後の祭り
〈梅の花観ずに置かれぬ雨の日よ 涙次〉
(前回參照。)
【i】
テオ=谷澤景六と戻利俊策との確執を、* 市上馨里は知り、「テオちやん可哀想...」とテオの脊を撫でた。それは眞の愛とは程遠い、單なる同情である事を、テオは知つてゐた。丁度、テオがその右耳を失つた、**【魔猫】との闘ひの時のやうに。たゞ、テオは久しく鳴らしてゐなかつた咽喉を、ごろごろ云はせてゐた。彼は猫である自分が阿呆らしく、半ば自嘲の意味を込めて、の事である。
* 前シリーズ第82話參照。
** 前シリーズ第94話參照。
【ii】
テオの預言の通り、戻利は己れの嫉妬心から【魔】に憑依された。カンテラは水晶玉を覗き、その事を知つた。「やはり奴さん、憑かれたか-」。「オールド・ウェイヴ【魔】」は、勢力拡大の爲、手段を撰ばず人員を増強してゐたのである。
【iii】
と云ふか、「ニュー・タイプ【魔】」(* 殲滅されたかに見えたが、微かにその命脈を保つてゐた)との抗爭に於いて、戻利は恰好の(「オールド・ウェイヴ【魔】」にとつての)先鋒となる筈だつた。云ふなれば、戻利vs.テオの爭ひは、勢ひづいた「オールド・ウェイヴ【魔】」と「ニュー・タイプ【魔】」兩者の代理戰爭を引き起こしてしまつた譯だ。
* 當該シリーズ第59話參照。
【iv】
「ニュー・タイプ【魔】」は、最後の力を振り絞つて、魔界軍を出動させた。「オールド・ウェイヴ【魔】」と、カンテラ一味退治を賭けて、彼らは對抗し合つたのである。
【v】
そんな事とはつゆ知らず、戻利は再びテオを恫喝してやらうと、カンテラ事務所までやつて來た。だが、事態は一變してゐたのである。番犬タロウは彼に囓み付かんばかりに吠え立てた。戻利はタロウの能力、即ち【魔】の存在を一早く察知する事- を知つてゐた。「だうやら俺は【魔】に憑依されたやうだ...」。戻利、思はず顔が蒼ざめたが、それは「後の祭り」と云ふものであつた。
※※※※
〈雨もよひ煙にして吐く逡巡を貴女は遠くだう受け止める 平手みき〉
【vi】
カンテラの指示に依り、「ニュー・タイプ【魔】」逹の魔界軍には、* 番頼母の「番軍」、及び** 牧野舊崇率いる駿河本組が、そして「オールド・ウェイヴ【魔】」逹にはカンテラ・じろさん・テオが、それぞれ当たる事となつた。魔界との全面對決である。
* 當該シリーズ第54話參照。
** 當該シリーズ第61話參照。
【vii】
テオは折角安保さんに研いで貰つたテオ・ブレイドだから、使はずに置くのは勿体ないと思ひ、(カンテラからは傷心のところ無理するな、と云はれてゐたのだが)自ら志願してこの戰さに參入したのだつた。但し、テオの天才脳には、或る男の姿がありありと映し出されてゐた。その男とは-
【viii】
さう、時軸麻之介である。時軸は自ら獨断で、一切の闘爭をストップさせてしまつた。勿論、彼の大技*「和合空間」を用いて、である。その理由は、と云ふと、「この儘、この一大決戰を展開させても、テオどん=谷澤景六にとつて決して働き易い環境は齎されない」-なるものであつた。
* 當該シリーズ第52話參照。
【iv】
確かに、【魔】逹は戻利を利用したに過ぎず、彼一人が惡者としてこの場に立てば、テオとの関係が修復されると云ふものではない。これは、時軸、英断であつたらう。
【x】
「和合空間」に依り、平和(見掛け上のものだが)がまた訪れた。戻利、時軸に感謝する事頻りであつた、と云ふ。結果、戻利は谷澤のマネージメントを續ける事となつた。無論、谷澤=テオに陳謝した上での話である。戻利「一切を水に流せ、とは申しませんが、だうかこの通りです」-と、テオに土下坐して見せた。テオには、誠意のない土下坐ほど嫌なものはなかつたが、この場合、彼にとり「意味ある」行爲だつたので、特別に戻利に許しを與へた。
【xi】
カンテラ、「魔界撲滅のチャンスを不意にしてしまつた譯だが、それはまあいゝだらう。テオ、戻利さんと仲良くやれよ」。この事を知らないのは、一人木嶋さんだけであつた。戻利、感謝の証しとして、木嶋さんとの同居資金を切り崩し、一味に差し出さうとしたが、カンテラ、そのカネを受け取る事は辞退した。「お二人への餞別だ。まあ末永くお倖せに」。これにて一件落着。お仕舞ひ。
※※※※
〈たゞ辛いばかりの春の浮かれ哉 涙次〉
PS: 最早恒例となつた観がある、詩の引用で締め括る。
老殘の身に
この淡い戀心
何とだらしがない事であるか
たゞ俺の中の
男を奮ひ立たせ
貴女に對峙すると云ふ事が
遠い-
二人分の不安を
俺は確かに請け負つた
だがそれは貴女が
お氣に入りだと云ふ下着を
下にずらした時
時限爆彈のやうに炸裂する
二人の行く方を
誰が知る?
おゝ、性
-永田-
誰がこの時限爆彈を止められるだらう? 戀に狂つた目からすれば、さう、誰もゐまい、と云ふ事にならう。作者も、その「彼女」も、共に老いの路は近い。不安は募る一方である。擱筆。




