表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昔のインターネットのコワイ話  作者: 鳥遠かめ
「漂」の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/8

踏み逃げ

 さて、いかがだっただろうか?

 個人サイトにまつわるコワイ話はまだ残しているが、同じ所にとどまってばかりいないで、「ネットサーフィン」などはいかがだろう。


 ここから先は「漂」の章。

 インターネットの海に漂う奇妙なサイトやサービス、それにまつわる不思議な話を紹介していこう。

 なお、これらの話はわたしの体験談ではなく、知人から聞かせてもらった話というていになる。

 そのため、出来事や現象には、体験者の主観が反映されていることにご留意いただきたい。



***踏み逃げ***


 †りなこ姫†さんの体験だ。


 二〇〇X年、†りなこ姫†さんにはお世辞にも品があるとはいえない趣味があった。

 サイトに設置されているアクセスカウンターの「キリ番踏み逃げ」だ。


 説明をしておくと、キリ番というのは、「あなたは1000番目のお客様です」といったように、カウンターのきりのいい番号のことを指す。

 そのキリ番の来場者になった人に対して、管理人からお祝いの言葉があったり、記念品(イラストや小説など、趣味のリクエスト受け付けなど)が贈呈されたりする文化があった。

 サイトによってはゾロ目や意味のある語呂合わせ番号なども対象となることもある。

 だが、キリ番は自動で判別してくれるというわけでなく、基本的には自己申告で「気づいたら掲示板に書き込んでください」という流れが一般的だった。

 そもそもが他人のサイトのカウンターだし、気づかないこともある。

 だが、キリ番のお祝いに心血を注いでいるサイト運営者の中には、キリ番を踏んだのに申告しない人に腹を立てたり、マナー違反だとすることもあった。


 そして、申請をせずにいる行為を「踏み逃げ」と呼んだのだ。


 †りなこ姫†さんは適当なサイトを見て回り、キリ番に近いサイトを探して、故意にアクセスカウンターを回して管理人に意地悪をする行為を楽しんでいた。

 特に、キリ番を踏んだ人の名前を記録したり、記念に管理人からのサービスのあるようなサイトを狙ってカウンターを回した。

 多重カウントを防止する機能のついたカウンターも、†りなこ姫†さんの契約するネット回線では、いちどモデムの電源を落として入れなおすか、ケーブルを故意に抜いて再接続をすることでIPアドレスを変えることができ、カウンター側に別人だと判定させて再度カウンターを回すことができた。


 その日、キリ番クラッシャーを自称する彼女の趣味は好調だった。

 初めてのキリ番を祝おうとする弱小サイトの「100」、小学生の運営するサイトの「6666」、ロリコンアニメイラストサイトの「200000」を踏み逃げしていた。

 彼女によると、三つ目のサイトはイラストリクエストもあったので、あえて逃げずにいやがらせのリクエストをしようと考えたが、報告用の掲示板でファイルアップローダーを使った児童ポルノのやりとりがなされていたため、気持ち悪くてブラウザを閉じてしまったそうだ。


 さて、その話は置いて、†りなこ姫†さんはまだ満足できていなかった。


 †りなこ姫†さんがいちばん踏み逃げしたいタイプのサイトを狙えていない。

 それを踏み逃げできれば、今後を含めた楽しみの総量が大きく変わるのだ。


 彼女はさらにネットサーフィンを重ねる。

 特定の「ネットマナー」を推奨しているサイトや、踏み逃げに反対する同盟に参加しているサイトを狙う。


 ようやく、よさそうなターゲットが見つかった。


 シンプルなトップページに、「入り口」と書かれた文字列、それから「注意書き」、その下にはあるネットマナーに賛同するバナー。


 †りなこ姫†さんは舌でくちびるを潤した。

 注意書きなど読まずに、すぐに入り口をクリックする。


 すると、サイト内部ではなく、検索サイトへと画面が切り替わる。


 ダミーエンターと呼ばれるトラップだ。

 注意書きを読まない来訪者を弾くために設けられた偽物の入り口。

 この場合のサイトへの正しい入り方は、注意書きに記されている。

 しかし、†りなこ姫†さんはトラップに満足したようにうなずくと、「入り口」と「注意書き」のあいだにある「◆」をクリックした。


 画面が切り替わり、サイトの内部への侵入に成功。


 ネットマナー、ネットエチケット(ネチケット)と呼ばれるルールがあり、それを無理にでも守らせようとする風潮が一部にあった。

 マナーは大切だ。サービス規約や法律もとうぜん無視できない。だが、このネチケットと呼ばれるものは、法律などで明確に定められているものではなく、誰かが主観的に作ったルールが大抵だ。

 ルールをまとめて配布し、賛同者を集めるという流行が当時にはあった。

 問題は、そういったルールを作りたがる者には少し、あるいはおおいにズレた認識や感性を持った人間が多かったということだ。


 そして、その手の人間に限って、攻撃されるとよく食いつくのだ。


 †りなこ姫†さんは、このタイプのサイトの管理人をからかうのが至高だと考えている。


「天使みーこのドリーム宮殿」


 きらきらに飾った文字がディスプレイに踊る。

 †りなこ姫†さんは飲んでいた紅茶を吹き出した。

 ダサいサイト名だ。自分を天使だと? 頭に虫が沸いているんじゃないか?


 サイトのコンテンツはドリーム小説、夢小説と呼ばれる二次創作作品らしい。


 ドリーム小説とは、筆者の推している創作作品に登場するキャラクターと、夢主(基本は筆者自身、読み手は自分自身に変換する)を関わらせたストーリーを描くもので、多くは恋愛や性愛、フェティッシュな日常シーン、ときには夢主が原作に割りこんで改変を起こす……などが繰り広げられるものだ。


 †りなこ姫†さんは天使みーこの書いた<おすすめ!>作品を読むと、「なかなかやるじゃない」とつぶやいた。参考になると思ったそうだ。

 夢主の呼称も安定していて、変換しやすい。この界隈の作品では、夢主の呼称を統一しない書き手は歓迎されないのだ。

 天使みーこの小説は、同担の読者にも優しいつくりになっている。


 しかし、それとこれとは別だ。

 天使みーこには、宴のメインディッシュになってもらわねばならない。


 ドリーム宮殿のアクセスカウンターは48500HIT、前日は250HITとそこそこの数値を持っている。この調子なら数日内で50000HITに到達する。

 天使みーこは「50000までもうすぐ☆ 50000人目の来場者様には、希望の夢小説をプレゼント☆」と盛り上がっている。


 完璧だ。†りなこ姫†さんは、胸の奥に得も言われぬ切なさを感じた。


 残りの1500HITくらいなら、何かの弾みで急に増えても不審がられることはないだろう。

 カウンターも一人一日一回転ではなく、同IPが連続しなければ数えるタイプのものだ。


「そうだ、あれを試そう」


 †りなこ姫†さんは某大型匿名掲示板から拾ってきたリストを使い、数値をブラウザの設定に入力した。

 それから、カウンターのあるページでF5キーを叩くと、やや重い読み込みののちにサイトが再表示され、アクセスカウンターが増加した。

 彼女が試したのは「串刺し」と呼ばれる行為だ。プロキシ(プロクシ)サーバーと呼ばれるサーバーを経由してアクセスすることで、サイト側にアクセス元を偽装することができるのだ。

 サーバー経由を外して再び画面を更新すると、またカウンターが回った。

 これならケーブルの抜き差しによる再接続を待つよりも早い。


 彼女は何かに憑りつかれたかのようにマウスとキーボードを操作する。

 クリック音とタイピング音、そしてアナログ時計が秒針を刻む音の中、天使みーこの宮殿に、なんどもなんども出入りを繰り返した。


 目標の50000に近づくにつれ、下腹の内側に撫でられるような快感が染み出し始めた。

 もうすぐ、もうすぐだ。

 だが、悦んでばかりはいられない。

 肝心の50000を別の人間に踏まれては元も子もない。

 サイトの利用者は少なくない。ほかにキリ番を狙っている者もいるだろう。

 更新をすると、カウンターが二回転するタイミングがある。

 この時間帯でも来場者はいるのだ。


 あと10、9、8、7、5……。


 もう、立ち止まるな。

 彼女はすべての感覚を捨て去り、ただカウンターを回すケモノへと変じた。



「いらっしゃいませ☆ あなたは50000人目の天使様です☆」



 回転いすを押しのけ立ち上がり、「っしゃい!」と、こぶしを握りガッツポーズ。

 深夜ゆえに高笑いこそ控えたが、頬が痛いくらいの笑みが抑えられない。

 †りなこ姫†さんは画面をクリップボードに保存し、画像として踏み逃げ記念フォルダに収納した。

 あとは、踏み逃げに気づいた天使みーこの反応を楽しむだけだ。

 さすがにまだ反応はないだろうが、掲示板を直接ブックマークしておこう。



「記念すべき50000人のお客様、おめでとうございますにゃん☆ あなた様専用の夢小説を執筆いたしますので、ご希望の内容をじっくりと考えてくださいね☆」



 †りなこ姫†さんの心臓が跳ねる。まるで監視していたかのような速度だ。

 だが、ターゲットは熱心であればあるほどいい声で鳴くのだ。

 今は可愛い子ぶっているが、踏み逃げに気づけば化けの皮が剥がれる。


 †りなこ姫†さんは「堕天させてあげるわ、みーこ」とつぶやくと、パソコンをシャットダウンした。

 さあ、寝よう。もう三時間もすれば、出社しなければならない。


 次の晩、†りなこ姫†さんは三桁や四桁の雑魚キリ番を狩りながらドリーム宮殿の掲示板の監視に努めた。


「50000番を踏まれたかたはお名前をよろしくお願いします。それと、夢主様の意中のご相手(知らないキャラもなるべく頑張ります)もお願いします。シチュのほうはお任せもできます」


 ひとばん経ったからか、文章が事務的になっている。

 こういった些細な変化も味がする。

 †りなこ姫†さんは「バラがトレードマークの狐の妖怪キャラで、嫌われシチュでお願いします」と書き込みたいのをぐっとこらえ、ただ掲示板を眺めた。


「踏み逃げですか? 注意書きは読まれたでしょうか?」


 二度目の書き込みから半日でこれだ。

 別人を装って煽ったりなだめたりして反応を見てもいいが、こいつは素のままいただいてもまだ味がするだろう。


「ネチケットの欠片もない人は警察に通報します」


 してみろよ。今宵も紅茶を吹き出す†りなこ姫†さん。

 翌朝に反応をまとめてチェックしようと思っていたが、予想外に楽しいダンスを披露してくれている。

 二日連続の寝不足は化粧の乗りが心配だが、この臨場感は捨てがたい。


「出て来いよ犯罪者」


 はいはいワロスワロス。

 †りなこ姫†さんは二杯目の紅茶をいただくか悩む。


「早くしろ」


 必死乙。だが、このパターンは見覚えがある。

 こいつは連投したのちにすべて削除して無かったことにし、キリ番のことは忘れたふりをして語尾に「☆」をつけて振舞うのだろう。


 パターンが見えたら興ざめだ。二杯目はキャンセル。

 これを最後にしようと、F5キーをタッチした。



「早くしろ。おまえだよ、姫川莉菜子」



 †りなこ姫†さんの本名だ。


***

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ