52 和解
マルヴィナは捕らえられ、その後すぐにバークレイ侯爵と話をつけた。
あのようなことを公の場でいい、暴れたマルヴィナをこのまま第一夫人として今まで通り屋敷の管理や領地の運営は出来ない。
やれば、家臣貴族や分家の貴族の離反を招くことになる。
大貴族の業務は協力してくれる人たちがいなければ成り立たない。必然的に、マルヴィナを第一夫人の地位から引きずり下ろすしかない。
しかしそのための証拠は十分だろう。
公の場での暴言と、セオドアに手を上げたのだ。
バークレイの血筋の正当な跡取りに損害を与え、適切な養育を怠りバークレイ侯爵家の存続を危うくさせた。
そのことを先日の夜会に出席していた多くの貴族が証言し、マルヴィナは離縁され、実家に返されることになった。
その処理も、彼女が実際に追い出されるのも速かったので、あれ以来ローズマリーもセオドアもマルヴィナと会っていない。
ハリエットから聞いた話に寄ると誰にでも暴言を吐き散らし、暴れ情緒不安定なのだそうだ。
しかしどんなにそうしていてももう、侯爵夫人としての優雅な生活など戻ってこない。
苦しみ悔やんでいたとしても、それはきっとセオドアの今までの気持ちよりもずっとくだらないもので、自業自得である。
そうしていつまでも暴れて、一人孤独に死んだらいいのだ。彼女は人と関わるべきではない人だ。
と言うわけで、マルヴィナのことは片がつき、一応の危機は去った。
しかし、マルヴィナがすべての権力を握りのさばっていたのは彼女だけが原因ではない。
呼び出されてバークレイ侯爵邸へと到着すると、セオドアが出迎えて、案内された応接室にはバークレイ侯爵とハリエットの姿があった。
かけるように言われて、二人と向き合うと、まずはバークレイ侯爵が口を開いた。
「では、ローズマリーさんも来てくれたことだし改めて、私からマルヴィナのことについて話をさせてもらいます」
聞いていた通り、事情説明が始まるらしい。
セオドアとローズマリーの結婚を邪魔する人はいないが、それでも結婚するからには万全を期したい。
そこで、結婚の話をする前に、なぜこのようなことになったのか、というマルヴィナ以外の原因について共有する機会を作ってもらったのだった。
「マルヴィナは……結婚当初は気立てが良く何事にも前向きでハリエットとも協力して我が家をもり立ててくれていたんです。けれどある日……子供が出来ない体だと打ち明けられました」
「わたくしもその時、一緒にお話を聞いたんです。お医者様にそのように言われたと……」
思い詰めた様子で話をするバークレイ侯爵の言葉をハリエットが間違いないというように補足した。
ローズマリーは続きを促すように問い掛けた。
「では、そのせいで子供に対してあれほど歪んだ考えを持っていた、と言うことかしら?」
しかしそれに気が付かず二人は、第一夫人としてのマルヴィナの顔を立てるためにセオドアを養子にしたのか。
そういう話だと思ったが、バークレイ侯爵は緩くかぶりを振った。
「いいえ、涙ながらの訴えに信じ、秘密を打ち明けてくれたからには、ハリエットと話し合い内密に第一子を跡取りとして彼女の子供にと決めたんです……しかし、嘘でした」
「嘘? 子供を産めないということが、ですか?」
「はい」
「父様はなんで、そんなことがわかったの? あの人の実子が実はいる、とか?」
「いいや、違うよ。セオドア。君を差し出した後……マルヴィナ自身が言ったんだ」
セオドアは、きょとんとして少し難しい顔をして首をひねって言った。
「あの人は何でそんなことをしたんだろうねぇ……」
「……」
「……そういう人なのかも知れませんわね」
「……はい」
セオドアはまったく理解できないようだが、ローズマリーはその話を聞いてマルヴィナが何をしたかったのかなんとなくわかった。
騙してやったと、自分は惨めではないし、お前たちは自分より劣っていると誇示したかったのではないだろうか。
策略にはめてやったぞと言わなくては気が済まなくて、そうすることが何よりの愉悦だったのだろう。
「ただ、概ねは理解しましたわ。子供を人質に取られては、彼女の言うことを聞くしか無かったのでしょう。バークレイ侯爵、ハリエット様」
「……」
「……」
これ以上、今いない彼女の気持ちを探ったところでわかるはずもないので、ローズマリーは話を切り替えてまとめに入ろうとした。
しかし、バークレイ侯爵にもハリエットにも都合のいいはずの言葉に彼らは応えない。
数秒の沈黙の後バークレイ侯爵は深く頭を下げた。
「それは、違うんです。……すべてがマルヴィナの方が上手で何も出来ずにただ苦しんでいた……というわけではないんです。私自身、家庭から目を背けていた部分があった」
「……」
「遠目からみればそれほど問題がある家庭ではなく、セオドアも彼女の元でもそれなりに育っていると自分のことを騙して……見て見ぬふりをしていたんです。セオドア」
「うん」
「本当に申し訳なかった。私は、情けのない父親だ」
バークレイ侯爵の言葉にセオドアはすぐに目を細めて笑って返す。
「うん。大丈夫、顔上げてよ、父様」
今までのことを考えると、セオドアには複雑な感情があっておかしくないはずなのに、それでもセオドアは父を責めることも無いし、強がっているわけではない。
「謝ってくれて、ありがと」
心からの謝罪を受け入れてそれで、前を向く強い人だ。
「……わたくしからも……セオドア、様」
「あ、えっと、敬称はいいよ。ほら、僕ら親子、らしいし」
「いえ……わたくしはあなたの親を名乗る資格はありません」
セオドアの言葉にハリエットは腿の上で組んでいた手をぎゅっと握って、酷く震えた声で言った。
「わたくしは、マルヴィナのことも悪く言えません。本当の親でありながら、子供を手放した……欲に目が、くらんでいたんです」
「……」
「第一夫人子として、跡取りとして育てられることが、きっと一番恵まれて、裕福で、幸せだと思ってやまなかった」
ハリエットの声はか細く消えてしまいそうで、決壊して泣き出す寸前の子供みたいだった。
「あなたを連れて逃げることも出来たはずなのに、決断が出来なかった。どんなに痛みを伴っても、長期的なことを考えてあなたを救い出すべきだったのにっ、結局、わたくしはただ、あなたを本当に救い出す人に乗っただけでした」
そう言って悔やむハリエットの言葉をローズマリーは理解出来た。
実際に、ハリエットにはできる事があっただろう。
けれど同時に、ハリエットはそれこそ親として深くセオドアのことを思いやっていたともわかる。
ハリエットが今言ったことをやらなかったのは、彼女が怠惰だからでも、自分が幸せになるために欲に目がくらんでいたからでも無いと思う。
本当に、子供幸せを願っていたからだ。
よりよい道をより確実にと願って、子供が裕福に暮らせる環境を欲することの何がいけないだろう。
もし途中でセオドアを連れ出して契約を無視するとなればバークレイ侯爵家にはいられない。
彼女が一人でセオドアを抱えて生きて行くにしても、セオドアからすればハリエットはただの他人だ。
さらわれて、生活も安定せずに逃避行をするなんて決断は、選択肢としてあっても選ぶべきことじゃない。
彼のことを思って、ずっと機会を窺っていた。一番いい解決方法を探していた。
それは彼女にできる事をきちんとやったと言えるのではないだろうか。
そしてそれが、今につながっている。
「僕は……それでも協力してくれたってことの方が、嬉しかったよ。ハリエット母様も、父様も、とても僕のことを想ってくれている家族だって、思うんだけど……ハリエット母様はそれもいや、かな?」
「…………っ、」
ハリエットはセオドアの言葉に、目を見開いて、涙を堪えながらかぶりを振った。
「いいえっ……そんなことは、ありませんっ絶対に」
涙を堪えながら言った言葉に、ローズマリーはほっとしてセオドアを見やる。
彼も同じように胸をなで下ろして、「よかった」とつぶやくように言ったのだった。




