5話 遊びに行こう
文才が欲しいぞ
飯も食い終わって腹も膨れた頃。俺たちは会計を終えてファミレスを後にした。
会計する時の店員さんや他のお客さんからのよく分からない生暖かい目がものすごく恥ずかしくて、ぴーすけ達を置いて先に出てきてしまったのはちょっと悪かったかなと思う。
その後はぶらぶらと適当に通り道を歩き続けている。
チラリと横に目を向けると、俺と歩幅を合わせて歩いているぴーすけ達が目に入り頬が緩む。
こうやって誰かと並んで歩くのは久しぶりだから少しテンションが上がる。
「ソラ、どうかしたか?」
「んー、なんでもねーよ」
なんでもない、なんて言いつつも頬が更に緩んできているのが自分でもわかる。
こんなたわいない会話ができることが本当の幸せってやつなのかもしれない。
「あ、そういや俺と優希は話の流れで名前教えちゃったけど、まぐまさんとソラは名前なんていうんだ?」
「あー…ソラに驚きすぎて自己紹介すんの忘れてたな…。今更感あるけどやっとくか?」
しばらく歩いていると、ぴーすけが思い出したかのようにそう質問する。
ぴーすけとあるふぁーは互いの自滅で名前バレしていたが、俺とまぐまさんは流石にそんな馬鹿はやらかしはしなかった。
まぁ、相手の自滅とはいえこっちだけ名前知ってるのは不公平かもしれないし、自己紹介するのは悪くないだろう。
別に名前知られたくない、知られたら困るって訳でもないしな。
「んじゃ、先に俺と優希から!」
「えぇ、僕も?」
「いいじゃん、いいじゃん」
「まぁいいけどさ」
一真に催促されている優希は若干怪訝そうな顔をしたものの、すぐに仕方ないなと笑みを浮かべる。
やっぱり中学が同じだったこともあって仲がいいのだろう。遠慮がないこういう関係ってなんだか羨ましかったりする。
俺もこんな体にならなきゃ竜達とこんな関係になれていたんだろうか?
そんな考えを浮かべるがすぐさま振り払う。せっかく楽しい時間になりそうなのに、気分が沈むようなこと考えるのは良くないだろう。
「名前はさっき言ったけど、俺の名前は藤宮 一真って言うんだ。趣味は…知ってるから言わなくていいか、とりあえず今日はよろしくな!」
「僕は東堂 優希、横の一真と腐れ縁やってまーす。今日はよろしく!」
一真はニカッと笑みを浮かべて、優希は肩を組んでくる一真にちょっと鬱陶しそうに親指を向け人懐っこそうな笑みを浮かべる。
趣味云々は呟いたーや他のチャットアプリで何度も話しているので、今更教えてもらう必要もないだろう。
「んじゃ次は俺か」
元気いっぱいな一真とは正反対に、まぐまさんはダルそうに後頭部をかきながら口を開く。
「俺は新田 浩介 趣味は知っての通りFPS、TPS系統のゲーム、今んとこ4to4が一番好きだ。ネットネームはどこでも"まぐま"で通してるよ」
自分の自己紹介が終わると、まぐまさんが俺に視線を向けて「ほら、次はお前の番だぞ」と促す。
それに対して俺は小さく了解と返して、口を開く。
「俺は橘 空、こんなナリだけど男だと思って接してくれると嬉しい。あと、外に出るのは久しぶりだからちょっと手加減してくれよな」
それと、今日はよろしくと付け加えて俺は自己紹介を終えた。
人と面と向かって話すなんてしばらくしてなかったので大分緊張したが、噛まずに言いたいことは言えたので良しとしよう。
半年近く引きこもっていた俺からすれば上出来と言える。
「りょーかいっ! てか、ソラってリアルでもソラなんだね。」
「名前とネットネームが同じなのは結構驚いたぞ」
そんな声をかけるのは優希と浩介さんだ。
どうやらネットでの名前とリアルの名前を同じにする人が珍しいらしい。
まぁ、確かに普通なら実際の名前をネットネームにする人なんていないだろう。俺だってぴーすけが本名だったら驚く。
「あー…それは…」
「それは?」
気になります。と言わんばかりの表情を向けてくるが、ネットネームをリアルと同じにした理由は恥ずかしいからあんまり言いたくないのだ。
だからどうしても歯切れの悪い返事になってしまう。
じっとこちらを見てくる優希からバツが悪そうに目をそらすが、あっちはそんなこと知ったこっちゃないとこちらを見続ける。浩介さんは遠慮してくれているのか優希のようにじっと見てくることは無いが、それでもやはり気になるようで、チラチラと何度もこちらに視線を向ける。
「俺もちょっと気になるなぁ」
最後の希望、一真に助けを求める視線を向けたが、残念ながら一真も優希側のようだ。
まさに四面楚歌。きっと歌を聴いていた項羽もこんな気持ちだったのだろう。項羽に対してちょっとだけ親近感が湧いた。
観念した俺は大きくため息をつく。話さないと一真達はずっとこのままだろうし、仕方がない。
「別にそんな大した理由じゃないんだけど…その、なんつーか、ソラって呼び捨てで呼んで貰えると、なんか仲良くなれたような気がしてさ……」
俺が性転換してから、名前で呼んでくれたのは親を除けば誰もいない。引きこもる前にちょっと外に出た時にお嬢ちゃんとか君とか、そういった呼び方しかされなくて寂しさを感じていたのだ。
そりゃ、完全に誰か分からないくらい変わっちまったし、もう1回名前を教える勇気も元気もなかったから仕方ないのだが、それでも友達みたいに誰かに呼び捨てで呼んで欲しかったのだ。
だからネットだけでも呼び捨てで呼んで貰ってるような気分に浸りたいと思って、ネットネームを自分の名前と同じにしたのだ。
実際チャットアプリでソラと呼びかけてもらえるだけでちょっと嬉しかったし、初めて通話でソラと呼ばれた時は凄く嬉しかった。
長い間通話して遊ぶのは続けていたから慣れたが、ホントに最初の頃は気分が高揚していた。
「「「……」」」
一真達に視線を向けると案の定固まっていた。口はだらしなく開いていてポカーンという擬音がついていそうなくらいだ。
こんな理由でネットネームを本名と同じにしてたと聞かされたらこんな反応しても仕方がないのかも知れないけど、自分から聞いておいてそれはないだろ。
恥を忍んで話したのにこれは酷い。
「もー! そんな反応すると思ってたよ! 思ってたけど、そんな反応するくらいなら最初から聞くなよな!!」
ふざけやがって、めちゃくちゃ恥ずかしいのを我慢して話してやったのにこの仕打ちだ。
頬に手を当てるとまるで風邪を引いたかのように熱くなっている。
バスの中といい、ここといい、今日は羞恥地獄だ。
「ぷっ…! ふふっ…」
「あるふぁー笑ってんじゃねえ!」
遠慮なく吹き出した優希に思わず怒鳴る。無性にムカついたので多少語気が荒くなるのは仕方がないだろう。
「2人もニヤニヤすんなー!」
一真と浩介さんは、優希とは違って多少は遠慮して吹き出しはしないものの、ヤケに頬が緩んでいるのが分かる。
抗議の声を上げるが2人は知らないといったように更に笑みが深くなる。
「そっかー、ソラは呼び捨てで呼んで欲しかったのか」
「確かに呼び捨てで呼び合う関係って仲良さそうに見えるよなー」
「ホントにそう思ってんならその棒読みやめろや!」
加えてこの棒読みだ。完全にバカにしてるのが分かる。
一真にいたっては、自分が弄れる対象が出来て嬉しいのか、嬉嬉として俺の顔を覗き込んでくる。
遂には顔を隠すことなくニヤニヤとこちらを覗きこんでくる一真に俺の我慢は限界を迎えた。
「えっ!? ちょっ、ソラ!?」
「ぴぃ〜すけぇぇぇ!!!」
「あだだだ!!?」
俺は丁度いい位置にあった一真の肩にアームロックを決める。
しばらく運動していなかったため威力は落ちるがそれでも十分な威力がある。
一真の肩がギリギリと音を立て、少しずつ絞め上がり、ダメージを与えていく。
「ソ、ソラ!タンマタンマ!! 痛いしなんか当たってる!なんか柔らかいものが当たってる!?」
「悪かったなぁ筋肉なくて! 最近全く運動してなかったからなぁ!」
「そういうことじゃなくてええええぇ!?」
暗に俺の腕に筋肉がないとバカにしてくるので、お仕置きとしてもう少し力を込める。
自分でも体の筋肉が殆どなくなって、ヤケに体が柔らかくなったのは分かってるのだ。
だが、面と向かって誰かにそう言われるのは始めてだったしなんというかムカついた。
ちょっと今日から筋トレでも始めてみようかなぁ、なんて考えながら腕の力を強めていく。
「ごめんごめん!謝るからもうやめて!」
「よろしい、許してやろう」
もうギブアップだと言うので、力を緩めてアームロックを外してやった。
解放された一真は顔を顰めて肩をさする。
力が落ちて全く効かないかと少し心配したがちゃんと効いていたようだ。
「酷い目にあった…けどなんか得した気分…」
「自業自得だ。俺は煽られたらやり返すぞ」
「知ってるよ。4to4で煽りプレイヤーにめちゃめちゃやり返してたもんねぇ…」
その言葉に優希と浩介さんが、あれは酷かったと賛同する。
説明すると、俺は1度、対戦して負けた後メッセージで相手に煽られた事があるのだ。それに俺がブチ切れて対戦ルームを立てて煽ってきた相手にもう一度対戦しろとメッセージを送ったのだ。
1度勝った相手だから余裕だろと思っていただろう相手はまたバカにしたようなメッセージでそれを承諾。
そして再戦が始まり、俺はそいつを完膚なきまでに叩き潰した。
その後相手から「今のは偶然だ! もう1回やれば俺が勝つ!調子に乗るな雑魚!」とメッセージが飛んできたので俺は再戦を承諾し、もう一度叩き潰した。
またもう一度、またもう一度と再戦を何度も挑まれたが15回ほど叩き潰した当たりで相手が再戦を挑んでくるのをやめた。
だが、これで終わるわけもなく。俺はその戦績と相手のメッセージの写真を撮り、"呟いたー"にアップ。
そこからは俺のフォロワーや暇人がその呟きに食いつき、所謂バズるというものを経験させてもらった。
リツイートが5000を超えたあたりで、1部の過激な奴らがその煽りプレイヤーのアカウントを特定したのだが、その後すぐにそいつがアカウントを消して終わりとなった。
「酷かったって、あれは俺悪くねえぞ」
確かにアカウント消すハメになった相手にとっては酷かっただろうが、元々煽ってきたあっちが悪いのだ。俺からすればざまぁみろといった感じだ。
「まぁ、そうなんだけどさ」
「あれ以来4to4の煽りプレイヤーも大分減ったし、悪いことじゃないとは思うよ」
あの呟きは結構有名になったらしくて、煽ったら潰された上に晒されるかもしれないと怯え煽り行為を行うプレイヤーはそこそこ減ったらしい。
どっちかって言うと俺はいいことをしたのでは?とまで思う。
「まぁ、ソラの悪行は置いとくとして、そろそろどこ行くか決めようよ」
「悪行ってなんだよ!?」
ただ、やられたからやり返しただけなのにこの言われようは酷い。しかしここで言い返してしまうとまた余計な時間を食って遊べる時間が減ってしまう。
それは俺としても避けたかったので追求することは無かった。
昔話を切り上げて、何処へ遊びに行くかを決めることにする。
「うーん、選択肢が多いから結構悩むんだよなぁ」
浩介さんがそう唸る。
確かにここから行けるところと言えば、俺が覚えてる限り、カラオケ、ボウリング、ダーツにビリヤード、今の季節は開いてないがプール、その横にあるバッティングセンターくらいだ。
俺忘れているところもあるかもしれないが、それでもこれだけの数があるのだ。
故にどこに行くか悩むのは当然っちゃ当然だった。
「カラオケはどう?」
「無しじゃないが今日は気分じゃねえな」
「あー、俺はこの前行ったし」
カラオケは皆乗り気じゃないようだ。一真はこの前いったらしいしもう一度行っても微妙かもしれない。
俺としてはこいつらと一緒ならどこでも楽しめそうだしどこだっていいから、とりあえずどこに行くかはこいつらに任せてみようと思う。
「ボウリング」
「それは俺がこの前行った」
「マジか、噛み合わないなぁ…」
ボウリングはボウリングで浩介さんが行っていたらしい。一真の言う通り大分噛み合いが悪いみたいだ。
久しぶりにちょっとやってみたかっただけに少し残念だ。
そうして話を進めていくが、ダーツは満場一致で気分じゃないということで無し。ビリヤードは優希が難しくて好きじゃないということでやめになった。
「こんだけあって全滅かよ」
「この前行ったとは言ったけど、別に俺はカラオケでも大丈夫だぜ?」
「でも微妙なんでしょ?」
「そりゃそうだけど…」
一真はカラオケでもいいとは言ったものの、微妙だというのであればあまり選びたくはない。
出来れば全員楽しめる場所を選びたいと思うのは仕方ないだろう。
「ソラはなんかいいとこ知ってる?」
「え゛っ!? そういうのに関してはお前らの方が得意だろ…?」
急に話を振られて、少し驚く。
なんせ半年近く引きこもっていたのだから最近何が出来たとか、あんまり分かってない。俺が知ってるのは昔からあった遊戯施設だけだ。つまり今こいつらが言った場所以外に特に思いつくところはなかった。
「いやいや、もしかしたら急になにか思いつくかもしれないよ?」
「無茶言うなよ……ん?」
優希の無茶振りに少し頭を巡らせていると、確か他に何かあったような気がする。今言ったところ以外でみんなで長時間遊べそうなところが。
忘れかけていた記憶を辿り、頭を捻って、ようやく思い出した。
確かにあった。中学生の時に一度行った切りで忘れていたが今の俺たちにうってつけの場所が
「なぁ、お前ら、あれだったらゲーセンいかね?」
ウチのソラちゃんが1番怖い