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錬金  作者: 末広新通
2/16

再会

 その日、僕は青山に来ていた。

 担当する法人から9月の決算に向けて、アドバイスを求められたからで、その店舗兼事務所が青山にあったのだ。自社ブランドのブティック経営という、僕に言わせれば、世の中の流行に迎合する事で生計を立てる不安定な業種なのだが、業績は好調だった。

 そこの女社長というのが、元々女性誌で読者モデルをしていたらしく(モデルとしての名前はanだったらしい。)、化粧映えする顔立ちの中々の美人なのだ。お店の開店時に、過去のコネを使って呼んだであろうマスコミへの歯に衣着せぬ発言が、一部の大衆の心を掴んだようで、開店以来2期続けて結構な利益を出している。多少流行っているというのが、適切な表現だろう。

 僕は、この女社長があまり好きではない。何故なら、僕の事を雇われ会計士だからと見下しているからだ。自分の事は必ず『社長』と呼ぶようにと指示をし、そのくせ僕の事を『先生』とは決して呼ばないのだ。

「荒木さん、他に何かいい節税の方法ないの。」

「あるんなら、教えなさいよ。」

鼻につく言い方だ。(お高くとまりやがって‥。)

『an』なんて名乗っているが、彼女の本名は『安子』だ。音読みで横文字にして誤魔化しているが、『安い子』って名前にコンプレックスを持っているに違いない。

僕は、売上の次期繰越、各種共済への加入等、いくつかの手法を案内したが、お気に召さなかったらしい。

「あとは、社長個人の将来の蓄えにも繋がる、退職金の積立を行うって手がありますかね。」

自分個人のメリットという点が気に入ったのか、

「それ、いいわね。」

そう言って、彼女はようやく今日初めての笑顔を見せた。

 その後、具体的なやり方について事細かに説明をし終わった頃には、もう時計の針は午後6時半を指していた。僕は、事務所に電話を入れ、直帰する事にした。



 青山一丁目駅までの商店街は、金曜日の夜を迎え賑わっていた。お洒落でデートスポットとして有名な店が数多く建ち並んでいるのだから、当然の事だろう。但し、そんなものに興味など無く、家路に向かっていた僕には、過剰な通行人が只々邪魔だった。

 やがて、一件のイタリアンレストランの前に来た僕は、強制的に一旦その歩を止める事となった。入店待ちの団体客が歩道を埋め尽くし、壁となってしまっていたからだ。

(まったく、邪魔な奴らだな。人の迷惑を考えろよ。)

一瞬、そいつらの顔を見渡した後、その人波を割って進み始めた、その時だった。

「お前、剛志じゃないか?」

その団体のうちの一人が声を掛けてきた?聞き覚えの無い声だ。

一瞬、立ち止まったが、聞き間違いだろうと思い、僕は再び歩き出した。

「おい、待てよ。剛志だろう!」

聞き間違いではなかった。

そして、内心「しまった。」と思った。

こっち(東京)の知り合いで、僕の事を『剛志』と呼ぶ奴はいない。声を掛けてきたのは、昔の知り合いに違いないのだ。そう、今日は例の同級会の日だった。そう言えば、会場は青山だった‥。こんな偶然が起こりうるとは、これっぽっちも考えなかった僕は、全くの無警戒だった。

「剛志、久しぶり~。でも、面影あるな~。すぐ分かったよ。」

声の主は、小林健介という男だった。彼の台詞ではないが、面影がある。確か、クラス一のお調子者だったと記憶している。

(僕のように、変わってしまう者もいるが、彼のように、そのまんま大人になる奴もいるんだな‥。)

ある意味、驚きではあった。

 流石に惚ける訳にもいかなかった。

「やあ、偶然だな~。丁度仕事でこっちに来ていて、帰る所だったんだよ。」

「いつもは、帰りはもっと遅いんだけどな。」

「こんな事なら、僕も出席希望にしとくんだったよ。」

「じゃあ、またの機会でな。」

そう言って、その場を立ち去ろうとした僕の腕を、小林の奴は掴み、よけいなお節介を‥‥焼きやがった。

「大丈夫だよ、一人位増えたって。俺が幹事に言ってやる。」

「お~い、みんな!剛志が来たぞ~。」

「本当かよ~。」「剛志君、来てるの~?」あれよあれよという間に、僕は旧友達に囲まれてしまった‥。

こうなってしまっては、もはや欠席する事は不可能だった‥。

自分の顔が引きつり、喉が急激に渇きを覚えていくのが分かる。

陪審員の前に立つ、被告人の心情だった‥。

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