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ロスト・ドラゴン・ヒーローズ  作者: モアイ
最終章 神竜黙示録
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第16話 思わぬ来訪者

太平洋上空


 ヘリから臨む景色は、漆黒そのものだった。

 陽が沈んでいるせいで、空と海の境界すら分からない。いつしか深宇宙を旅しているような気分になる。唯一見えるのは、月明かりが海面に反射している様子だけだ。

 式条はスマートフォンで、可能な限りの情報にアクセスを試みていた。SNSの投稿から掲示板の書き込み、動画サイトにアップされた映像まで全てだ。

 その成果もあり、海外の状況も僅かながら知ることができた。


『これは、避難する市民が捉えたニューヨーク市の様子です。9.11を遥かに凌ぐ惨劇を、誰が予想したでしょうか』


 動画は、アメリカのニュース映像をそのままアップロードしたものだった。

 撮影者はアッパー・ニューヨーク湾をボートで逃げている最中らしい。遠ざかるマンハッタン島からは、いくつもの黒煙が上がっている。手ブレが酷いが、どうにか見られるレベルではあった。

 撮影者の頭上を、F-22戦闘機が何機か通過する。だがそれらも次の瞬間にはドラゴンの群れに取り付かれ、反撃もままならぬまま撃墜されてしまった。

 機体の残骸がマンハッタンに降り注ぎ、ビルに直撃して大爆発を起こす。それを目の当たりにした撮影者たちが、戦慄の悲鳴を上げた。

 このような動画は、世界中から投稿されていた。火の海と化したロンドンのダウニング街から脱出する動画は、投稿数時間で再生回数が300万を超えていた。

 だが、式条の脳裏に最も焼きついたのは別の動画だ。

 それは、LIVE放送されたものを動画に編集した内容だった。きっと、放送後に視聴者の誰かが投稿したのだろう。

 動画に写っていたのは、アメリカ人の家族と思しき8人の老若男女であった。下は12歳くらい、上は70歳くらいと、年齢はバラバラだ。異様だったのは、彼らが皆銃を手にしていたことだ。


"神を畏れ、神に栄光を帰せよ……神の裁きの時が来たからである!!"


 父親らしき男が叫んだ、次の瞬間だった。

 全員が手に持った銃で、自らの頭を撃ち抜いたのだ。脳髄がカメラのレンズに飛び散る。動画はそこで終わっていた。

 初めて見た時、思わず吐き気を覚えたほどだ。

 得体の知れない化け物に無惨に焼き殺されるよりは、せめて自らの手で……そう考えたのだろう。その気持ちが、式条には分かる気がした。








国防海軍いずも型空母5番艦「やましろ」艦上


 甲板には、既にヘリコプターやオスプレイが所狭しと着艦していた。可能な限りの要人や避難民を受け入れた結果だ。あと2~3機収容すれば、艦の積載量が限界を迎えてしまう、そんなレベルだった。

 その僅かに空いたスペースに、ブラックホークヘリが器用に機体を降ろしていった。


「こちらペガサス4、着艦に成功。貴艦の誘導に心から感謝」

『了解だペガサス4。貴機の幸運を祝福する。よく無事に辿り着いた』


 機体の接地と同時に、式条はヘリから降りて体を伸ばす。吹き抜ける潮風の匂いが、世界の危機を一瞬だけ忘れさせた。

 洋上には、他にも数隻の空母が航行している。それに随伴する艦船の姿もあちこちに見えた。海軍の持てる戦力を可能な限り、この場所に集結させているようだ。


「式条大佐ですね!? ようこそ我が家へ」


 海軍の軍服を纏った男が、式条に敬礼を向ける。どうやら出迎えということらしい。


「どうも。それで、どんな状況です?」


 式条は敬礼を返しながら訊く。


「状況ですか? 思ったよりずっと良いですよ。何せ、目的地のグアムは未だに健在ですからね。"漂流中"という言葉を使わなくて済みそうです」


 それが冗談なのか否か、式条には判断がつかなかった。


「本土の方はどうです? 何か情報は入ってませんか?」

「相模湾沿岸で大規模火災……それが最新の情報ですかね。残念ながら首都陥落は避けられそうにありません」

「1つくらい良いニュースが欲しいですね」

「ありますとも。幸い空飛ぶトカゲどもの侵攻は、離島には及んでいません。今のところは、ですが。沖縄の米軍も、島内に留まっています。下手に動くよりも、基地の防空網を強化する方が利口だと考えたのでしょう」

「もし本土の国民を、離島に退避させることができれば……」

「数十万人が助かるかもしれない。と言っても、数日の延命にしかならないでしょうが」


 どの道、ドラゴンに勝利しなければ全てが終わるのだ。残された時間は、多く見積もって1週間程度だろう。それを過ぎれば大半の人類はドラゴンに狩り尽くされ、残りは人間同士の争いで自滅の道を歩む。

 限られた時間の中で反撃の糸口を見つけ、残存部隊を再編し、勝利を手にする……それが不可能に近いことは、式条もよく理解していた。

 何気なく、自身の乗る空母や他の艦船に目をやってみた。30隻近くで編成される大艦隊、甲板には溢れんばかりの人々。このタイミングで襲撃を受けたら、一体どうなる?


「あの……」

「はい?」

「この艦隊の防空体制はどうなってるんです? ドラゴン相手でも対処できるのですか?」

「それは……」


 海軍の男は険しい顔をしながら、小さく肩をすくめた。そのジェスチャーの意味するところは、おそらく"まともな手段がない"だろう。この瞬間にドラゴンが現れれば、群衆は凍てつく海に投げ出され、ただ凍死を待つしか無くなるというわけだ。

 刹那、耳をつんざくような警報音が甲板に鳴り響いた。あまりの音量に、式条は思わず耳を塞ぐ。


「これは何です!?」

「敵襲の報せですよ!」


 それだけ言い残すと、男は人混みをかき分けてどこかへ走り去ってしまった。


『2時の方角より、未確認の飛翔体が接近。総員、速やかに戦闘態勢を取れ』


 放送が流れた直後、甲板に溢れていた人々はパニックに陥った。ドラゴンの脅威から逃れようとする群衆が、荒波のようにぶつかり合う。式条もその場に留まるのが精一杯だった。

 CIWS(シウス)(近接防御火器システム)が作動し、バルカン砲が火を吹く。本来は、艦船に接近するミサイルなどを迎撃するための装備だ。

 闇夜が橙色に照らされる。その光の中に一瞬だけ、悪魔のような影が浮かんだように見えた。


「あんなのじゃダメだ……」


 式条は誰に対してでもなく呟く。

 ドラゴンの鱗は並の装甲ではない。バンカーバスターを使ってやっと破壊できた程だ。ましてやバルカン砲など、サメに水鉄砲で挑むようなものだろう。

 周囲の駆逐艦から、数発のミサイルが発射される。だがドラゴンは悠然とそれを交わし、式条たちの頭上を羽ばたいた。


 ――――何故、攻撃してこない?


 式条は違和感を覚えた。

 火炎で空母を沈めようと思えば、いくらでも可能なはずだ。しかしドラゴンは空中を飛び回るだけで、一向に攻撃の意思を見せない。

 不可解な点はそれだけではなかった。"ドラゴンは群れで行動している"と報告があったはずだが、あのドラゴンは単騎だ。

 再度、式条は上空のドラゴンに目をやってみる。ドラゴンは忙しなく艦隊を見回していた。まるで、何かを探しているかのように。

 その時偶然にも、式条の視線がドラゴンと交わった。


 ――――え……?


 式条は呆気にとられる。目が合った途端、ドラゴンが式条のいる空母へ急降下してきたのだ。


「み、みんな逃げろ!!」


 そう叫ぶより前に、群衆は我先にとその場から走り出していた。

 ドラゴンは一旦翼を広げて減速し、人の消えた甲板にふわりと着地する。近くに駐機されていたヘリが潰され、鉄屑と化した。

 ドラゴンは今、式条の僅か数m先にいた。極度の恐怖で鼓動が高まり、呼吸の間隔が狭まる。

 間近で見て、ようやくドラゴンの特徴が視認できた。体長は15mほどであり、体色は緑がかっている。

 式条は腰から拳銃を抜き、緑のドラゴンに向けて引き金を引く。しかし銃弾は全て跳ね返り、あっという間にマガジンが空になってしまった。


「俺に何の用だ……? 化け物め!」


 あえて挑発するように訊く。

 ドラゴンはなおも敵対のそぶりを見せない。式条は空砲となった拳銃を、ドラゴンの方に構え続けていた。


「ははは……あなたにしては少々短慮な行動でしたね、式条大佐」


 式条は心底驚愕した。突然ドラゴンが言葉を発したこと、そして何より、自分の名前と階級を知っていたことに。


「お前は……一体……?」

「お久しぶりですね。数ヶ月ぶりでしょうか」


 その軍人らしからぬ柔らかな口調に、式条はよく聞き覚えがあった。


「まさか……寺島(てらしま)か……!?」


 ドラゴンの口角が、少しだけ緩んだように見えた。

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