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錬金  作者: 末広新通
9/16

記念日

 「じゃあ、行ってくるわね。」

 「行ってらっしゃい。」

 笑顔を浮かべる彼女を、僕は玄関で見送っていた。

早紀とは、今や半同棲をする仲になっていた。

彼女の翌日の勤務予定が遅番の時や、休みの時は僕の家に泊まる事が多かった。

 彼女には、この前笹下先生に会った事は言っていなかった。今の、いい関係に少しの波風も立てたくなかったからだ。

「じゃあ、また明後日ね。」

「うん、明後日。ちゃんと布団で寝るのよ。ソファで寝ちゃ駄目だからね。」

「分かってるよ。」

中々口うるさい同居人だったが、これが僕には全然嫌では無く、むしろ心地よかった。

そうして、早紀は出掛けていった。

明日彼女は仕事休みだったが、久々に昔の友達に会うのだと言っていた。

 


 僕も最近は、忙しい日が続いていた。アドバイザー契約をしている会社、個人が約100先あるのだから当然と言えば当然だ。

僕としては、早急に新たな仲間を加えるか、若しくは従業員を雇う事を検討すべきだと考えていたが、この点において、僕と一幸の考えは異なっていた。

「他人任せにしたら、仕事のクオリティが落ちるだろ。仲間に加えるなら、高いスキルを持っているのは大前提で、その上で間違いなく信頼できる人物じゃないと俺は嫌だな。それに、従業員を雇うというのは、その人の人生を背負うって事になるんだぞ。そんな重し背負ったら、思い切った事ができなくなる。結論を言うと、俺は時期尚早だと思う。」

と一幸は言う。

なる程、もっともらしい意見だとは思う。ただ、僕は少し不思議だった。一幸は人脈作りのために積極的に他人と交流を図るのだが、自分の身近に他人を置く事は極端に嫌がっていた。僕を除いてだが‥。





 その日開催されたパーティーで、僕と一幸は壇上にいた。しかも、僕は赤、一幸は白のジャケットなどを着て、終始作り笑顔の維持に必死に努めていた。

 今日は、僕と一幸の会社、株式会社ATクリエイトの設立一周年記念イベントだった。会場のあちこちには、僕らの夜の人脈作りの結晶(一流ホステス達)が配備され、有名シェフによる料理の数々がテーブルの上に所狭しと並んでいた。

オープニングの挨拶を済ませた僕たちは、壇上から降り、各テーブルのゲスト達をもてなすべく、飲み物を注いで回った。

 「荒木社長、本日は誠におめでとうございます。」

 「お若いのに、たいしたもんですな。」

 「本当、社長と戸塚さんのアドバイスのお陰ですよ。」

行く先々のテーブルで、僕たちは、お祝いの言葉・称賛の言葉を頂いた。勿論、その言葉全てを額面通り受け取る程愚かではないが‥僕の中の『尊厳の欲求』は満たされて来ていた。

 順番に、挨拶回りをこなしていると、その中でひときわ賑やかに盛り上がっているテーブルがあった。僕たちが、そこにたどり着いた時も、その状態は変わりなかった。成る程、そこは芸能事務所関係者のテーブルで、一人のお笑い芸人が持ちネタで周囲の笑いを誘っていたのだった。彼の芸名はワサビーン。最近地上波ではあまり見かけない、いわゆる一発屋芸人だが、眼鏡とでかっ鼻、チョビ髭をトレードマークにした(単に宴会用のチョビ髭付き眼鏡を着けているだけだが、)彼のキャラは、個人的には少し気に入っていた。

僕らが来たのに気付くと、彼はその小道具を外し、丁寧にお祝いの挨拶を述べてくれた。その際、僕の視線が外した小道具に送られていた事を察した彼は

「あっ、良かったらコレ付着けてみます?」

と言ってくれた。

「いいんですか。」

そう言って、そのチョビ髭付き眼鏡を受け取った僕は、早速装着してみた。

「どうかな?」

「おお、ワサビーン2号誕生だ!これからは2人のコンビで行きましょう!」

彼はそう言って持ち上げてくれたが、それが社交辞令である事は分かっていた。いまいち受けず、内心少し恥ずかしかった僕は、友人を巻き込む事にした。

「一幸も着けてみろよ。」

彼は嫌がったが、僕に押し切られ、仕方なくそれを装着して見せた。

期待通り(?)、周囲の反応は微妙な感じで、面白い何かが生まれる事もなかった。ただ、その眼鏡をかけた顔を何処かで見た事があるような気がした。

「誰かに似てるんだよな~。」

僕が、腕組みをしてそう言うと、

「何だよ、それ。」

そう言って、一幸はチョビ髭付き眼鏡を外してしまった。

僕が「ちょっと、もう一回着けて見せてくれよ。」と言っても、「もう、いいだろ!」とぶっきらぼうに拒否されてしまった。

(何だよ、大人げないな‥。)

僕はワサビーン達に「なんか、ご免なさいね。」と謝罪し、チョビ髭付き眼鏡を返してから、先に次のテーブルに向かってしまった一幸の後を追った‥。

 


 その後、パーティーは滞りなく進行し、無事終了した。

僕と一幸は、招待客全員を見送った後、当日用意してあった控室でお茶をすすりながら一休みしていた。

「ところで、一幸。この前も言ったけど‥。」

僕は、従業員を雇う事について一幸に再提案を試みた。

「もし、僕達のどちらかが、怪我したり病気になったりしたら、どうする?やっぱり、スタッフは必要だとは思わないが?」

「別に。そうなったら、そうなったで何とかなるよ。」

「何なら、小林健介のとこで保険にでも入るか?」

「そういう事を言ってるんじゃないよ。」

「会社としての備えが必要だと、言ってるんだよ。」

「何だよ。すっかり守りに入りやがって。女でもできたか?」

「そんなんじゃないよ。」

僕は、未だに一幸に早紀との事を言っていなかった。そして、一幸の言っている事は、全くの的外れでも無かった。僕がイメージしている具体的な理想の未来像には、早紀がいる事が絶対条件になっていたのだったから‥。

「とにかく‥」

僕が、そう言いかけた、まさにその時だった。

 ドンッ!

真下から、突き上げる震動を感じた。

そして、約五秒後‥

今度は、大きな横揺れが襲ってきた。

「地震だ。」

「大きいぞ!」

僕らは、部屋に備え付けてあった机の下に潜り込んだ‥。 

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