1話 お風呂
『少し考えさせてくれ』
これが俺のまぐまさんの質問に対して30分かけて考えた返答だった。
チャットを送ると数十秒でピロンと再び返信の音が鳴る。
『分かった。だけど明日までには決めておいてくれ』
『了解』
『じゃ、おやすみ』
『おやすみ』
チャットのやり取りを終え、俺はタブレット端末の電源を切る。そのままごろりと身体を仰向けにし睡眠の体制に入る。
「(オフ会か…そういやひと月くらい前に言ってたもんなぁ…)」
行きたくない。と言えば嘘になる。
半年ほどの付き合いだが、大分仲良くしているし、趣味だって合う。話していて1番楽しいと思える人達だしきっと実際会えば来月発売される新作ゲームの話や今やっているアニメの話、よんよんのアップデートで何が来るのか?なんて話もしたい。
だが、それと同時に会いたくない。とも思っている。
理由は単純、会えば俺が性別を偽っていることがバレてしまうからだ。
俺が騙していたことがバレればきっとぴーすけ達は怒るだろうし、もしかしたら話すこともできなくなるかもしれない。俺が男として過ごせる場所がなくなってしまうかもしれない。
それだけは絶対に嫌だった。
「(うん……ぴーすけ達には悪いけど断ろう)」
別に合わなくたって話は出来る。いつもの4人から自分だけ外れるのは少し寂しいが、それでもバレるよりはマシだろう。
とりあえず明日、まぐまさんに断りのチャットを入れようと心に決め、もう一度布団を深く被りなおす。
チラりと横目でゴミ袋だらけの自室を眺め、少し寂しい気持ちになりながら、俺はゆっくりと夢の中へ落ちていった。
■ ■
「ん……もう、朝か…。」
カーテンの隙間から差し込む光に目を刺激され、俺はゆっくりと目を覚ます。まだ眠たいし寝起きで意識もはっきりしていないが、このまま布団でぐずって二度寝してしまうとなんだか時間を無駄にしているようで嫌だった。
引きこもり自体が時間の無駄だと言われればそうなのだが、そういう時間の無駄とは何か違う気がする。
とりあえずさっさとまぐまさんに断りの連絡を入れておこうと俺はタブレットの電源を入れる。
タブレット内の時計を確認すると時刻は既に11:00を指しており、どれだけ惰眠を貪っていたのかが分かる。
自分のだらけ具合に少し苦笑いを浮かべながらも、俺はチャットアプリを開いて、まぐまさんとの個別チャットを開く。
「えーっと…とりあえず『色々考えたんだけど今回はやめておくわ、またやる時都合が合えば行くよ』…これでいいか」
都合なんて一生合わない癖に、と自虐気味に笑いながら俺はまぐまさんへチャットを送る。
後はまぐまさんからの返信を待つだけだ。
俺はタブレットをスリープモードにして、ベッドでコテンと横になる。
「はー…」
横になりながら髪をくるくると弄る。長く伸び、真っ白な髪は半年前の俺の髪とは思えないほどにサラサラしていた。
ここまで身体に悪い生活をしているのにまるで影響を受けていないのはなんでだろうか?なんて疑問を抱きながらも、まぁパサつくよりはマシなのかなと疑問を断ち切る。
「ホント、髪の色まで変わっちまって…」
元々俺の髪の色は黒だったのだ、間違ってもこんな雪のような白ではない。俺は身体が女になると同時に髪の色と長さも変わってしまったのだ。
医者曰く、高熱、身体の激しい痛みのストレスによって脱色してしまったのではないかと言われている。政府のお偉いさんも今まで性転換病にかかった者は髪の色が変わるものは多いと言ってた。
「あ、枝毛発見」
自分の髪を手に取って眺めていると、数本の枝毛を発見した。他の髪が綺麗なことも合わさって余計に目立つ。
そんな事をしていると、自分のお腹からぐぅ〜、と音が鳴る。
「お腹すいたしなんか食べよっと」
どんな時でも体は正直だなぁと思いながらベッドに貼り付いていた己の身体を剥がす。ダボダボのTシャツ1枚を身に纏った姿のままで俺は自室の扉を開けゴミ袋を持って外に出る。
今は父さんも母さんも仕事に出かけてるし俺のこの格好を咎める人はいない。
ぺたぺたと足音を鳴らしながらリビングに降り、ゴミ袋を裏口から外に放り、そのまま冷蔵庫漁りに移る。
「あ、そういや今日は出前かなにか頼んどいてって言われてたっけ」
そう言えばそうだった。昨日母さんは「明日は朝早くから行かなくちゃ行けないからご飯は出前かなにか取ってね」と言われていたんだった。
別に出前なんか取らなくてもカップ麺でもあればいいのだが、あの手のものばかり食べていると両親が大泣きするから1日1食以上は普通のご飯を食べることにしている。
「でもなぁ、丼とかピザって気分じゃないんだよな」
チラシを手に取り眺めるが、あまり心を惹かれるものは無い。なんというか今は微妙なものばかりだ。
これは嫌い、これの気分じゃない、これは好きだけど今日は別のものが食べたい。とわがままを言っていると、とうとう最後のチラシになってしまった。
これで何もなければ適当に無難なものを頼もうか、と思っていたがどうやら当たりを引いたようだ。
「おっ、いいじゃんお好み焼き、今はこういうのが食べたい気分だったんだよ」
俺はチラシに書いてある電話番号に電話をかけ、お好み焼きを一人前注文する。
どうやら30分くらいで届くようだ。
「30分かぁ、1戦するには長いけど2戦するには短いんだよなぁ」
待つ間の暇つぶしにすぐ4to4が思いついたが、試合中に出前が来ても中断できないので却下。アニメでも見て時間を潰そうかとも考えたが、この前見たかったシリーズは完結まで見たばかりなのだ。
「……そういや、俺昨日風呂入ってねえや」
どうやって暇を潰すか考えていたが、昨日4to4に熱中して風呂に入るのを忘れていたことを思い出した。
いつもなら1日くらいと気にしないのだが、出前を届けてくれた人に汚いままで受け取るのは良くない。
丁度暇なのだし、入っておいてもいいだろう。
「しゃーねぇ、ちゃっちゃと入るか」
俺は自室から適当な着替えを引っ張り出し、浴室へ向かう。
着ていたのはTシャツとパンツ1枚だったのでぱぱっと脱いで風呂へ突入。
ちなみにTシャツはなんの変哲もない無地で白色のTシャツで、パンツは男の頃にも使用していた黒のトランクスだ。
レバーを倒して水を流す。まだ温水になっていないため飛び散ってきてとても冷たい。
「半年経っても、これが自分の体とは思えないよなぁ…」
チラリと鏡を見ると、シミひとつない色白の肌が映っていた。男だった頃は傷もあったし日焼け跡もあったしなんならシミだっていくつかあった。
だが、性転換病によって体が作り替えられたせいでこんな男らしくない肌になってしまった。
「やっぱ…贔屓目に見なくても可愛いよな…」
男だった頃の自分の好みからすればこの容姿は間違いなくドストライクだ。色白の肌に艶のある髪、出るところはそこそこにでていて、引っ込むところは引っ込んでいて、それに加えてちょっと気の強そうなつり目は正直言って100点満点だ。
「はぁ…これが自分じゃなきゃなぁ……!」
しかしどれだけ好みであっても自分であっては意味が無い。再びはぁ、と溜息をつく。
初めのうちは自分の体であっても慣れなくてドキドキしたし、見え隠れする桜色には大分ドギマギさせられた。
だが、半年もこの体と付き合えば嫌でも慣れるというものだろう。今ではトイレをするのも風呂に入るのも問題なく出来ている。
「あ、あったかい」
そうこうしているうちに冷水がお湯に変わった。待ってましたと髪から流し始める。
一通り髪や体を流し終え、シャンプーを手に取り泡立てる。そのままわしゃわしゃと雑に洗っていく。頭を力強く揉み込むようにして洗うこのやり方は男の頃と全く変わっていない。そのまま残った泡で後ろ髪を撫でるようにしてパパっと洗う。
こんな洗い方をしているというのに髪が荒れることもなく枝毛が数本あるくらいなのは結構不思議だ。まぁ、丁寧に洗わないとボッサボサのぐちゃぐちゃになるよりは楽でいいのだけども
洗い終わったらシャワーでザバザバと泡を落としていく。
完全に泡が落ちたら次は顔だ。体にぺたっと引っ付く髪に多少の不快感を抱きながら洗顔フォームを手に取り、顔に塗っていく。少しスーッとする感覚に気分の良さを覚えるが途中から偶にヒリヒリするのでもしかしたら肌に合ってないのかもしれない。
まるでパックをしたかのように顔面が真っ白になったら、お湯を手に貯めてパチャパチャと顔にぶつけていく。
「ふぅ〜、すっとしたぜ」
顔の泡を流し終え、つやっとした肌をペチンと叩く。
さぁ、最後に体だ。昔はボディタオルでゴシゴシしていたのだけど、そうすると肌が赤くなってヒリヒリするからやめている。
この分だと日焼けも酷いだろうから外に出る際は日傘をさした方がいいのかもしれない。まぁ、今は引きこもっているので日焼けすることもないだろうが。
ボディソープを同じように手に取り、首からゆっくりと洗っていく。脇や足首足裏などの汚れが溜まりそうなところは重点的に洗っていく。
「ふっ……んっ…んんっ…」
この体になって半年経つが、未だに胸や秘部を洗うのは慣れない。なんだかむずむずと変な感じがしてくすぐったいのだ。
胸はいいが秘部は嫌でも汚れるので重点的に洗わなければならないのだが、若干所ではない抵抗感があるのでいつも目を瞑ってちゃっちゃと洗うようにしている。
「ふぅっ…ぅぅぅぅ……! ダメだ! これ以上続けてたらおかしくなりそうだ!」
少しずつ頭がピリピリしてきたので怖くなって中断。妙に熱い身体にシャワーを思いっきりぶつけていく。
体の泡が流れていくのを眺めながら、深呼吸をして息を整えていく。
鼓動の早くなった心臓がゆっくりと元の落ち着きを取り戻し、トクン…トクン…と一定のリズムを刻む。
「あー……洗っててこんな風になったの初めてかも……」
ヤケに疲れたようなぐったりとした表情を浮かべ、風呂の椅子に座り込む。
ちょっとひんやりしているが、少し火照った体にはちょうど良く気持ちがいい。
「……なんか、ちょっとだけ大人になった気がする…」
なんだか変な気分になったまま、俺はバスタオルを取ろうと浴室の扉を開けた。
TS流行れ