5.調査開始
シスター・アリスに案内されて、レイモンは自分に割り当てられた部屋に行った。
部屋は4人部屋で、同室の子供がすでに2人いた。
「さあ、二人とも!新しい同室のお友達ですよ!
レイヤード君です。」
「はじめまして。レイヤード・ドルトンです。よろしく。」と同室の2人に挨拶をするレイモン。
同室の子のうち1人は黒髪の利発そうな子で、もう1人は赤毛の可愛い子であった。
「僕はリーガンだよ。よろしくね。」と黒髪の子が挨拶してくれる。年はレイモンより少し上にも見える。
「僕はアンディだよ。よろしくー。」と可愛い笑顔で挨拶してくれる赤毛の子に、アリスはこの子には反応しないのかなと思い、ちらっとアリスを観察すると、普通であった。
レイモンとしては自分よりこの子の方が可愛いのに何故と思うが、アリス側にも鼻血噴出スイッチを押すのに何かしらの好みがあるようである。
同室の二人とも笑顔で快く挨拶してくれて、安心するレイモン。
「じゃあ、レイ君、荷物を置いたら、この施設の案内をするわ!」とシスター・アリスは、リーガンが親切にも差し出してくれた新しい鼻栓を詰め直して、さわやかに言った。
しかし、シスター・アリスが通ったせいで血まみれになった廊下に、驚いた人達の叫び声があがり、院長から至急、掃除せよとの指示がきたため、レイモンの案内は後日となった。
レイモンもまともそうな同室の子達に聞く方がいいなと思っていたため、丁重にお断りをした。
「ああ、私の天使との交流が~」と叫びながら、他のシスターに引きずられていくシスター・アリス。レイモンはアリスと離れられて一時的にもほっとする。
同室の二人は親切にも、レイモンの荷物整理のお手伝いをしてくれて、レイモンは早々に部屋に落ち着き、3人で夕食までお話しすることになった。
「あのシスター・アリスには驚いたよね?」と笑いながらリーガンが言ってくる。
「うん。あの過剰反応?の鼻血とか、すっごくびっくりした…。」
「でも、シスター・アリスはいい人なんだよ~」とアンディがアリスをフォローする。
「そうなんだよ。しかも、シスター・アリスはこの孤児院にはいなくてはならない人なんだ。」
「…へえ。いなくてはならない人って、何で?」と早速、さりげなく調査開始するレイモン。
「うん。実は、この孤児院はもともと良いお家出身の子が多いんだ。だから、貴族のお家へ養子にいくことがよくあってね。でも、そのせいで、噂を聞いた変な趣味をもつ悪い貴族がきたり、人買いが養子にすると嘘ついて、ここの子を連れて行こうとしたりすることがたまにあるんだ。だけど、シスター・アリスはそういう奴らを一発で見抜くことができるの。」
「ふうん。どうして見抜けるのかな?」
「うーんと、確か魔法を使っているって聞いたのだけど、ええっと、確か検索の魔法だったかな?あとは、シスター・アリスは臭いや目の感じでもわかるって言っていたよ。
すごいよね?」
「…うん。スゴイネー。」と言いながら、レイモンはちょっと真相がわかった。
それって、アリス自身が変態ゆえに、同類の変態を見抜けるってことなのかと思い当たった。つまり、『腹黒には腹黒がわかる』ように『変態には変態がわかる』のだろう。
しかし、魔法を使っていると言っていたが、あのシスター・アリスはさほど魔力があるように見えなかったが…と疑問が残った。
レイモンが色々と思索していると、「あ、そういえば、君も元貴族って聞いたよー?」とアンディがつい口を滑らせる。
「…没落したけどね。」と演技でちょっと暗く言うレイモン。
「ちょっと!アンディ!!…ごめんね、レイヤード君。」とリーガンがアンディの口をおさえて黙らせる。
「と、とりあえず、シスター・アリスはちょっと変わっているけど、僕たちを悪い奴らから守ってくれて、普段は明るくて真面目な人なんだよ。だから、怖がらず仲良くしてあげてね。」
「…あの鼻血は怖かったけど、わかった。」
「うん。レイヤード君はしばらく、シスター・アリス対策で、鼻栓をいくつか持ち歩くといいよ。」と気が利くリーガン。
「…そうだね。あの鼻血は施設が汚されるものね。」
「ふははは、確かにー。」と笑うアンディ。
「あの、そういえば、よかったら、僕のことはレイって呼んでくれると嬉しいな。」
「うん!喜んで!!レイ、僕もリーガンって呼び捨てでいいよ。」
「僕もー!アンディで。」
「ありがとう、リーガン、アンディ!仲良くしてね?」
「「もちろん!!」」
その後、夕食まで3人で仲良く、きゃっきゃっしていた。
夕食の時間になって、2人に食堂へ連れて行ってもらったレイモン。
一応、各自で配膳を手伝うが、きちんとした厨房があり、豪華ではないが中流家庭の夕食並みに温かい食事が用意されている。一同、揃うと祈りを捧げ、みんなで一斉に食事となる。
「ここ、きれいな食堂だね!しかも料理も美味しそう~。」とレイモンは普通の孤児院とは思えないくらい清潔で広々とした立派な食堂と食事に素で喜んでしまう。
「そうだよね!ここは貴族の家に養子にいったここ出身の人たちがまめに寄付してくれるおかげで維持できているんだって。ほら、普通の貴族の気まぐれな寄付とは違うから。」
「へえーなるほどね。」とレイモンはセリウスがここの施設を良好と言っていたのを思い出した。おまけに寄付する貴族もシロと。ここ出身ならその可能性も高いなと納得した。
「僕、騎士団の食堂に行ったことがあるけど、ここはそこみたいに立派だね。」
「え?レイてば、騎士団の食堂に行ったことがあるの?いいなー!僕、将来、騎士になりたいんだ!!」と目をキラキラ輝かしていうアンディ。
「ねえ、騎士団の話を教えて!レイも将来、騎士になりたい?」
「うーん、お爺様は騎士だったけど、僕はどうかな。リーガンも騎士希望?」
「ううん。僕は文官希望。」
「ああ、そっちの方も向いているかも。」
「僕のお父様が王宮の文官だったから。」
「そっか~。」
「レイのお爺さんは騎士だったんだ。僕のお父さんも騎士だったんだよ!」
「へー、すごいな!」
「えへっ、そうなの。だから僕もお父さんみたいな騎士に…「へっ!お前みたいなちっこい奴が、騎士なんてなれねーよ!」…キース!!」
3人で夕食を取っているところへ、もう食べ終わったのか、アンディにからむガキ大将風の子供がやってきた。
「キース、僕は騎士になるよ。今は小さくても大人になれば、お父さんみたいに大きくなれるもん。」
「ずうずうしいぞ!騎士は強さや体力もないといけないのに、弱っちい女みたいなお前になれる訳がないだろう?」と絡んでくるキースとアンディが言い争いを始める。
いつものことなのか、リーガンはまたかっといった感じで静観していて、一方、レイモンはもしかしてキースとやらは、小さくて可愛いアンディが心配でつい気になっちゃうから意地悪しているのかと、ニヤニヤしながら二人を見ていた。レイモンは7歳にしてちょっとおっさんが入っている。
「おい!てめえ。さっきから何ニヤニヤしている?見ない顔だな。新人か?」とキースが今度はレイモンに突っかかってきた。
「え、うん。今日からお世話になるレイヤードです。えっとキース君?よろしく!」と笑顔で挨拶すると、ちょっと頬を赤らめるキース。
「ふ、ふん!随分、お綺麗な顔してんな。アンディより女みたいだぞ。本当は女か?」
これにはレイモンは、エミールからの数々の女の子になろう攻撃の記憶がフラッシュバックしてしまい、ついイラついてしまった。
「正真正銘、お・と・こだよ。」
「ふん!どうだか?」と嘲笑うキースにレイモンの態度は氷のように冷たくなっていく。
「…。」(ぶちのめしたい!いいかな?いいよね?ここでなめられるのも後々面倒だしね。)とレイモンが考えている時だった。
「そんなお綺麗な顔だと、おばけに連れていかれちまうぞ!」
「!!」
「キース!それは言ってはダメって院長先生に言われているだろう!?」と慌ててキースの口を防ごうとするリーガン。
「いやだって。俺は次におばけに連れていかれるのはアンディかと思っていたが、こいつの方が先に連れていかれそうじゃん?」とレイモンを指さして、平然と答えるキース。
「…顔が綺麗だと、何でお化けに連れていかれるの?」と慎重に聞き取り調査をするレイモン。
「ふん。お前は何も知らずにここに来ちまったんだな。
ここの施設では、顔が可愛いやつが、寝ている間に突然消えることがあるんだ。人さらいの侵入の痕跡もなくな。だから、お化けの仕業って言われているんだぞ!」
「…それは最近だけのこと?何人いなくなったの?」
「えっと、確か…」と答えかけるキースにストップがかかった。
「あなたたち、何を騒いでいるのですか?まだお食事中ですよ!キースも自分の席に戻りなさい!!」とシスターに叱られ、キースは「はーい!」と言って席に戻った。
そのままレイモンたちは食事を続けた。
お化けの話をキースがしたせいか、リーガンもアンディも黙ったままである。アンディに至っては心配になるくらい顔をひどく青褪めさせている。
レイモンは部屋に戻ったら、二人に詳しく話を聞こうと思った。
すっかり食べ終わり、食器を片付け、食器洗いなどの当番やその他の係りのことを教えてもらい、また、みんなで入るお風呂のことも3人で一緒に入りながら教えてもらった。寝る支度がすっかり済んでから、レイモンは先ほどのキースの話題を持ち出した。
「…ねえ、さっきキースが言っていたお化けの話を詳しく教えて?」
「レイ…。院長先生やシスター達からそのことは話してはいけないと言われているの。だからごめんね。」とすまなそうなリーガン。
「でも、僕、さっきの話ですごく怖くなっちゃって…。僕、お化けに狙われているの?」とレイモンは怯えたように緑の瞳を潤ませる。
「レイ、大丈夫だよ!怖いなら僕が今日だけ、一緒に寝てあげる!」とアンディがレイモンのベッドに入ってきた。
「あ、ありがとう。アンディ。」と答えつつ、(そんな親切はいらないし!欲しいのは情報だしー!!)と心の中で叫ぶレイモン。
「くすっ!そんなこと言って、アンディ自身が怖いんだろう?」とちょっとからかうリーガン。
「べ、別に僕は怖くないもん。でもレイが怖がるから…。
ねえ、リーガン。レイはここの子になったのだから、お化け事件のこと、教えてあげようよ。」
(おお、ナイスフォロー!アンディ、君を『フォローの達人』と呼んでしんぜよう!!)と思うレイモン。
「…それもそうだね。院長先生は特に外部へ話さないようにって言っていたしね。
いい?レイもこのことを外部に漏らしちゃ駄目だよ。色々と大人の事情で難しい問題があるらしいから。」
「うん!わかった。」
「実はね、お化け事件が起きたのはここ1年のことなんだ。それまで、一度もなかったのだけど、ここの施設の子がこの1年で合計4人も突然、いなくなる事件が起きたんだ。しかも、消えた4人とも、たまたまかも知れないのだけど、みんなに可愛いと言われる子達ばかりだったの。」
「それは、みんな男の子?」
「いや、女の子3人と男の子1人だよ。特にその男の子は、レイの時程じゃないけど、シスター・アリスが鼻血を噴く位に可愛かったよ。」
「…そっか。犯人の手がかりもないの?」
「うん。どの子も同室の子が全く気付かないで寝ている間にいなくなっていたの。しかも誰かが入った痕跡の欠片も何もなくて。みんな、可愛い子ばかりだから、人買いにさらわれたことも疑われたけど、何の証拠も見つからないし、調べに来た騎士団の人達も、この近くで動く人買いの組織もないって話しているのを聞いたよ。だから、本当に何で消えたかもわからないから、お化けにさらわれたって言われているの。」
「そっか。なるほどね…。」と答え、(1年で4人不明か。状況も事前情報通りだな。そこまで痕跡がないのはお化けというよりも、もしかして人間の物理的な仕業ではなく特殊な魔法が関わっている可能性が高いな。明日から魔力トレースで施設を調査してみるか…。)と考えるレイモン。
そして、リーガンとアンディの2人が寝静まった頃、レイモンはこっそりベッドを抜けて、報告書を暗号で作り、部屋の窓辺に行き、今日の報告書を鳥型の魔道具でセリウスへ飛ばし送るのであった。