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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
最終章 神竜黙示録
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第25話 怒り

 梵は普段よりも早い足取りで、動いていない改札を素通りした。

 停電のため照明は全て消えており、足元すらよく見えない。避難民たちが持つロウソクやランプが、数少ない視界の頼りだった。

 そんな心許ない中でも、梵はズカズカと靴音を立てて歩いた。苛立ちが警戒心を忘れさせていたためだ。


 ――――あいつら、何様のつもりだよ。


 頭にあったのは、雪也の友人らしい少年たちのことだった。彼らに浴びせられた言葉の数々が、頭の中でリフレインする。


 ――――何が仲間だ……何が絆だ。聞こえのいい言葉に浸って、内輪だけで気持ち良くなってるだけじゃないか。


 人間にとって、友情は何よりも強い武器になる。だが同時に、大きな脅威にもなり得るのだ。

 人は他者との一体感を得ると、どこまでも残酷になる。誰かを死に追いやろうとも、気にも留めなくなるのだ。

 梵も、過去にそんな経験をしていた。ドラゴンの力が覚醒するより以前、どこにでもいる普通の人間だった頃……。思い出したくもない、忌まわしき日々だ。

 かつて、石川(いしかわ)という名の同級生がいた。梵へのいじめの首謀者だった人間だ。

 彼に1度だけ、「どうして自分をいじめるのか」と尋ねたことがあった。すると石川はこう答えた。


"楽しいからだよ。お前のおかげでクラスが団結してるんだから、誇りに思え"


 その言葉には聞き覚えがあった。以前教師に相談した時に、似たような台詞を言われていたからだ。


"石川はクラスのまとめ役だしなぁ……。こっちとしても、なかなか注意しにくいんだよ。お前にもわかるだろ?"


 つまるところ、円滑なクラス運営のための生贄になれというわけだ。教師からすれば、それが一番手っ取り早い方法なのだろう。

 こうして、梵はクラスメイトや教師の期待に応え、"絆"のための尊い犠牲となった。不思議なことに共通の敵を持つと、人間の団結は強固なものとなってしまうのだ。


 ――――ああ、ムカつく。偉そうな口を叩きやがって。そもそも誰だよあいつら。


 おそらく、雪也と彼らが懇意にしているのは事実だろう。そう考えると、余計に虫唾が走った。


 ――――次会ったら、1人残らず殺してやる。俺にはそれだけの力があるんだ。


 苛立ちに身を任せながら地下街を歩いていると、不意に20歳くらいの若者の集団が目に入った。暗さのためによく見えないが、どうやら大勢で1人を取り囲み、リンチに及んでいるようだった。


「ねぇ! さっき俺を蹴ったよね!? わざと蹴ったよね!!?」

「蹴ってません! 足元がよく見えなくて、それで躓いて……」

「は~いまた嘘ついた。ねぇ、嘘をついちゃダメだってママに教わらなかったの? しっかり躾けなきゃだねこれは」

「アハハ~! カッちゃんやりすぎだって~」


 リンチにされているのは、梵と同年代らしき少年だった。若者たちは腹を庇って倒れ込む少年を見下ろし、高笑いをあげている。


「じゃあ、正義の鉄槌下しちゃいます!」


 リーダー格の男が、少年の腹に重い蹴りを入れる。鈍い音が響くと同時に、取り巻きたちから歓声が上がった。


「うわぁ痛そ~…」

「死んじまったか?」


 少年は声にならない呻きを上げている。肺にもダメージがあったらしく、呼吸すらも覚束ない様子だ。

 それを見た男は、ダメ押しでもう一発蹴りを放とうとする。


「あの、すみません……」


 梵はわざと怯えた風に、若者たちに声をかける。若者たちの視線が、一斉に梵の方を向く。


「その人、とても痛がってます。もうやめてあげてください」


 若者たちはひとしきり顔を見合わせると、馬鹿にしたような大笑いを始めた。


「はははは! なになに? 正義のヒーロー見参?」

「何だあいつ? 体ヒョロヒョロじゃん」

「俺ら今遊んでんだよ。邪魔しないでもらえるかな?」


 口々にそんなことを言いながら、彼らはぞろぞろと梵の方に迫ってくる。


「これ以上やったら、その人本当に死んじゃいます! もうやめてください!」

「おぉ~う! 怖い怖い」


 若者たちが梵を取り囲む。そして、蔑んだような視線を向けた。


「俺らさぁ、ちょっと気が立ってんだよね。ドラゴンのせいで外にも出られないしさ。言っておくけど、俺はお前を殺すくらい何の躊躇もないよ? どうせ世界は終わるんだし、好き勝手やった方が得だからね」

「あの人を助けてくれるなら……僕が身代わりになります」

「いいね、根性だけは一丁前じゃん」

「でも、場所だけ移動してもらえませんか? ほら、ここだと邪魔が入るかもしれないし。あの店とかどうでしょう?」


 そう言って、梵は近くの洋服店を指差す。商品は陳列されているものの人影はなく、店内は完全に無人だ。中で残虐な行為が行われていたとしても、気付く者は誰一人いないだろう。


「へぇ、キミ気が利くんだね。もしかしてリンチされるの慣れてたりする?」

「え、まぁ……」


 そんな会話をしながら、梵と若者たちは暗闇の支配する店へと足を踏み入れた。




 洋服店が血肉の海と化したのは、それから間もなくのことだった。

 若者たちの死に顔には、いずれも驚愕と恐怖の感情が浮かんでいる。腕は折れ、脚は千切れ、ヒトとしての原型を留めている者は殆どいない。

 惨劇の元凶となった少年は、血の池地獄の中に立ち尽くしていた。両手には無数の肉片が付着し、そこからポタポタと赤い雫が滴っている。


「おま……一体……何……」


 辛うじて息のあったリーダー格の男が、喉から声を絞り出す。彼もまた腹に風穴を空けられ、両足を叩き折られ、命は風前の灯であった。

 梵は無表情のまま膝を屈め、男と目線を合わせる。


「あなたのお仲間、みんな死んじゃいましたよ」


 男の目は怯え切っていた。頬を染めていた鮮血が、涙で少しずつ洗い流されていく。

 梵は満足げに口元を歪ませる。


「一つだけ聞かせてください。仲間と一緒に人を傷つけるのは、楽しかったですか?」

「え……あ……」

「快感を覚えましたか? それとも優越感を覚えましたか? 仲間との一体感はどれ程のものでした?」


 男はただ、カチカチと顎を震わせていた。


「お願い……殺さないデ……やメて……死にたくない……」

「命乞いですか? さっきまで散々人を痛めつけておいて……。早く質問に答えてくださいよ」


 だがいくら梵が促しても、男は念仏のように泣き言を繰り返すばかりだった。限界を超えた恐怖に、理性がすっかり弾け飛んでしまったようだ。


「……もういいです。お望みどおり、あなたを殺しはしません。では、これで」


 梵はそう言い残し、店を後にする。

 トドメを刺さなかったとは言え、男は虫の息であることに変わりはない。むしろ、命を絶たれた方が早く苦痛から逃れられただろう。彼はこれから数十分かけて、激痛に悶えながらじわじわと死んでいくのだ。

 店を出ると、暴行を受けていた少年は姿を消していた。梵はもう一度、洋服店の方を振り返る。中に死体が転がっていたとしても、外側から見れば何の変哲もない地下街の店舗だ。


 ――――屑どもが。


 若者たちを心中で罵る。

 平気で他人を痛ぶる人間と、それを囃し立てる奴ら。歪な"絆"が生み出した闇の側面だ。

 とはいっても、憂さ晴らしには丁度いい奴らだったな……梵はそう思って、不気味な笑みを浮かべた。

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