3.初めての任務
父親セリウスの執務室に着いたレイモンは扉前の護衛に取り次ぎを頼み、すぐに部屋に通された。
「よく来てくれたね、レイ。」
「はい、父上。わざわざ執務室まで来るようにおっしゃるなんて、お仕事に関するお話でしょうか?」
「そうだよ。この情報省の業務に関することなんでね。まあ、まずは座って。」
そういわれて、レイモンは執務室にある応接セットのソファに座った。
セリウスの従者マルセルがお茶を入れて、ミニ焼き菓子まで添えて出してくれる。
それをありがたく頂戴しながら、父親の話を聞くレイモン。
「君はまだ情報省に入れるような年齢ではないのだが、実力のある君にしかできない任務があってね。」と向かいのソファに座りながらセリウスは話し出す。
父親の話を真面目に聞くふりをしながら、実はレイモンは心の中で文句を言っていた。
(全く、そんなこと言って。可愛い7歳児に何させる気だよ~。またどうせ母上を独り占めしたいがために、泊りで雑用を頼む気だろう~。)と前科のあるセリウスの意図を先読みしていた。
「…言っておくけど、今回は今まで頼んでいたような雑用ではないからね、レイ。」
「…そうですか。」
「しかも、リーリアを独り占めしたいがために頼むのではなく、本当に君以外、適切に行える人材がいないから困ってお願いしているの。だから、ちゃんと聞いてね。」
「…はい。」と答えながら、(何で心の中を読めるのかな、父上…。読心の魔法は使ってないのはわかるから、俺が考えを読まれやすいだけか?)と疑問に思うレイモン。
「今回は君を孤児院へ潜入してもらおうと思っている。だから、どうしても子供でなくてはいけなくてね。今回は没落した貴族出身の子という条件があるから、下町出身の子供の工作員を雇う訳にもいかないし、貴族の子息風に教育する暇もなくて。しかも、潜入捜査させるほどのキナ臭いところで、当然、危険も伴うから、協力してくれるような本当に貴族の子供にも君のように腕が立つ子もいないしね。そこで大人以上に強い君が必要なのだよ。」
「…そうですか。そこは特殊な孤児院みたいですね?」
「ああ。貧しい家の子ではなく、割と良い家の子ばかり集めている孤児院だ。」
「あー、もうそれ聞いただけでわかりました。どうせ、そこは孤児院を隠れ蓑に人身売買でもしているんでしょう?擦れていない良い子ばかり集めて高値で売ってそう。」
「そんな単純な問題でもないから、わざわざ潜入してもらうんだよ。」
「うえ~。どちらにしろ、すごく面倒そうですね。」
「そうなんだよね。だから、今回の任務から君を正式にこの情報省の職員として雇うつもりだよ。」
「…今までと何が違うのですか?」
「まず、正式な職員なので子供とは言えお給料がきちんとでることが違うよ。しかも、今までのお小遣い程度の金額とは異なり、リスクに合わせた報酬もでるよ。」
「おおー!」(いいな!自由になるお金があれば、王都一のお菓子屋さん「キャロルの店」で大人買いも夢じゃない?)と期待で胸を躍らせる食い意地のはったレイモンであった。
「次に、君の働き次第で、君の直属の大人の部下を雇ってあげる。ただし、君はその彼を通じて今後は仕事を依頼することになるけどね。君は表立って正式に雇うとしても年齢がまだ達してないから、表向きはその部下の彼が情報省の正職員で、君は秘密諜報部の所属になるよ。」
「…秘密諜報部ですか?」
「うん、そう。君みたいな表立って雇えない人たちが所属する部署だよ。さっき言った下町の子供とかね。」
「…それって。」
「うん、何かな?何か聞きたいの、レイモン?」
「…いえ。」(それって、例え自分の所属する部署でも、きっと詳しく聞かない方が良いような領域の話だよね。たぶん、暗殺者とか、犯罪者とか、変態とか表立って雇えない奴らばっかりの部署ってことだよね~。わー!絶対詳しく聞かないぞ!!)
「そういう訳で、了承してくれるね、レイ。」
「はい!承知いたしました。」(うん!報酬のためなら、今までにないくらい頑張れるよ!)とやる気まんまんのレイモン。
「では、詳しく話そう。」
「はい!」
「行って欲しいのは王都から北東に馬車で3日間はかかるエリーダの街にある孤児院なんだ。キルシェ孤児院といって主に貴族達の寄付から成り立っている、見た目は孤児院にしては比較的良好な施設なのだが…。」
「…キナ臭い証拠が?」
「そう。子供たちが不自然な消え方をしている。でも、すぐに人身売買を疑って外からの動きや出入りを調査したり、寄付した貴族も洗ってみたりしたが、全部シロだったんだ。」
「そんなことが…。」
「実際、そうだったんだよ。うちの調査員も分析官もとても優秀だよ。それでも埒があかなくて、直接、行って問いただしてみても、消えた子供の手掛かりがどこにもなかったんだよ。」
「それで潜入捜査に?」
「そう。だから、君に真相を暴いて欲しい。でも、今回は難しい案件だから、無理そうなら、その真相を暴くきっかけだけでもいい。潜入期間は一週間後から、成果がなくても3ヶ月間は潜入してもらう予定だよ。どうかな?」
「…さ、3ヶ月間!?ちょっと長いですね。それだと、母上にも事情を話しておかないと。」
「うん、そうだよね。実はリーリアにはもう話していて、大反対にあった…。」
「…そうでしょうね。」
「リーリアは君のこと、過保護というか、ちょっと好きすぎない?
僕なんか6歳の時から仕事を初めて、君の歳にはもう大人顔負けの仕事をしていたのに、7歳の君はまだ子供だから、社会勉強程度の仕事以外は駄目っていうんだよー!」と拗ねるセリウス。
「ああ、母上は俺の本性や能力がよくわかっていませんから。まだおしめ外したばかりの幼子と思っているし、俺も母上の前では無邪気な子供でいるので。」
「何でリーリアの前では無邪気な振りするの?まだ母親に甘えたい?」
「いや、振りや甘えるというよりも、相手に合わせているというか、引きずられるというか…。」
「…あ、それはちょっとわかるかも。」
「そう。父上がよく教えてくれる…」
「「腹黒にしか腹黒がみえない!」」と思わずハモる腹黒親子。
「っていう言葉通りで、裏表のあまりない母上には腹の中、真っ黒な俺らのことはわからないみたいですし、こちらも母上にあえて黒い部分を見せないようにしてますし。」
「うーん、そうか。リーリアをどう説得しようかな。」
「3ヶ月の短期留学ということにすればどうでしょう?」
「ええー。それだと途中で帰ってこないと不自然でしょう?」
「じゃあ、なかなか帰って来られないところという設定なら?」
「それだと、リーリア自身が一緒に行くとか言い出しそうで。」
「ああ、言いそうですね~。」
「うーん、どうしよう。
でも、詳しいことはともかく、リーリアへの言い訳は留学ということにして、君はあと1週間しかないから、潜入の準備をしてもらうよ。
まあ、これはいわば君の秘密諜報部員としての初任務だから、気を引き締めてがんばってくれたまえ!」
「はい!承知いたしました!!」と元気よく答えるレイモン。
そういって、潜入捜査の準備にはいるレイモンたちに、都合の良い知らせが入る。
なんと、母親のリーリアが2人目の子を妊娠していることが発覚し、ここ3ヵ月間くらいは体調不良になることを考えて、リーリアの実家のメナード公爵家に戻ることになった。
当然、リーリアはレイモンも実家に連れていくつもりであったが、やや遠方への短期留学をするということでうまく説得し、任務ではないかとかなり疑われたが、レイモンはなんとかリーリアには内緒で潜入捜査することになった。
そして、今回の報酬をもらったら、きっと可愛いであろう妹か弟の生まれてくるお祝いを両親にしてあげようと、頑張って任務につくレイモンであった。