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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
最終章 神竜黙示録
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第23話 再会

長野県 中見原町-2024年


 雪也は1人、公園のベンチに寂しく座り込んでいた。周囲には誰もいない。太陽はもう顔を隠し、その残り火のように西の空が赤く燃えている。

 小さな公園であったが、学校から抜け出して身を隠すには便利な場所だった。だから嫌なことがあると、来るのは決まってこの公園だ。


 ――――また、じいちゃんとばあちゃんを困らせちゃったかな……。


 雪也はうなだれて、自身のつま先を見つめる。

 祖父母には迷惑をかけてばかりだった。両親が死んでからも、怪物の力が目覚めてからも、祖父母は自分に尽くしてくれていた。それなのに……。

 学校で2人が教師に頭を下げるたび、胸が苦しくなった。人を殴るのがいけないことだとは知っている。それでも……時々気持ちを抑えきれなくなるのだ。


「お、いたいた。おーい雪也! やっと見つけたぞ」


 遠くから、自分の名前を呼ぶ声がする。

 雪也が顔を上げると、クラスメイトの少年が小走りで手を振っていた。クラスのまとめ役で学級委員も務める、進藤拓巳(しんどう たくみ)だ。


「進藤……」


 雪也はボソリと名を呼ぶ。

 拓巳は全身を汗に濡らしながら、精悍な顔に快活な笑みを貼り付けた。


「聞いたぞ。2組の山尾(やまお)をぶん殴ったんだって?」


 拓巳が馴れ馴れしい調子で話しかけてくる。雪也は相手の顔を見ないまま、ムッとして口を尖らせた。


「あいつが悪いんだ。あいつが"お前って父ちゃんと母ちゃんに捨てられたの?"とか聞いてきたから……」

「あー、そりゃあムカつくよな」


 拓巳はこともなげに雪也の隣に腰掛ける。


「……何しにきたわけ?」

「お前を探しに」

「説教でもする気? だったら……」

「先生じゃあるまいしそんなことしないって」


 拓巳がケラケラと笑う。

 雪也はますます怪訝な顔をした。大して関わりもないこいつが、一体自分に何の用だというのか。次第によっては痛い目に遭わせてやろうと、拳に力を込める。


「お前、運動とか得意なの?」

「は?」


 突然の要領を得ない質問に、雪也はただ戸惑った。


「だってお前さ、腕っ節も結構強そうだし、俺より足速いじゃん? だから体動かすの好きなのかな~って」

「まぁ、嫌いじゃないけど……」


 雪也は控え目に答える。

 その言葉には若干の嘘があった。本当は、スポーツの類に大きな憧れを抱いていたからだ。だが体育で活躍したところで、雪也を賞賛する者は誰もいない。暴力沙汰を起こす問題児への視線は、常に冷ややかだった。

 だからいつしかスポーツへの関心も忘れ、体育の授業でも手を抜くようになっていた。無論、部活など以ての外だ。


「なぁお前、部活とかやってみる気ない? 俺バスケ部なんだけどさ、同級生少なくてちょっと寂しいんだよね」


 そんな雪也に、拓巳は甘味な言葉を囁いた。

 胸の奥で凍っていたモノを、そっと温められた気がした。掌で氷塊を少しずつ溶かしていくような……。


「俺なんか誘ってどうするんだよ?」


 そう刺々しく聞き返す。

 本当は氷を溶かしたいはずなのに……雪也は自らそれを拒んでしまう。


「そりゃあ、バスケするに決まってるだろ」


 拓巳から飛んできたのは的を射ない回答だった。それは誘っているというよりか、承諾されることを前提に話しているように思えた。

 実際のところ、雪也も誘いに乗りたい気持ちで山々だった。しかし部活に入ったところで、上手くいくとは思えない。むしろ、また新たな問題を引き起こして、祖父母に迷惑をかけるだけかもしれない。

 とりあえず、熟考するフリをして時間を稼ぐ。


「じゃ、考えといてくれよ。とりあえずこれ、渡しとくから」


 そう言って拓巳は、小さなキーホルダーを差し出してきた。


「これは……?」

「バスケ部の仲間の証」


 そのキーホルダーには、バスケットボールを模した小さな飾りがぶら下がっていた。こういうのを渡すのはどう考えても時期尚早だろう……雪也はそう思ったが、一応ポケットにしまっておく。


「じゃあな雪也。また明日」


 そう言って、拓巳はベンチから立ち上がった。


「進藤……!」


 気がつくと、去ろうとする拓巳の背中を呼び止めていた。もっとも、何か用があったわけではないが。

 拓巳は振り返り、不思議そうな顔を見せる。急に名前を呼ばれ、面食らっているようだった。雪也の方も特に言いたいことはなかったので、気まずい沈黙が流れる。


「……俺のこと、下の名前で呼べよ。そっちの方がしっくり来るし」


 唐突に拓巳は、愉快そうに笑って言った。


「え、あ……わかった」


 雪也もたどたどしく答え、引きつった笑みを見せる。

 拓巳が去った公園で、雪也は再び1人になった。ふと、さっき貰ったキーホルダーのことを思い出し、ポケットから取り出してみる。


 ――――仲間の証、か……。


 雪也はしばし、指にぶら下げたキーホルダーを眺めていた。









東京都港区-2030年12月9日


 雪也はしばし、指にぶら下げたキーホルダーを眺めていた。拓巳に貰った日の情景が鮮明に蘇り、懐かしさがこみ上げてくる。


「それ、大切な物なの?」


 美咲に問われ、雪也は感慨深げに頷いた。


「バスケ部のみんなで持ってたんだ。仲間の証ってことで」

「そうだったんだ……」


 美咲と雪也は他の避難民と共に、駅のホームで体を休めていた。もう2日間も拓巳たちを探して地下を歩き回っているが、一向に彼らが見つかる気配はない。2人の顔には、既に諦めの色が見え始めていた。


「やっぱり船とか飛行機で、どこかの離島に逃げちゃったのかも……」

「……かもな」


 これ以上、美咲を巻き込むわけにはいかない……雪也にはそんな思いもあった。

 梵の件とは違い、拓巳たちに関しては完全に自分の都合だ。そんな身勝手のために、美咲に薄汚れた地下鉄を歩かせ続けている。


 ――――もう、潮時だな。


 これ以上、こんな場所で時間を費やすわけにはいかない。美咲だって、きっと梵のことが心配なはずだ。とりあえず今は、拓巳たちことは諦めよう。

 雪也は美咲に、その決断を告げようとした。


「おい君たち……もしや美咲ちゃんに雪也くんか!?」


 覚えのある顔に名前を呼ばれたのは、その直後だった。

 声をかけてきたのは、軍服を身に纏った初老の男だ。……疲労とストレスのせいか、普段よりも10歳ほど老けて見える。だがそんな折でも、温かさ内包した口調は健在だった。


「木原さん!!」


 美咲の顔が、一瞬にして明るくなる。

 雪也も無意識のうちに、口元を綻ばせた。木原とは特別親しいわけでもなかったが、こんな状況下では知った顔に会えただけでも嬉しい。


「君たち、どうしてここに? 式条と一緒に逃げたはずじゃ」

「あー、それはだな……」


 雪也は正直に、全てを白状する。

 事情を話していくにつれて、木原は呆れ顔に変わっていった。


「あのねぇ……仲間想いは結構だが、少し無茶が過ぎるぞ」

「へへっ……すんません」


 後頭部を掻きながら、雪也は引きつったように笑う。


「美咲ちゃんも、そういう無鉄砲さはお父さんにそっくりだ。大切な誰かのためなら、恐れすらも乗り越える……」


 木原の言い方は説教というよりも、どこか誇らしげだった。

 木原の言葉には、美咲も心当たりがあった。きっと、横浜で見たような父の姿を言っているのだろう。或いは、自分の知らない軍の任務でも、そんな勇姿を見せていたのか。


「ああ、友人を探していたのだったな。それならば私に任せてくれ」


 木原は自信ありげに豪語する。

 その言葉に、嘘偽りはなかった。雪也が友人たちに再会したのは、それから30分も経たない内だった。


「おい! 雪也がいるぞ!」


 地下鉄の線路から現れた6人の少年たちが、雪也を見て一斉に歓喜する。彼らは互いに駆け出すと、大はしゃぎをしながら全身で抱擁を交わした。


「お前一体どこにいたんだよ雪也! ずっと探してたんだぞ!!」

「えっ? 俺もお前らのこと何日も探してたんだけど。後楽園駅からずっと……」

「じゃ……じゃあ、あそこで待ってるのが正解だったのか?」

「マジかよ~」


 少年たちはゲラゲラと無邪気に笑い始める。屈託のない、本心からの笑顔だ。

 遠目から眺めていた美咲にも、彼らの温かさは十分に伝わっていた。楽しそうな雪也を見ていると、自然と心が和む。


「木原さん、凄いですね。こんなに早く連れてきちゃうなんて」

「なぁに。無線で部下に探させたというだけさ。私は何もしとらんよ」


 少年たちの背後には、確かに付き添いと見られる兵士がいた。木原の指示を受けて、少年たちをここまで引率したのだろう。

 美咲はしばし、雪也たちの楽しげな様を鑑賞していた。気づけば周囲の避難民たちも、少年たちの喧騒を温かく見守っている。


「つーかさ、あの女の子って……お前の知り合い?」


 少年の1人が唐突に、美咲を指差す。


「おう、美咲っていうんだ! この何日か、ずっと俺に付き合ってくれたんだぜ!」


 雪也の答えに、友人たちはどっと湧いた。


「マジ!? ガールフレンドってやつ!!?」

「ばっ馬鹿! そんなんじゃねって!」

「おいおい、既成事実作っておいて言い逃れか~?」

「ヒューヒュー!」


 案の定……と言うべきか、恋愛方面に話が転がっていく。美咲は呆れ顔でため息を吐いた。男子というのは、どうしてすぐにこういう流れにしたがるのだろう。一方隣の木原は、どこか懐かしそうな様子で彼らのやり取りを見つめていた。

 すると改札へと続く階段から、1人の兵士が降りてきた。


「あっ、木原中将! 良かった、まだここにいましたか!」


 木原は兵士の方に視線を向ける。


「どうした?」

「雪也くんの友達……と言う子を連れてきたんですが。この子、探していた少年じゃないんですか?」


 木原の頭に疑問符が湧く。

 どういうことだ? 雪也くんの友達ならば、今まさにここで談笑しているじゃないか。

 だが兵士の隣には、確かに1人の少年の姿があった。紺色のレインコートを羽織り、顔が見えないほどにフードを深く被っている。


 ――――あれは……一体誰だ?


「えっ……君、拓巳くんじゃないのかい?」


 違和を察した兵士が問う。少年は答えない。

 ただならぬ事態が起こっている……そのことに気付いているのは、木原と美咲だけだった。


「やぁ美咲。やっと会えたね」


 少年が初めて言葉を発する。

 名前を呼ばれた美咲は、キュッと背筋を硬直させた。


「あなた……まさか……」


 少年がフードを取る。目元を覆い隠すほどの長髪に、鋭く尖った瞳。恐ろしげな外見に似つかわしくない、穏やかな笑みを灯す口元。美咲がよく見知った顔だ。


「ソヨ……!!」


 美咲の全身から、冷や汗がどっと噴き出した。

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