はじまりの物語
初投稿です。もう何番煎じですがデストピアでのボーイミーツガールですが、楽しんでくれると嬉しいです。気が向いたら続きを書きます。
――はじまりはじまり、で終わる物語も、ある――
がれきの街を、バイクが走っていた。
バイクは型落ちのオンボロで、マフラーからはボオオ、という爆音と共に黒煙が吐き出されている。今にも爆発でも起こしそうな雰囲気だ。だというのに、荷台には大きな鞄がくくりつけられている。そこからつり下げられたコッフェルが揺れて金具に当たり、カンカンと音を立てていた。
バイクが走っている道も悪い。かつてはアスファルトに覆われていたであろう道路は、整備されることもなく風雨にさらされ続け、そこかしこがひび割れている。そこから覗く土には、雑草が所狭しと生い茂っていた。
道路の凹凸を乗り越える度に、バイクの機体はギシギシと音を立てる。それに合わせるように、コッフェルの音も大きくなった。
バイクを運転しているのは、少年だった。体格に不釣り合いなコートに無理矢理袖を通し、明らかにサイズの合っていないゴーグルで顔の半分以上を隠している。口先が尖っているあたり、口笛を吹いているようだが、爆音にかき消されているのか。それとも単純にへたくそなのか、周囲にその音は聞こえない。
バイクは走り続ける。
ボオオカンカンギシギシギシ。
やがて少年は何を思ったのか、突然、厚手のグローブをつけた手で、アクセルを回した。ギュイーン。爆音が一層大きくなり、バイクの速度が上がる。少年の口元には笑みが浮かんだ。
瞬間、僅かな段差に躓いて、バイクは横転した。間一髪、少年はバイクから飛び降りる。バイクは盛大に道路を滑った挙げ句、道ばたのがれきの山に衝突した。ギャアアン。
少年は地面に接地すると同時に転がり、勢いを殺す。頭を打たないよう、必死に首を持ち上げ続けた。
やがて少年は回転を止める。そして、そのまま道路に仰向けになった。
「いやー、ビックリしたー・・・・・・。死ぬかと思った・・・・・・」
少年は独りごちる。
「でも俺生きてる。俺すげー。生きてるってすげー!」
あっはっは、と少年は快活に笑った。笑って笑って笑った。そうして笑い疲れた頃に、ふと、自分の頭の上の方を見た。
そこに、女の子が倒れていた。
幼児、というには、少し成長しすぎているだろうか。しかし、少女、というには少し幼すぎる。そんな年頃の女の子だ。
少年が少女に気づけたのは、その女の子の服装ゆえだ。バラのように真っ赤なコートに、ピンクの耳当て。そんな鮮やかな色合いは、灰色一色のがれきの山の中で、あまりにも目立つ。
「よう、お前も死にかけか?」
少年は、女の子にそう声をかけた。女の子は何も応えない。
「俺も死にかけなんだけどさ。今生きてるから。人間そんなに簡単に死ねないもんみたいだから、お前も頑張れよ」
それでも、少年は声をかける。そこではじめて女の子は少年の存在に気がついたように、首を僅かに動かした。
「おっ、生きてた生きてた。何か欲しいもんあるか? 行き倒れのよしみだ。少しなら物資分けてやるよ」
少年は立ち上がり、女の子の方へ近づいていく。
「・・・・・・ず・・・・・・しい」
「え? 何言ってるか聞こえないぞ」
「み・・・・・・ほ・・・・・・」
「だから、何だって?」
少年は女の子のすぐそばまできて、彼女の口の近くまで、自分の耳をもってきた。
「ほら、言ってみろ。何が欲しい?」
「みず・・・・・・が・・・・・・ほしい・・・・・・」
「合点了解だ」
少年は走って、さっき吹っ飛んでいったバイクの方へ向かう。辺りを見渡してバイクを見つけると、それにくくりつけてあった鞄から、ペットボトルの水を取り出し、女の子の所へ戻っていった。
「ほら、水だぞ。飲めるか?」
「のま・・・・・・せて・・・・・・」
「合点了解」
少年はペットボトルの蓋を開けると、それを女の子の口の近くまで運ぶ。
突然、女の子は今までの弱り切った動作が嘘のようにペットボトルを掴むと、少年の手からひったくり、グビグビと飲み始めた。
流石の少年も、唖然としてそれを見ていることしかできない。
あっという間にペットボトルを空にすると、それをその辺に放って、それから女の子は満面に笑みを浮かべて少年の方を向いた。
「ありがとう、おにいちゃん!」
「あ、ああ。どういたしまして・・・・・・。じゃなくて! お前実は元気だろ!」
「だって、ああしてると、みんなみずやたべものわけてくれるから」
「逞しいなあ、お前は・・・・・・」
「こんなじだいですもの!」
エッヘン、と胸を張る女の子の姿は無邪気そのもので、少年は愚痴を言う気も失せてしまった。
「まあいいや。元気になったようで、お兄ちゃんは嬉しいよ。それじゃ俺は行くから」
「いくって、どこへ?」
聞かれて、少年は考え込む。
「うーん、どこだろうなあ・・・・・・」
「おにいちゃん、ねなしぐさ?」
「どこでそんな言葉覚えたんだか・・・・・・」
少年は困ったように笑った。
「とにかく、集団の中にはもういたくないなあ。しばらくは一人旅かな」
「おにいちゃんは、しゃかいふてきごうしゃなんだね」
「失礼な! こうして人と話せているだろ!」
「じゃあ、ろりこん?」
「もっと失礼だよ!」
少年は怒って、バイクを取りに行く、それから、それを手で押して、女の子のところへ戻ってきた。
「ろりこんじゃなくて、ぺどやろう?」
「バイクが壊れてるから修理が必要なだけだよ!」
少年はバイクのスタンドを起こすと、鞄を取り、その中から幾つかのパーツとスパナを取り出す。
「このくらいなら、暗くなる前には修理できるな」
女の子は、悲しそうな声で言う。
「そしたらおにいちゃん、いっちゃうの?」
少年は少し悩んで、首を横に振った。
「いいや、夜にライト点けて走るのは、バッテリー食うからな。うごくのは昼間の内だけって決めてるんだ」
それを聞いて、女の子は安心したように笑った。
「よかった! こんばんはわたし、ひとりじゃないのね!」
「そうだ。俺としては、俺をペド野郎呼ばわりするガキと一緒なんていやなんだけどな」
「こんばんはわたし、ごはんたべられるのね!」
「俺の食料が狙いかよ! まったく抜け目ないなあ」
「おにいちゃん、いいひとそうだから、いいカモだよ」
「こいつ・・・・・・」
少年は諦めたようにため息を一つついて、それからスパナを手に取る。
「お兄ちゃんは用事があるから、邪魔すんなよ」
「はーい!」
存外素直な返事が返ってきたことに、少年は意外感を覚えた。
「そうそう。それでいいんだ」
「おにいちゃん、これなに?」
気がつけば、すぐ隣に女の子がいた。
「うわっ!」
「このばいく、おんぼろだね。みちもはしりづらいはずなのに、どうしてばいくなんかのってるの?」
少年はスパナでネジを緩めながら、適当に応える。
「知らないのか? 昔は、思春期の若者は盗んだバイクで走り出すって相場が決まってたんだ」
「おにいちゃん、なんさい?」
「十六」
「よくそんなふるいねたしってるね」
「それはこっちの台詞だよ・・・・・・・もう一世紀も前の話だぞ・・・・・・」
「おもえばとおくにきたものです・・・・・・」
「黄昏れるのはもう半世紀生きてからにしろ、このガキ」
それから、しばし無言の時間が流れる。
ジーっと作業の様子を眺めてくる女の子の視線に堪えきれず、今度は少年から口を開いた。
「お前、親は?」
「いなくなっちゃった」
「死んだのか?」
「ううん、消えちゃった」
「そうか・・・・・・」
人が消えるようになったのは、つい半年前からだった。
誰の視界からも外れた人間が、次の瞬間にはパッタリと姿を消す。そんな現象が、世界中で発生したのだ。
その時、各国は、緊迫した情勢もあり、他国の新兵器の存在を疑った。皆が皆、疑心暗鬼に陥り、報復に次ぐ報復が行われた。結果、人類の文明という文明は破壊し尽くされ、細々と残った人々も、日々、消失と、処理されずに残った自動機械との恐怖で板挟みだ。
「まあ、消滅現象の被害者よりも、人が殺した人間の数の方が明らかに多いってのは、皮肉な話だけどな」
少年は小さな声で呟いた。
「おにいちゃん、なにかいった?」
「作業終わりって言ったんだよ。そろそろ暗くなるし、飯食って寝るぞ」
「はーい」
女の子は手を挙げてそう返事する。少年はその仕草を見て少し笑った。
「まったく、たかる気満々じゃねえか」
「くれないの?」
女の子が目を潤ませて問いかける。少年はたじろいだ。
「・・・・・・あー、仕方ねえな!」
少年は携帯食料の袋と、ペットボトルを放り投げる。女の子は機敏に動いて、ハッシハッシとそれを空中で掴んだ。
「ありがとう、おにいちゃん」
「味わって食えよ」
「わかったー」
女の子はそう応えるや否や、携帯食料の袋を力任せに引っ張って開けると、中のブロック状の食べ物をモッシモッシと食べ始めた。
「味わえって言ったのに・・・・・・」
少年は苦笑しながらそれを見て、それから自分も携帯食料を食べ始めた。
携帯食料はボソボソで、お世辞にも美味しいとは言えない。だが、栄養価は高いし、ものを食べていると、それだけで生きている気分になれる。
それはこんな時代で、最も重要なことだったりするのだ。
「はー、うまい」
心にもないことを言って携帯食料を食べ終えると、少年は寝床の準備に取りかかった。
といっても、寝袋を広げるだけなのだが。
周りはもうほとんど真っ暗だ。かつてはあった街灯も、今ではただの奇妙なオブジェ。輝くことなどありはしない。
一寸先すら見えない闇の中、少年は寝袋に入った。そのまま、目を閉じる。
ふと、横に人の気配を感じた。
これまでにも、そういうことは何度かあった。野宿をしている人間に、夜近づく輩など、碌な奴ではない。
「誰だ?」
低く、威圧するような声で、少年は問いかける。
「わたし」
返ってきた声は、女の子のものだった。少年はそこでようやく、今日の自分には連れがいたことを思い出す。
「なんだ、お前か」
「そう、わたし!」
女の子は何が楽しいのか、キャハハと笑う。少年は低く鼻を鳴らした。
「ねえ、おにいちゃん」
「なんだ?」
「おにいちゃんは、どうしてひとりなの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「ねえ、どうして?」
「・・・・・・それはお前もだろ」
「わたしのおかあさんはきえちゃったの」
そうだった、と少年は思い出す。そして、少しばつの悪い気持ちになった。
「俺はさ、最近まで、あるグループにいたんだよ」
だから、少年は語り始めた。自分の過去を。
「そのグループのリーダーは、俺の親父だった。親父は、息子の俺から見ても凄い奴で、キチンとグループをまとめ上げてた。親父は凄い奴なんだ」
「おにいちゃん、すごいやつばっかり」
「そうか? つまりそんだけ、親父は凄いんだよ」
ははは、と少年は笑った。
「それで?」
「ある日さ、ほんのちょっと目を離した隙に、親父は消えたんだ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「なにしろ、親父のリーダーシップで保ってたようなグループだったからさ。親父がいなくなったら、殉死と仲間割れで一瞬で崩壊したよ。俺は、そのグループの残った装備をかき集めて旅をしてるってわけ」
「・・・・・・・・・・・・」
「どうだ? 寝物語にはちょっとつまらなかったな」
「・・・・・・おにいちゃん、しぬのはこわい?」
「どうした、突然?」
「死ぬのはこわい?」
ひたすらそう聞いてくる女の子に、少年は少し考えて答えた。
「別に怖くはないさ。俺は本当は親父が消えたあのときに死んでるはずなんだから」
「ほんとうに?」
「ああ、本当さ」
ははは、と少年は笑う。ははは、ははは。その声は、段々弱くなっていった。
「・・・・・・ごめん、嘘ついた・・・・・・。本当はめっちゃ怖い。一人で旅してるとさ、ふとした瞬間に、俺も消えちゃうんじゃないかって。そうなったら、俺を覚えてる人なんてもう誰もいないなから、俺は存在してないのと同じじゃないかって・・・・・・」
気がつけば、少年の体は少し震えていた。夜の寒さ故ではなく、恐怖で。
「おにいちゃん、めをあけて」
「目なんて開けないで、寝ている内に死んだ方が、怖くなくていいや」
「いいからあけるの!」
駄々っ子のように言う女の子の声に従って、少年はゆっくり目を開く。
そして、それを見開いた。
そこには、満天の星空が広がっていた。
少年は、無数の星々に見つめられていたのだ。
「そうか・・・・・・。俺はずっと、見つめられていたんだな・・・・・・。空に、星に、太陽に・・・・・・」
「きょうはわたしもいるよ!」
元気に言う女の子に、少年は笑った。
「そうだな、そうだったな」
もちろん、少年にはそれが気休めでしかないことは分かっている。実際に消えている人はいるのだ。そんなもの、安全の保証になんてなりはしない。
だが、気休めに救われることだってあるのだ。
まさしく、今の少年はそれだった。
「ああ、今日はよく眠れそうだ・・・・・・」
「おやすみ、おにいちゃん」
「ああ、おやすみ」
そうして少年は、何日かぶりにぐっすり眠った。
朝になる。
少年は起き上がると、寝袋を片付け、身支度を整え、バイクの準備をして、それからそのままそこで暫く待った。
やがて、女の子が起きる。
「おはよう、おにいちゃん」
「ああ、おはよう」
「おにいちゃん、いかなくていいの?」
「そのつもりだったんだがなあ」
少年は照れくさそうに頭をかいた。
「よかったら、一緒に行かないか? ほら、旅は道連れって言うし」
女の子は、意外そうに目を輝かせる。
「いいの?」
「お前が良ければ」
女の子は、昨日の夜の空のように目を輝かせて答えた。
「いくっ!」
がれきの街を、オンボロバイクが走っていく。
ボオオカンカンギシギシギシ。
走る度に響く騒音の中には、楽しげな話し声も交じっている。
「そういえば、お前名前は?」
「わたし? わたしは、ニィだよ」
「ニィか。俺はリョウだ。よろしく」
「よろしく、おにいちゃん」
「結局それか・・・・・・。まあいいや、飛ばすぞ、ニィ」
「わーい!」
一人旅は二人旅へ。物語は始まりへ。
こうして、動き出していく。
はじまり、はじまり――