第18話 竜の力の由来
D-スレイヤー基地
かつてドラゴンとの決戦に備えて築かれた巨大な要塞には、今や人影の1つも見当たらない。ただ放棄された施設や、操る者のいない大型兵器群が虚しく並ぶだけだ。
敵との圧倒的な力の差を前に、軍は為す術もなく敗走した。だから今この基地を支配しているのは、ドラゴンの群れだ。
黒い巨竜が、多くの僕を従えて舞い降りる。着地点にあった装甲車が、粉々に踏み潰された。
「もぬけの殻だな」
「当たり前だろう。よほどの自殺願望でもなきゃ、こんな場所に残らない」
イーラの小言に、隣に降りた青いドラゴンが答える。
「ここはお前の馴染みの地……だったか?」
「見慣れた場所ではあるな。特に思い入れとかは無いけど」
「随分とドライだな」
「ほっとけ」
他のドラゴン達は、暇つぶしとばかりに車両や建物などを物色し始めている。特に、町では見られない兵器の類には関心が高いようで、戦車や戦闘ヘリなどを物珍しそうに解体していた。
「うわっ! おいイーラ、これ見てみろよ! 滅茶苦茶デカいドラゴンがいるぞ! なぁ、こんな奴俺たちの仲間にいたか!?」
一際感情豊かで好奇心旺盛なドラゴン……ブリードが、例によって大声で騒ぐ。彼がいたのは、基地内でも異様な存在感を放つ白いドームの上だった。ドームの全長は80m超あり、基地を左右に分断するような位置にある。
ブリードはその屋根の一部を引き剥がし、時々中を覗きながら興奮していた。
「おいイーラ早く来いって!」
「ハァ……勘弁してくれ」
ブリードを遠くから眺めていたイーラが、深いため息を吐く。有史以前から、何度となくこんなやり取りを繰り返してきた……という様子だった。
結局イーラはブリードの元に飛ぶことはせず、代わりに隣にいる梵に目を向けた。
「あのドームには何があるんだ?」
「"インフェルノ"ドラゴンの死骸だ」
梵は普段通り淡々と答える。
「インフェルノだと?」
「ああ。元は人間の科学者だ。お前らが最初に寄越したドラゴンを研究して、自分の体をドラゴンに変えたらしい」
「我の血無しでドラゴンを創造したと?」
「そうだったと思う……多分だけどな」
「ほう、人間も侮れないな」
それは感心しているというよりも、幼子を褒め称えるような言い方だった。
「人間を捕まえて血を与えないのは、ドラゴンになれる確率が低いからか?」
「そうだな。それに、下手に生かして反撃の手筈を整えられても面倒だ」
数千万分の1……人間がドラゴンとなれる確率。おまけに、年齢を追うごとにその確率も低下するという。無論、インフェルノドラゴンやD.G.ウィルスといった例外を除くが。
全人類の内のたった数十〜数百人に自分が入っていたとは、何という巡り合わせか。これまでの不遇な人生は、一生分の運をそこに使い果たしてしまったからではないか、などと邪推してしまう。
「全く、偶然ってのは怖いな」
「いいや、偶然ではないだろう」
「え?」
梵はイーラの言葉の意味を図りかねた。まさかこの期に及んで、"神の思し召しだ"などと宣教師めいたことを言うつもりか。
そう考えてせせら嗤ったが、イーラの顔は至って真剣そのものだった。
「どういうことなんだ? 偶然じゃないって」
「我も確信は持っていないがな……少しだけ昔話をしても構わないか?」
「その話、長くなる?」
「子守唄がてら耳を傾けてくれればいい」
梵は言われた通り、青竜の姿のまま地面に伏せ、軽く目を閉じた。ドラゴンに睡眠という行為は不要だが、いざ寝てみると心地良さは人間のそれと変わらない。よくよく考えてみれば、群れの中にも何体か、体を丸めて寝息を立てていた個体がいた気がする。
ドラゴンにとって、食事や睡眠は嗜みの範疇なのだろう。人間が温泉で疲れを癒すようなものか。
そんな余計なことに思考を巡らせていると、イーラが過去の一端を語り始めた。梵は全身の力を抜き、感覚を両耳だけに集中させる。
「あれは1500年ほど前のことだったか……」
もし話の途中でうたた寝をしても、それはそれで仕方がないと考えていた。目が覚めたらイーラに謝罪して、続きを聞かせてもらおうと。
だが、そんな心配は杞憂となった。イーラの話はあたかも脳裏に直接刻まれるかのように、鮮明に記憶に焼き付いていた。
その物語は、西暦が始まって数百年が経った頃まで遡った。
当時、イーラは偵察のため、数万年ぶりに地上へ上がった。と言っても、その頃はまだ大半の力を失っていたため、身体の一部をドラゴニュート化させての不満足な偵察活動だ。
そこまでしてイーラが見たかったもの、それは異常な勢いで発展を遂げた未知の生物……人間だった。
数年かけて大陸を旅するうち、イーラは1人の若い女に出逢った。怪物であるイーラに対し、彼女は一切臆せず、とても親切に接した。名は「ニシャ」といったらしい。
言語、価値観、社会構造……全てはニシャから教えられたそうだ。ニシャは天涯孤独の身であり、町のはずれにポツンと建つ家で貧しく暮らしていた。
「私と共に暮らしてください。貴方が地獄の魔物であろうと、私は貴方のそばにいたい」
ある日、ニシャはイーラにそう告げた。悲愴を宿した怪物を、孤独な自分と重ね合わせたのだろう。
イーラはそれを了承した。無論、決して人間への愛に目覚めたわけではない。人間とドラゴンの交配種……それが如何なるものかを知りたかったのだ。
やがて、彼らは2人の兄弟を設けた。兄の方は「ギエイ」、弟の方は「ジャオ」と名付けられた。
人間とドラゴン、その交配種……奇妙な一家は人目につかぬよう、慎ましく暮らし続けた。だが、平穏は長くは続かなかった。
ギエイが12歳、ジャオが10歳になったある日のことだ。イーラが食料を持って帰宅すると、そこに家族の姿はなかった。不審に思い町へ出てみると、そこでは凄惨な光景が繰り広げられていた。
町の中央にある広場……そこで、3人は柱に縛り付けられていたのだ。周囲には既に人だかりができている。それはさながら、公開処刑といった様子だった。
「この女は悪魔に魂を売り、対価として2人の子を授かった! よって神の名の下に、教会はこの悪魔の手先どもを断罪する!! 穢れた魂を我らの手で業火に放り込み、神への忠誠を示すのだ!!」
騎兵らしき男の言葉に、民衆はどっと湧き上がった。
3人は酷い拷問を受けたようで、顔は腫れ上がり、手足の爪は痛々しく剥がされていた。全員虫の息であり、どの道長くはなさそうだった。
群衆や兵を皆殺しにし、3人を助け出すこともできた。だがイーラはそうはしなかった。死の危機に瀕した状況ならば、ギエイとジャオの中に眠る"力"が覚醒すると考えたからだ。
騎兵が、ニシャの胸に槍を突き立てる。心臓を貫かれた身体は生命としての機能を失い、彼女はかくりと頭を垂れた。
両脇に拘束されていた兄弟が狂ったように絶叫したのは、その直後だった。次の瞬間には、周囲にいた人間は1人残らず爛れた肉塊と化していた。
兄弟はイーラが目論んだ通り、ドラゴンの力を覚醒させたのだ。ギエイは白いドラゴン、ジャオは青いドラゴンへと変身していた。
ドラゴン達は半刻も過ぎぬ間に、町を猛火で焼き尽くした。後に残ったのは焦げた家々の残骸と、生き物の焼ける匂いだけだった。
イーラはそれらを堪能するように、廃墟の町並みをゆっくりと歩いていく。兄弟は人間の姿に戻り、母の亡骸に寄り添っていた。
「どうだ? この世の理を超えた力を得て、何を感じた?」
イーラは我が子達に尋ねる。2人は何も答えなかった。ただ、怒りや憎しみのこもった眼で父の姿を見つめていた。
――――どうして……助けてくれなかったんだ。どうして母を見捨てたんだ。
彼らの顔はそう問うていた。
イーラは無言のまま、兄弟の頭を撫でた。
「……我はドラゴンの王。我の目的はかつて滅んだ帝国を甦らせ、再びこの星を統べること。我が子らよ……お前達とは二度と会うことはない。だがお前達が、持てる王の力を後世に受け継ぐと言うなら……我らの運命はいずれ交わるだろう」
イーラが兄弟を見たのは、それが最後だった。
「ギエイとジャオがその後どうなったのか、それは我にも分からない。だが、お前が兄弟の末裔であるのは確かだろう。人間とドラゴンの姿を自在に行き来できる特異体質は、"交配種"特有のものだからな」
話の最後に、黒竜はそう語った。
ギエイ、ジャオ、そしてイーラ……彼らが海成一族のルーツであり、ドラゴンの力のルーツでもあるのだ。それならば雪也の一族もきっと……。
あれこれ考えるうちに、梵は深い眠りへと落ちていった。