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第5話 魔人

早く主人公を絶望させたい。

 漆黒の暗闇に包まれた高架下の路地裏。

 弾け飛んだ街灯の残骸が路面に散らばる中、ふたつの相反する魔力が激しく煌めいていた。


「光の魔法! 消えぬ希望のルミナス・チャージ!」

「闇の魔法! 潰えぬ希望のドミナス・チャージ!」


 眩いばかりの純白の光と、すべてを呑み込むような禍々しい漆黒のオーラ。

 変身を遂げた俺と紡——魔法少女ルミナスツムギと、魔法戦士ダークドミナスは、構えをとった。


「フフフ、光と闇。手を取ることのなかった2つの魔力。実に見事な輝きです。ですが──」


 月光を背に受けて立つ四天王『影蝕のジルバ』は、優雅に口元を歪め、右手を掲げた。


「私の前でその光を放つ愚かさを、思い知るといい!」


 ジルバが構えた次の瞬間、ツムギが地面を強く踏み抜いた。


「タアァッ!!」


 彼女の身体が、可視化された光の奔流となって加速する。

 先手を打ったのはツムギだった。光の魔力を全身に纏い、身体能力を限界まで引き上げた肉弾戦。高架下の鉄柱を足場にして跳躍し、輝く右拳をジルバの頭上へ叩きつける。


 ドガァンッ!!


 激しい衝撃波が路面を爆砕する。しかし、ジルバは身じろぎ一つせず、足元から伸びた『影』でツムギの拳を受け止めていた。


「ハッ!『ルミナス・ショット』!」


 ツムギは即座に身体を反転させ左手に持ったステッキを突き出し、至近距離から純白のビームを撃ち放つ。

 目も眩むような閃光が暗闇を切り裂き、ジルバの身体を押し飛ばした。


「やった……!?」


 だが、俺の胸に嫌な予感が走った。


「紡、気をつけろ! まだ倒れてねぇ!」

『紡!光を抑えるルン! あいつの周りを見るルン!』


 ルルンの悲鳴のような叫び。

 光線が途切れた瞬間、見えたのは影を集め重厚な盾とし、ビームを凌ぎきったジルバの姿だった。そして──周囲の光景も一変していた。


 ツムギが放った眩い光線。それによって、高架下のコンクリート柱や転がる瓦礫、そして俺たちの足元に、濃密で巨大な『漆黒の影』がいくつも色濃く生み出されていたのだ。


「フフフ……感謝しますよ、魔法少女」


 ジルバが楽しげに指を鳴らす。


「貴女のような光魔法が輝けば輝くほど、影は生まれ、私の武器もまた数を増やし、より強固に生まれ変わる。光とは、影を生み出すための生贄に過ぎない!」


 ジルバの合図とともに、光によって生み出された周囲の無数の影が、うねる生き物のように蠢き始めた。

 影は路面から立ち上がり、数十本もの黒い矢『シャドーアロー』へと姿を変える。


「往きなさい」


 シュシュシュシュシュッ!!


雨あられと降り注ぐシャドーアロー。


「うっ……!?」


 ツムギは光の魔力で速度を上げて回避を試みるが、矢の数が多すぎる。さらに、ジルバは自身の足元から巨大な影の手足を現出させた。

 数メートルに及ぶ影の巨腕が、空中でツムギを叩き落とそうと振るわれる。


 ドォンッ! バゴォンッ!


「キャッ……!?」


 回避しきれず、ツムギの身体が衝撃波で吹き飛ばされる。

 光を放てば放つほど、敵の武器と手数が無限に増えていくという最悪の相性。


 だが、そんな時のために俺がいる!


「それで俺たちに勝てると思ったら大間違いだぜ……!」


 俺──ダークドミナスは、即座にツムギの前へと飛び出した。


「ツムギ! お前は光を抑えて下がってろ! 闇には闇で対抗する!」


 俺は全身に闇の魔力を巡らせ、肉体を爆発的に強化した。特に足裏に集中させると、爆速でジルバへと肉薄する。


「ほう、闇の魔力を纏った肉弾戦ですか」


 ジルバの影の矢が正面から迫る。

 俺は右手を突き出し、暗黒の魔力で形成した槍──『ダークスピア』を生み出した。


「ハァァァッ!!」


 スピアを高速でぶん回し、襲い来る影の矢をことごとく叩き落とす。


ガキンッ! ガキンッ! 


 硬質な金属音が暗闇に響き渡る。

 闇の魔力同士、俺の攻撃はジルバの影を消去しながら削り取ることができた。


「なるほど、私の影を相殺して見せますか。ですが体術の精度、進退の速度!すべてにおいて私には及ばない!」


 ジルバもまた身体に闇の魔力を巡らせ身体を強化させる。

 俺と同じように爆発的な速度で動き、俺の視界から消えた。


 速い!


「ぐはっ!?」


 背後からの鋭い手刀が俺の背甲を打ち砕く。

 体捌き、間合いの詰め方、戦闘経験、人間としての肉体性能の限界か、単純な身体能力においてジルバのほうが明らかに上だった。


 俺は吐血しながらも無理やり踏みとどまり、蹴りで反撃するが、ジルバは優雅に紙一重でかわしていく。


「崩れましたね」


 ジルバの手元から無数の影の刃が伸び、俺の全身を切り刻む。

 血と闇の粒子が飛び散る。


(クソッ……手が足りねぇ! 速度も手数も……向こうが上だ!……だが!)


ガシィッ!


「ムッ!?」


 俺がジルバの攻撃をガードすることなく全身で受け止め、捨て身の覚悟でジルバの右手を掴み止めたことで、最大の隙が生まれた。


「そこぉぉぉっ!!」


 俺の背後から、ツムギの声が響いた。

 俺がジルバと近接戦で打ち合い、光を極力抑えていたことで、ジルバの周りから新たな影の供給が止まっている。

 つまり影による防御は先ほどまでには強力ではない。


 ツムギは一瞬でジルバの死角へと回り込み、ステッキの先端に、残された全魔力を集中させる。


「希望の一撃──『ルミナス・バースト』ッッッ!!」


ドガァァァァァンッッ!!!


 至近距離から放たれた、光の魔力を圧縮した砲弾が、ジルバの胴体を真芯で捉えた。

 激しい爆音と光の爆発が高架下を包み込む。高架のコンクリートに巨大な亀裂が走り、瓦礫がガラガラと崩れ落ちた。


「ハァ……ハァ……」


 ツムギが膝をつき、肩で息をする。


 眼前では爆煙がゆっくりと晴れていく。

 そこには、貴族服を大きく引き裂かれ、黒い血を流しながら立ち尽くすジルバの姿があった。

 直撃を受け、ダメージは確実に通っている。だがその赤い瞳には、冷酷なまでの狂気が宿っていた。


「……フ、フフフフフ、……素晴らしい。まさかこの私が、ここまで追い詰められるとは……致し方ありませんね!」


 ジルバは低く笑うと、懐からあの『人頭大の魔王の結晶』を取り出した。

 何をする気だ?


「認めましょう、貴方たちは強い。……魔王様!お力をお借りします!!!」


 ジルバは叫ぶと、夜空に掲げていた巨大な結晶から闇の魔力が溢れ出し、ジルバの胸へと吸収していく。


「グオァァァァァァッ!!??」


 地鳴りのような咆哮が轟く。

 結晶から溢れ出した濃厚な魔王の闇が、ジルバの全身を包み込んでいく。


 肉体が歪に膨れ上がり、骨が軋む不気味な音が響く。翼は巨大な悪魔のそれへと変貌し、肌は黒く硬質な鱗に覆われ、顔面は生気の移ろいすらない凶暴な怪物の面相へと変わっていく。


 数メートルの巨躯を誇る、禍々しくもおどろおどろしい人型の巨大怪物。


 魔王の狂気を宿したジルバが、そこに降臨していた。


「オオオオオオオアァァァァッ!!」


ドォォォォンッ!!


 理性を失ったように怪物が腕を振るった。

 たったそれだけで、大気が爆発する。

 生じた風圧だけで、俺とルミナスツムギの身体が吹き飛ばされ、コンクリートの壁へと激突する。


「カハッ……!?」

「きゃあぁぁぁっ!!」


 大きさだけではない。

 速さも、重さも、魔力も、先ほどまでとは別次元だ。


 巨大化したジルバは暴走した狂暴性そのままに地を駆け、倒れ込むツムギへと巨足を振り下ろした。


「紡ッ!!!」


 俺は咄嗟に割り込み、背中でその踏みつけを受け止めた。


バキッ!!


「グゥッ!!?」


 背骨が折れるような激痛。視界が真っ赤に染まる。

 圧倒的なパワー。手も足も出ない。このままでは二人とも踏み潰されて死ぬ。


 ツムギが……消される!


 俺は瞬時にツムギを押し飛ばすと、自分自身も転がり出るように足元から飛び抜けた。


(くっ……そ……、どうすべれば勝てる?)


 痛みによって思考が乱れる。身体もまた悲鳴を上げている。

 視界が霞む中、俺の指先にカチリと硬いものが触れた。


 ボストンバッグだ。


 旅の途中で集めてきた、十数個の『魔王の結晶』が入った鞄が、俺のすぐ脇に転がっていた。


(魔王の……結晶……)


 頭の中にジルバがやったことが思い浮かぶ。

 闇の魔力を直接体内に取り込み、限界を超えたパワーを得る。


「っ! 那津男くん!?」

『ダメだルン! 那津男! 人間の身体で闇の魔力を取り込むなんで、危険すぎるルン!!』


 ツムギとルルンの声が聞こえる。

 分かっている。そんなことをすれば俺が俺でなくなることくらい。


 だが──チラリと視線を向ければ、巨体がツムギへと迫っていた。ツムギは魔力を使い果たし、立ち上がることすらできずに怯えている。


(カッコつける……って決めたんだよ……!)


 俺は血みどろの手でボストンバッグを引き裂き、中に詰まっていた全ての結晶を上に投げ出した。


「魔王でもなんでもいいから!力を貸せぇぇぇぇぇっ!!」


 夜空に投げ出された結晶の群れから闇の魔力が溢れ出し、俺の身体に流れ込む。


ドグゥゥゥゥンッッ!!


「ウオォォォォォォォ!」


 脳漿が蒸発するような激痛。

 黒と紫の稲妻が俺の全身を突き抜け、骨が、肉が、魔力が凄まじい勢いでおぞましく再構築されていく。


「ガ……ギギ……ガアアアアアアアアアッ!!!」


 ダークドミナスの全身のアーマーが、刺々しく凶悪な形状へと変化していく。

 肩からは漆黒のスパイクが伸び、顔面の仮面は赤く禍々しい光を撒き散らす。

 理性が、自我が、那津男という人間の意識が、狂暴な暗黒の波に呑み込まれて消失していく。


 残ったのは、目の前の敵を破壊するという、圧倒的な破壊本能のみ。


「ガアァァァァァッ!!」


 消失した理性を置き去りに、超強化されたダークドミナス、


──人を超え、魔の存在と融合する。

『魔人』と言える存在が誕生した。

もちろん作品はハッピーエンドですよ。

私が書く作品にそれ以外は認められないので。


本日も読んでいただきありがとうございました。

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