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錬金  作者: 末広新通
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錬金

 僕にとっての初合コンが終わった。

その帰り道の事だった。

「剛志、明後日会えないか?」

一幸が聞いてきた。

「大丈夫だけど。」

僕が答えると、

「よし、決まりだ。じゃあ、午後1時に俺のマンションに来てくれよ。」

「約束な。」

と念を押された。

「今度も、何処かへ出かけるのか?」

今日のような、直前の告知は勘弁願いたいと思った僕は、一幸に尋ねた。

「次は、異業種交流会に行こうと思っている。」

彼の回答は、今考えたという感じのものでは無かった。恐らくは、何日も前から決めてあったんだと直感した。

「一幸は、僕をどうしようと思ってんだ?」

その時浮かんだ疑問を、僕はそのまま一幸に投げかけた。

 すると、彼は一瞬足を止め、僕の顔を除き込んだ。それから一瞬の沈黙の後、また歩き出すと話しはじめた。

「剛志は『欲求5段階説』って知ってるか。」

大学の時、経営学か何かの授業で聞いた事があった‥気がした。

「人間には、5段階の欲求が存在し、下位の欲求が満たされる事によって、次の上位の欲求を求めるようになる。っていうマズローの説さ。」

「最下位は食欲、睡眠欲、性欲等の『生理的欲求』。」

「次が、安全な暮らしをしたいという『安全の欲求』。」

「その次が、集団に属したい、仲間が欲しいという『社会的欲求』。」

「その上が、他人に認められたい、尊敬されたいといった『尊厳の欲求』。」

「最上位が、自分の夢や希望を実現させたいという『自己実現欲求』さ。」

「この前の同級会で剛志に会った時、俺には剛志が『安全の欲求』までしか満たされていない。それなのに、もっと上の欲求を満たそうとしていないって感じられたんだ。本当は願望があるのにだ。」

「俺の知っている剛志ほ、そんな奴じゃなかった。だから、俺が剛志の欲求を満たす手助けをしてやる。そして、一緒に『自己実現欲求』を目指し、なりたい自分になろうぜ。」

 もっともらしく、著名な偉人の説を引用して回答した一幸に対して、「何、勝手に人の内面について決めつけてんだよ。」「大体、○○してやるって‥上から見下してんなよ。」と言い返そうかと思った。でも、そうはしなかった。一幸の言った事が実際図星だったせいもあるが、久し振りに再会した、かっての親友を失いたくなかったというのが1番の理由だ。

結局、僕には一幸が言うとおり、『社会的欲求』(仲間が欲しいという願望)があったのだ。

 一幸は続けた。

「剛志、『錬金』て言葉知ってるか?」

「他の物を原材料にして金を造り出すとかって言う、古代魔術の事じゃなかったかな。」

僕の答えは一幸の想定通りのものだったのだろう。

軽く、頷いてから話しを続けた。

「一般的には、そうだな。但し、他の意味もあるんだ。」

「自分の目指す到達点(予定)を、限りなく具体的にイメージする事で、それを実現可能にとする。って意味もあるんだよ。」

「それこそが、今の剛志に必要な取り組みだと、俺は思うんだ。自分の理想像をイメージしてみろよ。」

「イメージか。」

そう呟いて、しばし沈黙した僕を、一幸がせっついた。

「剛志はどんな人間になりたいんだ?」

「豊富な知識・経験を持っていて、多くの知人から頼られ、尊敬されるような人間かな‥。」

突差の回答だった‥だからこそ、それは本音だった。

「OK、じゃあ、まず取り組むべきは、経験と人脈作りだろ。」

「その第一歩が、今日の合コン、明後日の異業種交流会って事さ。」

(なる程‥。)

すべて、一幸のペースで彼の思案通り事が進んでいるのが、よく解った。でも、それは自分にとっても、望むべき所なのだと認識させられた格好だ。

「一幸、ひとつ聞いていいか?」

「なんだよ。」

僕は、どうしても聞いて置きたかった。

「何故、15年ぶりに再会したばかりの僕に、そんなにまで助言をし、力を貸してくれるんだ。」

すると、彼は歩行を止め、そしてこちらを向いて答えた。

「俺にとっては、剛志と過ごしたあの頃が、今までで1番楽しかった時間なんだよ。」

僕にとって、それ以上の回答は存在しなかった。

何故なら、自分もずっと同じ事を思っていたからだった。





 翌日、僕は朝から久し振りの勉強に取り組んでいた。財務分析の本・税法の改正についての解説本等を読み漁っていた。翌日に控えた異業種交流会に向けて、自分の知識レベルを少しでも上げておきたいと思ったからだ。

 そして、迎えた異業種交流会、僕は一幸のお膳立てを受け、初対面の数多くの人と会話の場を持つ事が出来た。その中で、何人かには、財務上のアドバイスをしてあげる事も出来た。気付くと、手元には20人分の名刺があった。何人かとは、後日の連絡を約束していた。

僕は、なんとなくだが達成感をを感じていた。そして、自分の世界が広がって行く手応えがあった。

「上出来だったな。」

帰り道、一幸が客観的評価をしてくれた。

「まだまだ、これからだよ。」

僕は、虚勢を張って見せたが、本当は、嬉しかった。

そして、一幸に認めてもらいたいという『尊厳の欲求』が今の自分の行動の源になっている事を自覚していた。

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