③.黒森レキ : SERECTION
─少女、決断の時。
─目に映る景色だけが真実ではない。
大切なのは、違和感を感じることである。
─迷いこんだ冒険家、R.K
※
蓮見の言葉にしかめっ面を浮かべたのは、黒森レキかもしれない。
はたまた、会話を記録しているジャンヌかもしれない。
「……ついにボケた?」
「まだ三十代だっつーの」
イヴの世界では三十を越えると高齢として扱われてしまうことに蓮見は悲しさを感じる。
右の瞳で黒森レキは蓮見を睨み付ける。
左目は髪の毛で隠れてしまっており、閉じているようにも見える。
「私馬鹿だからさ、もうちょっとわかりやすく言ってくれないと理解できないなぁ」
「んなわけあるか、戯け。お前の方が身も心もフレッシュだろうが」
─言ってて悲しくなってきた。
「だからよ、入れ替わったことに俺は気づけなかった」
「入れ替わったっていう根拠は?」
「勘だ」
「ふざけてんの!?」
ガシャン!と今まで動かなかった黒森レキが動いた。
鉄格子に飛びかかり、今にも蓮見を殴り飛ばしそうな勢いである。
内心驚きつつも、蓮見は続ける。
「まぁ、待て。違和感はあったんだ、これも俺の勝手な思い違いかもしれないけどな」
「………」
聞くだけ聞いてやる、変なこといったら殺す。
といった、ばかりの視線を目の前で真面目な顔をしているおっさんに向ける。
「お前、この前俺にくれたりんごはどっから持ってきたんだ?」
「はぁ?」
「あの時、お前は色んなツテがある、と言った。そして、家出中だから色んなところを巡ってた」
「……おかしなところあった?」
「ないな、むしろ納得がいく」
この男はさっきから何を言いたいのか理解できない。
「人間ってのは欠点があるもんさ、完璧にしようとしたり、なにか隠し事をしようとしてる時に限ってボロが出る」
「……で?」
「ボロも粗もない、それが不自然だ」
そう、蓮見が感じた違和感。
上手くいきすぎている、仮に二人が入れ替わっていたと仮定したらの話にはなるが。
「わざわざ治安を守るジャンヌの家に駆け込んだことも賭けだったとしか思えない」
鼠が自ら鼠取りに巣を作るようなものである。
「……結局、何が言いたいの?」
「─俺はお前の潔白を証明したい」
「な…」
そう、蓮見征史の目的はただ一つ。
共に同じ目的を持つ仲間を助け出したい、彼女が、黒森レキがいる場所は牢屋の中ではない。
「な、何言ってるの、ほんと…」
「今回の一件、最重要人物はあの婆さんだ。その婆さんと直接やり取りをしてたお前はその次くらいに重要かもしれない」
実際、魔女の一団内においても、魔女を名乗る老婆と直接指示を仰いでいた者がいたという者は未だ捕らえれていない。
「お前が入れ替わっていたとしても、俺の目的は変わらねぇ!お前らが、黒森レキっていうんなら、一緒にあっちの世界に行くっていうことに変わりねぇんだ!」
「アホクサ!そんなのあいつと勝手にやればいい!あいつと勝手に約束したんだろ、私は関係ない!」
「めんどくせぇな!いいから俺の話を聞け、あいつが、今家にいるレキが、お前のこと気にかけてんだよ!」
「知るか!」
「あぁ!?」
「─私は、あの子に全部擦り付けた、擦り付けるしかなかった!!だから、今度はあの子が、私の代わりに世界を見なきゃ意味ないんだよ!!」
涙。
勢いよく流れる涙は黒森レキの仮面を剥がしていく。
「私だ、って!お父さんに、会いたい!あっちの世界に、探しに行きたいよ、蓮見さんがせっかく誘ってくれたのに、蓮見さんがあっちの世界の人だから、チャンスが来たと、思ったのに!おばばは、魔女は私に、私に─」
「レキ」
影法師の演技は崩れる。
そこには蓮見のよく知る黒森レキがいた。
「三日後、俺はアダムに戻る」
「…ッ!」
「もし、一緒に来るならこの手を握れ、俺はジャンヌだろうが、軍警団だろうが、敵に回しても、お前を連れ出してみせる!」
決意。
蓮見のレキを連れ出す決意は固い。
「蓮見、さん」
差し出された蓮見の右手。
牢屋越しにレキは、その手を─