第13話 目標
「ソヨは飛んだりするのあんま慣れてないのか?」
軽く握手を交わした後、永代雪也は質問した。
梵は首を縦に振る。
「こうなったのはほんの何日か前だから……」
「んじゃ、俺が師匠みたいなもんだな!」
雪也が腰に手を当て、白い歯を見せて笑う。
しかし梵はどう反応していいのかわからず、愛想笑いをして誤魔化すしかなかった。
「なぁ、どうせ行く当ても無いんだろ? なら俺ん家来いよ。歓迎するぜ」
と言いながら、雪也は梵の腕を引っ張る。どうしても来て欲しいという態度だ。
かなり強引な誘い方だったが、梵にとってもそれは幸いなことだった。「お前と話すことなんてない、帰れ」などと言われれば、途方に暮れるしかない。
「早く行こうぜ。その車の持ち主が来る前にな」
雪也は梵の横のスクラップを指差して言った。
車は側面が大きく凹んでおり、割れたウインドウからはシートやらハンドルやらが飛び出して、歪な物体と化している。
この持ち主には悪いことをしてしまったと、梵は申し訳ない気持ちになった。
雪也の方に視線を戻すと、彼は再びドラゴンの姿になっていた。
「え……あの、永代くんの家ってそんなに遠いの?」
「ん? すぐ近くだぞ?」
「……じゃあ、何でわざわざ変身してるの?」
「歩くのも面倒だろ? いいから俺の背中に乗れ」
言われるままに、梵は白いドラゴンの背中に登っていった。
その最中、さっき吹き飛ばされた右足が何事もなかったかのように再生しているのに気がついた。やはり、一度ドラゴンに変身するとどんな傷でも治癒してしまうようだ。
雪也は白い翼を羽ばたかせると、立体駐車場から勢い良く飛び立った。
「うわぁっ!!?」
曲芸じみた飛行をする雪也に、梵は冷や汗を掻く。一旦高度を上げたと思うと、今度はジェットコースターのように猛スピードで降下した。
そして地面スレスレになると同時に、変身を解いて人間の姿に戻る。そのせいで、雪也と梵は地面に叩きつけられた。
「うわっ!」
「痛っ!!」
2人揃ってコンクリートに顔面を強打し、鼻を押さえて悶える。呻き声を上げる雪也に、梵は呆れた視線を向けた。
「永代くん……君ちょっと馬鹿だろ……」
普段は絶対に本音など言わない梵であったが、今回は思わず本音が出てしまった。
それを聞いた雪也は、寝転がりながらゲラゲラと笑い始める。
「悪かったよ! もしかして怒ってるか?」
「怒ってはいない。もう2度と永代くんの背中には乗らないけど」
「だから悪かったって!」
そんな会話をしながら、少年たちは土埃を払ってその場に立ち上がった。
「てかお前、苗字に君付けって……」
「え?」
突然指摘され、梵は呆然とする。雪也は少しため息をこぼした。
「なんか距離感あるだろ。普通に"雪也"って呼んでくれよ」
「あぁなるほど。ごめん」
「別に謝るほどのことじゃ……」
「あ、そっか。ごめん」
「だから……」
「あっ……」
梵は気まずそうに目をそらした。雪也はそれを見て、小さな笑みをこぼす。
「ま、とりあえず家に入れよ。昨日買ったばっかのメロンソーダとかもあるぜ」
雪也の指差す先には、和風の一軒家があった。木造建築で瓦屋根であったが、不思議と古さは感じさせない。むしろ、堂々とした立派な家という印象だ。
「おーい、早く来いよ!」
声のする方を見ると、雪也が玄関を開けたまま手招きをしていた。
梵は小走りでそこへ急ぎ、共に家の中に入った。
「えっと……お邪魔します」
梵は遠慮がちに木造の廊下を歩いていく。
家の中は至って普通だった。特に何か秘密がある、という雰囲気ではない。
「ばあちゃん、ただいま」
雪也の挨拶に呼応するように「おかえり」という老人の声が聞こえた。
梵は不思議に思った。どうして母親ではなく、祖母が答えたのだろうか。単に母親が仕事に出かけているだけだろうか? それとも……。
「友達連れてきたよ。20分前に会ったばっかだけど」
雪也がそう言うと、どこかの部屋から老いた女性が顔を出した。女性は少し驚いた顔をしたが、すぐに撫でるような優しい声で「いらっしゃい」と言って歓迎した。
「お、お邪魔してます」
梵も焦って一礼をする。
「じゃあ、雪也について行ってね。後で飲み物持っていくから」
と言って、女性は再び部屋に引っ込んでいった。
言われた通り雪也について行くと、リビングのような場所にたどり着いた。ここもテーブルやリビングのある、なんの変哲も無い部屋だ。
少々古ぼけた部屋だったが、壁際には最新型の液晶テレビが鎮座していて、そのギャップなんとも奇妙であった。
雪也は座布団に適当に座り、梵を待っている。梵もテーブル向かいに同じように座った。
「いや~まさかなあ。俺と同じ能力を持ってる奴がいたなんて、びっくりだよ! 絶対俺だけだと思ったのに」
雪也が興奮を一切隠さずに話し始める。
「どこから来たんだ?」
「横浜」
「あー、どこだっけそれ?」
「えっ……神奈川県」
「あー、あの四国のか。うどんで有名だな」
「いや、それ多分香川県。神奈川は関東にあって……」
「ん?? ……まあいいや」
梵も色々と質問をしたかったが、雪也の勢いに流されてしまう。しばらく雪也のペースに合わせていよう……そう思った。
「そういやお前、親は? 心配してないのか?」
そう質問された途端、梵は暗い表情を浮かべた。雪也も何かを察し、瞬時に笑顔を消した。2人の間に、気まずい沈黙が流れる。
「親の顔……、知らないんだ。施設に預けられて、その後は里親のとこで過ごしたから」
それを聞いた雪也は口を半開きにし、衝撃を受けた様子だった。それが何だか申し訳なくなり、梵は少し俯く。
雪也は僅かに悲しそうな表情を浮かべたが、直後に
「そっか……じゃあ俺と同じだな」
と明るい調子で話し始めた。
「えっ?」
梵は思わず言葉を失う。
雪也はそんな反応を楽しむかのように、歯を見せて笑った。
「俺の父ちゃんと母ちゃんもずっと前に事故で死んでてよ、親のこと全然知らねぇんだ。それで今は爺ちゃんと婆ちゃんと暮らしてる。やっぱお前とは気が合いそうだな」
話の内容にはまるで相応しくない、軽い調子で雪也は語る。
梵にはそれが信じられなかった。
「雪也は……寂しくないの?」
梵は思わずそう聞いた。
「そりゃ寂しいさ。昔は、親子ってのが羨ましくてしょうがなかった。でも、泣いたって親は生き返らないからな。前向きに生きて行くしかないっしょ」
雪也はまっすぐな瞳でそう言う。
梵には、同い年のこの少年がとてつもなく遠い存在に思えた。
自分と同じような苦悩を抱えながら、それでも現実を受け入れ、笑っていられる。彼は、自分よりもずっと強い人間だ。
「その里親はいい人だったのか?」
雪也の質問に、梵は黙って首を横に振る。あいつらについては、もう思い出したくもなかった。
「そっか……でも、本当の親は生きてるかもしれないんだろ?」
「まぁ……うん」
「んじゃ、親にまた会うのが今の目標だな」
「でも、俺を捨てた奴なんだよ?」
梵は怪訝な顔をしたが、雪也は気にせずに続ける。
「それも全部聞いてみりゃいいんだよ。ダメだったら、一発ぶん殴ってやりゃいいんだ!」
そう言って雪也は勢いよく拳を突き出す。
雪也はどこまでも前向きな奴だ。そう思いながら、梵はポケットに忍ばせたフィギュアを眺めて、静かに口を綻ばせた。
両親が生きているとは限らない。それでも、探す価値はある。
「はぁ~、もう暗い話やめようぜ。せっかく会ったんだしさ」
そう言って雪也は、リモコンでテレビの電源を入れた。そこに映っていた光景に、2人は思わず目を奪われる。
『――――詳しい情報は入っていませんが、大勢の死傷者がいるのではと思われます! 消防や警察、国防軍の姿が多数確認でき……』
テレビでは、ヘリからの空撮映像が放送されていた。地上の建物が黒煙をいくつも上げ、消防車やパトカーの赤色灯が何十と見える。
"焼津漁港で謎の生物による襲撃"
画面のテロップにはそう書かれていた。




