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錬金  作者: 末広新通
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内緒

 それから一幸とは、ほぼ毎週会い、行動を共にしていた。

業界著名人の講演会、各種セミナー、会食パーティー、そのどれもが僕にとっての血(人脈)となり肉(経験)となっていった。

 一幸のマンションに泊めて貰う事も、しょっちゅうだった。3LDKの一幸のマンションにはリビングルーム以外に3つの部屋があった。1つは一幸の寝室であり、1つは一幸が言うところのトレーディングルームとの事だ。なる程、中にはマーケティング動向をリアルタイムで把握するための専用パソコンと周辺機器が何台も設置してあるのだろう。扉の外からでもウィンウィンとその稼働音が聞こえる。そして、残りの一部屋は目下僕の寝室と化している訳であった。

眠くなり、それぞれの寝室に籠もる直前まで、僕らはリビングでよく話をした。これまでの空白の時間を埋める為か、ここ一番での連携力を高めるためか、いずれにしても、その中で一幸について新たに解った事が2つあった。

まず1つは、実はこれが僕にとっては1番の疑問だったのだが‥、何故彼がこんなに潤沢な資金を持っているのか?であった。それは、幼くして受け取る事となった保険金が原資だった。彼は中学時代に両親を事故で亡くしていた。事故の詳細は解らないが、その際に莫大な死亡保険金がおりたらしい。高校を卒業してからは、その資金を運用して3倍に増やしたとの事だった。一幸は言った。

「剛志、この世の中は、金持ちは更に金持ちになるように出来ているんだよ。」

この発言に異論は無かった。実際、僕もそう思っていたからだ。世の中には、儲かる情報を持っているが、その為の資金を持っていないという輩がいる。それが株なのか、社債なのか、不動産なのか、他の何かなのかに関係なく、こいつらがどうするかと言うと、資金を持っている人物に取り入り、情報提供をするのだ。そして、リベートとして儲けの一部を貰う事でその恩恵を受けるのだ。結果として、儲け話というのほ、所詮金持ちが儲ける為の話に他ならないのだ。

そして、もう1つ解ったのは、彼には、彼女も親友と呼べる人間もいなかったという事だ。彼の周りには、彼の手にしたお金目当てに群がる奴らが多すぎたらしい。常に相手に警戒心を払わなければ大事なお金を搾取されかねない、そんな状態が続く中で、他人に対して疑心暗鬼になってしまったのだと彼は言っていた。

一幸の話を聞く一方、僕も自分についての話を彼にした。高校入学以降に味わった挫折感、会計士になった経緯‥、学生の頃の恋バナ等についても話をした。

ただ1つ、意図的に一幸には言っていない事があった。

それは、あの同級会以降、望月早紀と時々会っているという事だった。




 望月早紀に会うのは不定期だった。介護士という苛酷な労働環境に身を置く彼女は、休みの予定は組まれていても、その通りに休暇を取れる事は希だった。最初に僕が、「見たい映画があるんで、付き合って欲しい。」と誘いのメールを送った時も、「私の休みを待っていたら、その映画の放映期間過ぎちゃうよ。」と言われた。その時は「見たい映画は、沢山あるから大丈夫だよ。」と取って付けたような応答をして強引に約束を取り付けたが、実現までには2回のキャンセルがあり、2週間を要した。

だが、彼女に会うと、そんな苦労など何処かへ吹き飛んだ。彼女の声が、仕草が、表情が僕を癒してくれた。僕の一幸との取り留めのない話も、軽く頷きながら、ジッとこちらを見て聞いてくれた。

「僕の話、つまらなくないか?」と聞くと、

「私、仕事疲れで引き篭もりになりがちだから、剛志君の出先での体験談て凄く新鮮に感じて楽しいの。」などと言ってくれた。

2度目以降は、彼女の仕事あがりを待って一緒に食事をするというのが定番だった。彼女が都合がいい時にメールを貰って、僕の都合もつけば、その一時間後に会う。それが、お互いにとって気楽でいいんじゃないかという彼女の提案がきっかけだった。もっとも、彼女からの誘いのメールに僕が断りのメールを返信した事など、一度も無かったが‥。

 3度目の食事の時、僕は彼女に昔の無神経に名付けたあだ名の事を謝った。すると、彼女が

「そんな事、気にしてたの?」

と小首をかしげて、笑って答えた。

「私の方は、卒業間近に剛志君から貰ったプレゼントがその後の心の支えになってたのに‥。」

キョトンとしていた僕に、彼女は聞いてきた。

「覚えてないの?私のサイン帳にしてくれた事。」

腕組みをして考え込んだまま、黙ってしまった僕を見かねて、彼女が助け船を出してくれた。

「私のサイン帳に、最後に書いてくれたのが、剛志君だったでしょ。」

‥思い出した。

卒業間近の当時、僕らの間では、お互いのサイン帳に自分の書きたい事を書き合うという思い出造りが流行っていたのだった。

「剛志君も書いて。」

そう言って、望月早紀からサイン帳を渡され、僕はそれを家に持ち帰った。自宅で、いざ書こうと思ってサイン帳を開けて僕は気が付いた。そのサイン帳は全てのページが白黒だったのだ。黒マジック、ボールペン、或いは鉛筆で書かれたそれらは、明らかにやっつけで書かれた感じがしていた。そして、僕が最終記入者だった。『宇宙人』などというあだ名を付けた罪悪感からか、若しくはただの目立とう精神からか、僕はその時描ける漫画のキャラ達を総動員させた。そして、カラフルに色鉛筆で加工した。キャラ達には全てふきだしを付けた。そのふきだしには全て『頑張れ!』と台詞を入れた。そして、中央に自分の名前を書いて、その下に『また会おうぜ!!』と書いたのだった。

 彼女は、僕が思い出したのを察したようだった。そのうえで、言った。

「あの頃の私を励ましてくれたのは、担任の笹下先生以外では、剛志君だけだったんだから。」

「もっとも、あの人には結局裏切られちゃったけどね‥。」

「えっ!?」

僕は、彼女の最後の言葉の意味を察した。

「早紀の元夫って‥、もしかして‥。」

軽く頭を掻きながら、苦笑いをして見せた後、彼女は、過去の結婚と離婚について話してくれた‥。

彼女の元夫は担任の笹下だったのだ。実は、笹下先生と望月早紀は1回目の同級会での再会がきっかけで、その後付き合い出し、彼女が22歳の時に結婚していたのだった。しかし、その3年後に笹下はもっと若い女に走り、二人は離婚していた。

「クラスの皆には、内緒にしてね。」

そう言った彼女に、僕が「何故?」と聞くと、

「皆の思い出の中のあの人は、生徒想いの理想の先生なんだから。その先生が、浮気して離婚したなんて聞かせて、がっかりさせる訳にはいかないでしょ。」

その日一番の笑顔を作って、彼女は言った。

僕には、そんな彼女が、どうしようもなく愛おしく感じられた。

「そうだ、剛志君、お願いがあるの。」

ふいに、彼女が言った。

「なんだい?」

「私と剛志君がこうやって会っている事、戸塚君には暫く黙っててほしいの。」

彼女の意図がわからず、僕は一瞬戸惑った。

しかし、「お願い。」と再び頼まれた僕は、それを了承した。

理由を知りたかった。だが、まだ彼女とつき合っていると言える程の間柄ではなかった僕は、彼女に少しでも嫌われる訳にはいかなかったのだ。

(暫くって言ってるし、そのうちOKになるだろう‥。)

そう自分に言い聞かせて、深く考えない事にした。




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