第10話 奇襲
5時間を超える走行を終えて、夜行バスはようやく中見原町に到着しようとしていた。
時刻は朝8時になろうとしている。
「はぁぁぁぁ~疲れた!」
美咲が体を大きく上に伸ばした。
かなりの時間寝ていたので、2人とも眠気はほとんど消え去っている。
バスは徐々にスピードを落とし、やがて「中見原駅」と書かれたバス停の前に停車した。
「それで、これからどうやってドラゴンを探そう?」
「う~ん……あ、そうだ! まずドラゴンに変身してさ、『僕と同じドラゴン人間はいませんか~!?』って叫ぶのはどう?」
「むしろ警戒して出てこなくなりそうだけど……」
「冗談よ」
そんな軽口を叩きながら、2人はバスを降りた。数時間振りの地面は、何とも心地よいものだった。
「ふぅ~~~! 空気が新鮮!!」
美咲は味わうような深呼吸をし、その後に軽く体操をした。
梵は町の様子に目をやった。この場所は駅前だというのに、息を潜めたように静かだ。それどころか、人っ子ひとりいない。
「何か変だ……」
不気味なほど静かな町に、朝の風が一筋流れる。
周囲には民家や店も多くあったが、人の気配はまるでない。まるでこの世界から、梵と美咲以外の人間が消えてしまったかのようだ。
ふと、遠くのアパートの屋上に、キラリとした何かが見えた。梵は目を凝らし、その光の正体を確かめようとする。
それとほぼ同時だった。
突然、右足に焼けるような痛みが走った。梵はたまらず、その場に倒れこんでしまう。
アスファルトに叩きつけられた痛みも忘れ、何が起こったのか確かめようと視線を右足に落とす。
「え……?」
思わず言葉を失った。右足の膝から下が存在しなかったのだ。
傷口から鮮血が噴き出し、梵の周囲は血の池と化している。そこから1mほど離れた場所に、千切れた右足があった。
「スナイパー!? 逃げて!!」
激痛で意識が朦朧とし、美咲の声も遠くに聞こえる。
美咲が梵の腕を引っ張り、その場から逃がそうと引きずった。移動するごとにアスファルトには血のラインがべっとりと塗られる。
美咲は必死に梵の体を運んだが、その動きは非常に遅く、さらに不運なことに、周りに物陰は全くない。
するとどこからともなく、国防軍の制服を着た兵士たちが次々に現れた。
「行け! 行け!!」
兵士たちはライフルやHUD付きのヘルメットを装備した完全武装で、洗練された動きであっという間に少年と少女を取り囲んだ。
美咲の体は、屈強な兵士たちにより無理やり梵から引き剥がされてしまう。
「人質を確保! 標的を捕縛しろ!!」
数人の軍人が倒れこむ少年を取り囲み、アサルトライフルを構えた。少年はただ呻くだけで、抵抗する様子はない。
「美咲、無事か!?」
軍人の1人が、心配げに美咲に声をかけた。美咲はその軍人を、誰よりもよく知っている。
「お父さん……どうしてここが」
「お前、前に長野に現れたドラゴンの話をしただろう? だからここを目指すはずだと思ってな」
周囲には歩兵に続いて、装甲車や軍用ジープ、地対空ミサイル砲も姿を現していた。
式条は少年を取り囲む兵士たちに目をやった。
「何してる! さっさとそいつを拘束しろ!」
式条が急かすと、兵士は梵の腕をとり、懐から手錠を取り出した。梵はなおも呻き声をあげるのみで、無抵抗のままだ。
「ねえ、やめて! やめるように言ってお父さん!」
「美咲、すまなかった。怖い思いをさせたな。何もかも俺のせいだ。あいつに脅されたんだろう?」
「そうじゃないってば! どうして話を聞いてくれないの!!?」
「人質が犯人に同情してしまうことはよくある。お前は今まさにその状態で……」
「……話にならない!!」
美咲は怒りの視線を父に向けるが、父は至って冷静な表情を崩さなかった。
「……彼が例の少年か?」
同行していた富士田は倒れこむ少年の前に立ち、その姿をじっと見つめていた。
「下がってください富士田博士。まだ危険です」
兵士の忠告も無視して、富士田はなおも少年に近づく。少年の姿は普通の人間と少しも変わらず、ドラゴンの正体であるということすら忘れてしまいそうだった。
少年を取り囲む兵士の1人が、吹き飛んだ梵の右足を見た。傷口からは今も大量の血が溢れ出している。明らかに危険な状態だ。
「おい、このままじゃ出血多量で死ぬぞ。早く衛生兵を……」
そう言いかけて、もう一度傷口に目をやった。
錯覚だろうか? 傷口のあたりに、青白く光る粒子が見える。最初はほんの僅かだったが、徐々にそれは少年の全身へと広がっていく。
ほぼ同時に、富士田も異変に気付いた。少年の瞳の奥に、青い光が見えたからだ。富士田は他の誰よりも早く、その異変の意味を理解した。
「まずい! みんな離れるんだ!!」
兵士たちに叫びながら、自分もその場から急いで逃げた。だがその意図を理解できない兵士たちは、呆然と立ち尽くしている。
刹那、兵士を爆風のような衝撃が襲った。屈強な男たちは、塵の如くいとも簡単に吹き飛ばされてしまう。
「何だ!!?」
式条もまた、ただならぬ事態に気づく。すぐに状況を把握することはできなかった。しかし、頭よりも先に体が動いた。
「美咲!!」
式条は咄嗟に美咲を抱きしめ、襲い来る衝撃波から愛娘を守り抜いていた。
転倒し地面に叩きつけられた富士田の目の前に、青い巨体が現れる。
その姿は紛れもなくドラゴンそのものだった。映像でも化石でもない、生きたドラゴン。
「これが……」
富士田はその場に似つかわしくない笑みを浮かべた。ようやくこの目で見ることができた。
恐怖がないわけではない。しかし、富士田の中では恐れよりも感慨の方が遥かに優っていた。
この場にいる兵士たちは皆、訓練に訓練を積んだエリートだった。しかし彼らは今、眼前の光景に圧倒されている。
軍人としての経験より生物としての本能が勝り、全員がドラゴンの神々しい姿に釘付けになっていた。
だが唯一、ドラゴンに遭遇した経験のある式条だけは違った。
「何してる! 撃て!!」
上官の一声で我に帰り、その場にいた者たちが一斉にライフルの引き金を引いた。
四方八方から響く銃声に、美咲は思わず耳を塞ぐ。
何百という弾丸が数秒のうちに浴びせられるが、ドラゴンは少しひるむだけで、かすり傷ひとつ負わない。さらにロケットランチャーが命中したものの、やはりこれも効果がなかった。
「総員、Bプラン発動! 奴をどこにも行かせるな!」
そんな状況でも、指揮官である式条は的確に指示を飛ばしていた。こちらの攻撃が通用しないのは想定済みだ。
青いドラゴンは身の丈ほどの翼を羽ばたかせ、その場から飛び去ろうとしていた。
「逃がすな! 撃ち落とせ!!」
式条の命令により、白煙の尾を引いた地対空ミサイルが2発、ドラゴンに向け放たれた。ミサイルは胴と翼のつなぎ目辺りに直撃し、空中に大きな火球を作る。
この状況から逃げおおせるには、梵はあまりに未熟すぎた。
その巨体は黒煙の衣を纏いながら、中見原駅の真上に墜落してしまう。小さな駅舎を押しつぶして、ドラゴンはその身体を横たえた。
「アルファよりHQ、作戦成功。ターゲットを無力化した」
式条は一通りの報告を終えると、建物に覆いかぶさっているドラゴンに目をやる。
この辺りの住民は有毒ガスの流出を理由に避難させているので、巻き込まれた人間はいないはずだ。
兵士たちが銃を構えながら、一歩ずつ、ゆっくりとターゲットに近づいていく。ドラゴンは辛うじて意識を保っているようだが、それ以上動く様子はない。
――――勝った。
式条はそう確信していた。未知の怪物であったが、一人の犠牲者もなく勝利を収めることができた。作戦は成功だ。式条の緊張の糸が、一気に緩んでいく。
『緊急報告! 別個体のドラゴンが出現! 地対空ミサイルが破壊された!!』
一時の安堵は、その通信によって一瞬で破られた。
その場にいた人間たちが、一斉に振り返る。
視線の向こうにいたのは、姿形は梵のドラゴンと瓜二つの、しかし透き通るような純白の鱗を持った竜であった。




