転移降下猟兵エルフは召喚された
すまねぇ、書いてる途中で二人ほど別世界の人も召喚しちまった。
煤や砲火煙に焼けた黒煙が混じる曇り空。
そんな空を流星群のように輝きながら丘に降り注ぐ、火と鉄の雨。
今や丘は幾十の瓦礫と幾百の死体と幾千の穴に覆われ、残骸の海に浮かぶ諸島と化していた。
激しい轟音と破裂音がその場に鳴り響く。
幾人の人間の兵士達が各々の武器である、自動小銃、汎用機関銃、短機関銃、拳銃の弾を周りに動く『何か』に向けてばら撒いていた。
一人の人間の兵士の背後に突然、『何か』が現れた。
『何か』は引き金を引き、人間の兵士の背中を撃ち抜いて、姿を消した。
一ヶ所に固まる三人の人間の兵士の足元に、ピンが抜かれた手榴弾が放り込まれて、爆発する。
闇雲に拳銃を撃つ人間の兵士の腕を掴み、近くの人間の兵士に合わせて、引き金を引かせて撃ち、また姿を消して、人間の兵士を蜂の巣にさせた。
そして最後の一人になった人間の兵士の目の前に現れて、首を搔き切り。
一人の人間の兵士が新たな死体として地に伏せた時、『何か』は姿を現した。
その者は、長く尖った耳を持ち、斑の模様に様々な緑色をした服、白く透き通るような肌には幾数の傷が見え、手には上側に折りたたまれた照準器と下側に血塗られた銃剣と左側に空になった擲弾を備えた銃身と銃床が一直線上になる形をしたFG47自動小銃を持ち、外見的顔立ちからそれなりに良い女性であり、鈍く光る鉄製の軍用ヘルメットから小麦のように輝く金髪が僅かに零れて見える。
総合的な種族でいう、エルフであった。
少し詳細を言うなら、ウィガード魔法王国連合軍陸軍、特別編成師団、空挺旅団、転移降下猟兵であり。
第二大隊、大隊長、グレテ・シュタイナー少佐である。
グレテ・シュタイナー少佐は、周囲を見渡してからその場に低くしゃがみ込んで、エルフの特徴を示す自身の長く尖った耳の片方に片手を当てて、短距離連絡交信魔法を使った。
「ヴォルター中尉、ペーター軍曹、アルベルト伍長、誰か応答しろ」
火と鉄の雨が降り注ぎ激しい轟音と破裂音が鳴り響くなか、グレテ・シュタイナー少佐は背後に素早く自動小銃の先を向けた。
「私です、シュタイナー少佐。ヴォルター中尉です」
背後には、グレテ・シュタイナー少佐と同じ長く尖った耳を持ち、斑の模様に様々な緑色をした服に、手には同じFG47自動小銃を握り、総合的な種族でいうならエルフである。
第二大隊、副官、ヴォルター中尉がいた。
グレテ・シュタイナー少佐との違いは、ヴォルター中尉は男性であり、白く透き通るような肌を蝕むように滲み赤黒く深い致命傷を負っていた事である。
「問題ありません、ちょっと油断しただけですよ」
「………ペーター軍曹とアルベルト伍長はどうした?」
「籠っていた残骸トーチカに砲撃が直撃したようです。苦しまなかったかと」
そう言うと、ヴォルター中尉は呻き声を上げてその場に膝を着いた。
腹にある赤黒い滲みが、命を零して様々な緑色をした服を染めていく。
「ヴォルター中尉、無理をするな。横になれ、ここは私が立って戦う」
「大丈夫ですよ、立つのは無理でも伏せ撃ちの援護射撃は行えますよ」
遠くから、多数の足音、履帯が地面を耕す音が響いてくる。
その音は二人のほうへ徐々に近づいてきた。
「傷口を抑えていろ、絶対に死ぬな。お前が死んだら、一人で報告をする事になる」
グレテ・シュタイナー少佐は自動小銃に新たな弾倉を装填して、立ち上がる。
「ははっ、死ぬわけないじゃねえか。娘を寂しくさせるわけにはいけませんからね」
ヴォルター中尉は片手で命を零さずに押さえつけて、もう片方の手で自動小銃の中央部に大きな穴が空いた銃床を掴む。
グレテ・シュタイナー少佐が敵の新手をあらかた倒し切った頃には、轟音は鳴り止んでいた。
黒く燃え上がる戦車を背に、新たな死体の山を抜けて、グレテ・シュタイナー少佐はうずくまるヴォルター中尉の所へ歩いた。
「嵐の前の静けさですね、シュタイナー少佐」
「そうだな、ヴォルター中尉」
二人は分かっていた、これは終わりへの前触れだということに。
『シュタイナー少佐、聞こえるか!?』
短距離連絡交信魔法が反応した。
「その声はヴォルギン中尉か?」
ヴォルギン中尉は男性で、ウィガード魔法王国連合軍陸軍、第11装甲師団、第600装甲旅団第2000連隊の56大隊、第478キュクロプス歩兵戦車小隊、小隊長であり。
ダークエルフでありながらも、グレテ・シュタイナー少佐の数少ない戦友である。
短距離連絡交信魔法はヴォルギン中尉のキュクロプス歩兵戦車小隊の声を届けてくれたようだ。
『待ってろ!、すぐに助けに行く!』
「ちょうどいいヴォルギン中尉、頼みがある」
『黙れ!、頼みなんか助かってからにしろ!』
「聞いてくれ、ヴォルギン中尉」
二人は、ヴォルギン中尉のキュクロプス歩兵戦車小隊が間に合わない事を理解していた。
『………くそっ。何だ?、言えよ』
ヴォルギン中尉もまた、自分達が間に合わない事に薄々ながらも気付いていた。
「まず一つ、パンゾータム指揮官を私の代わりに殴ってくれ」
パンゾータム指揮官は今回の作戦を提案した上級大将であり、今回の誤った降下地点と作戦を計画した指揮官でもある。
『軍法会議ものの頼みだな、分かった。思いっ切り殴ってやる』
「ありがとう、次は私の代わりに戦死した部下達の遺族に報告してくれ。ああ、もちろん助かったら私がやるがな」
本来ならば軍の通告官の仕事であるが、グレテ・シュタイナー少佐は自分の部下が戦死した時、必ず遺族に自ら出向いて報告していた。
『ああ、あんたが助かったらやれよ。もしもは、ああ畜生め!。とにかくやるさ、必ずやるよ!。他には?』
「私の代わりに戦ってくれ。奴らに、アース連合に、アンノウン帝国に、負けないでくれ。これは私の命令だ」
ウィガード魔法王国連合は二つの敵国、アース連合とアンノウン帝国と戦争状態であった。
それぞれの両国とはお互いに250年も争い続けており、強大な科学技術を持つアンノウン帝国は言わずとも、アース連合とは科学技術の差がとても大きな差があった。
それでも未だに戦い続けられているのは、豊富な人的資源も含む国力と二つの敵国にはない魔法技術を持っているからに過ぎない。
『言われなくてもやるさ。あんな自称人間様共と混合軟体魚類共なんか、ぶっ潰してやるよ!』
「ありがとう、ヴォルギン中尉。頼むぞ」
グレテ・シュタイナー少佐はそう言うと短距離連絡交信魔法を解いた、疲れたのかうずくまるヴォルター中尉の隣に腰を下ろして座る。
先ほどよりも大きい轟音と共に、曇り空を埋めるように大量の火と鉄の雨が浮き出た。
「アース連合め、今日は気前が良いな。普段は砲火力が不足しているくせに」
「それもそうだろうヴォルター中尉、敵の師団奥深くに降下してしまったからな。おかげで怒らせて孤立して包囲されている」
「そうでしたね。冥途の土産として大規模な補給陣地に逃げ込んで暴れてやりましたから、俺達の転移降下猟兵第二大隊の全滅と引き換えに、ここのアース連合軍の戦線は崩壊するでしょうな」
「私としては引き換えの相場が少し安いと思うな。せめてもう少し、敵軍の完全崩壊が欲しい所だ」
曇り空を埋めるように浮き出た大量の火と鉄の雨が、丘に少しずつ降り注ぐ。
うずくまるヴォルター中尉は顔をゆっくりと上げて、仰向けになる。顔は少し青白くなっている。
「シュタイナー少佐は、天国と地獄を信じるほうですか?、それともヴァルホルを信じるほうですか?」
「私は、亡霊を信じるほうだな」
「それって死霊魔術師の考えですよね?」
「亡霊は呪う事も存在を匂らせることもできる。アース連合の兵士やアンノウン帝国の蛸兵も襲えれるし、仲間達に私が見守っている事を伝えられる」
「死んでも戦うのですか?。だったらヴァルホルでも変わらないじゃないですか」
「神々の黄昏まで待つ気は無い。それにアース連合とアンノウン帝国と戦いたいんだ、オーディンの都合なんて知らないね」
「なるほどね、まあ亡霊も悪くはないですね。娘の所へすぐに駆けつけられるし」
曇り空を覆った大量の火と鉄の雨は、次第に丘を地形ごと変えるように激しく降り注ぐ。
グレテ・シュタイナー少佐は空を見上げる。
天気は黒煙が混じる曇り空に時々大量の火と鉄の雨が降っていた。
「酷いものだ、呆気すぎる。転移降下猟兵第二大隊の終わりがこんなものだとはな」
「仕方ないですよ、たった数人が陣取る丘に連隊規模の損失だなんて、割に合わないですか。それにアース連合兵に勇気と度胸はありませんからね、とはいえ最期が派手なのは悪くないですよ、変死体を晒すよりかはね」
ついに大量の火と鉄の雨は、激しい轟音と破裂音を鳴り響きかせながら、二人に迫った。
二人は目の前に降り注ぐ大量の火と鉄の雨を見て、言った。
「ではさようならと言うべきかね?、それともまた会おうと言うべきか?」
「とりあえず自分は、娘に会おうと思います」
「そうか、では私は先に部下たちに会ってくるよ。待っているからな、ヴォルター中尉」
「了解しました、グレテ・シュタイナー少佐。今でも少佐と共に戦えて良かったと思います、そしてこれからもよろしくお願いします」
「私もだ、ヴォルター中尉。君のような優秀で勇気と度胸がある副官は今までいなかった、そしてこれからも頼んだ」
ヴォルター中尉は仰向けのまま手を挙げて、敬礼した。
グレテ・シュタイナー少佐もまた、敬礼した。
そして二人は光と激しい轟音と爆発に煙と共に消えた。
それからアース連合軍が占領する丘にヴォルギン中尉のキュクロプス歩兵戦車小隊が突入したのが決定的になり、程なくして第三銀河系中央左翼戦線中央戦線惑星バターにおけるアース連合軍の戦線は崩壊、大きく後退した。
ヴォルギン中尉は命令無視及び独断専行の理由を問われるために指揮司令部に移送され、そこで今回の作戦の指揮官であるパンゾータム上級大将を殴打、その後は新設された懲罰戦車大隊への異動処分となる。
殴打による怪我で入院中のパンゾータム上級大将は、軍病院にて軍上層から今回の作戦の責任を問われ、捕虜収容所の所長への異動処分が命じられる。
特別編成師団、転移降下猟兵第二大隊は今回の戦闘にて全滅。
全隊員21名のうち以下19名が戦死。
残りの2名であるグレテ・シュタイナー少佐とヴォルター中尉は以降の理由により、行方不明。
戦闘終了後に二人がいた丘を回収部隊が捜索したが、グレテ・シュタイナー少佐とヴォルター中尉の遺体は見つからず。
偵察部隊や砲撃観測員が目撃した謎の強烈な光、魔力や熱を探知する航空レーダーや生命や魔力で敵地上軍の位置を把握する索敵班が観測した異常な量の魔力から、ウィガード魔法王国連合軍は何らかの時空転移災害に遭ったと推定。
グレテ・シュタイナー少佐とヴォルター中尉以下2名は、生死不明及び行方不明兵となる。
そこは白い天井と美しく彩られたシャンデリアがあった。
確か私は、目の前に黒煙混じりの曇り空から落ちる砲弾が目の前に見えていたはずだが、でもどうみても白い天井と美しく彩られたシャンデリアがある。
上を見上げるのをやめて立ち上がり、私は異様な状況に気付いた。
おかしい、さっきまで、骸の山が積みあがる戦場にいたはずだ。
だがここはまるで、遥か前にかつて過ぎ去った時代の城の広間だ。
私の周囲は騒ぎと動揺を混ぜた騒然とした音に溢れている。
そして目の前には中世の演劇か小説に出てくるような者達。王様、王妃、王女、王子、宰相だと思う者、護衛の騎士達に魔法使い達、幾らかの使用人達が騒ぎ動揺していた。
私の周りにはそこから確実に浮いてる者達。黒と白の服を着た5人の少年少女、色鮮やかな服を着た4人の青年達もまた同じく騒ぎ動揺している。
落ち着いているのは近くにいる二人の者、大振りで長い剣を持ち金属板で構成された鎧を着込む中年男性、槍斧を携えて青い布でできたコートを着込み顔をフードで隠す怪しい者ぐらいだろう。
どうすればいいか、一つはっきりしている事がある。
私以外で怪しい者を除いて、周りは人間だ。
私は、グレテ・シュタイナー少佐は自動小銃を素早く地面に向けて撃った。
広間に2発の乾いた銃声が鳴り響き、私達の周囲に溢れていた騒ぎと動揺の音は消え去り、静粛が白い大理石の床にできた弾痕と共に残った。
「黙れ、静かにしろ。そしてここは何処だ?、お前達は何者だ?」
黒と白の服を着た5人の少年少女、色鮮やかな服を着た4人の青年達は突然の銃声に静まり返る。
王様、女王、宰相だと思う者、護衛の騎士達に魔法使い達は騒ぐのを止めて、お互いにどうするかを話し合っている。
「落ち着け、緑の者よ」
湿ったような低い声を発した怪しい者が麦色の手袋で私の背後を指した。
「それよりも先に、彼を手当した方がいい。見たところ重傷のようだ」
彼だと?、そうか私がここにいるなら、彼もここに来ているという事だ。
彼は、ヴォルター中尉は、白い大理石の床の上で仰向けに倒れている。顔はさらに青白くなり、腹部にできた蝕むような滲みがさらに赤黒く命を零していた。
「おい!、そこの者達よ!。誰か医者か、治療師、医術者でも構わない!、呼んで彼を手当てしてくれ!」
湿ったような低い声で怪しい者が叫んだ。
王様、宰相だと思う者が護衛の騎士達に魔法使い達に話し掛けて、白いローブを着込んだ者達を呼び込んだ。
白いローブを着込んだ者達はすぐさま、仰向けに倒れて白い大理石の床に命を撒き散らすヴォルター中尉に駆け寄る。
ヴォルター中尉の怪我の具合を見て、白いローブを着込んだ者達が顔を悪くした。
「起きろ!、ヴォルター中尉。よくわからんが、助かったんだぞ!」
腰を下ろし白い大理石の床に膝を着いて両手を紅く染め上げながら溢れ出る命を抑える私は、ヴォルター中尉に呼び掛ける。分かっている、もう既に間に合わない事に、だが、それでも呼び掛けた。
ただでさえ白く透き通るような肌がさらに青白くなっていくヴォルター中尉が、命を吐き出しながら口を細かに動かす。
「ここは、オーディンの館ですか?」
「ここはヴァルホルじゃない。よく分からないが、確かなのは肉体がある事だ」
「そうですか、そりゃあ良かったですな」
紅い液が肺や気管に入り込んで、苦しそうにして聞こえずらい言葉だが理解はできていた。
「ああそうだ、ヴォルター中尉。だから勝手にいくな、まだお前の任務は残っている」
「それは無理ですね、俺達の仲間達が呼んでいますから」
白いローブを着込んだ者達は、手を差し出し何かの言葉を呟いて緑の淡い光を生み出すが、顔を苦くしていた。治すというより、延長だという事に気付いていた。
「勝手な離脱は許さんぞ、ヴォルター中尉。さっさとここから祖国へ帰還して、報告任務まで付き合え」
「シュタイナー少佐。すまないが、妻が待っているんだ。貴方の任務まで付き合う事はできません」
今でも押さえつけている所から、紅い命が両手と白い大理石の床を染めていく。
「ヴォルター中尉、黙れ!。娘を見捨てる気か!、お前は最愛の娘を見捨てる気なのか!?。おい!、何している!、さっさと手当てをしろ!。ヴォルター中尉が死んでしまうぞ!」
両手を紅く染め上げながら私は、白いローブを着込んだ者達に向けて叫んだ。
分かっていたとも、心の中で、今までの経験で、助からない事は自分自身よく知っている。
「グレテ・シュタイナー少佐!。ぐはっごぼっほ、ぐぇっ………グレテ・シュタイナー少佐。叫ばないでください、肺に響くのでやめてください」
ヴォルター中尉は喉や気管に入り込んだ命を吐き出しながら叫び。様々な緑色をした服、白い大理石、口元、肺、両手を紅く染めながら、辛うじての笑顔を見せる。
「グレテ・シュタイナー少佐、お願いがあります」
「分かった、言え」
部下の終わり際の頼みを迷うことなく、私は頷く。
「娘に、『帰れなくてすまない』と伝えてください」
「ああ、必ず伝えてやる」
「それと。たぶん、シュタイナー少佐は見えてないかもしれませんが、俺達の事を忘れないでください。見守っていますから」
「ああ、戦友を忘れる気は無い」
「娘はあなたのことが好きみたいですから。面倒をお願いします」
「………わかった」
「それが、聞けてよか……た……」
ヴォルター中尉の目から光が消えていく。
押さえつけている肌越しから伝わる、振動が静かに止まっていき、僅かな熱が冷たくなっていく。
白いローブを着込んだ者達は呟きをやめて、手を力なく下した。呟きを止めず手を上げて必死になって緑の淡い光を生み出して行使する一人の若い白いローブを着込んだ者の肩に、怪しい者が麦色の手袋を乗せて顔を振る。
「………」
転移降下猟兵第二大隊の最後、副官の最期、戦友の最期を見届けた私は赤くなった手を離して、静かに立ち上がる。
「すまないが、どこかに遺体を一時的に置ける場所はないかね?」
私の言葉に、王様と宰相だと思う者が護衛の騎士達と魔法使い達に話し掛ける。
「こちらに来てください」
駆けつけて来た一人の紫のローブを着込んだ魔法使いだと思う者の案内に向かうべく、私がヴォルター中尉の亡骸を背負おうと手を伸ばした。
だが横から現れた鎧を着込む中年男性が奪うように背負った。
「何が何だか細かい事はよく理解できんが、こいつが戦士であんたの戦友なのはよく分かった。俺は戦士の亡骸を運ぶのを慣れている、任せてくれ」
鎧を着込む中年男性がそう言うと、背中にヴォルター中尉の亡骸を乗せて、歩いて行く。
「緑の者よ、彼に任せてもいいと思う。今はあの者らに付いていくだけにしてくれ」
湿ったような低い声で怪しい者はそう言うと、後ろに振り返り王様、宰相だと思う者に顔を向けて。
「すまぬが、ここが何処なのかの説明は後にしてくれ。先に彼らにここが何処なのかの説明をしてくれぬか」
そう言い終えると、怪しい者は紫のローブを着込んだ魔法使いだと思う者と遺体を背負う鎧を着込む中年男性の後を追うように歩いて行く。
私は幾らかの疑念を持ちながらも、遺体をひとまず何処かに置いてもらうまで伏せておく事にした。
5人が城の広間から立ち去り、静けさと何とも言えぬ空気と血塗られた白い大理石の床が城の広間に残った。
王様と宰相だと思う者は少し周囲を見渡してから口を開いた。
黒と白の服を着た5人の少年少女、色鮮やかな服を着た4人の青年達、城の広間に残った者達である彼らにここが何処なのかの説明を始めた。
「ここはヨニゲーテ王国がイシュラ神聖公国による友好と同盟の証として作り上げた魔法袋の上位種、魔法灰色蔵です。この蔵は空間属性魔法が込められており容量に保存状態を気にする必要もありません。………あー、つまり、ここに置いても問題ありません」
紫のローブを着込んだ魔法使いだと思う者の言葉を聞き流しながら、私は仰向けに置かれた遺体の瞳を閉じて、彼の私物である娘が送った白いハンカチを笑顔のままである顔に被せた。
「失礼だが、君達の宗教は何だ?」
横にいた鎧を着込む中年男性が、私に尋ねる。
「あいにくだが、私と彼はあまり宗教には無関心なんだ」
「そうか。俺も敬虔な信者じゃないが、一つ彼に祈っていいか?。ああ、死者に対するまじないみたいなもんだよ、特別に深い意味はないさ」
「……構わん」
私の返事を聞くと、鎧を着込む中年男性は何かを小さく呟きながら指を伸ばした右手を額、胸、左肩、右肩の順に当てて自分の体前に十字をした。
この動作を時々(捕虜になった)アース連合の兵士が死体の山に向けてしているのを見かけた事があるな、流行っているのだろうか?。
遺体を魔法灰色蔵に置いて城の広間へ戻る途中で、紫のローブを着込んだ魔法使いだと思う者が遠慮しがちに尋ねてきた。
「………恋人だったのでしょうか?」
「ふっ、………はっはっはっ」
私の笑い声が通路に響き渡ると、目を見開く紫のローブを着込んだ魔法使いに向けて言う。
「違うよ。彼は戦友であり、私の部下の中で優秀で勇気と度胸がある副官であり、私の大隊の一員である。そもそも彼は結婚していて美しい奥さんがいたし、可愛らしい娘がいる。つまり恋人ではなく、戦友だ」
私はそう言い切ると、呆ける紫のローブを着込んだ魔法使いだと思う者を置いて、城の広間へ歩を進めた。
幾らかの疑念に不安を隠して、城の広間へ入った。
幾らかの疑念がある。
最初に覚えた疑念は騒ぎと動揺の音だ。
なぜ言葉が通じるか?。
何故か周囲にいる彼らや、目の前には中世の演劇か小説に出てくるような者達、周りにはそこから確実に浮いてる者達、あろうことか鎧を着込む中年男性に怪しい者の言葉まで通じたのだ。
次の疑念は周囲の差だ。
かつて過ぎ去った時代の城の広間にいた、中世の演劇か小説に出てくるような者達、周りにはそこから確実に浮いてる者達。この二つは服装も細かく見れば人種も違う。
それなのに言葉が通じたのは私の中の疑念をさらに深めた。
「では一先ずは空いた部屋に、ああ、終わったかね?」
周りにはそこから確実に浮いてる者達へ説明をしていた王様が私達に気付き、紫のローブを着込んだ魔法使いに声を掛ける。
「ええ、陛下、魔法灰色蔵へ置いておきました」
「うむ、よくやったタレーラン、あそこなら問題はないだろう」
タレーランと呼ばれた紫のローブを着込んだ魔法使いは、王様の返事を聞いてから近くで見守る魔法使い達へ戻って行った。
「では改めてご紹介させてもらおう。私はルイス・スタニコラス・フェルディナン、このヨニゲーテ王国の国王である。フェルディナンと呼んでくれ」
髭を蓄えた人間の王様、ヨニゲーテ王国の国王ルイス・スタニコラス・フェルディナン、フェルディナン国王が続けて言った。
「今この世界は、遥かなる東にいる魔王の軍勢に脅かされている。既に周辺の中小国は隷属か滅ぼされているだろう。我々は西の大国である王国、北の大国である帝国、周辺の国家群、我が国と親交が深いイシュラ神聖公国と共に連合軍を結成して対抗しているが戦局は極めて劣勢である」
フェルディナン国王は老いた手で白い大理石の床を指した。
「そこで我々は起死回生の最後の手段として異界転移召喚の儀式を決行した。かつて古来において異界の者の力を借りて、魔王を倒した歴史がある。今は白い大理石しか見えぬが、そこには我々が古来から行われる異界召喚の転移召喚陣が刻んでいる」
フェルディナン国王はこちらに目を向けて言った。
「どうか、異界の者達よ。世界を救ってくれ」
フェルディナン国王のそう嘆願したあとに、私を見た。
私の姿を見た、フェルディナン国王は困惑を隠しきれないような表情を露にした。
「その、すまないが、そなたは我々の世界にいるエルフと酷似しているが。そなたは、もしや、エルフなのか?」
「人種で言うなら、エルフだ」
この世界にいるエルフと同じかどうかは分からないがな。
「………よろしければ、そなたが何者か、教えてくれまいか?」
「私の名は、グレテ・シュタイナー。出身地は植民惑星ヘルガ36。所属はウィガード魔法王国連合軍陸軍、特別編成師団、空挺旅団、転移降下猟兵、第二大隊、大隊長。階級は少佐だ」
私がそう名乗ると、周囲は静けさに満ちた。
疑念の一つである周囲の差が違うのは、ここが私がいる惑星とは別の惑星だからだ。
要は別の惑星にいる違う文明に召喚されたからだ。言葉が通じるのはおそらく、召喚陣に翻訳の魔法が織り込まれているに違いない。
少し気がかりなのは周囲が余りにも静か過ぎる事だ。私としては古来からずっとアース連合から召喚された者達の中に、たまたまウィガード魔法王国連合の者が混ざった程度に過ぎないと思うのだが。
………妙だな、周囲の視線がまるで異質なものを見るような感じがする。
「そちらのお方はどうですかな」
フェルディナン国王は鎧を着込む中年男性に問いた。
「俺の名はヘルマン・シュヴァイクだ、ヘルマンと呼んでくれ。生まれは神聖ローマ帝国ブランデンブルク辺境伯領。以前は騎士をやっていたが、今はわけあって旅をしている放浪者だ。黒騎士とも呼ばれるがな」
鎧を着込む中年男性、ヘルマン・シュヴァイクは自身の茶色の髪を掻きながら答えると周囲の異様な空気に気付いた。
私は、グレテ・シュタイナーはヘルマンの言葉に停止した。
……今なんて言ったんだ?。神聖ローマ帝国だと?、騎士だと?、嫌な予感がしてきたぞ。
「………そなたは、ニホン出身ではないと?」
「ん?、何処だよ、そこは?。それにどうした?、そんなに慌てて」
「そちらのお方はどうなのだ?」
動揺を隠せないでいるフェルディナン国王はさっきからずっと青い布でできたコートを着込み顔をフードで隠す怪しい者に尋ねた。
怪しい者は口を開くかためらっていたが、やがて特徴的な湿ったような低い声で言った。
「……私はシーラ・ショウウオ・ラティメリア、シーラで構わない。出身はマーストリヒチアン王国、十数年前に戦争で滅んだ国だ。前は軍人だったが、滅んだ後はあてもなく放浪する旅人だ」
「待て、シーラ。自己紹介する時は自分の素顔を見せるものではないか?」
怪しい者、シーラがそう名乗り終えようとする所を、私は止めた。
とある疑念を確認するためだ。
「………どうしてもかね?」
「ああ、どうしてもだ」
私は手元にある自動小銃の銃口をシーラに向けていた。
「君にとっては醜いと思うが」
「問題はない、それとも何か他に見せられない理由でもあるのかね?」
シーラはゆっくりと顔を隠しているフードをまくり上げた。
周囲の誰かが悲鳴を上げた。
その顔は、肌は青黒く鱗が敷き詰められ、髪や眉毛に髭といった毛は生えておらず、目は白く濁り常に瞳孔が開いていて、閉じた口は楕円形である。
一目見れば、シーラは魚そのものの不気味な顔をしていた。
周囲の者達、中世の演劇か小説に出てくるような者達や周りにはそこから確実に浮いてる者達が大きく驚き騒然とした。
当の本人であるシーラ、珍し気に見つめるヘルマン、先ほどから自動小銃の銃口を向けている私は落ち着いていた。
「湿ったような低い声。やはり、アンノウン帝国の者だったか、シーラ」
「落ち着けたまえ、グレテ・シュタイナー。私はアンノウン帝国の者でもない、マーストリヒチアン王国という亡国の旅人だ。だから銃を降ろしてくれ」
銃声が一つ鳴り、何かに弾かれる音が響く。
シーラの足元に光の膜が点滅していた。近くの白い大理石の床には一つの銃痕が残っていた。
「帝国製電子バリアは優秀だな、シーラ。ついでに足元近くも防いでくれるしな」
「………だとしても私はアンノウン帝国の者でもない」
最初ここに来て二発撃った時、シーラは動揺せずに私に声を掛けた。中世の演劇か小説に出てくるような者達と違い、私が持っているのが銃だと理解している。
そして、理解した上で銃を構えている私に声を掛けた。
湿ったような低い声、銃を向けられての態度、銃弾を防ぐ帝国製電子バリアからアンノウン帝国の者だと確信できる。
いざという時に動けるように、シーラは白く濁った目で私を見ていた。片手に持つ槍斧が鈍く光る。
周囲の者達の騒ぎを他所に、二人は向かい合う。
「二人がた、落ち着いてください。皆もです、困惑も分かりますが、彼らも同じように困惑しているのです」
紫のローブを着込んだ魔法使い、タレーランは周囲の者達を静めるように、前へ出る。
「タレーラン、これはいったいどういう事なのだ?」
フェルディナン国王は慌てふためいていた。
「陛下、落ち着いてください。まずは彼等にも、推測を含んだ説明をするので落ち着いてください」
タレーランは周囲が一先ず落ち着いたのを確認してから、こちらに向いて口を開く。
「本来なら異界召喚の召喚陣は、主にニホンという国から人を招きます。彼等のように」
タレーランは周りにはそこから確実に浮いてる者達、黒と白の服を着た5人の少年少女、色鮮やかな服を着た4人の青年達へ向けて言った。
何だと、ニホンだと?。
「待ってくれ、彼等は、アース連合民じゃないのか?」
私の発言に、周囲の者達がざわめき立つ。黒と白の服を着た5人の少年少女のうち、黒髪の一人の少年が困惑した表情を浮かべて私の質問に答える。
「私達は日本人です」
「日本人だと?、アース連合民じゃなく?」
「日本人です、逆に聞きますが、その、アース連合民とは何ですか?」
逆に日本人とは何だ?。
「落ち着いてください」
タレーランは諭すように、二人に向けて言うと、先ほどの途切れた説明を続きを始めた。
「これは推測ですが。先程の不具合で異界召喚の召喚座標にズレを起こして、時空間属性転移魔法が次元世界へ予期せぬ複数の別世界と接触反応を引き起こし、干渉したのが原因で起きてしまったのです」
「もう少し分かりやすく説明してくれよ。タレーラン」
自分が理解できない説明にヘルマンは腕を組む。
頭を抱えて悩みながらタレーランは、言葉を捻り出して言った。
「つまり巻き込まれたんです。別世界の異界転移召喚に」
「巻き込まれただと?。それに別の世界だって?」
「その、本来ならば元々合わしていた世界から転移召喚する予定でした。ですが先程の不具合でズレが生じて、それぞれの別の世界から転移召喚してしまったのです」
じゃあなんだ、つまり私は別の惑星どころか、別の世界へ転移召喚されたというのか。
冗談じゃない、冗談じゃないぞ。
別の惑星なら救難信号なり最悪自力で脱出して祖国に帰還するが、別世界だと?。よりによって次元的に別世界に転移召喚なんて、どうなっている?。
落ち着け、グレテ・シュタイナー。
行きがあるなら、帰りもあるはずだ。
「巻き込まれたのなら話が早い、すまないが帰らせてくれ。たまたま死ぬ直前に転移召喚されて助かったのは礼を言うが、こっちは戦争中なんだ」
「それは………」
タレーランが口を開こうとして、固く閉めた。
嫌な予感がする。
やがて何かを決心したのか、タレーランは固く閉めた口をこじ開けるように開いた。
「それは無理です。先程の不具合で帰還陣に多大な綻びができてしまいました」
「タレーラン!」
「王よ、伝えるべきです!。我らの為に戦う者に対して、偽りを語るべきではない」
フェルディナン国王の静止の叫びに、タレーランは抑えた。
「残念ながら帰還陣に多大な綻びができてしまい、帰す事ができなくなってしまいました」
「…………修復は?」
私の震える悲痛の言葉に、タレーランは首を横に振る。
「異界転移召喚の魔法陣は百年以上前に作られたので既に方法は失われており。修復は………残念ながら絶望的でしょう」
日が沈みかけていく、夕暮れ時。
赤い日の光が差しこむ城の通路を私、グレテ・シュタイナーは歩いていた。
体をふらふらと揺らしながら力なく下を向いて歩く、その姿はまるでエルフの幽霊のようである。
歩く途中にて、中庭に見事に整えられた芝生や色鮮やかな花や生き生きとしている木々から、ポツンと一つ取り残されている大きな木を見てそちらに歩き出した。
そしてやがて、その大きな木の下に倒れ込むように寝そべる。
最悪だ、最悪すぎる。
あの広間にてタレーランの解答を聞いた私は、その場に倒れた。
それもそうだろう。
朝早くから敵地に降下、降下後に敵の砲撃部隊を強襲すべく長距離移動、作戦そのものの不備で予期せぬ敵師団奥深くにて遭遇、冥途土産に後方の大規模な補給陣地を暴れ回り、生き残りと共に近くの丘に昼過ぎまで立て籠もり、集中一帯制圧砲火で丘ごと砕け散ると思っていたら他人の異界転移召喚に巻き込まれ、目の前で戦友が亡くなったのを見届けて、止めの不具合で帰れないときたら。
流石の精鋭転移降下猟兵も身体と精神の疲労で倒れる。
あの後、医務室のベットにて目が覚めた私は、悪夢である希望が現実によって消滅したのを感じた。
私の看病を任されているだろう白いローブを着込んだ若い者が呼び出されて席を離れたのを見計らって、立て掛けていた私の銃を取り医務室のベットから抜け出した。
抜け出して数歩めで、足がふらつき始めた。
疲労ではない、悪夢ではない事での絶望と衝撃と無力感で慣れていないからだ。
幾度も修羅場や絶望を味わってなお冷静でいた私が、今まで以上の絶望に動揺とは情けない限りだ。
城の通路を歩く途中で幾らかの使用人達と遭遇したが、驚愕と恐れや困惑から声を掛けず様子見して、通り過ぎる辺りで急いで上の者へ報告しに行った。
私を見て、使用人達はまるで亡霊を見たような顔をしていた。
さて中庭に佇む大きな木に惹かれるように、寝そべっているがこの先どうしようか?。
とりあえず、私は寝転がりながら密かに近づく者へ銃を構える。
「さすがは異界の兵士ですな。動きが手慣れている」
「撃たないでください、グレテ・シュタイナー様」
現れたのは額に汗を浮かべる魔法使いタレーランと、何を考えているか読み取れない白く濁った目のシーラだった。二人は両手を上げていた。
「おやおや、誰かと思えばタレーラン君と魚類ではないか」
「扱いがひどいな。まぁいい………少しは落ち着いたかね緑の者、いや、グレテ・シュタイナー」
「ああ、シュタイナーでいい。それで魚類じゃなくて、ラフテリア?」
「ラティメリアだ、シーラ・ショウウオ・ラティメリア。シーラのほうが呼びやすいだろう」
シーラは、横たわる私の左隣に座り込んだ。顔は相も変わらず魚そのものの不気味な顔で、少しフードで隠している。やはり、城の者達には不気味がられているのだろう。
「では、シーラ。貴君はやはりアンノウン帝国の者ではないと?」
「ああ、そうだ。いちおうはアンノウン帝国の存在は知っている。だが私はマーストリヒチアン王国という亡国の生まれだ。ただの放浪の身だよ」
タレーランは、恐る恐る気を遣うようにそっと横たわる私の右隣に座り込む。
「ええと、この大きな木は、王妃様が王女様を生まれた際に近隣諸国の一つである、エルフの国のエルバフ森林連盟代表がお送りになった、深霊の木です。何でも、疲れている時にここで休めばより回復に向かう効果があるとか」
「まさに、今の状況だな」
世界が違うとはいえ、同じエルフだろうと思う。少なくとも木の安らぎを求めている自分には効果がある。
「えっと、それでシュタイナー様。よろしければ、あなたの世界の事を教えてくれませんか?」
よそよそしいぐらいにタレーランは尋ねた。
何故この者は、まるで小動物のように、怯えながら尋ねるんだ?。
そう思う私だが、先程の事で覚えがあった。
私がここに来た時に行ったのは、威嚇射撃、死にゆく戦友の見届け、遺体の安置できる場所の要求、現状説明の要求、推測的敵対者への確認射撃、疲労に伴う転倒。
なるほど、そんな相手なら誰でも怯える。というより関わりたくない。
「私の世界は、戦争中なんだ」
「先程に聞いた、アンノウン帝国とですか?」
「それもそうだが、それとは別としてもう一つ、アース連合と戦争している。彼等はちょうど、君とそこに隠れている二人に酷似しているな」
私は城の通路の陰に隠れる二人を指す。
「気付かれるとはな、あんた意外と手練れだな」
「シュタイナーさん、アース連合とはいったい何ですか?」
通路の影から現れたのは、変わらず鎧を着込むヘルマンと黒と白の服を着たあの時の黒髪の少年だった。
「そういえば君の名は聞いてないな」
「吉田、吉田秀勝。出身は日本です」
「ニホン………知らない国ばかり聞かされるな、今日は」
横たわる体勢から立ち直り、地面に座り込んだ私は銃を肩に掛けながら話を始めた。
「きっかけは、いや、最初の遭遇から始めよう。そっちのほうが後々分かりやすいだろう。それと、立ってないで座ったらどうだ」
ヘルマンは特に遠慮なく勢い良く芝生の上で胡坐を組んで座った。吉田はゆっくりと芝生の上に足を組んで正座した。
「250年前、ウィガード魔法王国連合は宇宙へ進出して各地の未開拓の惑星を植民していた。そこで開拓惑星サバーにてアース連合と遭遇して、紛争になった。その紛争は遠くから見ていたアンノウン帝国の仲介で、和平を結んで終戦したが死んだ者は多すぎた。
やがて、惑星キリンで3カ国間異種文明協定協議が始まり、爆発で戦争が起きた。最初はアース連合の電撃作戦で、首都星の目と鼻の先まで追い込まれたが、最終防衛要塞での決戦にて敵宇宙艦隊旗艦への奇襲で敵宇宙艦隊に大打撃を与えて押し返した。
それ以来、ウィガード魔法王国連合はアース連合とアンノウン帝国と交戦して膠着している。
それで、ここまで聞いて何か質問はないかね?」
私の問いかけに、芝生の上に胡坐を組んで座るヘルマンが右手を上げて言った。
「全部何言ってるか、分からん」
「シュタイナー、気にしないでくれ。彼は中世の人間なんだ、後で私が説明しよう」
シーラのフードで隠している白く濁った目が、光った気がする。
「ああ、問題はないさ、シーラ。どうせ元の世界に戻れないのだからな。なにせ帰還陣が壊れているし、百年以上前に作られたから既に修復の方法は失われている、もう関係ない話だ。過ぎてしまった話だよ」
「ううぅ、すいません。最初期からずっと壊れず使われていて、修復は必要ないと思っていました」
「それなら、気分的に撃ち殺しても問題はないよな?」
「ひっ、待ってください、待ってください。ほら、復讐は何も得られないというじゃないですか、ですから銃を向けないでくださいよ」
「………冗談だ。撃ったところで虚しさしか得られん、今はそれどころではないしな。それと、誰がやったかは知らんが私の銃から弾を抜いたな」
箱型弾倉を外して中が空だと確認して、私の鋭い目が周囲を見渡す。
吉田が目を逸らした、隠し事には慣れていないようだ。そして、シーラの白く濁った目と交差した。
「私だ、また発砲されると周りが怯えてしまうからな。失礼だと思いつつ、貴方の銃から弾を抜かせてもらった。他の者は手を出していない」
シーラの白く濁った目は逸らさなかった。
一つ息を吐いて、私は右手を握る。
「いやなに、誰がやったか聞きたかっただけだ。それと弾を抜いても無駄だ、転移降下猟兵は自分で弾を生成できる。このようにな」
握られた右手が僅かな光と音を漏れ出す。私はゆっくりと手を開くと、手のひらに緑色の銃弾五発分があった。
緑色の銃弾五発分を箱型弾倉に押し入れ、銃身と銃床が一直線上になる形をした自動小銃の左側面に装着して、ボルトを引いて銃身にある小さなつまみを回す。
そして流れるように構えて、引き金を引いた。
またもや銃声が一つ鳴り、何かの音が響く。
シーラの足元にある光の膜が点滅していた。しかし足元の間には見事に整えられた芝生に一つの銃痕ができていた。
「魔力生成で生み出された銃弾の利点は二つ。威力は通常の7.92ミリ弾より貫通性に優れている、そしてなにより魔力がある限り弾切れの心配はない」
「それを証明するために私の足元を撃つのは止めていただきたいのだが、シュタイナー」
「転移降下猟兵ってなんだ?。所々に出て来るけど、あんたは猟師の風貌には見えないんだが」
左頬の古い切り傷を掻きながら、ヘルマンは腕を組んで言った。
「猟師か………一応は元猟師なんだが、まぁいい。転移降下猟兵は言わば、軍の精鋭である空挺兵からさらに最精鋭で編成された部隊だ」
私は自らの様々な緑色をした服の左胸ポケットの内側を引き出した。
それは、柏葉と鉄十字に白い星を組み合せた下地、白の漆を施された五つの二重の輻射を持つ星型が中間、その上に左に鷲と右にエルフの横顔と中央にある先端が緑の杖、という高度な緻密かつ精巧で作り上げられた勲章が付けられていた。
「この勲章は、私の国で最も受章が難しい勲章、ナポレリア勲章だ。転移降下猟兵にはこれを防弾プレート代わりに保持する者が幾人もいる」
銃身と銃床が一直線上になる形をした自動小銃が地面に置いた。
上側に折りたたまれた照準器、下側に血塗られた銃剣、左側に備えられた擲弾射出器、左側面に装着した箱型弾倉、小さなつまみがある銃身と中央部に大きな穴が空いている銃床が一直線上になる形をしている。
「この武器はFG47自動小銃という、小銃、短機関銃、軽機関銃の役割を束ね、降下時に携行できる小型軽量の自動小銃、我が国の最新兵器だ。転移降下猟兵には最優先で配備される。そして転移が付いているのは」
そこで一度、言葉を区切るとグレテ・シュタイナーの姿が消えた。
「転移降下猟兵は、転移魔法を駆使することで好きな位置に移動できるからだ。もちろん、距離に応じて魔力が必要だがな。それに、転移魔法は我々の国ではまだ確立されていない試作段階の時空間属性転移魔法の一種だ。だが背後を取る事ができる」
ヘルマンが背後を振り返ると、グレテ・シュタイナーの姿があった。
瞬きした時には、目の前から突然消えて、いつの間にか背後にいたのだ。
吉田が大きく飛び上がるように驚き、タレーランは先ほどの位置と現れた位置を振り子のように左右を見比べて混乱する、シーラは感服したように一つ息を漏らす。
「それが転移降下猟兵だ」
そう言い終えた時、私、グレテ・シュタイナーは帰還する手段がまだ残されている事に気が付いた。
「それでタレーラン、だったな?」
「えっ?、あ、はいそうです。なんでしょう、シュタイナー様」
別次元過ぎる話を聞いて不理解と驚きが乱立し混乱と困惑が頭の中で騒ぎ立てていたタレーランが、突然こちらに話し掛けた私に対して何とか言葉を紡ぎ出した。
「そう恐れるな、タレーラン。君に提案がある、悪くない提案だ」
歯切れが悪いタレーランの反応を見て恐られてるなと思いながら、私は箱型弾倉に緑の銃弾を押し入れながら言葉を続けた。
「協力しよう、私はこう見えて転移魔法研究者の一人だ。見たところ異界転移召喚の魔法陣は私の世界にある魔法、時空間属性転移魔法と我々で研究されている物と大きく似通っている」
「似たような物があるんですか?」
「ああ、さっき見せた転移魔法だ。好きな位置に移動できる転移魔法は時空間属性転移魔法の一種と同じはずだ」
我々の国では時空間属性転移魔法はまだ確立されていない試作段階魔法だが、転移降下猟兵大隊を率いる私は任務遂行と転移魔法研究を任されている。と言っても、大規模な研究集団の一人程度しかないが。
とはいえ、帰還陣の修復の一歩としては悪くないはずだ。
「ということは別次元の魔法を転用すれば、修復できると!」
「可能性としてはな」
返事を聞いたタレーランは周りの者達を気にせず、両手を上げて喜んでいた。
おそらく、召喚しておいて帰れないと聞いた者達の顔を見て、心が重くなっていたのだろう。しかし、別次元の魔法を転用する事による帰還陣の修復に希望が見えてきて、舞い上がっている。
「貴方は、どうするんですか?」
吉田が舞い上がるタレーランをよそに声を発した。
「どうって、何がだ?」
「もし、仮に帰還陣が修復できたとして、貴方は戦場に戻るんですか?」
「ああ、そうだが」
私は何でもないような顔で自然に答えた。
「……そこまでして戦場へ戻るのは何故なんですか?。死にそうに遭ったのに、友人が死んだのに、どうしてそこまで戦場へ戻りたがるんですか?。私にはわかりません」
吉田の言葉に、私はゆっくりと口を開く。
「惑星キリンで爆発というのは言ったな。あの惑星には私の親友が秘書として同行して、死んだ」
最後のたった一言の重みに、身じろぎしたが吉田は何とか言葉を言う。
「それは、でも……その人が復讐を望んでいるわけではないでしょう」
「かもな、では戦争が起きたばかりのアース連合の電撃作戦。
あの時のウィガード魔法王国連合は、主力火力がマスケットでまともなのが攻撃魔法しかなく、押し止める有力な戦力を保持していなかった。そこで異種文明協定協議で締結済みの協定条約第9条戦争第2章捕虜項目における、捕虜収容及び交換の遵守を利用した遅滞戦術。つまり、わざと大量の捕虜を出してアース連合の作戦行動を遅らせようとした」
箱型弾倉に込めていた緑の銃弾を、私は一発だけ地面に突き刺した。地面に突き刺された銃弾を見るその目はまるで、薄暗い井戸の底を覗くように暗かった。
「その時、私の親類がたまたま位置的に捕虜になった。
そしてその時のアース連合は、焦りなのか、苛立ちなのか、分からないが、捕虜を虐殺した。確認できたものでも1億人が虐殺されただろう、そして私の親類もその中の4人分だ。
炭となった遺体から確認できたのは運が良かった、酷いものだと確認できない身元不明は2億に上るからな」
「そっ、そんな惨いことが……、でも」
「ああ、気にするな」
語られたあまりにも想像し難い言葉の意味に重く苦しみながら言葉を続けようとした吉田を止めるように、私は遮る。
「私の戦う理由はそれじゃない」
私は地面に突き刺された銃弾を抜いて、砂を払い箱型弾倉に込めた。
「私の戦う理由は、やつらが私の故郷である植民惑星ヘルガ36を滅ぼしたからだ」
「滅ぼした?」
「ああ、アース連合は電撃作戦遂行のために、首都星へ続く道の第3防衛線を担う植民惑星ヘルガ36を、巨大型レーザー艦で滅ぼした。もちろん、捕虜虐殺の後だから既に私を含めて住民は避難したが、緑の故郷が本物の火の海になる姿をこの目で見た。
後は、気付いた時には最前線で敵の首を搔き切ってたよ」
「それは、………でも、もういいじゃないですか、貴方はもう十分に戦ったんです。もう戦場に戻らなくてもいいんじゃないですか。シュタイナーさん、戦争を忘れてここにいるのはダメなんですか?」
「ダメだな。戻らなくてはいけない理由があるし、私の故郷を滅ぼした戦争の行く末を見なくてはいけない。多くの犠牲を払った先を見なければ、私がいる意味がない」
そう言い切るその目は、火の海に変わり果てた故郷がそのまま焼きついたような色をしていた。
その目を見た吉田は、思わず唾を飲み込み身を引いた。されど彼自身の性根が、そうしなければいけないと後押しして、ずっと思ってた事を口に出す。
「知り合いを奪われ、親類が殺されて、故郷を滅ぼされ、友を亡くし、自分自身が死にそうになっても、戦争に戻ろうとする。あなたは………病んでいますね」
その言葉を聞いて、私、グレテ・シュタイナーは言った。
「そうだ、私は戦争という病気かもしれない。そしてそれを治すために、戦争に戻らなければならない。それが唯一の治療法だからだ」
私、グレテ・シュタイナーの目が、吉田の目と交差する。
お互いに思う事を秘めながら、対峙する二人。
歓喜の舞から戻ったタレーランは、二人の対峙に気付き怯え震え始めた頃。
二人の交差する視線に、大柄な体躯のヘルマンが割って入った。
「そこまでだ、二人とも。シュタイナーの戦士の心は俺自身よく理解している、もちろん、東の果ての思想を持つ吉田の考えも悪くない」
大振りで長い剣を肩に置いて、周囲を見渡した。
「そんな、聖地を巡るような対立はいったん置いて、周囲を見渡してくれないか?。こそこそと動き、武具に染み付いた血の匂いを香らせ、殺気と隙を伺う目線にな」
周囲に響き聞かせるようにヘルマンが言い放つ。
「出てきたらどうだい、隠れても無駄だぜ」
すると、柱の陰や屋根の上に通路の角から、黒いローブや青い鎧を着込む者達が、大きな木を取り囲むように現れた。
さっきから視線が多いなと思っていた。確かに狙うだろう、暗殺が成功する可能性が最も高いのは今の状況しかない。
黒いローブの者達は皆、肌が赤黒くフードの隙間から紅い目が覗き込まれ、手には短刀を握り、こちらの様子を窺っている。
「あの者らは魔族だろう、私の世界とそれほど変わらないな」
私の世界での特徴に差異がなければ彼等は魔族だ。おそらく、服装から察するに魔王の軍勢が放った暗殺も含めた密偵だろう。
青い鎧の者達は、青い鎧と盾に金色の獅子の紋章を載せて、手にはそれぞれ剣や槍を握っていた。もちろん刃先は私達に向けられていた。
そして彼等は、人間だ。
「なぁ、話では、人間対魔族の形じゃないのか?」
ヘルマンが大振りで長い剣の持ち手を変えて、頭の左隣り側に剣先を牛の角のように突きつける構えを取りながら言うと。
タレーランが慌てて乗り出すように前へ出た、その顔には困惑を浮かべている。
「西の大国である王国から派遣されし、誇りあるブレーン騎士団よ。何故、連合の盟友であるはずの私達に刃を向けて、魔王の臣下共と肩を並べるのだ!?」
その叫びに答えるように、青い鎧の者達から一人の白髭を持つ騎士が前へ出る。
「それは王国で、王が変わるからだ。召喚魔法使いタレーランと召喚されし者達よ。この戦争は現魔王が勝利する」
言いながら、白髭を持つ騎士が腰の鞘から剣を抜き。
「以前の王は国を思うと言いながらも、難民や少数民族への差別、国の内情を蝕む享楽家、国民を道具でしか考えない。愚王である」
そう言い切ると、金色の獅子の紋章が載る盾に剣で叩く。
鋼鉄と鋼鉄がぶつかる音が鳴いた。
「しかし新たな王は違う。新王は難民や少数民族への差別の防止、国の内情を知る改善者、そして国民を道具ではなく一人一人の感情を持つ人間として接する、名君なのだ」
盾を持つ手で魔族の者達へ指し示し。
「新王はなによりも争いを嫌っている。それゆえに魔王の軍勢と水面下で話し合いその結果、異界転移召喚の魔法陣を破壊すれば、停戦に応じると得た」
白髭を持つ騎士の言葉に、タレーランが驚き、声を荒げた。
「まさか、異界転移召喚の魔法陣に不具合を生じさせたのはあなた方だったのですか!。魔王の軍勢と手を組むばかりか、とても貴重な異界転移召喚の魔法陣の破壊を目論むとは、誇りは捨てたのか!、この恥知らずの裏切り者共め!」
「不意討ちや連合の盟友の誓いを破る事、確かに我らは誇りは捨てた恥知らずの裏切り者だ。だがそれで平和を得られるなら、後世のためなら、泥と血をかぶるまでだ」
「世迷い言を言うな!」
タレーランの先程の怯えが噓のように怒りを込めた声を出し、杖を突きつける。
さっき召喚魔法使いと呼ばれ、自らがとても貴重な異界転移召喚の魔法陣だと言う辺り。連合軍を裏切る事はどうでもよく、大事な異界転移召喚の魔法陣が弄られる事への怒りが溢れているようだ。
「それでも結構。どちらにせよ、いくら異界の勇者達でもこの人数では、勝てんでしょう。ではお選びくだされ、ここで大人しく拘束され処遇を待つか、無駄な抵抗で血を流すかどちらを選びますか?」
白髭を持つ騎士は、盾を構えて剣先を向ける。
それを手始めに、魔族の密偵や騎士達が一斉に刃先を向けた。
さて、どうするべきか。
帰還に不可欠である、異界転移召喚の魔法陣、召喚魔法使いであるタレーランは何としても守らなければならない。他の者は、自分で身を守れるだろう。
私は瞳を隣にいるヘルマンへ向けた。
ヘルマンは一瞬こちらに目を合わせた、『合図は任せた』と語っているような茶色の目をしていた。
後ろにいるシーラが、片方の足の爪先で地面を二回叩く。『用意はできている』と言っている気がする。
勝手な推測だ、私は自分勝手かもしれない。
だが、唯一残された帰り道を失うわけにはいけない。
可能性がまだ残されているなら、なおさらだ。
私は素早く銃身を構え、引き金を引く。
銃口から緑の弾頭が火と光と共に射出され、空気を切り裂きながら直線に向かう。
音と空薬莢が銃身から排出される時には、緑の弾頭が金色の獅子の紋章と盾を貫通させ、白髭を持つ騎士の額の間を抉った。
「血祭りを選ぼう」
私は宣戦布告した。
「貴様らぁ!」
突然の宣戦布告に激昂した騎士の一人が、私に切りかかる。
すぐさま銃口を向けて、引き金を引く。緑の弾頭が兜を貫通して頭蓋骨を粉砕した。
それをきっかけに黒いローブや青い鎧を着込む者達が、次々と私達に襲い掛かる。
6人の騎士が左側面から、私に切り降ろしや突きといった攻めで襲う。
銃身の小さなつまみを回し、左側面にいる6人の騎士へ向けて引き金を引きながら薙ぎ払うように撃つ。6人の騎士の体中に蜂の巣ができていく。
左右正面から魔族の密偵が短刀を構えて入り乱れるように動きながら、切り伏せと横振りに突きを繰り出して来る。
再装填しつつ一歩ほど後ろに下がり冷静に閉所訓練の的撃ちの要領で、先頭に出た順に撃ち抜いた。
右横から切りかかる騎士を銃床で押しつけて、左側面から短刀を振り下ろす魔族の密偵を撃ち抜き、押し付けている騎士の足を踏んで動けなくしてから銃剣で首元を軽く左に撫で上げる。
首から流れる血の吹き出しに注意しつつ、肩を掴んで魔族の密偵の短刀による突きを血に濡れた騎士の背中で防ぎ、血塗られた銃剣で首を貫く。
倒れる二人の死体越しに、屋根の上や通路の陰から弓で狙う者達を緑の銃弾で掃射した。屋根の瓦や通路の角が粉砕され血しぶきで汚れる。
「空を照らし降り落ちる赤き彗星から生まれし、赤い竜の火炎を噴き出よ!。ファイアーカーテン!」
タレーランがそう唱えると杖を振りかぶり、攻撃魔法の一種であろう火炎で近づく騎士達を燃やしていく。
この世界の攻撃魔法を見て威力に感心しつつ、背中に短刀を振りかかろうとした魔族の密偵の頭を撃って助ける。歩きながら背後からタレーランを狙う相手を順番に撃ち抜き、タレーランの元へ辿り着いた。
初めて見る銃の恐ろしさに、呆然とするタレーランを他所に他の者がどうなっているか見た。
吉田は襲い掛かる殺意を何とか剣で防いでいた、彼は躊躇っている。いくら殺されそうになっても、殺す事に抵抗を覚えていた。
おそらく、それが彼等の世界の常識なのだろう。
だがここは別の世界なのだ、おとなしく相手が従ってくれるはずはない。
吉田の隙を突くように一人の騎士が横から槍を繰り出す。吉田の持つ剣で防ごうにも、目の前の殺意を防ぐ事に精一杯でできない。
あと少しで脇腹を抉り臓物を搔き切れる、寸前のところで槍の先の部分が破損して宙に舞った。
シーラの槍斧が吉田の周囲にいる騎士や魔族の密偵達を薙ぎ払っていた。
フードで隠されていた魚を合成させたような顔を曝け出し、瞳孔が開いたままの白く濁った目を時折動かし、冷静に正確に素早く槍斧を振るう。
動きはかなり手慣れており、集団で襲い来る騎士や魔族の密偵達と互角かそれ以上にやり合っていた。
槍斧の刃先の斧で騎士の槍の突きを砕き、騎士の剣の振り下ろしを槍斧の太い柄で受け止め、短刀を握り向かって来る魔族の密偵から届かぬ距離で柄尻で突く。
動揺する吉田を守るように降り注ぐ矢の雨を槍斧で横に払って防ぎ、一斉に襲い来る剣や短刀の殺意を槍斧で持ち手たちの足元へ横に足払いして倒れさせる。
魔族の密偵が放った火炎の魔法に自ら前へ出て、帝国製電子バリアが光の膜を点滅させて燃焼を起こす熱エネルギーの電子ごと防いだ。
その姿は不気味な容貌と槍斧薙ぎ払う姿が相まって、まるで海の化け物のように騎士や魔族の密偵達に畏怖を刻み込ませるには充分だった。
あらかた周囲の殺意を遠ざけてから、シーラは息切れをしている吉田へ駆け寄る。
「大丈夫か?。返事はしなくていい、落ち着いて焦らず息を吸え」
死が間近に迫ったせいで息を荒くする吉田は、剣先を地面に刺してすっと呼吸した。
目の前の隙を前に周囲の騎士や魔族の密偵達は蛇に睨まれた蛙のように、シーラの白く濁った目から動けずにいた。
「今は受け流すだけでいい、自分の身を守れれば充分だ。動けるか?」
「…………はい、何とか」
「よし、ではタレーランの所へ行くぞ」
シーラが周囲の殺意を払い、吉田は殺意を何とか受け流して、私とタレーランの元へ辿り着く。
「腕が立つようだな、シーラ」
「マーストリヒチアン王国では槍斧エリートを率いていたからな。それにこのくらい、末期の戦地にくらべれば甘い方だ」
「末期か………」
このシーラという男(そもそも雄なのか?)は、おそらくかなりの手練れだろう。
彼は私と同じく、幾つもの手詰まりの戦地で戦い、血で血を洗うような末期の状況を生き抜いたに違いない。彼等の世界がどのようなもので、マーストリヒチアン王国がどんな国なのか、そしてどのような戦争で滅んだかは知らない。
少なくともシーラのような軍人がいた強国なのは間違いないだろう、そして滅んでいる事もだ。
せめて、我が国と同盟してくれれば心強いと思うだろう。
もしくはアンノウン帝国と同盟せず、滅んでくれたことに安心するべきか。
胸の奥の邪心を払うように目の前に迫る騎士の腹を蹴り、魔族の密偵が騎士の背中に押し出されて重なった所を貫通するように撃つ。
いかんな。長命なエルフの血の故に、長く軍にいたせいか、酷い戦況に晒されたせいか、私の心は荒んで黒く濁っているかもしれないな。
「そういえば、………ヘルマンはどうしたんだ?」
「ヘルマンなら、あそこで暴れている」
いや、どこにいるかは知っている、見つけたのはいいのだが。
ただ知りたいのは、あれは何だ?、と聞いているんだ。
その者は茶色の髪を真っ赤に染めていた、ヘルマンは返り血を浴びるように染めていく。
着込んだ鎧に、幾つもの傷が付き、返り血に汚れるたびに、敵の死体が出来上がる。
大振りで長い剣を振るえば、盾を吹き飛ばし、短刀を叩き割り、兜ごと真っ二つになり、中庭の見事に整えられた芝生や色鮮やかな花に鮮血が飛び散る。
「Durchbruch!!」
大振りで長い剣を振るうごとに発せられる大声が、地を、空気を、相手を震えさせた。
騎士が剣を振り降ろすとヘルマンの大振りで長い剣が突いて逸らし、横切りついでに左から切りつけて、返り血を浴びる。右横から来る魔族の密偵の短刀突きを剣の幅広で弾き、魔族の密偵の顔に柄頭を叩きつけて倒す。魔法を唱えようとする魔族の密偵に、鎧に身に付けたダガーを抜き投擲して刺殺した。下から切りかかる騎士の剣を上から振り下ろして払い落とし、弾く反動で半円を描くように素早く構えを戻して、下に突き刺し肉を抉る。前から来る騎士を突き刺して、魔族の密偵が放つ火炎魔法に対する盾として炎の中を押し進み、魔族の密偵ごと切り伏せた。
襲い来る者達を、ヘルマンは力と技術でねじ伏せていく。
全身を血だらけにし、力強く大声を発し、目を大きく開き、少し笑みを浮かべる、その姿はまるで狂戦士のようである。
周囲の騎士や魔族の密偵達は、彼の恐ろしい血塗られた姿に怯え恐怖に駆られ、死していく。
「あれは何なんだ?」
「狂戦士のようだな、戦いと殺戮に夢中になった戦争機械とよく似ている」
私はもちろん、シーラや吉田にタレーランも、ヘルマンの戦いに困惑していた。
シーラは、ヘルマンの事を彼の世界に存在する戦争機械の名を借りて狂戦士と呼ぶと続けて言った。
「彼は、人間の文明発展区分でいう中世の生まれだろう。科学の発展前に存在する近接戦闘技術の玄人だよ。この状況だと頼もしいものだが狂戦士は厄介だな、敵味方の認識があればいいのだが」
剣の刃の部分を持って鍔を嘴のように、敵騎士の首に突き刺し。生を失った死体が抜いた衝撃で倒れる。
ヘルマンの周囲にいた20人の騎士や魔族の密偵達は、死体となって地面に散乱していた。
赤く染まった鎧のままヘルマンは、生き残りの騎士や魔族の密偵達が恐れるように離れていく事を気にせず、タレーラン達へ向かって歩いてきた。
私やシーラを含むタレーラン達という意味では、目の前に深紅に染まった狂戦士が迫ってくる恐ろしい光景を特等席で見る羽目になるということだ。
味方の認識はあると信じたい。
「あらかた片付けたぜ。しかしまぁ、実力は悪くないが十字軍の遠征には耐えられなさそうだな。………ん?、どうした?。そんな緊張した顔して」
驚く事に敵味方の認識ができる狂戦士だった。
ありがたい事だ、いくら私でも死を恐れず、勇猛な獣のように戦う狂戦士の相手はできるだけ避けたい。
「あ、ああ、すまない。君の戦いぶりに少し驚いてな」
白く濁った目の瞳孔を細かく振動させてシーラは湿ったような低い声で答えた、ヘルマンは血に濡れた茶色の髪を掻いて先程と同様の笑みを見せる。
「褒めてくれるのか、そりゃあうれしいな。昔の戦友のジャンヌが『お前の戦いぶりは、悪魔が憑いてるんじゃないか』って言われたから、気にしてたんだよ」
その指摘は少なくとも間違いでは無いな。
「それでどうする?」
肩に剣を置くヘルマンが尋ねた。
「とりあえずは、敵の狙いを防ぐ事だな」
シーラが槍斧の穂先を敵に向けながら答える。
中庭に幾人の屍が築かれても騎士や魔族の密偵達は包囲を保っていた。
「敵の狙いは、異界の勇者達の拘束、異界転移召喚陣の破壊、この様子だと王族の拘束も兼ねてるかな」
「その通りさすがだ、ヘルマン。それでシュタイナー、転移魔法はできるか?」
弾倉を入れ替えしながらシーラの問いかけに、ボルトを引いて私は答えた。
「二人連れてなら二回ほど、それなら私自身の分を数回か残す事ができる。それと目視範囲内で頼むからな、岩の中に入りたくないだろう?」
好きな位置に移動できる。
それは一つ言えば、移動先に障害物があるように間違えたら、芸術性が高い事故死にもなれるのだ。
窒息死を招く岩の中に入るように。
「では、ヘルマンとタレーランを王族方がいる右の高い建物のバルコニーへ、私と吉田は他の異界の者達がいる左の建物の窓に、シュタイナーには異界転移召喚陣への守りをお願いする。王族方と他の異界の者達の安全を確保が終わり次第、すぐにそちらへ合流する。それと、『リヴァイアサンの恩恵』を授けよう」
シーラが湿ったような低い声で『リヴァイアサンの恩恵』と言うと、自身を覆う帝国製電子バリアが点滅しながら周囲の味方に広がっていった。
「これで矢や魔法といった飛び道具の類を多少は防げるはずだ、だが受けすぎれば消えるからなるべく別ので防ぐか避けた方が良いだろう」
「分かった。ヘルマン、タレーラン、私の肩に手を置け」
ヘルマンとタレーランの片手が私の両肩に置かれる。
私は王族方がいる右の高い建物のバルコニーを見て、念じた。
体の血中から魔力が抜けていき、今ここにいる体が魂ごと引きずられるように視界が引き延ばさられ、周囲の空間が急激に歪み、そして急に止まった時には。
目の前にバルコニーが移っていた。
バルコニーのガラスの先には、城の広間にいた王様、王妃、王女、王子の王族方が一緒になって固まり、こちらに背を向けている。
王族方の目の前には切り伏せられ血の水溜まりに沈む護衛の騎士、彼らを乗り越えた先にいるブレーン騎士団の騎士と魔族の密偵が血に染まった剣を構えて進んでいくのが見える。
私は銃を構えて引き金を引いた。
バルコニーのガラスが砕け散り、銃弾が敵の騎士を抉る。
降りる勢いで残っているガラスを砕くようにヘルマンが乗り込むと、驚く敵の騎士と魔族の密偵の懐に飛び込み、大振りで長い剣で血の嵐を振るう。
タレーランが王族方を守るように前へ出たのを確認して、ここを任せた。決して狂戦士の姿を見て、説明と王族の女性方が卒倒の対応するのが面倒ではない。
改めて中庭に戻ると、包囲を保っていたはずの騎士や魔族の密偵達は既にシーラと吉田に倒されていた。 二人だけなら勝てると踏んだ彼らが一斉に仕掛けたのだろう、結果は惨敗のようだ。
それにしても血塗られたシーラの槍斧はいいとして、吉田の剣が青い炎で渦巻いてるのは何なんだ?。
「すぐに動いてくれ。彼らも力を授けられたとしても、すぐにうまくなるわけでない」
シーラと吉田が私の両肩に置かれる。
おそらくこれが本来の異界転移召喚陣の仕組みだろうと、私は無理やり納得した。どういう仕組みなのかは別の機会に考えておくとして。
今度は他の異界の者達がいる左の建物の窓を見て、念じる。
目の前の窓の前に、転移した。
窓の先には、既にいつぞやの黒と白の服を着た4人の少年少女、色鮮やかな服を着た4人の青年達が騎士や魔族の密偵達に苦戦していた。
慣れぬ剣を振り、押し付け合い、少しずつ後退されていく。
私が銃を構え、シーラが槍斧で窓枠ごと粉砕して乗り込んだ。
私は地面に足をつけて、少年少女や青年達を掻き分けるように押しのけて、押し込んでいた騎士や魔族の密偵達に対して銃弾を撃ち込む。
仕留め切れなかった者や扉から入る増援はシーラが槍斧で押し込み。
突然の事に混乱を起こす、少年少女や青年達を吉田が抑える。
さて、これで次に進めると思いながら、私はすぐに転移した。
白い天井と美しく彩られたシャンデリアがある城の広間の空いた上の空間へ、私は降下しながら異界転移召喚陣が織り込まれている白い大理石の床を見下ろす。
そこには牛の頭をした巨人が、自身の半身ほどもある大斧を持ち上げて、白い大理石の床にある異界転移召喚陣に振り下ろそうとしていた。
私はすぐさま銃を構えて、牛の頭をした巨人に向けて銃弾を浴びせる。降り出した緑の銃弾の雨に浴びながら、こちらの存在に気付き大斧で銃弾を防ぐように抱えた。
軽装甲車を貫通する緑色の銃弾を、もろに喰らっても致命傷には至らず、冷静に大斧で防ぐ牛の頭をした巨人に危険を覚える。
いや、牛の頭をした巨人ではなく、私の世界の獣人の一種である名にミーノスの子孫という意味を持つ、ミノタウロスだろう。
この世界だと、どうなのかは知らないがな。
私は地面に着地して、ミノタウロスに銃口を向ける。
ミノタウロスは、抱えていた大斧を降ろし、私を見て口を開く。
「貴様が妙な魔法を使う異界の混入物だな。見た目はエルフに酷似しているな」
異界の混入物?。
「そんな名を名乗った覚えはないぞ」
「知らないのか?。この城の者達からひそかに噂されているぞ、異界転移召喚に紛れ込んだ異界の混入物だとな」
そんなのが広まっていたのか。いや、言われてみれば、本来ならば吉田も含む黒と白の服を着た5人の少年少女か色鮮やかな服を着た4人の青年達が召喚されるはずだった。
だが、明らかに違う者達も巻き込まれて召喚されている。
ヘルマン、シーラ、そして私だ。それぞれ違う世界から巻き込まれて召喚され、周囲から浮いたような者達として見ているだろう。
とくに城の広間での出来事が、その事を印象付ける一因になっている。
それで、異界の混入物か。
「そうなのか。それで、君はミノタウロスで、間違いはないよな?」
「ほう、異界の混入物にも、エルフもどきでも、我の名を知っているとはな。我こそは、魔王軍前線幹部の一人にして、第6位魔王女様から生み出された誇り高き戦闘獣、ミノタウロスエース」
さりげなく名が増えていたが、それは置いておこう。
それより、どうやら彼は私の世界の獣人とは違うようだ、もしかしたら使い魔に近いかもしれない。
「それより、貴様はエルフなのか?」
「この世界のエルフがどんなのかは知らないが、私はエルフだ」
「では、この国を裏切れ、異界のエルフよ」
「なに?」
私は彼の言葉に眉をひそめた。
「この世界の事を知らないようだな。全てはこの異界転移召喚陣が生み出された事から、争いが起きた」
「それはどういう意味だ?」
「元々この世界は均衡を保っていた。人間は人間の土地に、魔族は魔族の土地に、エルフはエルフの土地に、ドワーフはドワーフの土地に、獣人は獣人の土地に、天に届く山や広大な広さを持つ海に地獄まで続くような裂け目といった自然の要害が境目になって、それぞれ切り分けられたケーキのように阻みお互いを侵さず住んでいたのだ」
ミノタウロスは大斧を白い大理石の床の異界転移召喚陣へ向ける。
「だが、異界転移召喚陣が全てを変えた。誰が何の目的で作ったかは知らないが、召喚された幾人の異界の者達が、天に届く山を貫きトンネルを、広大な広さを持つ海に海図と磁石を、地獄まで続くような裂け目に巨大な橋を、異界の知識が境目を無くし、均衡が崩壊した。この世界は混沌に飲まれてしまったのだ」
ミノタウロスの牛特有の黒く大きな目が私自身の顔を映す。
「いつしか、お互いの見た目と文化が嫌悪を生み出し争いの火種になってしまった。特に召喚された幾人の異界の者達が生み出す災いの被害は凄まじいものだ。地は焼かれ、水が血に染まり、空は煤や死骸の様々な物が焼けた煙が混じり黒くなっていた。やがて、彼等は人間特有の寿命にて死に絶えたが、彼等が残した爪痕と病と火種はその後の幾度も荒廃を生み出した」
私はひそかに左手に魔力を込めて、緑の色をした擲弾を生成し、装填する。
「それで、過ちが再び起きる前に異界転移召喚陣を破壊するべく、戦争を起こした」
「幾らかの理由の一つとしてなら、その通りだ。結果的に開かれたが、だがまだ間に合うこの瞬間が最後だ。あれは我々が手にする代物ではない、パンドラの箱か地獄の門だ」
「そうか、それでなぜ私が裏切る話になるんだ?」
大きく鋭い爪があるミノタウロスの指が私に向けられた。
「貴様は彼等と違う。人間ではない、エルフだからだ」
シーラの事を人間扱いにしているのか、そもそも魚類は論外なのか、おそらく後者だろう。
「エルフやドワーフと獣人の多くは人間の味方をしているが、異界転移召喚陣の破壊を賛成する者も惨劇を忘れぬ者もまた多くいる。彼等は中立か、我らの手助けをしている」
どうやらこの世界のエルフは一枚岩ではないようだ。まぁ私の世界でも似たようなものだ、みんなの考えが一致するとは限らない。
「それに貴様は異界の者だが、魔法に長けるエルフだ。ならば分かるはずだ、異界転移召喚陣がどれほど危険で恐ろしいか理解できるだろう」
ああ、それなら理解できる。私が使う転移魔法と異界転移召喚陣は同じ時空間属性転移魔法の一種だ。
それにおそらくだが、私はこの世界の誰よりも時空間属性転移魔法が危険で恐ろしいかよく知っている。
「それゆえに、異界の者よ、返答をいただこう。我らと共に異界転移召喚陣を破壊し、この世界の統治者の一人になるか。それとも人間に与して、異界の混入物として排除されるかどちらがいい」
帰る前にやることが一つできた。いや、帰り道を作る前の後始末ができたのか。
ともあれ、返答は一つだけだ。
「では、君を排除するほうだ」
面倒だな。
騎士や魔族の密偵といった人ならまだしも、ミノタウロスのような相手では銃の相性が悪いようだ。
とはいえ、手が無い事はない。
銃口を向けて引き金を握り撃つが、ミノタウロスは大斧を盾にしてこちらに突進し来る。
私はとっさに右横へ回避し撃ち続けるが、やはりミノタウロスの体は強靭であり緑の銃弾では浅く皮膚に抉り込むだけで効果は低い。
「残念だ、そちら側についてしまうとはな」
「私の世界は戦争中なんでな、すぐにでも帰還しないといけないのだよ」
弾倉に残る緑の銃弾を全てミノタウロスの顔へ撃ち込みながら、彼の背後の空間を念じて転移する。
顔を大斧で守るミノタウロスは、背後の隙を私に見せていた。
左側に備えられた擲弾射出器の引き金を引き、緑の擲弾が撃針に叩かれて射出する。アース連合の戦車を破壊する威力を持つ緑の擲弾なら、頭部かあの大斧を破壊できるだろう。
あの大斧さえ破壊できれば、後はひたすら緑の銃弾を叩き込み、枯れるまで血を流してもらおう。
爆炎がミノタウロスを覆い、粉塵が周囲を包み込む。
引き金に指を置きながら空になった弾倉を外し再装填する、目の前に漂う霧を掻き分けるように銃口を向ける。
やがて霧が収まるように晴れていき、やがて彼の姿が現れた。
ミノタウロスは血と土煙を浴びていた。特に大斧を持つ右腕とは別の左腕だった所は真っ赤にまみれていた。
ミノタウロスは大斧を守るために、左腕を犠牲にしたのだ。
厳しい状況に追い込まれたか。
さっきの緑の擲弾にはかなり大きい魔力を込められている。あと二回ほど転移しかできない残りの魔力では新たに擲弾を生成することはできない。
この後に撃ち込む緑の銃弾の威力では効果は低く、その弾倉分の魔力を考える。
手持ちの中では最大の威力を持つ最後の一発の擲弾を防がれ、その上で緑の銃弾を防ぐ大斧を保持している、厄介な。
「その様子だと、先程のが貴様の奥の手のようだな。いやに大きい魔力を感じて咄嗟に左腕を差し出したが、吹き飛ばされるとはな。だがもう次は無いようだ、ならば死んでもらおう」
ミノタウロスが目を細める。
いや、厳しい状況とはいえ、私にはいつもの事だ。
「それはこちらの言葉だ、それに私はここで死ぬわけにはいかないからな」
無意識か、意識的にか、自然にか、意図的にかは、分からないが、私は口を歪ませた。
弱ったな、これも病気の一種だろうか。
そう思った時、私の背後と向こうの奥に気配を感じた。
「死ぬのは君ではないかね、哺乳類君」
ミノタウロスの背後にシーラが槍斧を構え走り、剥き出し背中に突き刺すように現れる。
「ミノタウロスはテーセウスに討ち取られたんじゃないのか、という野暮な質問は異世界だから関係ないか」
そう呟きながら私の背後からヘルマンが大振りで長い剣を肩に掛けて現れた。
「意外に早かったな」
「護衛の騎士と合流して、適当に周囲を掃討して、後片付けをタレーランに放り投げて、少し走ってきただけだよ」
ヘルマンは大振りで長い剣を構えて、駆けていく。
「久し振りのミノタウロス殺しだな。行こうぜ、シュタイナー」
彼の笑みを見て、私自身の口を平常に戻す。彼と同類かどうかは、後にしよう。
「そのような武器は振り回すだけでは意味がありませんな」
「くそっ、このっ、魚のくせしてちょこまかと動きやがりおって!」
怒り狂う牛のように大斧を振るミノタウロスに対して、シーラは槍斧で弾き凌ぎ打ち下ろし逸らし時に左右に避けたりと地面を元気よく跳ねる魚のように翻弄していた。
「スネの部位は、煮込みが美味いんだよな」
「そこかっ、ぐおっ。ええい、今度は人間めが!」
ヘルマンの大振りで長い剣が鋭く振られ、ミノタウロスの足首を切り裂き鮮血を吹かせて膝を着かせる。
私はすぐさま、目の前の隙に飛びついた。
この状況なら、この世界でも起動できるかの確認を兼ねて、奥の手を見られずに済みそうだ。
周囲が歪み、ゆっくりと緩やかに移動していき、ヘルマンの大振りで長い剣と血の雨を通り過ぎ、ミノタウロスの大斧とシーラの槍斧が逸らす間をくぐり抜けていき、背後に回った。
「二度が通用すると思ったか!、愚か者め!」
血塗られた地面に膝をつきながらも目の前の奥にいた私が消えて、背後に現れた気配を感じたミノタウロスは後ろに振り返り、私に向かって大斧を振り落とす。
目の前に迫る大斧を見ながらも、周囲を確認した。
ヘルマンとシーラは視界をミノタウロスの巨体な背中に遮られて、私の姿が確認できないようだ。
好都合だ、なにせ見られては困るのだからな。
そう心の中で思い、すぐさま殺して、別の言葉を紡ぐ。
その言葉は、時空間属性転移魔法の一種であり、戦略的機密扱いの魔法であり、心の中であろうと漏洩防止として暗号化された言葉であり、とある転移魔法である。
「まずは一人だ!、………なっ」
ミノタウロスは手応えを感じて、違和感を得た。
振り下ろされたはずの大斧が、自分の手から消えていたのだ。
「君は運が悪かったようだ」
代わりに私、グレテ・シュタイナーの手によって大斧が振り下ろされようとしていた。
大斧が目の前に迫り、ミノタウロスは驚愕する。
ミノタウロスは体を赤く染めて地面に倒れ込んでいる。
咄嗟に右腕を差し出したものの、グレテ・シュタイナーを加えた重みと落下に引き寄せられる重力と自身の半身ほどもある大斧の質量の前では、それごと刺し切られ体の奥深くまで抉られた。
両腕を無くした体では衝撃に耐えきれず倒れ込む、白い大理石の床は多くの血に染められ、とめどなく溢れる様子だとこのまま何もしなくても出血多量で死ぬだろう。
倒れ込むミノタウロスは、多くが流れる事を感じながら、ぼんやりした視界に映る相手を見ていた。
「今のは、何をした、何が起きた?」
困惑を浮かべながら、吐血していき、私を見る。
私は倒れ込むミノタウロスの顔のそばへ近づき、小さく囁くように言った。
「君が言った、危険で恐ろしい異界転移召喚陣の応用だよ」
「なん、だと?」
ミノタウロスの目が見開き、私は銃口を頭部に向けた。
「敵の装備を奪い、無力化する。君の大斧を戦術級転移魔法で奪い取り、振り下ろした」
「きさま、まさか」
「まだ試作段階だが、既に兵器としての基本運用はできている。完成すれば戦線周辺一帯の敵の装備兵器を転移させ、大多数の師団規模の敵を無力化し、排除する兵器だ」
牛特有の黒く大きな目が銃口を映した。
「安心してくれ。君らの味方になる気はないが、あれの脅威は知っている。帰還前に何かしらの手で異界転移召喚陣を無力化してやろう」
引き金を引いて、光が炸裂した。
「だからこそ機密扱いを知った君は、死ぬだけだ」
私の世界での戦争において試作品でさえ戦術級転移魔法の使用は絶望的決戦の戦況を、敵の装備を奪い無力化した敵艦隊旗艦の制圧として逆転させる事ができた。
それゆえに、完成段階に進むまでアース連合やアンノウン帝国の敵対勢力はもちろん、いかなる勢力に対して機密扱いになる。
幸いにして、ミノタウロスの巨体な背中や倒れ込む際に舞い上がる粉塵の霧が覆い隠してくれた。
「どうやら、シュタイナーだけで充分だったようだな」
「そんなことはないさ、ヘルマン。君とシーラがいなければ、じきに大斧で擦り潰された挽肉になっていただろう」
さて、やることがありすぎて、手に余る状況だ。
とはいえ、まとめれば三つ。
一つは帰還陣を修復。二つ目は帰還前に目の前にある異界転移召喚陣を無力化。三つ目は生きて再びあの世界へ帰還。
召喚という強制拉致も問題ではあるが、一番の懸念は異界転移召喚陣の研究経由で時空間属性転移魔法が知られる事だ。
あれは我々が保持するだけで十分だ。あのような兵器をさらに別の国が保持するのはまずい。
「大丈夫ですか!、皆さん」
タレーランが護衛の騎士を引き連れて、王の間へ入った。
「おお、タレーラン、王族方は?」
「問題ありません、シーラ様。すでに王が指示を出して、城内外の騎士団全てを動かしました。じきに魔族の密偵や裏切り者のブレーン騎士団は掃討されるでしょう」
どのくらい時間が掛かるか分からない。
本当に帰還陣を修復できるのか、異界転移召喚陣を無力化できるのか、そもそも私は生きて再びあの世界へ帰還できるのか。
「タレーラン」
「何でしょうか、シュタイナー様」
「聞き忘れていたか事がある。世界を救ってくれ、というのは、魔王を殺害してくれという意味だよな」
「………はい」
「私以外は納得したのか?」
「隷属か滅びを迫られ、それを退ける力があるならと、了承を得ました」
「シーラ、ヘルマン、君達もか」
ヘルマンは大振りで長い剣を肩に掛けて、笑った。
「旅しててちょうど、強いやつと戦いたいと思ってたからな」
シーラは槍斧を置いて、白く濁った目を私に向ける。
「私は滅び掛けの国には縁がある。それに若い者が何も知らぬまま放り出されるのを、見て見ぬ振りもできん。それだけだ」
「よし、いいだろう。帰還陣の修復ついでに魔王を殺害してやる。タレーラン、私の前に立て」
「え?、あっ、はい」
タレーランは困惑したまま私の前へ立った。
私は、銃の中央部を左手で持ち、銃口を上に向けて体の中心に構え、中央部に大きな穴が空いている銃床を右手で持ちながら、引き金がある銃の下をタレーランに向ける。
魔法王国連合議長の任命式以来の久し振りの捧げ銃、敬礼をタレーランへ向けた。
「ウィガード魔法王国連合軍陸軍、特別編成師団、空挺旅団、転移降下猟兵、第二大隊、大隊長、グレテ・シュタイナー少佐はこれより、一時的に貴国ヨニゲーテ王国に対して共通の脅威に対する防衛と第三国民の救助帰還に必要な帰還陣の修復の協力を軍事顧問として行う事を宣言する」
「………へっ?」
あまりの突然の出来事に困惑するタレーランに、私は言った。
「これで私も君達の仲間になった。よろしいかね」
私には帰還せねばならない理由がある。
戦友の死を祖国に送り届けるために。
私の故郷を滅ぼした戦争の行く末を見るために。
多くの犠牲を払った先を見るために。
だから必ず私は、絶対に元の世界へ帰還してみせる。
それから50年は過ぎた。
とある場所へ向かうように、木々が並ぶ広い獣道に一台の車が通り過ぎていく。
車には運転する私と左目に眼帯を着けた男がいた。
私の隣にいる男が車の魔導製ラジオの電源を入れる、そしてつまみを回してチャンネルを変えていく。
雑音混じりの音を聞きながら、ここまでの道のりを思い浮かべる。
『本日12時、魔法王国連合軍広報部の発表です。魔法王国連合軍は第三銀河系中央左翼戦線において多大な勝利を収め………』
あれから私は、本来の勇者である吉田達を鍛えたり、内乱中の西の大国である王国へ潜入したり、北の大国である帝国のクーデターを阻止したり、ボロボロの防衛線を担う周辺の国家群の救援したり、ヨニゲーテ王国と親交が深いイシュラ神聖公国の教皇と密約交わしたり等、多くの事をやってきた。
『ウィガードよ。連合軍はあなたを必要としている。あなたの国の軍に参加せよ!神よ魔法王国連合を護り賜え』
帰還陣の修復は予想以上に困難を極めた。
ヨニゲーテ王国の隠し迷宮と化した禁断書庫の探索、誘拐されたイシュラ神聖公国の異界転移召喚陣研究者の救助、かつて異界転移召喚陣に召喚された初代勇者達の一人が作り上げた難関迷宮攻略と、タレーランを引き連れて時に引きずって様々な所へ忙しなく駆け回った。
『おお主よ、神よ、立ち上がられよ。汝と君の敵を消散せしめたまへ。打ち砕きたまへ』
魔王殺害は意外な形になって、あっけなく終わった。
帰還陣の修復する手がかりを探す途上にて、偶然にも第6位魔王女へ接触した。
どうやら魔王軍も一枚岩ではなく、異界転移召喚陣は破壊又は封印ついでに世界征服しようとするタカ派、あくまでも異界転移召喚陣の破壊又は封印が最優先目標であり達成次第すぐに和平交渉するべきハト派、に分かれていた。
ハト派に所属する第6位魔王女は、魔族の未来のためにタカ派である魔王を密かに排除すべく、大胆にも私と接触を図るため帰還陣の修復に関係しそうな地域で待ち構えていたのだ。
私に接触しようとしたのは、私がこの世界の誰よりも時空間属性転移魔法が危険で恐ろしいかよく知っているからだ。どうやら自ら生み出した戦闘獣ミノタウロスエースを使い魔のように視点や聴覚から得た情報から知ったらしい。
私とタレーランは第6位魔王女とそのハト派と話し合い、利害が一致して条件をつけて密約を交わした。
そして第6位魔王女とそのハト派の手引きによって、私とタレーランとシーラにヘルマンと本来の勇者である吉田達はタカ派である魔王がいる城に入ることができた。
その時の戦いは凄まじいものだった。
本来の力を引き出した勇者である吉田達とシーラとヘルマンが前に出て火花を散らし死闘を繰り広げていた。
私とタレーランと第6位魔王女とそのハト派は彼等の援護に回るのに精一杯だった。
魔王の抵抗は激しかった、だが私が背後に回って膨大な魔力を貯めた宝玉を戦術級転移魔法で奪い取ると、砕け散った防壁魔法の隙間から抜け出た吉田の一閃によってついに討ち取れたのだ。
「だめだな、この時間帯に面白いのはやっていない」
そう言って左目に眼帯を着けた男は魔導製ラジオの電源を切る。
魔王を討ち取り、ハト派のリーダーである第3位魔王子が魔王就任(第6位魔王女は自ら魔王就任を拒否した)、和平交渉が取り決められて戦争が終結して、2か月後に帰還陣の修復が完了した。
それぞれが最後の別れを告げて、吉田達とシーラとヘルマンはそれぞれの元の世界へ帰還していった。
ただし、私を残して。
どうやら、元の世界にある私が召喚直前にいた第三銀河系惑星バターがアース連合の巨大型レーザー艦によって滅ぼされたようだ。
帰還する直前にて、私が帰還できないことを察したシーラとヘルマンはもう一つのルートを勧めてくれた。
それは時空間ゲートを渡り歩く事だ。
時空間ゲート、次元の裂け目、異空間への入り口、神隠しの落とし穴等の多くの呼び名を持ち。大きさや形に場所を問わず別の世界へ行くことができると知られ。原理不明で何なのか誰一人として知らないという存在。
私の世界では、時空転移災害という名で知られ、迷い込んで帰還する確率がとても低く危険極まりない、避けるべき災害である。
彼ら曰くどうやらあれはそれぞれ別の世界と別の世界へ網状に繋がっており、幾つかの世界経由で渡り歩けば元の世界へ帰還できるのではないか。
もちろん、環境や常識に言語といった未知なる危険がある。
「近々に、ある惑星への降下作戦が予定されている。相手はアンノウン帝国の策に嵌って、和平が成立できると思っている我々側の地方領主軍とアース連合の星系軍だ。まだ諜報部の情報段階だが事実なら味方と交戦することになる」
左目に眼帯を着けた男は車のバックミラーを見て、寝ぐせや服のしわを直す。
それから私はもう一つのルートである時空転移災害、時空間ゲート経由で帰還を目指した。
まず最初に時空間ゲートを探すために協力を申し出たタレーラン引き連れて時に引きずって遥かなる東を含む世界中を忙しなく駆け回って時空間ゲートを2年かけて探し出した。
次にヨニゲーテ王国に支援と見つけ出した時空間ゲートを指定危険区域にさせて、私は入ったのだ。
ヨニゲーテ王国がある世界から別の世界へ、慎重に地図を書き上げて元の世界へ目指すために。
獣が蔓延る世界、鉄人の世界、昆虫人と鳥人が争う世界等を多く旅して30年ほど渡り歩いた。
その間にヨニゲーテ王国がある世界も多くの事が起きた。
穏健派の魔王が暗殺されて過激派による内戦が起きたり、西の大国の王国が勝手に封印をほどいて異界転移召喚陣を行ったり、ヨニゲーテ王国のフェルディナン国王が病によって崩御したり、イシュラ神聖公国に暗殺されそうになったり、タレーランが死去したり、色々な事が起きた。
「………で、本当に会いに行くのか?」
運転する私の横顔を左目に眼帯を着けた男が見つめる。
5年前にやっと私の世界だと思われる手がかりを掴み取った私宛に、不運な知らせが舞い降りた。
かつて王子であり現ヨニゲーテ王国の国王ルイス・スタニコラス・グザヴィエ、タレーランの孫であり私が賢者として名乗る際の弟子タレーラン・ドラクロワ、この二人が面倒事を起こした。
この二人は異界から人の代わりに膨大な数の物資を召喚して異界に混乱を起こし、異界の侵略を招いた。
詳しい事を省くが、結果を言えば同行者ができた。
そして半年前にて、やっと私は元の世界へ帰還したのだ。
喜ぶべきか否か、複雑な気持ちだが戦争はまだ終わっていなかった。
「ああ、ところであの三人はどうだ?」
「元国王は頭がいい部署へ。お前の弟子と弟子の弟子のエルフの嬢ちゃんは転移魔法研究に配属された。ああ、そこだ。あの木の家だ」
「知ってる」
ヴォルター中尉に夕食を招かれた時に来た事がある。ヴォルター中尉とその奥さんそして娘が、私を温かく迎えてくれたのだ。家が変わっていないところを見ると独り身の話は本当のようだ。母を病にて失い、父を戦争に奪われ、一人寂しく家に住んでいるようだ。
大木に寄り添う形の家の前で車が停まった。
魔導エンジンを切って車から出てドアを閉める。
私と眼帯を着けた男は、家に向かって歩き、玄関前に着く。
「昔の海賊みたいな眼帯はどうにかならないのか?。彼女が怖がるぞ」
「懲罰戦車大隊では受けが良かったんだよ。試しに中身を見せてみるか?、同情が貰えるかも」
「やるなよ、ヴォルギン大尉」
眼帯を着けた男、ヴォルギン大尉は襟を正した。
私は玄関前にある呼び鈴の紐を掴もうとして、ヴォルギン大尉に腕を掴まれた。
「………本当に、本当に会うのか?」
「そうだ」
「既に通告官が伝えたとしても?」
「関係ないな、そろそろ手を離してくれないか」
「殺される危険があってもか?」
私の意図を感づいた諜報部が優しさ半分で差し出してきた彼女の情報記録。彼女は父が行方不明になってから、猟銃を手に入れて練習を始めたり、軍の研究機関に入ったりしていた。
私が帰還した事を知った彼女が長期間の休暇届と12ダース分の猟銃の弾の申請書と3レベル級の攻撃魔法の使用申告書を出していた。
だとしても問題はない。
「私に対しての怨みは受け止め慣れている。安心しろ、死ぬ気は無いよ」
「だとしてもシュタイナー、俺は」
ヴォルギン大尉の残った目が私の目を見て見開き、次第に細めた。嘆息して私の腕を離し、手で首を掻く。
「………わかったよ、鳴らしな。ただし、俺もここに立つぞ」
「ああ、そうだな」
呼び鈴の紐を握り締めて軽く振り。チリン、チリンと鈴の音が響く。
玄関扉の奥から掛け声と階段を降りる音が聞こえる。
これからも戦争は続くかもしれない。
私の両手は真っ赤に染まっているはずだ、背中には関わりのある多くの亡霊が憑いているだろう、心は土埃と長い死によって黒く荒んでいると思う。
それでも私は戦い続けるだろう。
だからこそ、私は戦友の願い事の為に、ここに来たのだ。
「はい、はい、お待たせ………しました」
玄関扉を開けて出て来た彼女は、母譲りの絹糸のような髪と目をしていた。
困惑を込めた声色と私が何者か察した目をしていた。
私は足を揃え直立不動で敬礼した。
「私はウィガード魔法王国連合軍陸軍、特別編成師団、空挺旅団、転移降下猟兵、元第二大隊、大隊長、グレテ・シュタイナーであります」
「………知っています、グレテ・シュタイナー大佐。通告官から事の顛末を聞きました、ですのであなたが説明する必要はありません」
彼女は私の目を見るように交差して離さない。
どうやら性格は父譲りのようだ。
「ええ、ですから伝言を伝えに来ました。『帰れなくてすまない』と」
「………そう言うだろうと思っていました。父は何も言わずに行く人じゃない、だからこそ、………そんな」
その場に座り込み、彼女は静かに泣き崩れる。やがて立ち上がり、大粒の涙を拭き取った。
「家へ上がってください」
「だが」
「礼をしたいんです。父と母に代わって私が」
そのまま私はヴォルギン大尉と共に彼女に連れられて家の中に入った。
50年ぶりの彼女とのお茶は美味しいと感じた。
意外な事に彼女は私を恨んでいなかった。
猟銃を手に入れて練習を始めたのは、私が元猟師だから興味を持ち。軍の研究機関に入ったのは、私の背中を追うために。長期間の休暇届は、帰還した私を迎えるパーティーをするために。12ダース分の猟銃の弾は、獲物を外すくらい腕が悪く。3レベル級の攻撃魔法は、腕が良いからだ。
むしろ彼女は私を、いや、これ以上はヴォルター中尉とその奥さんが悲しむか。
彼女は私を姉や母代わりというより別の好意を持っていたが、私としては娘の面倒を見るとして接した。
結果的に私と彼女は一緒に住むことになった。
もちろん、私は彼女を残して戦場へ行く、もしかしたら戦場で死ぬかもしれない。
だが戦争の行く末を見るまで死ぬ気は無い。
だから私は再び転移降下猟兵第六大隊、大隊長、グレテ・シュタイナー大佐として生き抜くのだ。
そして、彼女が待つ家へ私は帰るだろう。
煤や砲火煙に焼けた黒煙が混じる曇り空に降り注ぐ幾つもの兵士達。
姿を消しては地面に忽然と現れ死を振りまく存在は緑の死神と呼ばれる。
彼等はウィガード魔法王国連合軍の精鋭。
そしてまた戦場にて転移降下猟兵エルフは召喚された。
活動報告にせっかく作った人物紹介を載せる予定。