第27話 開戦
東京の空を、ドラゴンたちが慌ただしく飛び交っている。
梵もこんな光景は見たことがなかった。最初の出現から今日までドラゴンを観察していたが、彼らは常に悠然とした態度だった。だが今は違う。何かを警戒するように、全てのドラゴンがイーラの元に集結していた。
状況をまるで掴めぬまま、梵はイーラの近くへ飛ぶ。
「イーラ、一体どうしたんだ?」
梵が会話できるのは、イーラもしくはブリードだけだった。他の一般的なドラゴンは、人語を理解していないのだ。代わりに話されているのは、梵が聞いたこともない未知の言語だった。
「ああ、お前か。ちょうどいいところに来た」
「予想外のことが起きたって顔だな」
「実はな……つい先刻我々の仲間が、こちらへ向かうドラゴンの大群を発見した」
「お前の手下が合流しに来たんじゃないのか?」
「違う。奴らは我々の仲間ではない。おそらく……我の血を介していないドラゴンだ」
イーラの血から生まれていないドラゴン……そんなものが大群で押し寄せている? 一体どこからそんなものが湧いて出た? この期に及んで、別種のドラゴンが現れたとでもいうのか?
あれこれ考えを巡らせている内に、ブリードが話に割り込んできた。
「あと補足。戦闘機とかヘリとか、人間の兵器も混じってるってよ」
「えっじゃあ……」
ブリードの言葉を聞いた途端、全ての合点がいった。イーラの血液以外で、ドラゴンを生み出す方法……そんなの、明らかじゃないか。
「D.G.ウィルスだ……」
誰かがあのウィルスを改良して、兵器として投入した……としか考えられなかった。
イーラが不思議そうに、梵の方を見る。
「D……何だそれは?」
「お前の血と同じ効果を持ったウィルスだよ。前に話しただろ? ほら、ソヨギの親父が作ったやつ」
梵の代わりに答えたのはブリードだった。イーラは納得したように頷く。
「あぁ、そうだったな」
「ブリードって、メサイアのことも詳しいのか?」
何気なく聞くと、銀色のドラゴンは不敵に笑って見せた。
「当然よ。ドラゴニュートをかき集めて、メサイアを組織させたのはこの俺なんだからな」
梵は素直に驚いた。ブリードは、知略を巡らせるタイプではないと思っていたためだ。2億年も生きていることを考えれば、確かに納得できるが。
「ブリード、敵の数は?」
「500程度らしい。こっちは今400しかいないぞ。他の奴らはどっか出かけちまった」
「案ずるな、我がいる。ここで迎え撃つぞ」
東京湾の洋上に、幾つもの小さな影が浮かぶ。それらは波飛沫を立てながら、猛スピードでドラゴンの支配地域へと直進していた。
「しかし気味が悪いな。俺たちとは違う、紛い物のドラゴンか」
「怯むな。所詮は下等生物の猿真似だ」
イーラとブリードは嫌悪を剥き出しにする。
人間である梵には、2体の感覚はさほど理解できなかった。おそらく彼らにとっては、自分たちの姿をした傀儡人形と戦うようなものなのだろう。
「とっくに怖気づいたとばかり思っていたが……文字通り捨て身で挑んできたか。まあいい、最後の1体に至るまで叩き潰してやろう」
イーラは口内にエネルギーを溜め始める。それはやがて赤く輝く槍となり、彼方のドラゴンの群れへと放たれた。
港区 地下鉄赤羽橋駅
『全軍、現時刻をもって交戦。作戦通り、大田区・品川区・港区の制空権を確保する』
木原たちの無線から、オープンチャンネルの通信が流れる。同時に、地上からいくつもの爆音も響き始めた。
「始まったな」
木原が頭上を見て呟く。
現在は地下街に待機しているため、当然ながら地上の状況はわからない。式条がどのような作戦を思い立ったのかも、未だ不明だった。
それでもこの謎に包まれた作戦が、生き残るための唯一の希望であることは理解していた。今は付近の民間人をかき集めて、脱出の機会を窺っている段階だ。
「こちらは陸軍中将の木原だ。上空の友軍、応答せよ」
木原は自身の無線に呼びかける。返答はすぐに返ってきた。
『こちらスコル1、そちらの現在地を知らせよ』
「地下鉄赤羽橋駅の構内だ。民間人も多数生存しているが、孤立無援状態。救助を求む」
『了解した。制空権確保の目処が立ち次第、オスプレイが救出に向かう。指示を待ち、引き続きその場で待機せよ』
「待て、スコル1! 相手はドラゴンだぞ? 制空権の確保など……」
『今はこちらもそうだ』
"こちらもそうだ"……その意味がまるで掴めなかった。"そうだ"とは、一体何を指しているのか。
だが依然として爆音が鳴っている点からも、戦況は決して悪くないのだろう。この数日間で、ドラゴンの弱点を見つけ出した……? そんなことがあり得るのだろうか?
「なぁ木原のおっさん、どうしたんだ? 何が起こってんだ?」
そう尋ねたのは、近くで聞き耳を立てていた雪也だった。雪也の周りには、美咲や拓巳といった同年代の友人たちが勢揃いしている。
「あ~、そうだな……」
年端もいかない子供たちを巻き込んで良いものかと木原は一瞬迷ったが、結局全てを教えることにした。
それを聞いた雪也は握り拳を作り、何かを決意した表情になる。
「じゃあ、今しかチャンスはないってことだな?」
「雪也、どうする気なの?」
美咲が不安そうに尋ねると、雪也はニヤリと笑った。
「決まってんだろ? あいつを連れ戻すんだよ」
「ソヨを?」
「当たり前だ」
いささかの迷いもないという調子で、雪也は言う。
「でも……」
美咲自身も雪也を信じていたし、梵を連れ戻してほしいとも思っていた。しかし、昨日対面した梵は……自分の知っている少年ではなかった。
今の梵は、躊躇いなく雪也を殺すかもしれない。そうなったら、自分はどうすればいいのだろう……。恐ろしい想像は際限なく膨らんでいく。
「お願いだから、無理だけはしないでね! ダメだと思ったら、すぐに戻ってきてね!」
「なんだよ? 心配してくれてんのか?」
「茶化さないでよ!!」
不安や恐怖が怒りに変わり、つい声を荒げてしまう。必死で気持ちを伝えているのに、軽く受け流されたのが腹立たしかった。
「私は本気で心配してっ……」
「わかってるさ」
その途端、美咲の体が強く抱きしめられた。あまりに咄嗟の出来事に、思わず言葉を詰まらせてしまう。
「昨日も言ったろ? 俺を信じて待ってろ。明日の今頃には、全部が元通りになってるさ」
それは10秒程度だったかもしれないし、1分以上の出来事だった気もする。
雪也はしばし美咲の体を温めた後、地上へと続く階段へ走り出した。
「拓巳! 美咲のこと頼むぜ!」
振り向きざま、雪也はそう告げた。それに対して拓巳は、堂々としたサムズアップを返す。
「おう、任せとけ!」
「しっかし、お前には勿体ない女の子だよなぁ?」
「黙れ翔悟!」
友人と軽口を叩きながら、雪也は階段を駆け上がっていく。美咲は名残惜しそうな笑顔で、少年の背中を見送っていた。
「あいつなら心配いらないぞ」
雪也の姿が見えなくなった頃、隣に立った拓巳が穏やかに語りかけてきた。
「あいつは馬鹿だが、約束を破ったことは一度もない」
"信じろ"とでも言うように、拓巳はウィンクを飛ばす。
そうだ。今は信じて待つしかない。心配したところで自分には、何もできやしないのだから。
美咲はどこか物悲しげな仕草で、小さく頷いた。




