4.孤児院
1週間の潜入捜査のための準備期間に、レイモンは潜入捜査のための注意事項以外に、連絡の方法、緊急時の脱出方法、魔道具の使い方を教わり、また純粋な貴族子息を演じる特訓まで受けた。何と言っても、その演技は3ヶ月間も続けないといけないため、普段の猫かぶり程度では済まされないレベルでも耐えられるように、念入りに行われた。
準備期間を終えたレイモンは、レイヤード・ドルトンという偽名を名乗り、没落貴族の子息として上品かつ理知的で、髪も茶色に染めて、純粋な美少年にできあがった。
「え?本当に君はレイ?」
「はい。そうですよ、お父様。」と染めてもサラサラな髪をなびかせるレイモン。
「うわー!!やっぱり、茶髪にするとリーリアにちょっと似ている~!可愛い!!」
リーリア風に可愛くなったレイモンに、つい抱き着き、頭や頬にスルスリするセリウス。
「ふふ、くすぐったい!やだな、お父様てば!!僕はもう小さな子供じゃないですよ。」と照れたように微笑み、笑顔を保ちながら、実は鳥肌が立って本気で親父キモイっと、死ぬ気で耐えているレイモン。
「ごめんね~。こんな可愛いレイに危険な任務をさせて~。」とレイモンに謝りつつ愛で続けるセリウスに、レイモンは回避策に出る。
「…もう!僕は大丈夫ですから、心配しないで?」とセリウスをさりげなく押して、離れて、計算しつくされたようにあざと可愛く首を傾けるレイモンに、セリウスは黒く微笑んだ。
「やるね~、レイ!これなら大丈夫そうだ。中身をよく知っている僕でも不自然さを感じないレベルまでいけたね!」
「本当!?僕、頑張るからね、お父様!!」と最後まで無邪気そうに笑うレイモンにセリウスは任務実行OKのサインをした。
早速、レイモンは、任務のために問題の孤児院へ向かった。
馬車で送ってもらうことが難しいため、レイモンの孤児院の紹介者に扮したレイモンと同じく秘密諜報部員らしき人物に連れられて、乗り合い馬車などを乗り継ぎ、途中の街で宿泊をしながら向かい、道中はトラブルもなく、3日間かけて孤児院にたどり着いた。
孤児院にて、院長に偽名の「レイヤード・ドルトン」として紹介されたレイモンは、領地経営がうまくいかなかった両親が立て続けに亡くなってしまい、跡継ぎにもなれず没落した元男爵家の子供とされた。
問題の孤児院は、貴族も利用する教会の系列孤児院で、その院長は、初老の上品で優しそうなシスターであった。レイモンたちをわざわざ玄関で出迎えて、応接室まで自ら案内してくれた。
孤児院に入るにあたり、もともと手紙で知らせていた事情であったが、応接室であらためて紹介者から説明された院長はやや涙を浮かべながら、レイモンを受け入れてくれた。
「まあ、こんなに可愛い子を残して…。ご両親はきっとつらかったでしょう。そして、あなたも…。」といって、レイモンをぎゅっと抱きしめてくれた。その時の院長の匂いは、日向の良い匂いで、安心できそうな優しさを感じて、母親のリーリアを思いださせた。
そして、しばらく会話した結果、この院長の真面目で誠実な人柄にレイモンは一時評価をする。
(…この院長は確かにシロだな。演技で普通、ここまではできないはずだ。目も本気でそう思っている目だ。もしこれが演技だったら、父上も超える腹黒悪党だな。)と院長について考える。
(他にあやしい奴は…)とレイモンが周囲を見回すと、院長たちと話している近くに立っていた、不穏な目でこちらを見つめるシスターらしき若い女性がいる。
あやしいといえば、あやしいが…。
けど、あれは…。あの目は…。
とレイモンが悩んでいると、レイモンを食い入るように見つめていたその女性が突然、倒れた。
バッターン!
「まあ!大丈夫ですか、シスター・アリス?」と院長が驚いて駆け寄ると、その女性は呼吸も荒く、多量の血を流して倒れていた。
もちろん、その血は…。
鼻血であった。
「ハア、ハア、い、院長、どういうことですか?何ですかこのかぶりつきたくなるような美少年は!聞いていませんよ!!そんな美少年がくると、きちんとおっしゃっていただかないと、私の心の準備が間に合いません。もう興奮が抑えきれず出血大サービスです!」と倒れたままの姿勢であるが、鼻血をボタボタと垂らしながら、本当に興奮状態のシスター・アリス。
「…えっと。ごめんなさい?アリス?」と意味も分からず、若干引きながらも、興奮しきったアリスの剣幕に、つい素直に謝る院長。
レイモンはそんな様子を見ながら、(いや、本当に鼻から大量出血しているサービスなんていらないし!そもそも、出血大サービスの意味違うし!!ってまたか…。)と心の中で突っ込んでいた。
そう。レイモンはセリウス似の美少年であったため、レイモンの姿を見るだけで過剰に反応する特殊な趣味の人達に、たまに出会う。
レイモンへの好意は嬉しいが、その好意が過剰すぎて、ある意味、エミールと近いような厄介さを持つ人達である。
彼女、シスター・アリスも恐らく、そうなのだろうと遠い目をするレイモン。
「ええっと。彼がここに慣れるまで、シスター・アリスにお世話をお願いしようと思いましたが、他の方にお願い「私が彼のお世話をいたします!そりゃあもう、全てにおいて!!」…そうですか?ではお願いいたしますね。」と倒れていたのに、ガバッといきなり立ち上がり、かぶせるように話すアリスへ、疲れたように微笑む院長。
(冗談じゃねー!初っ端からこんなのの対応とかハード過ぎんぞ!?)とまたもや心の中で叫ぶレイモンであった。
にこやかに、でも両鼻に鼻栓をした誰もが認める残念な様子のシスター・アリスに、部屋へ案内されるレイモン。
「ねえ、レイヤード君のことは、レイ君とお呼びしてもいい?」
「はい、もちろんです!シスター・アリス。」とアリスへつい微笑んでしまったレイモンに、「美少年の無邪気な微笑み、いただきました!しかも、美少年にアリスって呼ばれた、グハッ!!」と悶えるアリス。
さらに、鼻血がでてきたらしく、鼻栓をしているのに、血が吸いきれず、ぽたぽたと血が垂れてくる。
「シ、シスター…血が…。」とさすがのレイモンもかなり引いた。
「大丈夫、大丈夫。落ち着けばすぐ止まるし。」と血まみれで明るく言うアリス。
「シスター・アリス。また倒られても心配ですし、後で掃除が大変ですから、とりあえず、これでその鼻血を止めてください。はい、ハンカチです。」
「や、優しい美少年!?まさに天使か!!
うっ、いい匂いのハンカチ!グフッ!!」とレイモンが何かする度に、ますます悪化するアリス。
(こりゃ、ダメだ…。)とあきらめるレイモン。
アリスの歩く道筋通りに血が垂れまくっていく廊下。
まさに本当の意味で血塗られた孤児院へ、レイモンは無事に潜入をはたしたのであった。
普段のシスター・アリスは明るくて真面目な女性です。ただちょっとショ〇コンスイッチが入ると…。