、今度は梵が前に出る。


「雪也……俺も一緒に戦う」


 梵の一言に、老夫婦は再び驚愕した。急いで引き留めようとするが、それより早く雪也が首を横に振った。


「ソヨ、お前は爺ちゃんと婆ちゃんを逃がしてくれ。山の方に逃げれば大丈夫なはずだ」

「1人で戦うなんて無茶だろ!」


 いつもは喋ることすら少ない梵が、声を張り上げる。

 だが雪也は首を縦に振ろうとはしない。


「悪いけど、お前まで危ない目に遭わせられない。ここは俺に任せろ」

「でも……」

「ソヨ、"師匠"を信じろよ」


 そう言って、白竜は鮫のような歯を見せて微笑む。梵は渋々引き下がった。

 ドラゴンは翼を広げると、修行の時に見せた以上のスピードで雲の中に飛び上がった。


「馬鹿野郎……」


 和彦が悔しそうに歯ぎしりをする。その目からは大切な孫を止められなかったという無力感や、自責の念が溢れ出ていた。

 雪也が飛び立った空は、何匹もの黒い蛇が曲がりくねっているような、不気味で恐ろしい暗雲に覆われていた。








「何てことだ……」


 式条中佐はヘリから地上を見下ろし、眼下の光景に思わず声を漏らした。

 既に30軒を超える民家から火の手が上がり、その中心にはドラゴン"アメジスト"が鎮座している。心なしか、その爬虫類めいた顔に笑みが浮かんだように見えた。


本部(HQ)! 中見原町に甚大な被害が出ている! 直ちに空軍の出動を要請!! 地中貫通爆弾(バンカーバスター)が必要だ! 送れ!!!」

『繰り返せ式条中佐。一体何が起こっている?』


 あまりに悠長な本部の返答に、式条の堪忍袋の緒が切れた。


「コード・レッドだ!! "アメジスト"が人口密集地を襲ってるんだ!! 分かったか!!!」


 烈火の勢いで怒鳴られ、相手は一瞬気圧されたようだが、少し間を置いて式条に応答した。


『……了解、直ちに対処する。終わり』


 式条は交信を終えると、自らヘリのミニガンに着いた。

 ドラゴンは口に炎を燃え上がらせ、新たな火炎を放とうとしている。あれが放たれれば、また多くの民家が跡形もなく吹き飛ばされ、大勢の命が奪われてしまう。


 ――――そうはさせない!


 式条は引き金を引き、豪雨のような弾丸をドラゴンに浴びせる。

 このミニガンの威力は非常に高く、鉄板を紙のように撃ち抜くほどの弾が、1秒間に100発も発射される。普通の生物なら、一瞬でひき肉同然になってしまうだろう。

 だがドラゴンは違った。

 弾丸は全て外皮で弾かれ、カンカンという虚しい音を立てている。もちろん痛がる様子もなく、ただ鬱陶しそうに空を見上げるだけだ。

 ドラゴンの意識をそらし、町への攻撃を止めることができた。だがそれ以上は何もない。

 1000発、2000発と喰らわせても、結果は変わらなかった。


「化け物め……」


 何故だ? 何故奴は死なない? あいつは生き物ではないのか?

 目の前の生物に対する疑念が、湯水のように湧いてくる。あんなものがこの世界に存在しているなんて、信じられなかった。信じたくなかった。

 目の前の現実が、夢か虚構のように映る。


 ――――俺たちは今、何と戦っているんだ?


 ふと、そんな疑問が浮かんだ。

 つい1週間前までは、人間の敵は人間だった。人間が全ての生命の頂点に君臨し、未来永劫その座は揺るぎない、そう考えられていた。

 だがこの瞬間、目の前に、生物としての枷などものともしない存在がいる。人類を、捕食者に怯える類人猿だった頃まで引き戻してしまうような、超自然の存在が。


 ――――お前などに、人類を蹂躙されてたまるものか。


 式条の胸の奥から、無性に怒りが湧いてくる。それは軍人としてではなく、人間としての、種族としての怒りだ。


「死ねええええええええ!!!!」


 ミニガンから白煙が上がるのも構わず、ドラゴンを撃ち続ける。

 ここで殺さなければ、明日はもっと多くの人間が殺される。何としても、ここで決着をつけねばならなかった。

 しかし、ドラゴンは傷ひとつ負うことない。

 ドラゴンの視線が、真っ直ぐに式条のヘリを捉えている。その目は、獲物を狙う獣の目だ。

 ドラゴンと直接視線を合わせたのは、これで3度目だった。手がガタガタと震え、額から冷や汗が落ちる。


 ――――殺される!


 そう思った時だった。

 ドラゴンに向け、どこからか炎の玉が放たれた。それはドラゴンに命中すると同時に大爆発を起こし、無敵の怪物も思わず仰け反ってしまう。

 式条は無意識に、火球の飛んできた方角を見る。


「あれは……」


 式条は、その存在に見覚えがあった。

 アルビノドラゴン……1週間前、突如として出現し国防軍を無力化した奴だ。

 "アルビノ"はゆっくりと地上へと舞い降り、もう1体のドラゴンと対峙した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ