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眼鏡に映らぬもの目に映るもの

作者: 夏

「目をつむって」

「…いやよ」

「…しょうがないな」


そういって先生は、いつも私の眼鏡を外す。





――眼鏡に映らぬもの目に映るもの





遠くで救急車のサイレンが鳴っている。




誰もこない旧校舎の教室は薄暗く、落ちかけの夕日に染まっていた。

先生の唇の感触が柔らかく、自然と目は潤いを帯びていく。

「ん…」

お互いの吐息が混じり合う。


先生は、私が眼鏡がないとほぼ何も見えないことを知っている。

だからいつも私の眼鏡をとる。私が目をつぶらないから。


「…せんせい」


一言そう呼ぶと、先生は微かに笑みを浮かべた。


「…いつまでこんなこと、するのかな」

「…」


先生は、私の言葉に少し眉をしかめると無言で私を見つめた。

少しの沈黙。お互い見つめあう。


「こんなことって…?」

「…ヒミツの関係?」


ほんの少し笑いながら私がそう答えると、先生はなんとも言えない顔で困ったように下を向いた。

あぁしまった。困らせたいわけじゃなかったのに。


先生には奥さんとまだ小さい子供がいる。

私とこんな関係になっちゃったのは先生が優しすぎるせい。

私は1年の時からずっと先生が好きで、

2年の時に先生が結婚したと知って、まぁ、なんというか襲っちゃった。

それでも今までずっとこんな私に付き合ってくれてる先生は本当に優しい。


「…嘘だよ、下向かないで」

「ごめん」

「なんで先生が謝るの」


少しだけ気まずい雰囲気。やっぱり変なこというんじゃなかったなとちょっと後悔した。


ぼやける視界に映るのは、

たぶん今泣きそうな先生。

先生、眼鏡返してくんなきゃ顔が見えないよ。


「…変なこと言っちゃったね、忘れてよ」


先生に抱き着いて耳元でそう囁く。


「ほかのこと、考えないで。私のことだけ。ね?抱いて。」


先生は何も答えなかった。ただ欲のままに。

心は通わない。身体の求めるままに、私たちは肌を重ねる。





行為を終えると、私たちは服も着ずにただぼんやりと天井を見つめる。

外はもう真っ暗だ。


「…せんせい」


起き上がり、顔を覗き込むと優しく頬を撫でてくれる。

冷たい指先とは裏腹に暖かな優しさ。

ああ、泣きそうだ。


「ごめんな」


また、なんだかよくわからない謝罪の言葉。いつも先生はそうやって謝るんだ。

思わず下を向くと、先生は起き上がって「服を着て、もう帰らないと」といった。


「…わかった」


せんせい、私たちずっとこのままでいれるのかな。





ゆっくりと服を着る。できればもっとこうしていたい。

帰りたくなんかない。けれども、そういうわけにもいかない。


きちんと服を着てお互い向き合う。眼鏡はなぜだかまだ返してくれない。

こうしてみると、本当にただの生徒と先生だ。

二人の関係など、誰が信じるだろう。


「先生、眼鏡」

「…」

「…先生?」


私の眼鏡を持ったまま無言で立ちすくんでいる先生。

表情は見えない。


「もう一度、キスしていいか」


正直驚いた。

先生がそんなことを言うなんて。

いつも私が求めるばかりだったのに。もちろん答えは決まっている。


「うん」


抱き合い、深いキスをする。

なんだかこれで最後みたい。

そんな錯覚を覚えさせるほどなぜだかこのキスは悲しみを含んでいた。







「俺はもう少しここにいるから、先に帰りなさい」

「…わかった、じゃあバイバイ」


先生を残して、教室を去る。

旧校舎を出たところで、ふと違和感を感じた。

なぜ教室に残る必要があったのだろうか?

校内にはもう誰もいない。二人で出たって誰にみられるわけでもない。

旧校舎になんて用事があるはずないし、先生は帰り支度もしっかりしていた。


もしかして。

急激な不安が押し寄せてきた。


来た道を振り返り、急いで教室に戻る。

はやく、いかないと。どうか間に合って。祈りながら、走る。


先ほどまで私たちが居た教室にたどり着き、ガラリと扉を開けた。しかし先生はどこにもいない。


「先生?どこ?」


小声で先生を呼んでみても返事はない。真っ暗な教室をすすむ。ようやく暗闇に慣れてきた目が、床に横たわる先生を見つけた。

横には薬のようなものが散乱している。


「先生!」


そう叫びながら、駆け寄る。

まだ微かに意識があるらしい先生は、驚くこともできないようで

「あぁ…」と声を漏らした。


「今救急車呼びますから」


急いで携帯を取り出す。

先生は小さく「やめてくれ」といった。

無視して電話をする。


「先生、呼びました。救急車」


電話を終えてそう声をかけると、

先生はもう意識がないようでなにも返事をしなかった。


「先生」


構わず声をかける。

横目で見た先生のカバンの上には一枚の紙きれ。「すまない」とただ一言書かれていた。

馬鹿な人だ、と思った。


「先生」


先生、私しってたのよ。

あなたがずっと、入学式の時から私のこと好きだったって。

私のこと忘れるために結婚したんだって。


先生、わかってたのよ、私。

眼鏡を取られても、目には映ってたのよ、あなたの表情。

私を愛して愛して、どうしようもないって顔が。

眼鏡には映ってなくても、私の目には映ってたのよ、あなたの心。

優しくて、馬鹿な人。


「先生」


絶対に逃がさない。

逃がしてなんかあげない。

眼鏡に映らないからって、私の目に映っていたもの、なかったことになんてさせない。


「先生」


死ぬなんて許さない。

逃げるなんて許さない。


「許さないよ…先生…」


先生は動かない。答えてくれない。

私は先生の周りに散らばった薬をあつめて、飲み込んだ。





遠くで救急車のサイレンが鳴っている。







end

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