54 欲
婚約が決まった後にローズマリーとセオドアは、今回一番の功労者であるシェリル、クロエ、イーディスの三人を招いて正式にもてなした。
と言っても豪華なパーティーなんかを開いても彼女たちは喜ばないので、軽くお茶会をしてお礼を言い、プレゼントを渡すだけである。
「わたくしの炎の魔法具ですわ。魔力を通して使うタイプではなく何かあったときの自動反撃用ですわ。良ければ使ってくださいませ」
「僕からは、知っての通り水の魔法具、売っても問題ない奴だけど、使ってくれると嬉しいよ」
箱に収めて使用人から三人に配ってもらうと、三人ともパァと花が咲くように笑みを浮かべてそろって「ありがとうございます!」とお礼を言った。
きちんと喜んでもらえたようでローズマリーは安心した。
いくら使い切りの魔法具とはいえ、彼女たちは魔法使いだ。
素人の作品などいらないと一蹴されたらどうしようかと思っていたが、ローズマリーは兄からもらった魔法具が案外嬉しかったのだ。
だから何か手製のものをと考えて、手作りした。
その選択肢は間違っていなかったのだろう。
「わ~~!! 嬉しいですわっ、あのですね、あの時はリーダーのわたくしが一番最初にチームの支給品である合図の魔法具が動いてるのを気が付いたんですの!」
「で、でもでも、一番最初にセオドアを見つけたのはわたくしですわ!」
「あら、一番多く魔獣を倒したのはわたくしですのよ!」
それから、彼女たちは自分の成果を披露するが、そのどれもが必要で大切なことなので、誰が一人が一番素晴らしいということではない。
しかしなぜだが、なぜか言い争いのようになる。
「ま、待って、三人ともすごかったし、三人ともいないと僕は間に合わなかったと思うから、誰が一番とかじゃ――」
「セオドアは黙っててくださいませ!」
「重要な部分ですの、この際はっきりさせましょうか、クロエ、シェリル」
「かまいませんわ。誰が一番この素晴らしい魔法具にふさわしいか決めようじゃあございませんの!」
ローズマリーは彼女たちが熱くなっているのを見て、もしかして選択肢は逆に間違っていたのかと思ったが、なんにせよここまで喜んでくれるならば作りがいがある。
「いくつもほしいのなら、作りましょうか? わたくしあなた方にはとても助けられた、望むならどれほどでも作りますよ」
「「「!」」」
五個でも十個でも、そのぐらいあの日、あのときにセオドアのことを連れてきてくれたことは大きなことだったのだ。
しかしローズマリーの言葉に彼女たちは青くなって、すぐにぶんぶんとかぶりを振って否定した。
「違いますわ! 足りないなんてそんなわけがありませんわ!!」
「嬉しいですの! 満足ですわ! ただ、感情が高ぶってしまっただけですもの!」
「大切にしますわ! ローズマリー様!」
最後にシェリルがそう言ってクロエとイーディスもそうだそうだ、大事にすると意気投合した。
多少の諍いの種にはなったが、そう言ってもらうことは、制作者冥利に尽きるのだった。
シェリルたちとのお茶会を終えると、ローズマリーは自分の部屋へとセオドアを招いた。
もう婚約も発表されて、二人を隔てるものは何もない。
私室にあげて二人きりだって許される状況である。
ソファーに腰掛けて、ローズマリーは気兼ねなく話し出した。
「クロエ様もシェリル様もイーディス様も随分喜んでくれて、良かったわ。お礼をするまでに時間がかかってしまったけれど、その分きちんとした恩返しになったと思うわ」
「……あ、うん。そうだね、僕もちゃんと渡せて良かったよ。あの三人はどこまででも突っ込んでいくのに、装備が適当なこと多いから」
「なるほど、少し心配ね」
「でしょ? だから使ってくれればいいなって思ってる」
セオドアの言葉にローズマリーは同意して頷いた。
装備のことを深く考えろと言っても無理だと思うので、今日もらったローズマリーの炎の魔法具と、セオドアの水の魔法具をそのまま全員、道具を入れるポーチの中に入れておけばいいのだ。
そうすればいつか困ったときに使うだろう。
そんなふうに思った。
「彼女たちには、ずっと長く怪我なく魔法使いでいてほしいものね」
「……うん」
ローズマリーは、思案しながらそんなふうに言ったが、セオドアの返事は少し遅れて、彼がなぜか少し落ち込んでいるように見えた。
「……」
「……」
じっと見つめて観察していると、セオドアがチラリとこちらを見て目が合う。
「……あのさ」
「ええ、どうかした?」
「…………」
問い掛けるけれどセオドアは、ピタリと黙ってしまって、そのままうつむいてふわふわとした髪が彼の顔を隠してしまう。
「……」
「……」
そうすると沈黙が訪れて、なにかとても大変なことでも忘れていたかとローズマリーは思考を巡らせるが、大して失態を起こしているとも思えない。
しかし致命的な失態というのは往々にして、自分では気が付きにくいものである。
あれかも、これかも、と思考を巡らせているとセオドアが言った。
「僕さっ、なんか欲張りになったんだよね」
顔は見えなくてもセオドアの耳が赤くて、なにかを羞恥していると言うことはわかる。
「最初の方は、一緒にいてもらえるってだけでも嬉しくて、手とかに触っただけでも有頂天で、幸せで」
「……ええ」
「ローズマリーのこと、大事とか大切とか誰にでも言って良い今ってもっと、その幸せで……。三人はそれ言うと自慢かって怒るんだけど、でも今は君と堂々と言えて」
「……」
「最初、ローズマリーをさぁ、一人でただ想ってた時には考えられないぐらい、毎日、楽しい……です」
セオドアの声はなんだか小さくて、少し歯切れが悪いけれどともかく、今は彼にとってとても幸福であるということはわかる。
ローズマリーもそうだ。
「わたくしもよ」
「うん」
「……」
「……でもさぁ、怒らないで欲しいんだけど」
「はい」
「なんか、君をさ、最近、独り占めしたくなっちゃって」
肩をまるめて縮こまり、手をさすって温めるみたいにせわしなくこすりながら、すごく恥ずかしい告白をするみたいにセオドアは言った。
ローズマリーはぱちぱちと瞳を瞬いてセオドアのことを見つめていた。
「魔法具も、あ、もちろん、ね、横暴言いたいわけじゃない、から、違うけど、でもローズマリーが作ったものもらえるのっていいなって、僕が、ほしい? はちょっと違うか……その」
「……」
「ローズマリーがシェリル達に持ってる気持ちが欲しいって言うか、いや、わかってる、ローズマリーは僕のじゃないしね! ……っでもちょっとずるいって? ずるくはないんだけど!!」
自分の欲求を言葉にしては、自分で否定して、正しい言葉を探しているその様子はちょっと面白い。自分で言って否定して矛盾している。
「なんかぁ、でもローズマリーとずっと一緒にいるのは僕だから、とか言ってあの三人の口論に混じりたい、みたいなっ。ごめん、意味わかんないよねっ!」
「なにを言ってますの、ただの独占欲じゃない」
「独占っ、あ、そう? そうかな? そう?」
「ええ、そうですわ」
慌てふためき謝罪をするセオドアに、ローズマリーは助け船を出した。
そんなものはどこにでもよくある感情で、まぁ、恋人としてなら謝るような感情ではないのである。
ローズマリーだって、セオドアのことを独占したい。
彼の手の温かさも、赤くなるとかわいいところも、本当は芯が強くて誰よりまっすぐなことを知っているのはローズマリーだけがいい。
ただ、ローズマリーは、彼からの愛情をふんだんに感じているので、特に誰かに対して嫉妬するということはなかった。
「……楽になる方法、知ってるわ」
「ほ、本当!」
「ええ、そばに来て」
でもセオドアは、ローズマリーが、手製の品をプレゼントしたことで自分が彼女たちよりも優先されない、ローズマリーに取って優先度の低い存在になってしまったのかもしれないと危惧してしまっているのだ。
だったら、彼だけが許されて彼だけができる特別なことを思い知ればいいのである。
セオドアはローズマリーの言葉を疑わずにそばに来て、目線を合わせるようにローズマリーの前で膝をついて、どうすればいいかと問い掛けるように小首をかしげた。
「……あなたは、わたくしの特別で、わたくしにして許されないことはそうそう無いんですの」
「へ、あそ、そうかな?」
「ええ。だからね、セオドア」
「……う、うん??」
「独り占め、したらいいのよ。なんでもしていいのだから、満たされるまでわたくしを求めたらいいのよ」
少しはしたなかっただろうかと言ってから思ったが、胸が高鳴っていた。
「え、え? い、いいの」
「もちろん」
割と直球な言葉を選んだので意図は彼に伝わり、ローズマリーはそっと目を細めた。
少し、緊張しているけれども、どちらかというと好奇心の方が勝っていた。
このまま、彼の求められるままに。
二人の関係は一歩また進むのだと思って、セオドアがそっとローズマリーの手に触れたのを感じる。
「いいの……嬉しい、ローズマリー……うぅ、緊張する……」
それからセオドアはローズマリーの体におずおずと触れる――訳ではなかった。
ローズマリーの頬に触れて「あ、柔らかい!」と言った。
「?」
「あ、じゃあ、ちょっとごめんね」
そう、真っ赤になった顔で言ってから、ローズマリーの赤毛に触れて丁寧になでつける。
「か、髪に触っちゃった! さ、触っちゃった。ローズマリー、あの、僕の名前、呼んでくれる?」
「セ、セオドア」
「うん。ローズマリー、なぁに?」
彼は、とろけんばかりの甘ったるい笑みでローズマリーの呼びかけに返事をする。
「なぁにって、あなたが名前を呼ばせたのでしょう」
「うん。そうだねぇ、嬉しいな」
「嬉しいんですの? こんなことで?」
「うんっ、僕、ローズマリーの特別なんだなってじわーって感じる」
言いながら、セオドアは、ローズマリーの手を取って自分に触れさせて「すごい好き」と顔を熱くさせながら言った。
どうやらまだ一歩進むときではなかったようだが、そうして笑う彼は、ローズマリーが生きてきた中で一番かわいくて結局猛烈に抱きしめたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。これにて、最終話です。
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それではまたどこかでお目にかかれれば幸いです。ではまた。




