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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
最終章 神竜黙示録
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第19話 覚悟の旅立ち

北西太平洋 航空母艦「やましろ」艦上


 日本を発ってから1日以上が経過した。

 甲板では多くの人々が、寝袋や毛布に包まって眠っている。12月の夜ということもあり、気温は身震いするほどに冷え込んでいた。

 美咲は寝転ぶ人々を器用に避けながら、船尾の方へと向かう。そこで友人と落ち合う約束をしていたのだ。

 船尾にたどり着くと、甲板から足を投げ出し、夜の海を眺めている少年がいた。約束をした友人とは、まさに彼のことだ。


「雪也……」


 美咲は遠慮がちに名前を呼んだ。少年はゆっくりと振り返る。


「おう美咲!」


 雪也は彼のトレードマークとも言うべき澄んだ笑みを見せた。そして美咲に対し、「こっちに来いよ」と手招きをする。

 言われるままに、美咲は雪也の隣に腰かけた。眼下では船底に荒立てられた海面が、白い波飛沫を上げ続けている。時折、冷たい水滴が頰に張り付いた。


「……ソヨのこと、お前はどう思う?」


 雪也が躊躇いつつそう聞いてくる。"梵はイーラに与する危険な存在"……父が言った言葉だ。


「分かんない……」


 美咲には答えようのない質問だった。

 戦争が始まって以来、梵とは一度も顔を合わせていない。学校を出た直後にした、電話での会話がせいぜいだ。

 梵はイーラと手を組み、世界を破壊しようとしている……そんなこと、考えもしなかった。梵がいなければ、自分も雪也も今頃生きてはいなかったはずだ。

 様々な苦難を経て、心が変わってしまったということなのか……。


「雪也はどうなの?」

「俺にも分かんねぇ」


 驚くほど、あっけらかんと答えた。あたかも、"大した問題じゃないさ"とでも言うように。


「随分と呑気ね」


 美咲は顔をしかめながら皮肉る。しかし、雪也の呆けたような表情は変わらなかった。


「どっちにしろ、俺はもう1回あいつと話してみるつもりだから。あいつが嫌だって言ってもな」

「もし襲ってきたら?」

「ぶん殴って落ち着かせてから話し合う」

「それでもダメだったら?」

「ガブッと噛んでからもう一度話し合う」


 美咲は深いため息を吐いた。

 何という無計画、そして無鉄砲。昨日は雪也の言葉に勇気付けられたものだが、今になって自分の愚かさに気がついた。


「何だよ、俺の計画に不満あんのか?」

「不満っていうか……」

「結局さ、実際に会ってみないと始まらないわけだろ? ほら、あいつ素直じゃないし」

「それは確かに」


 思わず、美咲は即答する。

 それについては完全に雪也に同意だった。梵はどうも自分を表現するのが苦手なようで、好きな曲すらまともに教えてくれなかった。スマートフォンも、検索履歴どころか予測変換機能まで常に初期化している有様だ。


「今度こそ聞いてやらなきゃな。あいつの素直な気持ち」

「……うん」


 雪也が両足を軽くばたつかせる。つま先が何度も(くう)を蹴った。

 水平線の彼方に至るまで、淀んだ雲が夜空を覆い隠している。昨日見えていた月明かりも、今夜はどこにも見当たらない。湿った泥のような黒雲から吹く冷風が、甲板をさらに凍てつかせる。


「寒っ!」


 美咲は反射的に肩を抱く。こんな場所に、薄手のコートで来たことを酷く後悔した。吐息もいつの間にか白く濁っている。


「ほら」


 唐突に雪也が、ベージュの毛布を差し出してくる。


「これって……?」

「毛布」

「いや、そうじゃなくて」

「あぁ、さっき海軍の人が配ってたから1枚取っといた。お前、暑がりで寒がりのビンカン肌だし」

「あ、ありがとう……」


 美咲は毛布で自身の体を覆う。冷気が遮断され、徐々に体が温まり始める。そのおかげか徐々に、張り詰めていた心も落ち着いてくる。

 しばらく心地よさに浸っていた美咲だが、不意に衝撃的な事実に気付いた。


「てか、何であんた半袖なの!?」


 雪也の格好は、半袖のTシャツに七分丈のジャージパンツという信じがたいものだった。


「何でって……別に寒くないし」


 平然と言ってのける雪也。


「……暑いとか寒いとかって感じたことないの?」

「そりゃあるさ。でも、お前は逆に感じ過ぎだぞ」

「男子って鈍感だなとはよく思ってたけど……あんたは群を抜いてるわよ。自分の体のこと少しも考えてないんだから」

「俺から言わせりゃな、女子は考えすぎなんだよ。いっつもどっかしらの手入れしてるし。俺のクラスの女子なんか、"お肌がスベスベになるの〜!"とか言って毎日腕に塩水塗ってたんだぜ? お祓いかっての」


 言いたい放題した後、2人はしばし互いの顔を見つめ合う。


「プッ!」


 先に美咲の方が吹き出した。


「ククッ……ははははははははははは!!」

「ふふっ……あはは!!」


 つられて雪也も笑い始める。

 美咲が腹の底から笑ったのは、久方ぶりのことだった。この短い間だけは、寒さや終末を忘れることができた。友人と他愛もない話をして、2人で笑い合う……そんな日常をほんの一瞬でも取り戻せたことに、嬉しさを覚える。


「ほら、雪也も入って」


 美咲は毛布の端を差し出す。


「だから俺は寒くねーって」

「見てるこっちが寒いのよ! いいから早く」


 嫌がる雪也を無理やり毛布に巻き込み、2人で肩を寄せ合う。程よく筋肉が付いた雪也の腕は、なおも高い体温を保ち続けている。美咲は無意識に、その腕に寄り添った。


「ところで、"あの件"考えてくれたか?」

「うん……」


 雪也の問いに、美咲は小さく頷く。

 実は今日の朝方、美咲は雪也から1つの提案を受けていた。


"お前も、一緒に来るか?"


 それは要するに、"自分と共に日本へ戻り、梵と会ってみるか"ということだ。

 美咲は返答に躊躇した。自分が行ったところで何も出来ないかもしれないし、むしろ雪也の邪魔になるのでは、と考えたからだ。何より、ドラゴンの能力を持たない自分には危険すぎる旅だ。


"俺は今日の夜、ここから出て行くつもりだ。その時までに決めておいてくれ"


 別れ際、雪也はそう言った。そして今、約束の時間が訪れようとしている。いずれにせよ、自分の運命を大きく左右する決断になるだろう。


「くれぐれも無理はするなよ。怖いならそれはしょうがないことだ。正直、俺もちょっとブルってるし」


 雪也は少し照れ臭そうに言う。


「それでも、雪也は行くんだよね?」

「ああ。ソヨのこと以外にも、日本には忘れてきたもんが多すぎるからな。じいちゃん、ばあちゃん、拓巳や翔悟たち……。式条のおっさんには悪いけど、俺は絶対に諦められない」


 体の触れている部分から、雪也の腕が強張るのが伝わった。拓巳や翔悟という名について美咲は殆ど知らなかったが、よほど大切な人間であろうことはよく分かった。


「で、まだ答えを聞いてなかったな。どうするんだ、美咲?」


 美咲は黙って、雪也の肩に頭を預ける。

 これまでずっと、無力感に苛まれてきた。あの夜……横浜が燃えた夜、美咲は命からがら、軍のヘリに乗って自宅のマンションから逃げた。最後に見た光景は、未だに記憶に焼き付いている。

 強大なインフェルノドラゴンと対峙する父、そして梵と雪也。それを、ヘリの中から為す術もなく見守る自分。あの時の遣る瀬無さは、今でもはっきりと思い出せる。

 梵が実の父と戦っていた時も、知らされたのは全てが終結した後だった。結局何も変わっていない。自分はあの時のまま、防弾ガラスの向こうから祈っていることしか出来ないのだ。


 ――――そんなの、もう耐えられない。


 もう部屋の隅で縮こまっているのも、未来を同い年の友人に背負わせるのも嫌なんだ。せめて1度だけは、みんなと一緒に戦いたい。たとえドラゴンの力が無くとも、誰かの力になりたい……。


「私は……行くよ。雪也と一緒に行く」


 美咲はまっすぐな瞳で、力強く答える。


「そっか、分かった!」


 雪也は心底嬉しそうに笑った。

 2人は同時に立ち上がり、海の向こうの故郷を望む。どんな結果になるかは分からない。全てが徒労に終わってしまうかもしれない。しかし、ただ1つ確かなのは……まだ負けていないということだ。


「さぁ、取り返しに行こうぜ。何もかも」


 雪也はおもむろに、白いドラゴンへと変身する。ドラゴンが甲板から飛び降りると同時に、美咲もその背中に飛び乗った。

 海面近くで羽ばたいたことで、ひときわ大きな波飛沫が立つ。少女を乗せた白竜は、そのまま空へと舞い上がっていった。

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