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第11話 白き竜

「こ…こいつは……!?」


 式条は唖然としていた。

 突如として現れたドラゴンが地対空ミサイル砲を食い千切り、それを無造作を吐き捨てた。

 式条だけではない。その場にいた全員が呆気にとられている。

 ドラゴンはもう一門のミサイル砲に狙いを定めると、太い尻尾を鞭のように使ってあっという間に叩き潰してしまった。

 間違いない。あの白竜は"分かっていて"対空ミサイルを狙ったのだ。奴には明確な知性がある。

 式条はそう確信していた。

 美咲もまた、美しくも恐ろしい白竜の姿に釘付けになっていた。


「あのドラゴンって……」


 そうだ。あのドラゴンは、自分たちが探していたドラゴンそのものだ。だが本当に味方なのだろうか。梵の言う通り、自分たちを殺そうとしてきたら……。

 美咲の胸に、一抹の不安がよぎった。



「くっ……! 奴を止めろ!」


 式条の命令で、兵士たちが再び銃撃を始める。だが銃弾はカンカンと言う音を立てて、強靭な鱗に跳ね返るだけだ。まるで通用していない。あの外皮は鋼鉄並みの硬度だ。

 兵士の1人がロケットランチャーを放つ。しかし爆発は外皮の表面を覆っただけで、やはりダメージは与えられない。

 ドラゴンは歩兵になど目もくれずに、軍用車両ばかりを狙い続けていた。

 式条たちにとっては悪夢のような光景だった。

 国防軍の誇る最新鋭の兵器が、いとも簡単に破壊されてゆく。装甲車に搭載されている重機関銃ですら、足止めにもならない。

 この白いドラゴンは、サファイアよりも遥かに強い。歩兵たちに絶望が伝染する。こんな怪物に勝てるわけがなかった。

 ドラゴンは車両を全て破壊すると、一箇所に視線を固定させた。その視線の先にいたのは、もう一体のドラゴンだ。


  「……奴はサファイアを狙ってるぞ!」


 いち早く気付いた富士田が声を上げるが、兵士たちにはどうすることも出来ない。地対空ミサイルはおろか、他のすべての車両まで大破しては、もう対抗手段はない。

 刹那、ドラゴンの巨体が宙に跳ね上がった。


「みんな下がれ!!」


 式条が一言命令をする間に、巨体は式条たちの目の前にドシンと着地した。風と土埃が周囲に襲いかかる。それと同時に、ドラゴンは大きく裂けた口に紅蓮の炎を纏わせた。


 ――――火炎攻撃か!?


 身の危険を察知し、式条は思わず両腕で頭を庇った。こんなことで防げるわけはなかったが、反射的にそうしていた。

 ドラゴンは回転しながら、全方位に向けて炎のブレスを放つ。周囲にいた人間は例外なく死を覚悟した。

 しかし威力が弱かったのか炎はすぐに消滅し、人間に当たることはなかった。それでも本能で"死"を感じ取った人間たちは恐怖し、その場に倒れこんでしまう。

 もうどうすることも出来ない。こんなもの、蟻と象のケンカに等しい。今は部下たちを生きて帰らせることが先決だ。


「総員、退却しろ!!」


 式条は部下に命令を飛ばしたが、自分はその命令には従わなかった。すぐ目の前に、尻餅をついて体を震わせる娘の姿を見たからだ。軍人としてではなく、父親として守るべきもの……。

 美咲は今、白いドラゴンのすぐ近くにいた。このままでは殺されるかもしれない。


 ――――俺の目の前で、美咲を死なせてたまるか……!!


 式条は美咲の前に立ち、ライフルを構えた。白いドラゴンは、倒れこむ青竜の姿をじっと見下ろしている。

 やはり、こいつの目的はサファイアだ。


「美咲、逃げろ!」

「お、お父さん……!」

「早くしろ!!!」


 父親の怒鳴り声を聞き、美咲は震える体を引きずってようやく走り出す。

 式条はそれを見届けると、白い怪物に向けアサルトライフルを乱射し始めた。こんなものが効くとも思えなかったが、今は気を引ければ十分だ。

 ドラゴンも式条の存在に気付いたようで、ギロリとした目で小さな人間を見下ろす。

 たったそれだけで、式条は全身に冷や汗をかき、銃を持つ手がブルブルと震え始めた。悪寒が何度も背筋を駆け巡り、心臓がバクバクと脈打つ。


 "お前などいつでも殺すことができる。"


 ドラゴンの目はそう告げているようだった。

 式条は再び死を覚悟した。しかし、白いドラゴンはまるで興味なさそうに式条から目を離すと、再び青いドラゴンを視界に捉えた。


 梵はこれまでの光景を、しっかりと見ていた。

 突如として現れた白いドラゴンは、強力な国防軍をいとも簡単に蹴散らした。そして今、ドラゴンは自分の目の前に鎮座している。


 ――――こいつの目的は何なんだ? 容姿からして、美咲の言っていたドラゴンに間違いないだろう。助けてくれたのか? それとも別の目的が……?


 梵の頭の中に様々な可能性が駆け巡る。殺す気ならばとっくにそうしているだろうから、攻撃の意思はないのだろう。

 すると白竜の口が僅かに開かれるのが見えた。ブレス攻撃を放つつもりかと思い、梵は思わず身構える。


「よう、大丈夫か?」


 しかし、口から出されたのは炎などではなく、梵を気遣う言葉だった。

 梵はすっかり驚き、質問への答えを忘れてしまう。


「えっと……人間の言葉は解るか?」

「あ……うん……」

「まだ飛べるか?」


 梵は自分の翼を動かしてみる。問題ない。飛べそうだ。

 白竜の質問に、黙って首を縦に振った。


「よし、じゃあ俺についてこい」

「えっ……どこへ行くんだ?」

「ここよりはマシな場所だ」


 それだけ言うと、白竜は突風を吹かしてその場から勢いよく飛び立った。それは、梵が驚嘆してしまうくらいの速さだった。

 きっとあいつは悪人じゃない。不思議とそう思えた。

 急いで自分も飛び立とうとした時、心配げにこちらを見つめる美咲の姿が見えた。梵はその大きく蒼い瞳で、美咲の目を見る。


 "ここまでありがとう。"


 それだけを視線で伝えると、大きな翼を羽ばたかせた。





 国防軍の兵士たちは、去っていく2体のドラゴンを呆然と見つめていた。

 後に残されたのは、圧倒的な力によって無惨に破壊された、軍用の車両だけだ。

 兵士たちには暗い雰囲気が広がっている。たった一体の生物相手に何もできなかったのだから、当然の反応だった。


「気を落とすな。我々ではどうしようもなかった」


 式条は上官らしく、失意に浸る兵士たちを励ました。

 だが正直のところ、苛立っているのは自分自身だった。式条は軍人としての職務に誇りを持っていた。しかし今回、それが得体の知れない化け物に軽々と踏みにじられた形だ。

 式条はヘルメットを脱ぎ、無造作に投げ捨てる。

 どう考えても、奴は既存の生物の常識から逸脱している。装甲車の重機関銃を喰らってなお平然としている生物など、存在しない。存在していいはずがない。


「中佐、死傷者の報告です」


 部下の寺島の声で、式条は我に帰った。寺島は報告を続ける。


「死者は0名、軽傷者が14名。以上です」


 死者0名。本来は喜ばしい報告だ。だが式条は、全く安堵する気にはなれなかった。

 あの白いドラゴン……よくよく考えれば、奴は明らかに"殺さないように"戦っていた。

 その気になれば車両などペシャンコに潰せたし、火炎で我々を焼き尽くすことも出来たはずだ。

 だが、そうはしなかった。奴に殺意は微塵もなかったのだろう。この結果が示すのは、あの白竜はまだ本気ではなかったということだ。

 もう軍人としてのプライドがどうこう言っている場合ではない。奴が本気を出せば、軍事基地1つを壊滅させることも容易い。


「クソッ!!!」


 式条は思わず悪態をついてしまう。

 国防軍は奴を倒せないのでは……そんな不安が、少しずつ心に巣食い始めていた。


「式条中佐」


 後ろから不意に声をかけられ、式条は少し驚いた。

 声の主は富士田博士だった。彼が突然現れるのは毎回だ。片手にスマホを持っているので、直前まで誰かと連絡を取っていたようだ。


「助手の朝霧から連絡があって、非常事態が起こったと……」

「ここ以上の非常事態ですか?」


 式条が皮肉交じりに笑う。しかし、富士田博士の表情が一切変わらなかったのを見て、急いでその笑みを消した。


「つい20分ほど前、静岡の焼津漁港が謎の生物に襲撃されました。詳細は分かりませんが、多数の死傷者が出たようです」


 その報告を聞いた途端、全身から血の気が引いた。

 今この瞬間、何かとてつもない危機が、この国を襲っているのだ。

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