4話 せんにゅう!
古戦場お疲れ様でした!!
─ブロロロロロ
少し重めのエンジン音が鳴り響き、窓の外の景色がゆっくりと動き出す。それに合わせて座っていた俺の体も慣性の法則に従ってグラりと動く。
「おっと…」
傾きかけた体を少し力を入れて元の体制に戻し、座り直す。
これからの不安を紛らわせる為に何の変哲もない外の景色を眺める。
時速30〜40kmでのんびりと走っているバスの窓から見る景色は、いつも自分の部屋から見ている景色とは違い、何か別の世界のように感じます。
まぁ、見ている場所が違うのでそりゃ違うだろと思うかもしれないがそういったものとは少し違う。
「外に出るのなんてホント久しぶりだ…」
そう小さく呟く。
青少年引きこもり記録を半年間更新し続けていた俺こと橘 空は今日、引きこもり記録の更新を打ち止めることに成功した。つまり、外に出ることが出来たのだ。
今まで引きこもっていたくせにいきなりどうして外に出る気になったのか、と言われれば特に理由はない。
強いて言うなら今の自分を少しずつでいいから変えていきたいという思いからだ。
決してやっぱりぴーすけ達に会いたくなったとかそういう訳では無い。
ただ、俺がたまたまバスを降りた場所がオフ会をするであろうファミレスの近くで、たまたま俺が散歩したい気分になって、たまたまその近くを通りかかってしまったのならその限りではないのかもしれないが。
それに、万が一通りかかったとしても会うつもりなんて全くないのだ。会ってしまえば俺が今までネナベをして騙していたことがバレてしまい、今まで通り一緒にゲームをするなんてことは出来なくなるのは目に見えている。いくら仲がいいと言っても半年程度の付き合いしかない上ネット上だけでの友達だ。ちょっとした事で嫌われてもおかしくはない。
流石に「あいつらはそんな事気にしないはず」なんてお花畑みたいな考えをしている頭ではないのだ。
万が一通りかかったとしても顔をチラッと見てしまうくらいだろう。
「そう…会うわけじゃない、だから大丈夫…大丈夫だ…」
会うわけじゃない。ただ、散歩に行くだけだ。
チラッと顔を見てしまうかもしれないがそれだけだ。決して会うわけじゃない。
自らに暗示をかけるようにボソボソと呟き、深呼吸をする。
「ママー!あの人すっごいあやしい!デビルラー幹部みたい!」
「こ!こら!何言ってるの! ご、ごめんなさいこの子変な事ばっかり覚えちゃって…」
不意に目の前に座っている子供に指をさされ、少しの間困惑するが、自分の格好を鑑みてあぁ、なるほどと納得する。
俺の今の格好は薄い茶色の帽子を深く被り、サングラスとマスクを装備し、薄茶のコートを着ている。しかもコートは親父の部屋から拝借したものなので俺の膝下までを覆っている。
こんなのはどうみても不審者だ。警察に見つかれば即職質されること間違いなし。
あまり人に顔を見られたくないからってこんな服のチョイスはなかったなぁ…。
俺は小さな女の子にまるっきり悪の幹部みたいな名前で呼ばれてがっくりと肩を落とす。しかも横のお母さんはがさごそとバッグを漁っている。もしかしなくてもケータイを探しているのかもしれない。
「怖がらせてごめんね、俺、実は日差しに弱いんだ」
やましい事がないとはいえ通報されると流石に困る。
俺は仕方なしに帽子とサングラスを取りマスクを下にずらす。
「わあ! おねーさんきれー!」
「まぁ、ホント」
女の子の反応はさっきと真逆のものになる。母親も同様だ。容姿は武器と言うが本当にその通りだ。
「本当だ、可愛い」
「綺麗な子だなぁ、なんであんなカッコしてんだろもったいね」
「さっきの会話聞いてなかったのか? なんでも日差しに弱いんだとさ」
バスの中で女の子のあんな大きな声が聞こえてきたら誰でもその方へ一瞬は注目するだろう。
幼女の一言でバス内の人間の目は一斉に俺に向けられる。
「うえぇ…!?」
今は外に出ているが、昨日までの俺は引きこもりだったのだ。人の目に対する耐性の低さは伊達ではない。
恥ずかしさのあまり俯いてしまった。今、俺の顔はりんごのように赤くなっていることだろう。
こちらに聞こえないように小さな声で話しているつもりなのだろうが、こんな狭いバスの中では全てが筒抜けだ。好意的な発言であることは分かっているのだが、やれ可愛いだのやれ綺麗だのと連呼されて恥ずかしくならない人はいないだろう。そんな人はよほど自分に自信があるかアイドルかなにかだ。童貞かけてもいい。
「次は○○〜お降りの方はボタンを押してお待ちください」
「っ! 降ります!」
思わぬところから助け舟がやってきた。ここは俺が降りるバス停なので車内の視線から逃げるようにボタンをタッチする。
それに反応しバス内の電光版に"次○○に停車します"と表示される。
こんなとこ1秒だってもう居たくない、すぐにでもバスから出られるよう立ち上がる。
「バイバイ!おねーさん!」
「ば、ばいばい!」
プシューと音を立ててバスが目的の場所に停車する。手を振っている女の子に手を振り返し、早足でバスから駆け下りる。
代金は450円、現代日本の15歳には痛い出費であるが、政府から援助を受けている俺には大したダメージにならない。
だからといって無駄金を使っていい訳では無いけどね。
「ありがとうございました〜」
停車したバスが動き出し、次の停留所へ向かう。
除けていたサングラスとマスクを再びつけ、帽子を深く被り直して歩き出す。
あんな視線はもうこりごりだ。あれなら不審者と勘違いされる方がちょっとだけマシかもしれない。
いや、それはないか。うん、ないな。うん。
この問題は今度家でじっくり解決するとしよう。
「ふぅ……ようやくここまできた。」
家から出てまだたったの30分くらいしか経っていないのに、自分の中では4時間もたっているように感じる。
半年もの間家から出ることがなかったのだ。バス停に辿り着くまでに何度もやっぱり帰ろうと思ったし、何度も家に吸い込まれそうになった。
バス停についてもバスが来るまでの間立ったり座ったりを繰り返してた。傍から見たら完全な不審者だっただろう。
それでも、なんとか耐えに耐えてようやくここまで辿り着いた。RPGで言うなら魔王の幹部を1人倒したような達成感がある。
目標低すぎるだろと思うかもしれないが、引きこもりにはここまでくるのも一苦労だ。賞状貰ってもいいくらいだ。
思わず少しガッツポーズをとるが仕方ないだろう。
「うわ、なにあの人…」
「見るからに怪しいぞ…」
「なんでガッツポーズ?」
通りの真ん中でこんな怪しい格好でガッツポーズを取れば、周りのこの反応は当たり前と言えるだろう。
バスの中のさっきの人達の反応とは真逆の視線が俺の全身に突き刺さる。
やっぱりこういう視線よりはまだ好意的な視線の方がマシだった!
「〜〜っ!」
怪しい格好をしている自分が悪いのだが、つい周りを人達を睨んでしまう。
延々とこの視線に晒されているとストレスが溜まってしまいそうだ。さっさと退散することにしよう。
バッグを肩にかけ直して早足で駆け出す。
散歩するコースはあらかじめ決めてある、迷うことはないだろう。多分。万が一迷ってもケータイのDoodleマップがあるし大丈夫だ。
タッタッタッとスニーカーが軽快な音を立てる。一刻も早くあの視線から逃れたかったので全速力で走る。
久しく運動という運動をしていなかったため、半年前より速度は断然遅い。50メートル走のタイムを計っても10秒を切れるか怪しいだろう。
これが元サッカー部部員の足の速さだと思うと泣けてくる。
「あ…ここ……ぴーすけ達の……いつの間に…」
夢中になって走り続け、気がついたらオフ会の場所であろうファミレスについてしまった。
時刻は12:00 オフ会開始予定時刻の12:30まで30分も時間がある。久しぶりに走って喉も乾いたし、何ならお腹も空いた。
30分もあれば軽めの食べ物くらいは食べられるだろうし、あっちは俺の顔を知らないのだ会ったとしても分からないはずだ。
「大丈夫、多分大丈夫」
意を決してファミレスの扉を開く。それに反応してカランコロンと音が鳴り、店員がやってくる。
今どきこんな古典的な仕組みも珍しいな。
「いらっしゃいませ、おひとり様でしょうか?」
「あ、ひゃい、そうでしゅ…」
見たら1人って分かるだろうが、とは決して口にはしない、思っていても口にしてはいけない。あっちだってお仕事なのだ。
「喫煙席か禁煙席がございますが」
「禁煙で…」
タバコの匂いは苦手だ、なんというか少し鼻にクる。
「でしたらこちらの席をお使い下さい」
そう言って店員さんが案内してくれたのは、禁煙席の2人用の席だった。
俺は一礼して席に座る。
雰囲気は悪くなく、テーブルやイスはホコリひとつなく清潔にされている。
ここまで清潔にするのは大変だろうに。
しっかりと清掃されている飲食店は美味しいイメージがあるので、期待しながらパラパラとメニューを捲る。
「決めた」
注文が決まったのでボタンを押して店員を呼ぶ。10秒も経たずに店員が飛んできてペンを構える。
「ご注文お伺いいたします」
「えっと、このハンバーグランチとメロンクリームソーダお願いします…」
「ハンバーグランチとメロンクリームソーダですね。かしこまりました、少々お待ちください」
店員さんはメモを持って厨房の方へ戻る。出来上がるのはもう少し先だろうし、"呟いたー"でも眺めておこう。
画面をスクロールしてフォローしているユーザーの呟きを確認する。
来月の4to4のアップデート情報の1部や、今度2期が放映される孤独の聖女の放映日時、放送局等の情報が流れてくる。
そういや、ぴーすけとあるふぁーはこのアニメが相当好きだったような気がする。
「お待たせいたしました、こちらハンバーグランチとメロンクリームソーダでございます」
「あっ、どうも」
しばらく呟いたーを眺めていると、出来上がった料理が運ばれてくる。焼けた肉の匂いと、甘いクリームソーダの匂いが食欲を刺激する。
『オフ会そろそろ着くー』
「っ!」
ナイフフォークを手に取り、ハンバーグランチをいただこうとしたが、ぴーすけの呟いたーの呟きを見て体が固まる。
心臓がバクバクと音を立て呼吸が荒くなる。頭の中がぐるぐる回って思考がめちゃくちゃになる。
「…………やっぱり帰ろう」
ナイフフォークを置き、伝票とバッグを持って立ち上がる。
手をつけていないランチとクリームソーダはもったいないが、それは我慢しよう。
バレないと思うけど、もしバレたらと思うと怖いし。なによりぴーすけ達から見えない場所でコソコソとあいつらの事を見るのはなんだか失礼な気がする。
あいつらは俺を信用してオフ会に誘ってくれたのに、来ないだけならまだしも嘘をついて隠れて見るなんて最低だ。
思いとどまれて良かった。このままぴーすけ達を見えしまえば罪悪感で押しつぶされるところだっただろう。
俺はそそくさとレジまで早歩きで進み、財布を取り出す。
「あの、お会計お願いします」
「はい、ハンバーグランチとメロンクリームソーダで1800円になります」
「2000円で、お釣りはいいです」
「えっ? ちょっと!お客様!?」
俺は店員に1000円札2枚をポンと置くと、そのまま逃げるように走り出す。お金が足りないのに逃げたのなら問題だが、余分に払うだけならちょっと迷惑にはなるだろうけど悪いことではないだろう。
後からお客様お釣りを! と声が聞こえてくるがそれを振り切って出口の扉へ進む。
──ドンッ!
「ってぇ!」
「いっ! ご、ごめんなさい急いでて」
外へ繋がる扉を開けて、勢いよく飛び出したら、中へ入ろうとした人にぶつかってしまった。
そのせいで帽子やサングラス、その上スマホまで落としてしまった。そこまで勢いよく飛んでいった訳では無いのでスマホの画面は割れてはいないと思うがそれでも少し不安だ。
とりあえず、ぶつかってしまった少年に二三度頭を下げて近くに落ちてる帽子に手を伸ばす。
「俺の方もごめんね、ちょっと気分が上がっててちゃんと前見てなかったかも」
そう苦笑いして、目の前の少年は俺のスマホとサングラスを拾ってくれる。
走ってた俺が悪いのになんていい子なんだろうか、大事な友人を騙している自分と比較して少し憂鬱になる。
「あの、スマホとサングラスありがとうございます…それとぶつかってごめんなさい」
もう一度ペコりと頭を下げ、サングラスとスマホを手渡してもらおうと手を伸ばすが、何故か目の前の少年は固まってしまった。
なにやら俺の呟いたーの画面を凝視している。
おいおい、人のSNS勝手に除くなんて最低だぞ。そりゃ画面つけっぱなしでポケットに入れてた俺も悪いけどさ。
「え……嘘………もしかして、ソラ…?」
「え、なんで俺の名前知って……」
そんな疑問を抱き、脳がフリーズする。まるで理解したくない事実を目の前に突きつけられたかのように。
「おーい、ぴーすけそんなに走るなよ」
「せっかちだなぁ」
するとそんな声が聞こえてくる。ここまでくればどんなバカでも嫌でも理解するだろう。
「ま、まさか……お前……ぴーすけ…?」
絶対に会うつもりなんてなかったのに、俺はぴーすけ達と出会ってしまった。
震えた声での質問に、ぴーすけと思わしき少年はぎこちなく頷いた。
レジェフェスなんも出ねえ