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錬金  作者: 末広新通
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夜会

 同級会から、1ヶ月が経っていた。

その日、仕事あがりの僕は、駅とは逆の方向へ向かって歩いていた。今日は珍しく人に会う予定があったからだ。

3分程歩くと、通りの左手に大手チェーンのコーヒーショップがあった。その窓際の席に座ってスマホをいじっていた大柄な男は、僕に気付くと、笑顔で軽く右手を上げた。

「約束の時間の3分前だ。相変わらず几帳面だな。」店から会計を済ませて出てきた戸塚一幸は言った。

 合流した2人が向かったのは、あの日、一幸が指さした右前方にに見える高層ビル群だった。

10分程でたどり着いたそこは、3棟が連なって建ち並ぶ高層ビル群の真ん中の棟だった。間近で見ると、その高さは圧倒的で、自分とは関わりがないと思っていた最先端建築技術の結晶にこれから足を踏み入れる事に、若干の胸の高鳴りを覚えていた。

玄関ホールの自動ドアの解錠に、一幸はポケットから取り出したセキュリティカードを使用した。そして、エレベーターに乗ると、その操作の為に、再びカードを取り出し所定箇所に差し込みリードした。(やはり、高級マンションのセキュリティは一味違う。)このマンションのエレベーターは、所有するセキュリティカードによって、行ける階数に制限があったが、一幸のそれは最上階まで行ける物であった。

エレベーターは30階で止まった。エレベーターホールを出て右折後、50メートル程直進した突き当たりが、一幸の自宅だった。

「ようこそ、我が家へ。」

3度目のカード使用による解錠後、自ら扉を開き、客人を招くポーズをとって彼は言った。

中に入って、短めの廊下の先のドアを開けたそこは、20畳のリビングルームだった。その広さと、テレビ以外は家具類が何も置いていない殺風景さに驚いた。まるで、つい最近引越て来たかのようだった。

「ハハハッ、何にも無くてびっくりしただろう。」

「まあ、座れよ。」

部屋の隅に重ねてあった座布団を差し出し、一幸は言った。それから、カウンターキッチンに設置してあったコーヒーメーカーで、コーヒーを入れてくれた。勤めている事務所にもコーヒーメーカーはあったが、飲んでみるとそのクオリティは全く違った。一幸が入れてくれたそれは、下手なコーヒーショップよりも香りが芳醇で、味に深みがあった。

一幸によると、間取りは3LDKとの事であったが、わざわざ案内して回るような真似はしなかった。コーヒーを飲み終えると、

「それじゃあ、準備するか。」

と言って、スッと立ち上がった。

「準備って何だよ。っていうか、何処へ行くんだよ?」

僕は、少々慌てた。

今日、僕は一幸と一緒に飲む約束をしていた。但し、具体的に何処でというすり合わせは事前にしてなかったのだ。一幸は「その場の気分で決めようぜ。」と言っていたのだった。

「とりあえず、六本木辺りで、いいんじゃない。」

そう言った一幸の表情は、冗談を言っている時のそれではなかった。

「六本木って、俺、そんな洒落た格好してきてないぞ。」

僕は、行き先変更へのアプローチをしたが、

「だから、準備すんだよ。服なら貸すから大丈夫だよ。」

一幸の中では、既に行き先は決定事項らしい。僕は、渋々同意するしか無かった。

一幸が用意した服は、決して派手目なものでは無かった。むしろ色合い的には地味目だが、明かな品格の良さと優れたデザイン性を醸し出していた。ブランドに余り詳しくない僕でも、それが高級ブランドの物であろうという事は、容易に想像できた。

服以外にも、腕時計、靴と一幸によるコーディネートは続いた‥。



 六本木交差点から恵比寿方面へ向かう大通りを7、8分程歩くと、左手に独特の存在感を放つ飲食店ビルがあった。派手な装飾を施しているわけではないが、全フロアーの通り側の窓が鏡張りになっており、そこに周囲の景色、ネオンライトが映り込むことで、否現実的な雰囲気を醸し出していた。その前まで来ると。

「ここで、いいか?」

一幸は、僕に形式上の了解を求めた。

「ああ。」

普段、六本木になど来ることのない僕に、他の店を薦めるなどという選択肢がある訳がないのだ。

エレベーターに乗ると、一幸は7Fのボタンを押した。

エレベーター内の店舗案内表示を見ると、7F部分には『洋風創作料理の店 アシスト』と表示されていた。

エレベーターを降り、店のドアを開けると、目の前のカウンターで待機していた案内役の男性店員が、すぐに声を掛けてきた。

「いらっしゃいませ。何名様ですか。」

「2人で。」

「当店は初めてのご利用ですか。」

「いや、何度か来てるよ。」

「かしこまりました。お席にご案内致します。」

店員は、僕らを窓際の個室に案内した。なる程、窓はマジックミラー仕様になっており、店内からは六本木の夜景が一望出来る見事なロケーションだった。

僕は、先に座った一幸の向かい側に座ろうした。すると、

「剛志、そっちじやない。こっちだよ。」

と、一幸に彼の隣に座るように促された。

「この店は、男同士、女同士で来ている客を、いい具合に相席させてくれるのがウリなんだよ。」

「何だって‥。」

一幸はニヤリと笑って、立ち尽くしていた僕に手招きをした。

「そんな、都会の洗練された女性の相手は、僕には無理だよ。」

「大丈夫だって、大体週末の六本木に集まってくるのは、実際は郊外の連中ばかりだよ。」

「そんな訳、ないだろう。」

2人で押し問答をしていると、後ろに気配を感じた。

振り返ると、2人の女性が立っていた。

「御一緒させて頂いても、いいですか。」

「勿論、どうぞ、どうぞ。」

僕の同意を待たずに、一幸は即答した。

今や3対1となった状況下で、それを覆すメンタル力を僕は持ち合わせていなかった。

僕にとって、生まれて初めての合コンが始まった。




「初めまして、優香です。」

「初めまして、美幸です。」

「俺、一幸。こっちは友人の剛志。」

お互いの自己紹介から飲み会は始まった。驚いた事に20代半ばと自己申告した2人のの住まいは、それぞれ八王子と小岩との事だった。勤め先も、都心という程の場所にある訳ではない。

(一幸の言うとおりだ。実際はこんなモンなのか‥。)

2人共中々の美人で、長めのまつげと濃いめのアイラインによる目力、ラメの入ったピンクのルージュを施した存在感のある唇に、最初僕は圧迫感を受けていた。

きっかけは、彼女たちの一言からだった。

「素敵な、服ですね。なんか品があって。」「うん、仕事出来る人って感じがする。」

「おい、おい、感じじゃなくて俺らいい仕事するぜ。色んな意味で。」

すかさず一幸が切り返した。

「嘘~、それって男の見栄ってやつでしょう~?」

「当たり前でしょ。男が可愛い娘の前で見栄張らないで、いつ見栄張るってんだよ。」

「え~、本当にそんな事思ってます~?」

場の空気が盛り上がって行くのは、僕でも分かった。

「お二人は、お仕事は何されてるんですか。」

距離感が縮まったせいか、男としての価値にも直結する質問が投げかけられた。

すると、一幸は内ポケットから名刺入れを取り出し、うち1枚を彼女達に差し出した。

「俺と剛志、2人の会社さ。」

名刺には『株式会社 A&Tクリエイト 代表取締役 戸塚一幸』と表示されていた。

(一幸の奴、こんなものまで用意してたのか‥。)

「2人で法人の経営支援アドバイザーをやってるんだ。俺が営業戦略担当、剛志が財務改善策担当って感じでね。」

真っ赤な嘘、でも、絶妙な嘘だった。仮に彼女達に突っ込まれても企業のマーケット戦略に精通した一幸と、財務分析に精通した僕の知識を活用すれば、その説得力は、揺るぎようがない筈なのだ。

「それって、いわゆる青年実業家じゃないですか。」

「まだ、若いのに凄~い。」

突っ込みはなく、彼女達は、僕達にとってのいわゆる『いいリアクション』をしてくれた。

その後も、僕らのテーブルからは笑い声が絶えなかった。。一幸がボケまくり、僕と彼女達が突っ込みを入れるという流れがはまり、店内の他のどのテーブルよりも盛り上がっていた。

 ふと気付くと、あっという間の2時間が経過し、店は閉店10分前を迎えていた。すると、彼女達から

「連絡先を交換して貰えませんか。」

と申し出を受けた。僕達は再会を約束して、メアドの交換を終えた後、彼女達と別れ六本木を後にした。

 それまで、僕のスマホの電話帳には、仕事関係以外の女性の名前は2つしかなかった。しかし、今日それが一気に倍になった。

着飾って、嘘をついた挙げ句に手に入れたものではあったが、やっぱり少し嬉しかった。

「今日のところは、とりあえず、いいウォーミングアップにはなったな。」

そう呟いた一幸も、そこそこ満足げではあった。 

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