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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
最終章 神竜黙示録
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第17話 信じる心

 寺島昇(てらしま のぼる)

 かつて式条の部下だった、若き兵士だ。そして、数ヶ月前の七潮島の戦いで「戦闘中行方不明(MIA)」として報告された兵士でもあった。その報告を受けた時のことは、式条も鮮明に記憶している。

 新型ウィルスによるバイオテロ……所謂"メサイア事件"は、式条の知らぬところで終結していた。"オジマンディアス"ドラゴンによる襲撃で、1週間ほど昏睡状態に陥っていたためだ。

 病院のベッドから目覚めた後、鞍馬から全てを聞かされた。人間をドラゴンに変えるウィルスの存在、海成天人の本当の目的、そして多くの部下たちの戦死……。

 また複数の兵士が未知のウィルスに感染し、ドラゴン化したという情報も伝えられていた。その中には寺島も含まれており、現在消息不明であることも。

 2度と会えないと覚悟していたが、よもやこんな形で再会するとは……。


「今までどこで何をしていたんだ……?」

「人気のないところを転々としていました。空気感染の危険もあったので」

「辛かっただろうな」

「そうでもありません。ドラゴンは食事も睡眠も必要ないので、楽なものでしたよ」

「そ、そうか」


 式条は時々言葉を詰まらせる。聞きたいことは山ほどあるのだが、異形と化したかつての部下にどう接するべきか分からなかった。

 海軍の兵士たちが、ドラゴンにライフルを向ける。式条はそれを手で制した。


「大丈夫。こいつは味方だ」


 兵士たちは互いに顔を見合わせながら、恐る恐る銃を下ろす。遠目から見ていた民間人たちも、不安そうにヒソヒソと何かを話している。


「寺島」

「何でしょう?」

「悪いんだが、少しの間だけ上空で待機しててくれないか。お前の事情について、海軍にも情報を伝えなきゃならない」

「ええ、了解です」


 緑のドラゴンは1度大きく両翼を広げると、そのまま月光の夜空へ飛び立っていった。






 結局、海軍の高官たちの理解を得るのに2時間近くを要してしまった。事情を説明しようにも、当の式条ですら事情をよく理解していないのだ。高官たちが猜疑心を抱くのは至極当然だった。

 D.G.ウィルスについての知識を持たない軍人からは、「イーラの軍のスパイではないのか」という懸念が多く出た。それに対し式条はこう弁明した。「圧倒的な力を持つイーラが、わざわざスパイなど送り込むはずがない」と。

 図らずも憎き敵を称えるような物言いとなってしまい、式条は僅かな自己嫌悪を覚える。だがその甲斐あってか、寺島をひとまず「味方」として認識させることには成功した。

 各艦の艦長への説得が終わると、式条はその足で医務室へと向かった。この空母に、雪也が搬送されているのを知ったためだ。


「それで、彼の容体はどうなんです?」


 式条は先導する軍医に尋ねる。寒色系の塗装が施された鉄の通路は、人1人通るのがやっとなほどに狭い。


「驚きましたよ。低体温症に加え、全身に凍傷の症状も見られましたが、現在は殆ど回復しています。率直に言って、人間とは思えません」


 それはそうだろう、と式条は思った。雪也は生物学上においても、全く未知の存在として分類されているのだから。

 赤十字の描かれたドアを開くと、中には小さめのベッド、そしてそこに寝転がる少年の姿があった。既に意識はハッキリしているようで、室内に入るなり早速目が合った。


「雪也……無事で良かった」

「おっさんこそ。日本に残ったって聞いたけど」

「まぁ、色々と考えが変わってな」


 雪也は上半身を起こし、はにかんで見せる。

 そしてベッドの側には、先客らしき少女の姿があった。少女は丸椅子に腰をかけたまま、雪也のベッドに突っ伏している。どうやら居眠りをしているらしい。

 それは、式条もよく見知った少女だった。


「美咲……!?」


 思わず驚きの声を上げる。美咲がこの艦に乗っているのは知っていたが、よもやこんな場所で顔を合わせるとは。

 一応、人を通じて「後で会いに行く」とは伝えていたものの、いつ会いに来るとも知れぬ父よりも、信頼できる友人に寄り添うことを選んだのだろう。


「俺が起きた時にはもうここにいた。待ってる間に寝ちまったみたいだけど」


 雪也は苦笑いをしながら言う。

 美咲の肩には、白い掛け布団が掛けられていた。雪也が気を利かせてくれたようだ。


「雪也……」

「ん?」

「お前、梵に会ったのか?」


 聞いた途端、雪也は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「……会った」

「どうだった?」

「別人みたいだった」


 時折歯を食いしばりながら、少年は続ける。


「俺の……俺のせいだったんだ……俺が、あいつの母ちゃんを……」

「違う。あれは天人が仕向けたことだ。お前のせいじゃない」


 梵の母が雪也によって殺害されたことは、以前に梵本人から聞かされていた。式条は腰を屈め、真っ直ぐに少年の目を見て話す。


「お前は奴に利用されただけだ。責任を感じる必要はどこにもない。それに梵が猟奇性の片鱗を見せたのは、お前と会う以前のことだ」

「な、何だよ? 猟奇性って……」


 やはり、雪也は何も知らされていなかったのだな……式条はそう察した。


「俺が初めて梵に遭遇した日のことだ。あいつは自身の通う中学校で、7人もの同級生を惨殺した。ドラゴンの力を覚醒させたのは、恐らく怒りや憎悪の念だろう。あいつの境遇を考えれば、こちら側についていたのが不思議なくらいだ」


 雪也は口を半開きにし、信じられないという顔をした。


「ソヨが……人を殺したって?」

「そうだ。何かしら理由があったのだろうが、奴の毒牙は今や不特定多数の人間に向けられている」

「じゃあ俺らが知ってるソヨは……全部演技だったってのか?」

「かもな」

「馬鹿言え! 俺らは何回も、一緒に命懸けで戦ったんだぞ!? そんなのおかしいだろ!」


 まるで納得がいかないという調子で、雪也は声を荒げる。


「アンタだって、ソヨがいなきゃ今頃死んでただろ?」

「だが今は、イーラに与する危険な存在だ。人類の脅威そのものだ。現にお前も見たのだろう? 変わり果てた梵の姿を」

「それは……」


 雪也の手が悔しそうにベッドのシーツを掴む。歯軋りの音が、部屋中に響いたような気がした。


「あいつはもう、容赦なくお前を殺そうとするかもしれない。次に会った時は、決して説得しようなどと考えるな。殺せ」


 "殺せ"……その言葉に、雪也は強い衝撃を受けたようだった。少年の眉間にしわが寄り、目が大きく見開かれる。

 狭い医務室が、重苦しい沈黙に支配される。それでも式条は、発言を訂正したりはしなかった。全ては雪也を守るためだ。戦場においては、一瞬の躊躇いが命取りになる。


「お父さん……ソヨを……殺すの?」


 静寂を破ったのは、か細い声だった。眠っていた少女の体が、モゾモゾと動く。

 いつの間にか、美咲は目を覚ましていた。ゆっくりと上体を起こし、父の方へと振り返る。


「ねぇお父さん……ソヨはどうなるの?」


 娘の問いに、式条は何も答えられなかった。愛娘の不安の眼差しが、心に鋭く刺さる。「今ちょうど殺す算段を立てているところだ」などと、口が裂けても言えるはずがない。


「大丈夫さ美咲。あいつは俺が絶対連れ戻してやる。だから、泣くのはちょっと早いぜ?」


 そう明るく励ましたのは雪也だった。

 美咲の肩に手を置き、ウィンクを飛ばす。それは普段通りの、どこまでも明るく前向きな雪也に見えた。単なる空元気なのかは、式条には確かめようがなかったが。

 ただ一つ確かなのは、雪也の言葉が美咲にとって希望の光となったことだ。


「うん……!!」


 目尻に涙を溜めながら、美咲は何度も頷く。その表情からは明らかに、不安の色が薄れていた。

 雪也の頭にどんな勝算が浮かんだのかは分からない。だが式条は軍人として、1人の大人として、そんな無茶を看過するわけにはいかなかった。


「俺の話を聞いていたのか雪也! 梵は……お前を殺すつもりかもしれないんだぞ!!」

「もしそうなら、俺は今ここにいないはずだろ?」


 式条の怒声に近い口調に対し、雪也は穏やかに答える。そしてニコリと輝くような笑みを向けた。


「俺はあいつを信じてみようと思う。親友だしな」

「……」


 式条は何か反論してやろうとしたが、雪也の澄んだ瞳で見つめられると、言葉が喉元で詰まってしまう。

 どうしても、この少年を真っ向から否定する気にはなれなかった。それどころか、少年の言葉に淡い期待を抱いてしまっている自分がいた。ある種のカリスマ性……と呼べるものなのだろうか。


「美咲、ちょっと外の空気吸ってこようぜ」

「……うん」


 雪也はベッドから飛び降りると、美咲の手を引いて足早に医務室を後にした。靴とスリッパの音が、徐々に遠ざかっていく。

 室内には、式条1人だけが取り残されてしまった。光量の足りないLED電球だけが、殺風景な部屋を鈍く照らす。


 ――――また……ダメだったか。


 美咲と再会したら、励ましの言葉をかけてやるつもりでいた。しかし、実際にその役目を果たしたのは雪也だった。

 これまでどうにか、少しでも「普通の父親」に近づくために、それらしく振舞ってきた。だがそんな一人芝居は、もう不要なのかもしれない。

 結局のところ、親が頼りなければ子は一人で生きる術を身につけるのだ。「信頼に足る友を見つける」というのは、まさにそれに当たる。

 雪也は世界最強の力を持ち、それでいて誠実で仲間想いだ。ドラゴンの脅威から美咲を守れるのも、雪也だけだ。友として、彼に勝る者はいないだろう。

 美咲は確かに、亡き妻の忘れ形見だ。されど同時に、自立した一人の人間でもある。いささか早いが、雛鳥はもう巣立ちの時を迎えているのやもしれない。

 そう考えると肩の荷が下りたような気分になると同時に、一抹の寂しさも覚えた。

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