生存者
検索の結果、同じ事故に関すると思われる記事が、3件該当し表示された。その中で一番詳しく説明されている記事を僕は読んだ。
〔マイクロバス転落、ブドウ狩りへ向かう2家族死傷〕
平成12年10月10日の朝8時頃、山梨県内の山道で神奈川県相模原市在住の田中聡さん(41)の運転するマイクロバスが、25メートル下の谷底に転落した。事故当時、マイクロバスには田中さん家族の他に同僚の家族を含む計6名が乗車していた。6名はブドウ狩りに向かう途中だった模様で、両家の夫婦4名が亡くなった。奇跡的に2人の子供は助かったが、うち1人は意識不明の重体。警察の調べによると、道路にはブレーキ痕が無いことから、田中さんの居眠り運転による事故だった可能性が高いとされている。
亡くなったのは、田中聡さん、妻の洋子さん、戸塚幸雄さん、妻の慶子さんの4名。生存者は田中悟さん、戸塚一幸さんの2名。
記事を読み終えた後、僕は自らの小学校時代の記憶を辿った。
一幸と田中悟は2人とも僕のクラスメートだった。もっとも、田中悟については、例の同級会で一幸に言われるまでその存在を忘れてしまっていたのだが‥。
そして、僕と一幸が付けた『メガネざる』というあだ名のせいで、田中悟はいじめに遭っていた。
そう言えば一幸と田中悟は同じ社宅に住んでいた。確か、一幸の父親は大手バス会社に勤めていて、部長か課長なんだと聞いた事がある気がする。一幸は、その社宅が市の収用地となった為、小学校卒業と同時に引っ越していった。
という事は同じ社宅に住んでいた田中悟も一緒に引っ越した筈だった。
つまり、2人は同じ中学校に通っていたし、親同士は会社の同僚‥いや、上司と部下という関係だった。
その2人が一緒に事故に遭った。
中でも重症だったのは一幸の方だ。
そう言えば、この前笹下先生に会った時も、先生が一幸について、中学時代に重症を負ったと言っていたのを思い出した。
僕は、思い込みを捨て、できるだけ客観的な立場に立って、これらを整理して考えた。‥‥結論は簡単に出た。
敢えて言うと、その簡単に出た結論を僕が受け入れるのに、時間を要した‥。
結論を言うと、今僕の眼前に寝ているのは『戸塚一幸』に間違いない。よく見れば、その顔には面影がある。太い眉毛も昔のままだ。
では、現在の僕の親友である一幸は、誰なんだ?
彼は『田中悟』だ。戸塚一幸を名乗っている田中悟なのだ。
改めて、そこに居る本当の一幸を見た。
呼吸はしっかりと一定のリズムを刻んでいる。何処かに怪我を負っている感じでもない。ただ、布団、着衣、枕、どこにも、彼が寝返りは愚か、一切の動作を行った形跡が感じられなかった‥。きっとそれは、ここ数日の事ではない。
恐らく一幸は、事故の後ずっと意識が戻っていないのだと‥僕は思った。
とりあえず、その部屋を出た。
リビングで座り込んだ僕は、一幸を田中悟に置き換えて、あの同級会以降の事を振り返った。
あの同級会で、彼は自分が戸塚一幸だと名乗った。思えば、彼が一幸だという根拠はあの自己申告だけだった。
そして、彼は加害者だった僕が、忘れてしまっていた田中悟と早紀へのイジメの事を覚えていた。
‥イジメられていた本人なのだから当然なのだ。
同じようにイジメられていた早紀の事を記憶していたのも納得がいく。
そう言えば、彼にメガネの玩具を着けさせた時、彼は極端に嫌がっていた。
そして、その眼鏡をかけた目元に僕は見覚えがあった‥。一幸は小学校の時、眼鏡はしていなかった。
あのパーティーの日、「剛志以外にも、何人か知った顔に会った。」と言った笹下先生の言葉を思い出した。
先生は一幸には会っていないと言っていた。しかし、「何人か」には田中悟が含まれていたのではないだろうか‥。
しかし、思い返してみても、彼の一幸としての佇まいに不自然さは無かった。
というより、嘘をついているという後ろめたさのようなものが、彼からは一切感じられ無かったのだ。
彼自身、自分の事を本当に戸塚一幸だと思い込んでいるかの如く‥。
彼が以前言った『錬金』についての解説を思い出した。
「自分の目指す理想像を、できるだけ具体的にイメージする事で、それを実現させる事ができるんだ。」
彼にとっての理想像は『戸塚一幸』だったのだろうか‥。




