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錬金  作者: 末広新通
14/16

発覚

 実際のところ、田中悟はなぜ戸塚一幸になろうとしたのだろうか?その目的が判らなかった。

他の人物に成り代わるというのは、自分だけの世界では意味をなさない。つまり、自分以外の誰かに何かをするため、若しくは何かをして貰うために、一幸になったと考えるのが自然である。

 例えば、昔の親友のふりをして、昔の自分をイジメた僕を何らかの形で陥れるつもりとか‥。

しかし実際は、虚無感に支配されていた僕に、生きる目標を自覚させ、活力を与えてくれた。彼の助けがあってこそ、今日の僕があると言っても過言ではない。

そして、今や彼は僕にとってかけがえのない親友なのだ。

僕は、考えを巡らせたが、納得できる答えが見つからなかった。やがて、疲れた僕は考えるのをやめた‥。

 明日から、彼とどうやって接していったら良いのだろうか?一瞬、悩んでしまった。だが、僕がこの部屋に入った事を彼は知らないのだ。取り敢えずは、何も知らないふりをして、今まで通りに接しながら、様子を見るのがいいのだという結論に至った。


 その後、自宅に戻った僕は、再び田中悟の事を考え始めた‥。

あの告白文を読んだ時の田中悟の気持ちは、どれ程のものであったろうか。一幸と同じ中学校に通っていた田中悟は一幸からイジメを受けていた。そして、自分の父親は、勤め先で一幸の父親の部下であった。しかも、あろうことか自分と同じように父親も一幸の父親からイジメを受けていた事を知った。その父が一幸家族を巻き込んで、事故に見せたかけて心中を図った。そして、自分と‥‥意識不明の重症を負った一幸が生き残った。

そんな経験をした事など無い自分に、分かる筈がないのかもしれない。

或いは、似た境遇に身を置いた事がある早紀ならば、少しは彼の気持ちの核心に近づく事ができるのかもしれない‥。

そう思った時に、ふと早紀の例の日記の事を思い出した。彼女のもう1人の会いたい人が誰なのか、僕にとっては非常に気になる謎が残ったままだった事を思い出した。

 

 日記帳は昨日と同じ場所にあった。

僕はそれを手に取り、前回見た続きのページを開いた‥。

その時点では、僕の目的は早紀の会いたい人が誰なのか、その1点だけだった。


 〔○月△日〕

 最近、彼は頻繁にT君に会っているようだ。そのお陰なのかもしれない、同級会で会った時になんか元気がなかった彼が、少しずつ活力を取り戻してくれているような気がする。

同級会の時、私はT君を見て、一瞬私が会いたかったあの人かと思った。‥でも違った。昔のあの人の事を考えたら、いくら15年の月日が経ったからといっても、あの人が人を変える程の影響力を持っているとは思えない。



次にその人物の事が日記に登場するのほ、それから1年半後だった。



 〔○月△日〕

 今日、私は彼の後をつけた。正確に言えば、彼がT君と共に参加するパーティーに潜入した。何故なら、そのパーティーに私の元夫が参加する可能性が高いのを知っていたから。彼が元夫とニアミスして問題が起きないか心配だったのだ。

大失敗だったのは、私自身が先に元夫に逢ってしまった事。でも、お互い大人の対応が出来た‥と思う。

そして、危惧した通り、彼と元夫は逢ってしまった。喧嘩のようなトラブルは起きなくてほっとしたが、彼ときたら、元夫に下剤の類を飲ませたようだ。それって犯罪じゃない?でも、彼の気持ちはちょっと嬉しかった。

 それ以外に、今日そこで驚く事があった。

会場にいたT君に元夫が気づき、声を掛けたのだ。「おう、田中じゃないか。」と。そして、T君はこれを受けて「どうも、ご無沙汰です。」と答えた。T君は自分を田中だという発言を否定しなかった。何故だろう?

もしT君が田中君だというのなら、彼こそが私が会いたかった人なのだろうか?



 日記帳を持っていた自分の手が、汗ばんでいるのが分かった。

なんてことだ‥あの日、笹下先生が会った『知った顔』とは早紀と田中悟の事だったのだ。そして、早紀は僕より先に戸塚一幸と名乗る人物が田中悟である事を知っていたのだ。

そして、日記は次が最後で、日付は昨日だった‥。



 〔○月△日〕

 今日、T君に会った。というか、私の彼から今日会社の記念パーティーを行う場所と時間は聞いてたから、偶然を装い待ち伏せした。

彼に、「ちょっと、相談に乗って欲しい事があるの。」とお願いしたら、「明日なら、時間がとれる。」と言ってくれた。その後、地震があってびっくりした。でも、予定通り会えるとT君から連絡を貰った。

明日T君に会ったら、訊きたい事がいっぱいある。私の彼にも大きく関わる事なのかもしれないのだから‥。思い切って訊いてみようと思う。



 そう言えば今日、早紀は昔の友人に会うと言っていた。

そして、一幸も今日人に会う約束があると言っていたのだった。


 




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