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錬金  作者: 末広新通
3/16

変身

 今回の同級会の参加人数は、僕を含めて18人だった。男女の内訳は男8人、女10人であり、クラスの人数が35人だった事を考えると、まあまあの出席率と言えるのだろう。貸切の店内で4人テーブル3つと3人テーブル2つに割り振られた。

 5回目ともなると、参加するメンバーが大体固定化してくるらしい。その為、僕が危惧していた一人ずつの自己紹介は行われなかった。が、かえってそれが良くなかった。18人の自己紹介分の時間が、まるまる歓談時間に回る事になったのだ。

そして、歓談の中で、初参加者が質問攻めに会うのは、至極当然の事だった。ましてや、それが元児童会長なら、尚更のことだろう。

 不運な事に、僕のテーブルには小林健介がいた。分かり易い奴だ、興味津々で目をギラギラさせてやがる。そして、コイツには配慮とか遠慮といった感性が欠落しているらしい。乾杯が終わるや否や、質問してきやがった。

「剛志は、仕事何やってんの?」

「一応、会計士を。」

「へえ~、個人事務所なの?」

「まあ‥‥な。」

「何処に住んでるの?」

「有楽町線沿線だよ。」

「結婚してんの?」

「してないよ。」

「彼女いるの?」

「今は‥‥いないよ。」

「大学は何処に行ったの?」

「あんまり有名じゃない所だよ‥。」

たたみかけるような質問攻めに、僕は事実と軽微な嘘と抽象的な表現を交えて答えた。

僕の回答は、小林健介の、いや聞き耳を立てていた他の参加者達の期待を大きく裏切ったに違いなかった。いや、失望させたと言っていいだろう。それまでは、こちらの会話が聞き取れる程度のトーンだった他のテーブルの談笑のボリュームが、一気に上がった。僕は、自分が決して特別ではない、一参加者に成り下がった事を実感した。ただ、結果的には、長時間のねちねちした尋問を受けずに、あさっりと判決を言い渡されたような感覚だった‥内心ほっとしたのは事実だ。そう言う意味では、小林健介に感謝すべきかもしれない。

「俺、ちょっと他のテーブルの奴らに、注いで回って来るわ。」

小林健介は、そう言って離席した。やっぱりコイツは、分かり易い奴だ。

 元々3人だったテーブル席から小林健介が去り、このテーブルは2人だけになった。僕と一緒に取り残されたのは、望月早紀だった。

程なくして、彼女が話し掛けてきた。

「卒業して15年か~、みんな苦労してきてるのよね。ほんと人生って上手くいかないわよねえ。」

憐れみとも取れるこの言葉に、自分自身を見透かされたような気がした。僕は隣に座っている彼女の方を向いた。何か言い返してやるつもりだった。

だが、実際に僕から出た言葉は「そうだな。」だった。

一緒のテーブルに座ってはいたが、彼女の顔をしっかりと見たのは、この時が初めてだった。

肩までのストレートヘア、奥二重でやや切れ長だが黒目が大きく引き込まれるような目、その下の癒しを与える程よい涙袋、シュッと筋の通った鼻、うっすらと笑みを浮かべている厚めの唇、それらを兼ね備えた『いい女』がそこに居た。

先程までとは別の緊張感が、僕の中に湧き上がってきた‥。ドキドキ感と言った方が正しいかもしれない。

昔は目立たなかった子が、大人になったら美人になっていて、驚く事があるというが‥‥、僕にとっての彼女は正にそれだった。

思い出話に花を咲かせたい所ではあったが、彼女と共有出来る思い出が全く浮かばない。当時の彼女が軽い天然パーマで、引っ込み思案な子だった事位しか、僕には記憶がないのだ。

必然的に、お互いの近況についての会話となった。

彼女は、ざっくばらんに自分自身の事にについて話してくれた。僕が1を聞くと、3まで答えてくれた。介護の仕事をしていて、週に2日は夜勤である事、この春から吉祥寺に住んでいる事‥中でも驚かされたのは、バツイチだという告白だった。

これには驚いたが、同時に合点がいった。こんなに魅力的な彼女の周りに、他の独身男性が集まって来ないのが不思議でしょうがなかったのだ。但し、彼女は離婚の原因と別れた元夫の事については触れなかった。僕も聞かなかった。

そんな望月早紀に対しては、僕も自分のありのままをさらけ出していた。事実を脚色する事が、酷く卑怯に感じられたせいかもしれないが、何より彼女の前では正直でいたいと思ったのだった。

有楽町線沿線とは言ってもほぼ埼玉の成増に住んでいる事、雇われ会計士である事、浪人して三流私立大学に入った事‥。つい先程、小林健介に答えた内容とは違っていたし、彼女がそれに気づいてない筈は無かったが、彼女がそれを非難するような事は無かった。

 会が始まって1時間が過ぎた頃だった。

「せっかくの旧友との親交を温める場ですから、より多くの人と会話して頂きたいと思います。」

幹事がそう言って、参加者達の席替えを促した。

 居心地がいい、彼女との時間が終わってしまうのは、残念でしかたなかったが、直前に連絡先を交換した後だったのが救いだった。

 僕には、同級会に参加したら、会いたい人物が2人いた。そのうちの1人は恩師である当時の担任だった。当時、まだ先生になりたての男性教員は、熱血漢でウザったい事この上なかった。でも、すぐ泣きすぐ笑うこの担任が、僕もみんなも大好きだった。今の僕でも、先生に会えば、元気を貰える気がしたのだった。しかし、今回の会に先生の姿は無かった。後で聞いた話では、第1回に参加して以来、欠席が続いているとの事だった。

 新しい席については、、各自適当に動いて座ってくれとの事だった為、困った僕がウロウロしていると、

「お~い、剛志。こっち、こっち!」

と呼ぶ奴がいた。その声の主の顔を見ても、誰か判らなかったため、少々困ってしまったのだが、

「俺だよ、戸塚一幸~!」

と彼が馬鹿でかい声で名乗ってくれたので、問題は速やかに解決した。、

 そして、彼こそが僕が遭いたかったもう1人の人物だった。

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