意思
嫌な予感がした。
一幸は、信頼出来る親友だ。
それでも、早紀の身に危険が迫っている気がした。
僕は、すぐに早紀に電話した。しかし、繋がらなかった‥。
一幸にも電話をした。しかし、こちらも繋がらなかった。
今の時代、電波が届かない(電源を切っている可能性もあるのだが‥)場所など稀有だ。それが2人共となると、2人が一緒にいる可能性は大だ。
僕は、2人のどちらにも何処で誰に会うのか尋ねていなかった。自分にとって大切な2人なのに‥。自分自身の2人の行動への関心の低さを痛感し、後悔した。僕には、2人の待合場所が全く思い当たらないのだ。何ヶ所か行きつけの店に電話をしたが、2人の目撃情報は無かった。2人のどちらかからの連絡を待つ事しか、僕に残された選択肢は無かった。
連絡を待ちながら、僕は、今の2人に繋がるヒントが何かないかと、小学校時代の早紀と田中悟に関する記憶を必死に辿った。然しながら、結果的に、当時の僕が2人との関わりにどれ程消極的だったかを思い知らされる事となった‥。全くと言っていい程思い出すことが無いのだ‥。
だが、そんな時、ふとある物の存在を思い出した。
僕は、廊下の左側面にある収納庫の扉を開け、一番上の段の右奥にある年季が入ったカラーボックスを取り出した。昔のアルバム、賞状、卒業証書等と一緒にそれはあった。
僕が取り出したのは、小学校卒業直前にクラスの皆に書いて貰ったサイン帳だった。
まず最初に早紀のページを開いた。
小学生にしては、大人びた綺麗な字だった。〔名前〕、〔住所〕の次に〔あだ名〕という欄があった。そこには『宇宙人(そう見える?)(涙)』と書かれていた。改めて、心が痛んだ‥。(ごめん‥)そして、次に〔一言〕という欄があり、そこには『私と田中君にもっと素敵なニックネームを考えて‥‥ネ♡』と書かれていた。きっと早紀にとって、当時の田中悟は自分の合わせ鏡のような存在で一種の連帯感みたいなものを感じていたんだと思った‥。最後に〔将来の夢〕という欄があり、そこにはこう書かれていた。『将来は、先生とか看護婦さんみたいに、人を元気にしてあげられるような仕事がしたい!私達みたいな人のために‥。』この「達」というのは、田中悟の事に違いなかった‥。
ページ全体の文字以外の部分は花の絵で埋め尽くされていた。
これを書いてから15年以上経った今でも、早紀の気持ちにブレが無い事を僕は知っていた。彼女は、今まさに人をサポートして元気にする介護士という仕事についているのだ。それだけじゃない‥僕だって彼女のお陰で元気になったとも言えるのだ。
次に田中悟のページを開いた。〔名前〕、〔住所〕の次に早紀と同じように〔あだ名〕という欄があり、『メガネざる』と書かれていた。(本当に‥ごめんな)そして、その次に〔欲しいもの〕という欄があった。そこには『身長、自信、親友』と書かれていた。その後、最後に〔一言?〕という欄があった。『荒木君はいつも自信満々で格好いいね!それに、戸塚君という親友もいる。僕も中学校に行ったら、もっと積極的になってみようと思う!そして、2人のような親友が出来るように‥頑張るぞ~!』こう書かれたその下には、力こぶを作った当時のアニメヒーローのイラストが描かれていた。
今、こうやって当時のサイン帳を読んで気付かされた。
当時、自分に対して自信満々で遠慮なく発言し、行動していた僕等よりも、彼等の方がよっぽどその時の自分の状況を理解し、将来に向けて具体的な目標を掲げ、そこに挑もうという意思を持っていたのだ。
周囲の評価や自分の見栄ばかりを気にして生きていた、自分の十余年が酷く滑稽な時間だったように感じた。
その時、胸ポケットに入れていたスマートフォンが振動した。
バイブ機能をオンにしていた事を忘れていた僕は、不意を突かれドキッとした。
即座にスマートフォンの画面を見た。画面に表示されているのは、見覚えのない電話番号だった。
一瞬、躊躇したが、2人からの架電である可能性が僅かでもある以上、でない訳にはいかない。僕は応答ボタンをタップした。
「もし、もし。」
「あっ、荒木剛志様でしょうか?」
聞こえてきたのは、聞き覚えのない声だった。
「あの‥どちら様でしょうか?」
「あっ、失礼しました。私、□□病院の宮脇と申します。」
「‥病院ですか!」
僕の声は上ずっていた。だが、そんな事はどうでもいい。
「病院の方が、なんの御用件ですか?」
いやな、予感がしてしょうがない‥。でも、それを口にすると、予感が現実になってしまうのではないかという、説明できない不安感を感じ‥‥敢えて、用がある筈がないという物言いをした。
「実は、先程、荒木様のお知り合いの方が、こちらに運び込まれまして‥。」
知り合い?
誰?
2人のどちらか一方なのか?
2人共?
時間が止まった‥‥気がした。




