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Re:"r"EKI  作者: Cr.M=かにかま
一章 〜異ナル世界〜
12/21

10. 化ノ皮


「.....それで、あんたは信用していいんだな?」

「何回もこのやり取りしてないで、レキのお袋さんの容態を教えてくれ。 今は時間が惜しいんじゃないのか?」

「.....イロハに命に別条はないが、少し厄介なことになっている」

「.....【骸】中毒、か?」

「知ってたのか?」

「勘だ、最近よく耳にする言葉だからな」


あれから一時間、黒森イロハの衰弱した原因は空腹とストレスであることがわかった。

意識も直に戻るというのもマングースの診察結果だ。 レキが信頼を置いてる医者であるなら信用できる、蓮見がダイスを振るまでもなかった。


本来ならレキとマングースの二人がすべき話なのだが、泣き疲れて横になったレキの代わりに蓮見がイロハの容態を聞くこととなった。

マングースも渋々といった様子だったが、レキの様子を見て蓮見をとりあえず信用してはいい、と妥協するところまでもっていけたようだ。


「毒の進行具合は不明、きちんと検査をしてみる必要がある」

「.....どうやって【骸】はあの人、イロハさんのところに持ち込まれたんだろうな?」

「.....オレは何度か会ったことはあるが、あいつのことを身の回りを世話してる女がいる。 疑いたくはないが、そいつが持ってきた可能性が一番高い」

「普通に考えればそう、か」

「けど、今はどこにいるかわからない。 一緒にいたイロハに聞く以外は、な」


マングースが黒森イロハの眠っている部屋に目を向ける。 まだ目を覚ます様子はなかった。

どちらにせよ黒森イロハと黒森レキの二人が目を覚まさないと話は進まない。

完全に部外者の蓮見征史と町医者のマングースでは推測しか立てることができない。

あれやこれやと話すはいいが、証拠もないまま話を進めるのは危険である。


「とりあえず二人が起きるまでに俺らで自己紹介して、お互いの信用を得ることから始めた方がよさそうだな」

「.....それもそうだ、オレもお前もお互いのことを知らない」

「いつ起きるかはわからんが」


どちらにせよ下手に動くことはできない。


「改めてオレはマングース、ここケルトで医者をやってる。 先週旦那に逃げられた」

「バツイチか」

「うるせぇ、ほっとけ!」


猫顔の女医、マングースは髭を触りながら自己紹介に慣れぬ様子だった。

「そっちは?」と本当に簡潔に済まされ、蓮見に番が回ってきた。


「俺は蓮見征史、最近こっちに来て今はヌンクでレキ共に居候生活してる。 四年前に嫁と別れた」

「オメーもバツイチかよ」

「釣り合わなかっただけさ」


結婚当初は円滑に夫婦愛を深めれてた気はしたが、時間が経つことに冷めていった。

子供もいなかったのでお互いのことを考えて別れることにした、と言ってしまえば言い訳にしか聞こえないが事実なので仕方ない。


「イロハ、さんっていつから脚を?」

「十年くらい前に仕事中不慮の事故でね、何度見ても痛々しいよ」


–––あまり深く詮索はしない方がよさそうだ。


「そうなのか」

「オレはそれより前からイロハとは付き合いはあったから、その縁で治療してるんだ。

.....正直、また歩けるようになるかどうかは難しいけどな。 今の状態じゃ」


マングースの方から話し始めてしまった。 返す言葉も思いつかずに沈黙が始まる。

少し話題を逸らそう、と蓮見は疑問に思ってることを尋ねてみることにした。


「旦那、失礼、元旦那との馴れ初めとかは?」

「.....なんで言い直した、あんたこそ元嫁さんとはうまくやってたのか? いや、失敬、うまくできなかったから元になったんだったな」

「あんたも中々辛辣だな」


どうやら蓮見とマングースは似た者同士のようだった。


黒森イロハの容態を確認しつつ、話を広げながら二人はお互いのことを知っていった。


–––話しているうちに時間は経ち、黒森イロハの意識が戻った。


「イロハ! よかった、目が覚めて!」

「.....マングース?」


イロハが目を覚ましたのは蓮見達が家に駆けつけた二時間ほど経った後のことだった。

充血した瞳がマングースのことをまっすぐ見つめている。


「やっぱり【骸】の症状が出てる、でもまだ量が少ないから何とかなるかもしれない! オレはイロハのことは見捨てねぇ!」

「.....そう、私いつの間にか口にしてしまってたのね」

「レキとハスミが来てくれてなきゃ、危険な状態だったんだ! 後で礼は言っておけよ」

「ハスミ?」


聞き覚えのない名前に首を傾げる。


ハッと、マングースの後ろに誰か立っていることに気がつき少し顔を上に向けた。 イロハはその人物がハスミなる男なのだと理解しようとしたが、目覚めたばかりのためか、イマイチ頭が働かない。

–––否、その人物をハスミだと認めなくなかったのだ。


「–––レオン、さん?」

「え?」


無意識に口にした名、イロハはハッとして口を抑える。


「し、失礼しました。 知人と似ていたものだから、つい」

「いえ、お気になさらず。 蓮見征史です」


頬を赤くして顔を逸らしたイロハに対して自己紹介を済ませる。 マングースはカラカラと渇いた笑い声をあげている。


「ハハハ、【骸】による幻覚作用もありっと。 こいつは重症だな」

「もうからかわないでよ!」


.....なんだろう、親子であるということがものすごくわかる。

「はいはい、ちょっと様子診るよっと」とマングースがイロハの簡易診察を改めて始める。


「あ、ハスミ。 これからイロハの服脱がすから外行っといて」

「ちょ–––」

「わかった。 レキの様子でも見ておくよ」

「え、レキ? ちょっと待ってハスミさん、レキが戻ってきてるの!?」

「はいはい、先に診察済ませちゃうよイロハ。 詳しい話はまた後でね」


蓮見の後ろでイロハがオロオロと狼狽えてる様子がわかる。


「ついでだし、何か簡単に食べれるものでも作りますか。 イロハさん、調理場借りても?」

「え、そ、そんな! も、申し訳ないですよ! 娘までお世話になったみたいですのに!」

「ハスミ、使ってもいいよ。 オレが許可する」

「マングース!?」


イロハとマングースが仲良さそうに話している。

蓮見もその様子に頬を緩めながら扉を開く。




「.....あれ? レキ?」


–––眠っているはずのレキの姿がなかった。


(.....トイレか?)


しかし、トイレは無人で家の中を歩き回ってみても、レキの姿は見当たらない。 近くにはもう既にいないようで家の外に出ても見つからなかった。


「どうしたんだ、ハスミ」

「レキがいなくなった」

「はぁ?」


蓮見だってわけがわからないのだ、マングースに呆れた表情を浮かべられるのは心外である。


「レキがどうしたの?」

「.....イロハさん、レキがどこかに行ってしまって」

「.....そう、やっぱり私とは顔も合わせたくないのね」


イロハは悲しげに俯く。

そんなことない、と蓮見は声をかけたくなったが一歩踏みとどまる。

果たして本当にそうなのだろうか、たしかにレキが自分から実家に戻りたいと言ったのはたしかだが、もしかしたら蓮見が以前彼女に言ったことを気にしての行動かもしれない。

ならばそこにレキの意思は本当にあると言えるのだろうか。


–––それでも、あの時のレキの言葉は本心からくるものであった。


『–––私の実家』


「心配しないでください、イロハさん。 親の顔見たくないなんて子はいないですから」


そう声をかけることしかできなかった。 あくまで蓮見自身の価値観に従って。




魔女、の存在はこのイヴにおいても出自はよくわかっていない。

何故ならば誰が初めにそう呼び出したのかすらも不確かなのだから。


だが、魔女は存在する。

三年前、フィガロで起こった悲劇の中心に魔女はたしかに存在していた。

【骸】を売り捌いていた姿は目撃されていた、その姿はまるで猫背の老婆のようであり、嗄れた笑い声をカラカラと上げていたという。

当人を目撃した者も多ければ、路地裏に映った影を見て魔女のようだと比喩した者もいる。


結果、魔女の出自は有耶無耶になり都市伝説のような存在へと成り果てることになった。


–––だからこそ、ジャンヌとケルベロスの前に立つ人物が魔女であるということは不明瞭ということになる。

何故なら、その顔はジャンヌの知る顔であり、老婆というには若すぎるからだ。


ペトラとメーヴァの駅境に現れた黒フードに猫背、しかし身長は高い。

ジャンヌの目撃した魔女の容姿とは正反対だが【骸】のような果実を売り捌いている様子を目の前にしている。

魔女本人でなくても関係者である可能性が大きい。


渇いた喉を震わせ、やっとの思いでジャンヌはその名を発する。


「–––レキ、なのか?」


魔女は赤い口を歪めるようにして嗤った。




「そこで僕の出番って訳さ」

「どういう訳かわからんが、レキがどこに行ったのかわかるのかヒルコ?」

「うーん、微妙かなぁ。 レキ姉が落ち込んだ時によく行く場所があるからもしかしたらそこかなと思っただけだし」

「.....行ってみる価値はあるか」


レキを探すために家を飛び出した蓮見はケルトの中を探してる途中で白い幼な子、ヒルコと再会した。

地理感のあるマングースにイロハを任せ、地理感のない蓮見征史が飛び出してしまったのは本当に勢い任せで後先は特に考えてない。

やはり、彼にはこれがないとダメらしい。 ズボンのポケットから六面ダイスを取り出す。


「偶数なら行く、奇数なら行かない」


–––ピン、とダイスを指で弾く。

空高く舞ったダイスは蓮見の頭のテッペンをあっという間に通過し、やがて重力に従って上げたときよりも少し速めに落下する。

胸元辺りにダイスが落下してきたところで右手でキャッチする。


「ん〜、よく見えなかったな。 ねぇねぇ、もう一回やってよ、もう一回!」

「やだよ、めんどくせぇ」


やり直しはしない、自分の意志で決められないのならばダイスに意志を委ねるのが蓮見の設けたルールである。

こうやって30年近く生きてきたのだ、良くも悪くもダイスに助けられた時もあった。


(.....いや、そもそもはあの人と会ってから俺は)


感傷に浸ってる時間はない。 ヒルコも待たせてるし、レキだってどこかで待っている可能性だってある。


手の平の中にあったダイスの目は三。


「奇数か。 別の場所を探そう」

「別の場所って、おっちゃん宛てあるの?」

「おっちゃん言うな、あるよ、二箇所だけだけどな」


うち一箇所は蓮見自身足を運んだことのない場所、軍警団ケルト支部。


もう一つは彼女の稼ぎ場所であるパン屋[ブレットケルター]


「ヒルコ、軍警団の建物とパン屋だったらどっちの方が近い?」

「うーん、そうだねぇ。 軍警団の方が近い気がする」

「そこに行きたい、案内してもらえないか?」

「んー、いいけど多分レキ姉はいないと思うよ。 というか、僕の意見無視しといて随分身勝手だね」

「すまんな、こういう性分なんだ」


[ブレットケルター]のパンを一つ奢るという条件で話は纏まった。


ケルトの中を歩くこと数分、少し急な勾配のある道もあったがなんとか辿り着いた。 ケルト内で二番目に大きな建物が目の前にある。

ここまで辿り着いたところで三十路の身である蓮見の脚はガクガクである。


「僕もあまりここ来ることないから、ここから先は当てにしないでよ」

「問題ねぇよ、子供に頼りぱなしってわけにもいかねぇし」


入り口の扉の横に備え付けられている呼び鈴を鳴らす。

しかし、いくら待っても中から反応がない。


「.....留守か?」

「誰か一人はいるはずなんだけどなぁ、おっかしいね」


不審に思った二人はそっと扉に触れる。

–––開いている。


「どういうことだ?」


建物の中からは独特な異臭、どこかで嗅いだことのある不快な臭い。 いや、どこかではない。

ここ最近嗅いだあの臭いだ。 鼻腔から脳へと蓮見の体内に異臭が走り抜ける。


–––これは【骸】!?


「おっちゃん!?」

「ヒルコはここにいろ! 絶対中に入るんじゃねぇ!」


事態は進んでいた。

【骸】による被害はヌンクだけでは収まらず、隣駅にまで侵食していたのだった。


–––それでも魔女は止まらない。

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